15.勇者、説明をする
王都フィルドリア。
巨大な城壁と活気ある街並みが見えた瞬間、全員がほっと息を吐いた。
「帰ってきたぁぁぁ!」
ナラが両手を上げる。
「生きて帰れたな。」
ガエンも珍しく安堵した顔だった。
「まずはギルドや。」
ビルムが言う。
「いや。」
だがマイトが首を振った。
「先にカツカレー。」
全員が固まる。
「先に?」
ガエンが聞く。
「先に。」
「報告は?」
「後。」
「捕虜は?」
「後。」
「国家的な案件やぞ。」
「後。」
「勇者。」
「カツカレー。」
「勇者。」
「カツカレー。」
数秒の沈黙。
そして。
「……まあ腹減ったしな。」
ガエンが折れた。
「ガエンさん!?」
ラーシャが驚く。
「空腹じゃまともな報告もできん。」
「それっぽい理由つけるなや!」
ビルムが爆笑した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて一行は王都でも有名なカツカレー専門店へ入った。
店内に漂う香ばしい匂い、揚げたての衣の音、スパイスの香り。
ラーシャは席についた瞬間から緊張していた。
「だ、大丈夫でしょうか……」
「戦うわけちゃうで。」
ビルムが言う。
「でも皆さん期待してますし……」
「そら期待するやろ。」
「うぅ……」
そして運ばれてくる黄金色のカツ、艶のあるルー、白いご飯。脇には福神漬け。
ゼルが静かに頷いた。
「いいですね。」
「分かるのか。」
ガエンが聞く。
「分かります。」
真顔だった。
ラーシャが恐る恐るスプーンを持ちカツを切る。
サクッ。
衣が鳴いた。
「おお……」
ナラが感動する。
なぜか周囲も見守っていた。
ラーシャは一口食べた。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
そして目を見開いた。
「お、美味しいです……!」
全員が歓声を上げた。
「よっしゃぁ!」
「合格!」
「やったな!」
「よかったですね。」
ゼルまで拍手している。
「なんで皆さんそんなに喜ぶんですか!?」
ラーシャが叫ぶ。
「仲間が増えたからや。」
ビルムが真顔で答えた。
「何の仲間ですか!?」
「カツカレーの仲間や。」
「意味が分かりません!」
店内に笑い声が響いた。
ラーシャは顔を真っ赤にしながらも結局最後まで完食した。
「ご、ごちそうさまでした……」
「どうや?」
ビルムが聞くとラーシャは少し考えてから小さく頷いた。
「また食べたいです……」
「よっしゃぁぁぁ!!」
なぜか全員が再び歓声を上げた。
「だから何なんですかその反応は!」
「立派なカツカレー戦士になった証や。」
「なってません!」
即座に否定するラーシャ。
その隣でゼルは静かに水を飲んでいた。
「確かに美味しかったですね。」
「お前まで言うんかい。」
ガエンが呆れる。
「事実ですから。」
「なんか普通に馴染んどるな。」
ダグラスが苦笑した。
その時だった、マイトが立ち上がる。
「よし。」
「ん?」
「じゃあギルド行こうか。」
「ようやくか。」
ガエンがため息を吐いた。
「カツカレーの後なら何でもできる気がする。」
「そんな状態で国家案件を報告するな。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルド王都本部。
巨大な建物へ入った瞬間。
受付嬢達が固まった。
「え?」
「ガエンさん達?」
「帰ってきた!?」
ざわざわと空気が広がる。
王都を出発してから数日が経っている。
しかも調査対象は危険極まりない魔眼熊の事件。
生還そのものが驚きだった。
「おい見ろ。」
「全員生きてるぞ。」
「マジか。」
「しかも捕虜連れてないか?」
冒険者達の視線が一斉にゼルへ向く。
ゼルは穏やかに微笑んだ。
「こんにちは。」
余計に怖かった。
受付嬢が慌てて奥へ走る。
「ギルドマスターを呼んできます!」
数分後。
奥の扉が勢いよく開いた。
現れたのは大柄な壮年の男、王都ギルドマスター、ロドガルだった。
「ガエン!!」
「おう。」
「生きてたか!!」
「なんとか。」
ロドガルは全員を見回す。
ミリア。
ダグラス。
ナラ。
そしてラーシャとビルム。
さらにマイト。
「……勇者?」
「どうも。」
軽く手を上げるマイト。
ロドガルの眉が跳ね上がった。
「なんでいる!?」
「たまたま。」
「絶対違うだろ!」
そして最後にゼルを見る。
空気が変わった。
ロドガルの表情が険しくなる。
「そいつは誰だ。」
ガエンが答えた。
「今回の元凶だ。」
ギルド内が静まり返る。
「死霊使いゼル。」
全員の顔色が変わった。ロドガルの手が剣へ伸びる。
「大丈夫だよ。」
その時マイトが言った。
「今は大人しいから。」
「今はって何だ。」
「まあ色々あった。」
全然説明になっていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて会議室へ移動し、調査報告が始まった。
魔眼熊、アンデッド化、坑道に広がる死霊の軍勢、死霊巨兵グラヴェル。
そして全ての黒幕だったゼル。
ロドガルは何度も頭を抱えた。
「待て。」
「うん。」
「死霊巨兵?」
「出た。」
「倒した?」
「倒した。」
「勇者が?」
「うん。」
「さらに強化された?」
「された。」
「倒した?」
「倒した。」
「……。」
ロドガルは黙った。
「頭痛い。」
素直な感想だった。
ナラが手を挙げる。
「あとラーシャちゃんがカツカレーを好きになりました!」
「今関係あるか!?」
全員から総ツッコミが飛んだ。
ラーシャが机に突っ伏す。
「もう嫌です……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
長い報告が終わり、ロドガルは深く息を吐いた。
そしてゼルを見る。
「死霊使いゼル。」
「はい。」
「お前の身柄は王国預かりになる。」
「構いません。」
あまりにも素直だった。
逆に怖い。
「逃げる気はないのか。」
「ありません。」
「抵抗は。」
「ありません。」
「本当に?」
「カツカレーを食べた後なので。」
会議室が静まり返った。ガエンが顔を覆い、ミリアが吹き出す。
ビルムは机を叩いて笑っている。
ロドガルは真顔だった。
「勇者。」
「はい。」
「何をした。」
「カツカレー食べただけ。」
「絶対それだけじゃないだろ。」
マイトは首を傾げた。本気で分かっていなかった。
ゼルはそんな様子を見ながら少しだけ笑う。
本当に少しだけ。
「楽しかったですよ。」
その言葉にガエン達は思わず顔を見合わせた。
死霊使いゼル、数日前まで敵だった男。
だが今はなぜか一緒にカツカレーを食べた記憶の方が強く残っていた。
そしてロドガルは疲れ切った顔で言う。
「……とりあえず牢に連れて行け。」
「分かりました。」
衛兵達がゼルを囲む。
ゼルは立ち上がり、扉へ向かう。
だが去る直前、振り返って静かに言った。
「また機会があれば。」
全員を見る。
そして。
「おすすめのカツカレー店を教えてください。」
完全に毒されていた。
「だから何なんだよその影響力は!!」
ロドガルの絶叫が王都ギルド中に響き渡った
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゼルを引き渡し、ガエン達は報酬を受け取りに受付に来ていた。
受付嬢は報告書の束を抱えながら何度もキーボードを叩いていた。
「えーと……魔眼熊討伐。」
カタカタ。
「アンデッド災害の調査。」
カタカタ。
「王国指定危険案件の解決。」
カタカタ。
「死霊巨兵の討伐。」
カタカタ。
「死霊使いゼルの確保。」
カタカタ。
「勇者協力による特別功績……。」
カタカタカタカタ。
受付嬢の手が止まった。
「……。」
「どうした?」
ガエンが聞く。
受付嬢は引きつった笑顔を浮かべた。
「少々お待ちください。」
奥へ消える。
数分後。
別の受付嬢が来る。
さらに数分後。
経理担当らしい老人が来る。
さらに数分後。
ロドガルまで来た。
「何してんだお前ら。」
ガエンが呆れる。
受付嬢が泣きそうな顔で答えた。
「報酬額が確定しません。」
「は?」
「事態が事態なので追加報酬や特別功績報酬や危険手当や国家貢献報酬が発生してまして……。」
「そんなに増えるのか。」
「増えます。」
即答だった。ロドガルも腕を組む。
「正直前例がない。」
全員が頷いた。
マイトが手を挙げる。
「じゃあ終わるまで休憩?」
「そうしてくれ。」
ロドガルは疲れた顔で言った。
「こっちも王城と相談する。」
「大変だな。」
「誰のせいだと思ってる。」
「ゼル?」
「お前らだ。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
というわけで。
ギルドの休憩室。
ガエン達は椅子に座り、ようやく一息ついていた。
ナラはジュース。
ミリアは紅茶。
ダグラスはエール。
ラーシャはなぜかカツカレーの話題が出ないか警戒している。
ビルムは肉串を食べていた。
そしてガエンがふと思い出したように言う。
「そういや聞いてなかったな。」
「何を?」
マイトが首を傾げる。
「お前ら何であそこに来たんだ。」
「あー。」
マイトは思い出したように頷いた。
「話長くなるけどいい?」
「どうせ報酬計算終わるまで暇だ。」
ダグラスがエールを飲みながら言う。
「バハムートクエストIIIをやっとの思いで手に入れて部屋にこもってやってたら....」
「なんだそれ?」
ガエンが首を傾げる。
「知らないの?バハムートクエスト最新作!バハムートクエストIII地底帝国の秘宝じゃん!」
「知らん。」
ガエンが即答した。
「ええっ!?」
マイトが本気でショックを受ける。
「嘘でしょ!?超名作だよ!?世界累計――」
「知らん。」
「王都で今一番売れてるゲームだよ!」
「知らん。」
マイトはやれやれと首を振る。
「まあいいや。で結界を張ってやってたんだけど、いきなり結界が破られて慌てて外に出たらラーシャが泣いてて...」
全員がラーシャを見る。
ラーシャはびくっと肩を震わせた。
「ひっ。」
「泣いてたのか。」
ガエンが言う。
「な、泣いてません……。」
「いや泣いてたよ。」
マイトが即答した。
「だって魔王様が勇者様を呼んで来いって言うから扉を叩いたのに無視されて...」
ガエンがマイトを見る。
「いやだって、防音結界張ってたから!」
マイトは必死に弁解した。
「ゲーム中だったし!」
「最低だな。」
ガエンが即答する。
「最低ね。」
ミリアも頷く。
「最低やな。」
ビルムも頷く。
「最低。」
ナラまで乗った。
「えっ!?」
マイトが周囲を見回す。
「いや待って!?知らなかったんだって!」
ラーシャが小さく手を上げた。
「あの……本当に知らなかったみたいでした……。」
「ラーシャ優しい。」
ナラがしみじみ言う。
「で、慌てて慰めて話を聞いたら魔王が呼んでるって言うから行ったら運動会の実況の練習をするって言い出して...」
ガエンが頭を抱える。
「実況の練習したら楽しくなって、ドラゴンの谷に拡声石を取りに行く事になって、ビルムと行ったらドラゴン達が温泉を掘ってて....」
「待て。」
ガエンが手を上げた。
「どこから突っ込めばいい?」
「全部だな。」
ダグラスがエールを飲みながら言う。
「で、温泉掘るの手伝わされてその報酬に拡声石貰って、ついでに温泉に入って城に戻ったら...」
そこでマイトは悲しそうな顔になった。
「ドワーフ達が城の改装してて、そのせいで一時停電になって、おかげでセーブしてないバハムートクエストIIIのデータが消えて絶望してた。」
休憩室が静まり返った。
「……。」
「……。」
「……。」
マイトは遠い目をしていた。
「レベル六十二。」
ぽつりと言う。
「終盤やん。」
ビルムが真顔で返した。
「レア装備も揃えてた。」
「うわぁ。」
ナラが顔をしかめる。
「隠しダンジョンも攻略してた。」
「それはきついな。」
ダグラスですら同情した。
マイトは机に突っ伏した。
「思い出したらまた悲しくなってきた。」
ガエンが呆れながら言う。
「で?その後は?」
「気晴らしをしようとして歩いてたら魔王が来て、『勇者よ、ラーシャとビルムを連れて気晴らしにガエン達を手伝ってくれ。』て言うから...仕方ないから来た。」
マイトは机に突っ伏したまま言った。
「仕方ないで来る距離じゃないだろ。」
ガエンが即座に突っ込む。
「まあ途中で面白そうだったし。」
「本音出たな。」
ダグラスが言う。
マイトは顔を上げた。
「でも本当に最初は気晴らしだったんだよ?」
「結果的に死霊使いとの決戦になったけどな。」
ガエンが言う。
「そうそう、王都に着いて俺がギルドに入ると大騒ぎになるからビルムとラーシャにガエン達の事を聞いてもらったら魔眼熊の討伐に向かったって言うからさ、行ったら瘴気が凄くてわくわくしたよね。」
休憩室が静まり返った。
「……。」
「……。」
「……。」
全員がマイトを見た。
マイトだけが満面の笑みだった。
「わくわくしたよね。」
「しねぇよ。」
ガエンが即答した。
「普通は心配する。」
ダグラスがエールを置きながら言う。
「仲間が危険な場所におるかもしれんのに、なんで最初の感想がわくわくなんや。」
ビルムも呆れた。
「だって瘴気だよ?」
「だってじゃない。」
ガエンが突っ込む。
「しかも行ったら案の定みんなボロボロだったし。」
マイトは続ける。
「デカい変なやつが腕を振り上げてたし。もう絶好のデータが消えた憂さ晴らしタイムじゃん!って。」
「最低だ。」
ガエンが即答した。
「最低ね。」
ミリアも紅茶を飲みながら頷く。
「勇者としてどうなんだよそれ。」
ガエンが半目になる。
「いやいや。」
マイトは手を振った。
「ちゃんと助けたじゃん。」
「理由が問題なんだよ。」
ガエンが言う。
「普通は『仲間を救うために』だろ。」
「違うよ?」
「堂々と言うな。」
ガエンが机を叩いた。
マイトは不思議そうな顔をした。
「だって助けるのは当たり前じゃん。」
全員が少しだけ黙る。
「だからその上で憂さ晴らし。」
「台無しだよ!」
ガエンが叫んだ。
「良いこと言いそうだったのに!」
「惜しかったな。」
ダグラスが頷く。
「実に惜しいわね。」
ミリアも頷く。
マイトは納得いかない顔だった。
「えぇ……。」
「えぇじゃない。」
ガエンが言う。
「そもそもお前、死霊使いと戦ってる時もずっと楽しそうだったじゃねぇか。」
「あれは楽しかった。」
即答だった。
「即答しやがった。」
「だってさ。」
マイトは身振り手振りを交えながら語り始めた。
「まずスケルトン軍団が出てくるじゃん?」
「出てきたな。」
「うわー、王道!」
「王道扱いするな。」
「次にゾンビ軍団!」
「出てきたな。」
「うわー、王道!」
「だから王道扱いするな!」
「さらに巨大アンデッド!」
「出てきたな。」
「うわー、王道!」
「ゲーム感覚やめろ!」
ガエンのツッコミが止まらない。
マイトは真顔で続けた。
「しかも最後は合体した。」
休憩室が静まる。
「あー……。」
ナラが遠い目になる。
「合体したね。」
ダグラスも頷く。
「したな。」
ビルムも頷く。
「確かにした。」
ミリアも頷く。
「したわね。」
ラーシャまで頷いた。
全員が思い出していた。
あの巨大な死霊巨兵がさらにアンデッド達を取り込んで巨大化した光景を。
マイトは満足そうに言った。
「ほら。」
「ほらじゃない。」
ガエンが返す。
「言われてみれば王道だけど。」
「王道やな。」
「王道だったわね。」
「王道でした。」
全員が微妙に認めた。
「だろ?」
マイトが嬉しそうに言う。
「だから俺ずっと『次の形態あるかな』って期待してた。」
「お前そんなこと考えてたのか。」
ガエンが呆れる。
「だって第三形態まで行ったし。」
「行ったな。」
「第四形態あると思うじゃん。」
「思わん。」
「え?」
「思わん。」
マイトは心底驚いた顔をした。
「みんな思わないの?」
「思わねぇよ。」
全員一致だった。
マイトはしばらく考え込む。
そして。
「じゃあ俺がおかしいのか。」
「今さら!?」
休憩室に総ツッコミが響いた。
コンコン
その時休憩室のドアがノックされた。
「失礼します。」
ドアが開き入ってきたのは受付嬢だった。
「あ、計算終わりました。」
全員が立ち上がる。
「お。」
「やっとか。」
「長かったわね。」
受付嬢は苦笑した。
「その……通常の討伐報酬だけならすぐだったんですが。」
嫌な予感がした。
「今回、魔眼熊の討伐、死霊災害の阻止、大規模アンデッド軍団の殲滅、国家指名手配犯ゼルの確保、その他諸々。」
淡々と読み上げられる。
全員の顔が引きつった。
「その他諸々って何。」
ナラが聞く。
「報告書三十七ページ分です。」
「そんなにあったの!?」
「ありました。」
受付嬢は真顔だった。
「なのでギルド本部、王国、各領地、被害地域からの特別報酬も加算されまして……。」
嫌な予感がさらに強くなる。
受付嬢は紙を差し出した。
ガエンが受け取って見る。
固まった。
「……。」
「どうした?」
ダグラスが覗き込み固まった。
「……。」
「え?」
ミリアも見て固まった。
「……。」
「なになに?」
ナラも見て固まった。
「……。」
「みんな反応おかしいです!」
ラーシャが慌てる。
ガエンが震える声で言った。
「王都で屋敷買える。」
静寂。
「……は?」
マイトが聞き返す。
「王都で屋敷買える。」
「どのくらいの屋敷?」
「普通に貴族が住むレベル。」
「は?」
今度はマイトが固まった。
ビルムが紙を奪い見る。
「うわ。」
それしか言えなかった。
受付嬢が補足する。
「ちなみにもっと出せという意見までありました。」
「なんで!?」
「王国としては滅亡回避案件だったので。」
全員が黙った。
確かに言われてみればそうだった。
ゼルの実験が成功していたら大惨事どころではない。
国が何個か消えていた可能性すらある。
受付嬢が咳払いした。
「というわけで、正式に受領書へサインを。」
しばらくして。
ガエンが震える手でサインを終えた。
ナラはまだ現実感がない顔だった。
「お疲れ様でした。それと、ギルドマスターからお話があるそうです。」
ガエンが眉をひそめる。
「嫌な予感しかしないんだが。」
「まぁそう言うな。」
ギルドマスターのロドガルが入って来る。
「話というのは他でもない。お前達の捕えたゼル=グラードの事だ。」
ビルムが反応する。
「ゼルがどないしたん?」
「今は王都の牢獄に入っているが、司法国家サイヴァーンへの移送が決定した。」
ダグラスがガエンの方を向く。
「嫌な予感が当たりそうだな。」
ガエンは頭を掻きながらロドガルを見た。
「もしかしてだけど、依頼?」
「そうだ。」
「やっぱりか!この流れで『移送が決まりました』だけで終わるわけないだろ!」
「察しがいいな。」
「察したくなかった!」
ロドガルはニヤリと笑った。
「まあ確かにサイヴァーンには後で行く予定ではあったけど、本当は先にクリアフォルに行くつもりで防寒装備のために魔眼熊討伐の依頼を受けたはずなんだよなぁ。」
ガエンは天井を見上げるとナラが言った。
「でもさ、行く順番が変わっただけだよ。それに依頼ついでにサイヴァーンで運動会のスポンサーの話できるじゃん。」
「お前はいつもポジティブだな。」
ガエンがボソッと呟いた。
ロドガルがガエンの肩を叩く。
「頼めるか?」
「わかったよ。」
ロドガルの言葉にガエンが頷く。
「じゃ、サイヴァーンに行く準備をするか。」
準備のためにギルドを出た後。
宿へ向かう道中。
「とりあえず保存食と着替えと……。」
ガエンが指を折りながら確認する。
「防寒装備も忘れずにな。」
ダグラスが言う。
「サイヴァーンって寒いんだっけ?」
ナラが首を傾げる。
「その後クリアフォルに行くんだ。揃えておいた方がいい。」
ダグラスが答えた。
ミリアがみんなを見ながら言う。
「司法国家サイヴァーン。法律関係なら大陸でも有数よ。」
その瞬間。
全員が少しだけ黙った。
「……。」
「……。」
「……。」
ガエンがゆっくり振り返る。
「そういや。」
ダグラスも振り返る。
「そうだな。」
ビルムが嫌な顔をした。
「なんや。」
ミリアも嫌な予感がした。
「何?」
ガエンが言う。
「サイヴァーンって犯罪歴ある奴にめちゃくちゃ厳しかったよな?」
「……。」
「……。」
「……。」
ナラが首を傾げる。
「うん。」
ダグラスが遠い目をした。
「入国審査が異様に細かい。」
ガエンが指を一本立てる。
「ミリア。」
「はい。」
「元盗賊。」
ミリアが固まった。
「……わ、若い頃って激辛なものを食べたくなるのよ。」
ガエンが二本目の指を立てる。
「ビルム。」
「なんや?」
「昔貴族の屋敷から金品を盗んだ前科あり。」
ビルムも固まった。
「……。」
「……。」
「……。」
数秒の沈黙の後、ナラが無邪気に言った。
「大丈夫じゃない?」
全員が見た。
「何を根拠に。」
ガエンが聞く。
「だって二人とも今はいい人だし。」
「サイヴァーンの法律はそんなふわっとしてない。」
ダグラスが即答した。
ナラが「えっ」となる。
ミリアが額を押さえた。
「ちょっと待って。私は更生してるのよ?」
「知ってる。」
「盗賊辞めて何年経ってると思うの?」
「知ってる。」
「じゃあ問題ないじゃない。」
「サイヴァーンだから問題なんだ。」
ガエンは真顔だった。
ビルムも腕を組む。
「いや待て待て。昔の話やぞ?」
「何年前だ?」
「十年くらい前や。」
「盗んだ場所は?」
「貴族の屋敷。」
「被害額は?」
「言いたくない。」
「アウト。」
「なんでや!」
ビルムが叫んだ。
ダグラスがため息を吐く。
「お前らサイヴァーン舐めすぎだ。」
ミリアが恐る恐る聞く。
「そこまで厳しいの?」
「昔、酒場で喧嘩しただけの冒険者が半日拘束された。」
「は?」
「税金の申告漏れがあった商人が三日足止めされた。」
「は??」
「偽名使ってた元傭兵は入国拒否。」
「は???」
ミリアの顔色がどんどん悪くなる。
ビルムも笑顔が消えた。
ガエンがぽつりと言う。
「元盗賊。」
ミリアが目を逸らした。
「元窃盗犯。」
ビルムが空を見た。
ダグラスが結論を出す。
「念のため二人は行かない方がいい。」
沈黙の後、しばらくしてミリアが観念したように肩を落とした。
「……それが無難ね。」
「せやな。」
ビルムも珍しく素直だった。
ガエン達が驚く。
「反論しないのか?」
「するわけないでしょ。」
ミリアが即答した。
「司法国家相手に元盗賊が喧嘩売るほど馬鹿じゃないわ。」
「ワイも牢屋に入りに行く趣味はない。」
ビルムも頷く。
ナラだけが残念そうだった。
「一緒に行けないの?」
ミリアが笑った。
「どうせ後で合流するわよ。」
ビルムも言う。
「せや。元々クリアフォル行く予定やったんやし。」
ダグラスが地図を取り出した。
「ならこうだな。」
指でルートを示す。
「俺達はゼルを連れてサイヴァーン。」
「うん。」
「ミリアとビルムは先にクリアフォルへ向かう。」
「了解。」
「サイヴァーンでの用事が終わったら俺達もクリアフォルへ移動。」
ガエンが頷く。
「現地合流だな。」
話がまとまった。
しかし全員の視線がミリアとビルムへ向く。
「なんや。」
「何よ。」
ガエンが真顔で言った。
「迷子になるなよ。」
「誰がや。」
ビルムが即答した。
「お前。」
「お前だ。」
ダグラスとガエンが同時に言う。
「なんでワイやねん!」
ビルムが抗議する。
するとガエンが言った。
「ちなみに前回クリアフォル行こうとして逆方向行ったのは誰だ。」
ビルムが固まった。
「……。」
「三日。」
ダグラスが言う。
「三日迷った。」
ガエンが言う。
「地図持ってたのに。」
ミリアが言う。
「しかも街道沿いで。」
ナラが吹き出した。
「ぷっ。」
「笑うなや!」
ビルムが顔を真っ赤にした。
ナラは腹を抱えている。
「だって三日って!」
「しゃーないやろ! あの時は霧が出とったんや!」
「街道で?」
ミリアが呆れた顔をする。
「街道でや。」
「街道って道よね?」
「道や。」
「一本道だったわよね?」
「……一本道や。」
全員が黙った。
「どうやったら迷うんだ。」
ガエンが真顔で聞く。
「知らんわ!」
ビルムが逆ギレした。
するとダグラスがふと腕を組んだ。
「待て。」
全員が見る。
「そもそもミリアとビルムだけでクリアフォルまで行かせるのも不安だな。」
「何がや。」
「全部だ。」
即答だった。
ビルムが傷付いた顔になる。
「信頼ゼロやん。」
「迷子実績あり。」
ガエン。
「元盗賊。」
ナラ。
「方向音痴。」
ミリア。
「お前まで言うんか!?」
ビルムが叫ぶ。
ミリアは肩をすくめた。
「事実だもの。」
「仲間を売るなや!」
「売ってないわ。共有してるだけ。」
「同じや!」
ラーシャが静かに言った。
「確かに少し心配ですね。」
「ラーシャまで!?」
ビルムの味方が誰もいなかった。
ダグラスは少し考えた後、地図を見ながら言った。
「……いや。」
「?」
「俺がミリアとビルムに同行する。」
その場が静まっりガエンが目を瞬く。
「は?」
ナラも首を傾げる。
「じゃあサイヴァーンどうするの?」
ダグラスはみんなを見る。
「ガエンとマイトがいれば移送は問題ない。」
「まあ、確かに。」
マイトが腕を組む。
ガエンはしばらく考えた後、頷いた。
「確かに移送だけなら何とかなるか。」
「俺もいるしな。」
マイトが腕を組む。
ダグラスも頷いた。
「ゼルの移送はギルド側でも手配するだろうし、俺が絶対必要ってわけじゃない。」
「まあな。」
ガエンも納得する。
そしてダグラスが改めて言った。
「クリアフォル方面は雪山越えもある。方向音痴と元盗賊を二人だけで放り出すのは不安だ。」
「方向音痴は関係ないやろ!」
ビルムが抗議した。
「関係ある。」
全員一致だった。
「くっ……!」
ビルムが膝をつく。
ミリアは呆れたように肩をすくめる。
「正直、ダグラスがいてくれるなら助かるわ。」
「だろうな。」
「ええ。」
即答だった。
ビルムだけが傷付いていた。
「というわけで。」
ダグラスが地図を畳む。
「ガエン、マイト、ナラ、ラーシャでサイヴァーン。」
「了解。」
「俺、ミリア、ビルムでクリアフォル。」
「了解。」
ようやく本当に話がまとまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宿へ戻ると、それぞれ自分の部屋へ向かった。
ガエンは荷物袋をベッドへ放り投げる。
「さて。」
袋を開き、一つずつ確認する。
保存食。水筒。火打石。ロープ。毛布。予備の服。
「サイヴァーンの後はクリアフォルだからな。」
防寒具も確認する。
「雪山で凍えるのは御免だ。」
一つ一つを確認しながら荷物をまとめていった。
◇◇◇◇◇◇◇
ナラの部屋。
「えーっと。」
ベッドの上には大量のお菓子が並んでいた。
クッキー。干し果物。蜂蜜飴。焼き菓子。
「これも必要。」
袋へ入れる。
「これも必要。」
袋へ入れる。
「これも――」
荷物が限界を迎えた。
そこへラーシャが通りかかる。
「ナラさん。」
「ん?」
「お菓子しか入ってませんよね?」
「非常食!」
「違います。」
即答だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ラーシャは薬品類を机に並べていた。
治癒薬。解毒薬。包帯。消毒液。魔力回復薬。
一つずつ確認する。
「よし。」
不足はない。
完璧だった。
その時、隣の部屋から声が響く。
「なんで閉まらへんねん!」
ビルムだった。
ラーシャは静かに目を閉じる。
「また始まりましたね……。」
◇◇◇◇◇◇◇
ビルムの部屋。
「おかしいやろ!」
荷物袋が閉まらない。
原因は簡単だった。
荷物が多すぎる。
「だから何で鍋を持って行くのよ。」
ミリアが呆れる。
「野営するかもしれんやろ。」
「鍋一つで十分よね?」
「予備や。」
「予備の鍋って何。」
「予備の鍋や。」
会話になっていなかった。
ミリアは額を押さえる。
「しかも予備二つあるじゃない。」
「予備の予備や。」
「いらないわよ!」
◇◇◇◇◇◇◇
そのミリアも自室へ戻る。
荷物は少ない。
武器。着替え。保存食。防寒具。
必要なものだけを手際よくまとめる。
そして窓の外を眺めた。
「クリアフォルか。」
本来はこちらが最初の目的地だった。
魔眼熊討伐も、そのための準備資金と素材集めだったはずだ。
「遠回りしたわね。まぁクリームシチューを作ってたらお好み焼きが出来てたみたいなものね。」
そう呟いて少しだけ笑う。
あの依頼から始まって、気付けば王国の滅亡危機に巻き込まれていた。
普通ならありえない。
だがガエン達といると、なぜかそういうことが起きる。
◇
ダグラスの部屋。
地図が広げられていた。
クリアフォルへのルート。
宿場町。雪山地帯。危険地帯。
全て確認する。
「……。」
しばらく見た後、小さく息を吐く。
「ビルムがいるからな。」
真剣な顔だった。
迷子対策は重要である。
非常に重要である。
◇◇◇◇◇◇◇
マイトは剣の手入れをしていた。
シャッ。
シャッ。
砥石の音が響く。
「サイヴァーンか。」
法律だの手続きだのは苦手だった。
だが任務は任務である。
剣を鞘へ収める。
「まあ何とかなるだろ。」
相変わらずだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夕方。
宿の一階。
全員が再集合した。
荷物をまとめ、準備はほぼ完了している。
ガエンが全員を見回した。
「忘れ物は?」
「ない。」
マイト。
「ありません。」
ラーシャ。
「多分ない!」
ナラ。
「多分ってなんだ。」
ガエンが即座に突っ込む。
「多分は多分!」
「不安しかねぇ。」
ダグラスがため息を吐く。
そして全員を見る。
「出発は明日の朝だ。」
頷きが返る。
明日から別行動。
サイヴァーン組。
クリアフォル組。
しばらくは別々の旅になる。
だが目的地は同じだった。
クリアフォル。
そこで再び合流する。
そう決めて、全員はそれぞれ早めに休むため部屋へ戻っていった。




