14.死霊使い、思い出を語る
マイトが一歩前に出る。
「あー、ガエン達はボロボロでしょ?休んでてよ。ラーシャ、治癒魔法やってあげて。」
ラーシャは不安げにしながらもガエン達に治癒を始める。
ビルムがマイトの隣に並ぶ。
「よっしゃ、行くでぇ!」
「いや、ちょっと待って。俺だけでやるよ。」
「はあ?ほな何したらええねん?」
マイトは少し考えてからポンとビルムの肩を叩く。
「実況でもしてて。」
「実況!?」
ビルムが思わず聞き返した。
「うん。」
「戦闘中やで!?」
「大丈夫大丈夫。」
マイトは軽く手を振る。
「そんな暇ないくらい忙しくなるかもしれないし。」
「どっちやねん!」
ビルムが全力でツッコんだ。
そのやり取りを見ていたゼルが静かに眉をひそめる。
「随分と余裕ですね。」
「まあね。」
「私を前にして。」
「うん。」
マイトは即答だった。
ゼルのこめかみがわずかに引きつる。
後方ではラーシャがガエンの腕に治癒魔法を流していた。
淡い緑色の光が傷口を包む。
「え、えっと……痛くないですか……?」
「おう。」
ガエンが拳を握る。
先ほどまで裂けていた皮膚がみるみる塞がっていく。
「すげぇな。」
「そ、そうですか……?」
ラーシャは少し嬉しそうに耳を揺らした。
ナラも驚いている。
「わぁ!すごい!ミリアも治ってる!」
「かなり腕がいいわね。」
ミリアが自分の肩を回す。
ダグラスも静かに頷く。
「上級治癒術か。」
「す、すみません……もっと上手な人はいます……」
「褒められてんだから素直に受け取れ。」
ガエンが言う。
ラーシャは顔を真っ赤にした。
「ひゃ、ひゃい……」
ビルムが笑う。
「相変わらず自己評価低いなぁ。」
「だ、だって私なんて……」
「始まった。」
マイトが遠くを見ながら言う。
「始まったな。」
ビルムも頷く。
「始まったな。」
ガエンまで頷く。
ラーシャはますます小さくなった。
「うぅ……」
そんな様子を見ていたゼルは静かにため息をつく。
「なるほど。」
額の紫の魔眼が輝いた。
「あなた方は状況を理解していないようですね。」
瘴気が広がり地面が震える。
ガタガタガタガタ……
周囲の骨が動き出した。
砕かれたスケルトン。
坑道の奥に転がる骸骨。
さらに外から流れ込む無数の死体。
黒い魔力がそれらを繋ぐ。
カタカタカタカタ……
ゴゴゴゴゴ……
数十。
百。
さらに増える。
それはスケルトン軍団だった。
ナラが目を丸くする。
「うわぁ!?」
ミリアが顔をしかめる。
「まだこんなにいたの!?」
ガエンも思わず唸る。
「これは流石に多いぞ。」
ゼルが両手を広げた。
「さあ。」
その声と同時に。
数百のスケルトンが一斉に突撃した。
坑道を埋め尽くす白骨の波。
凄まじい光景だった。
だがマイトは。
「あ。」
ポケットを探るような仕草をした。
「剣どこやったっけ。」
「戦えや!!」
ビルムが叫ぶ。
「なんてね。」
腰の剣を抜く。
そして一歩前へ。
「じゃ。」
笑った。
「片付けるね。」
次の瞬間。
ドンッ!!
地面が爆発した。
マイトの姿が消える。
次の瞬間、スケルトン達の中央。そこに現れていた。
「なっ――」
ゼルが目を見開く。
速すぎた。剣が一閃する。
ズバァァァァァァン!!
光の軌跡。
それだけだった。
次の瞬間。
最前列のスケルトン数十体が同時に崩壊した。
さらにマイトは止まらない。
右へ。
左へ。
前へ。
後ろへ。
坑道中を光が跳ね回る。
ズバァン!!
ドガァァン!!
バキィィィン!!
スケルトン達が次々と粉砕されていく。
ビルムが思わず実況を始めた。
「おおっとぉ!勇者マイト!なんかもう見えへん!」
「実況として終わってるな!」
ガエンがツッコむ。
「だって見えへんもん!」
その間にもスケルトン達は消えていく。
一体。
十体。
百体。
まるで草刈りだった。
ゼルの表情が初めて険しくなる。
「馬鹿な……」
スケルトン達は本来なら強化されている。
上級冒険者でも苦戦するはずだ。
だがマイトは。
「あ、ごめん。」
最後のスケルトンの頭蓋骨を砕きながら言った。
「弱すぎて加減ミスった。」
ボロボロと骨の山が崩れる。
静寂が辺りをつつむ。
残ったのは砕かれた骨だけだった。
マイトは剣を肩に担ぐ。
「次ある?」
まるで散歩の途中で聞くような気軽さだった。
後方では治療を受けながらガエン達が呆然としていた。
「……なんだあいつ。」
「勇者。」
ダグラスが答える。
「いや知ってる。」
「だが勇者だ。」
「説明になってねぇ。」
ナラは目を輝かせていた。
「すごーい!」
ラーシャは青ざめている。
「ゆ、勇者様ってこんななんですか……?」
ビルムが肩をすくめた。
「いや、ワイも最初同じこと思ったわ。」
そして前方。
ゼルだけが無言だった。
額の魔眼が不気味に輝く。
その目には初めて、わずかな警戒の色が浮かんでいた。
砕け散った骨の山、数百体のスケルトン軍団。
それらを見つめながら静かに目を閉じる。
「……なるほど。」
その声は先程までとは少し違った。
余裕を保ちながらも、慎重さが混じっている。
マイトは首を傾げた。
「ん?」
「認識を改めましょう。」
ゼルは静かに言う。
「あなたは確かに危険だ。」
「今さら?」
「今までは資料でしたので。」
「人を資料として見るな。」
「死霊術師の悪い癖です。」
妙に素直だった。
ビルムが思わず吹き出す。
「死霊使いの資料!」
だが次の瞬間。
ゼルの魔眼が強く輝いた。
ゴォォォォォ……
瘴気が渦を巻くき、坑道全体が震え始めた。
ダグラスの表情が変わる。
「来るぞ。」
砕けた骨。壊れたゾンビ。魔眼熊の残骸。
先ほどマイトが破壊したスケルトン達。その全てが再び動き始めた。
ナラが青ざめる。
「えぇぇぇ!?また!?」
だが今度は違った。骨達は起き上がらない。
そのままある一箇所に集まっていく。
死霊巨兵グラヴェル。
その全てがグラヴェルに集まる。
巨大な骨だけだったものがアンデッド達の残骸によって新たな姿に変わっていく。
砕けた骨が吸い寄せられる。
ゾゾゾゾゾ……
まるで巨大な渦だった。
スケルトンの骨、ゾンビの肉片、魔眼熊の黒い骨格。
数百体分の残骸が死霊巨兵グラヴェルへと飲み込まれていく。
巨大な肋骨の隙間を埋めるように黒い肉が形成される。腕はさらに太く、脚はさらに巨大に。そして背中からは無数の骨棘が突き出した。
ゴゴゴゴゴゴ……
天井が悲鳴を上げる。
つい先ほどまででも十分に怪物だった。
だが今のグラヴェルは違う。
高さはさらに倍近く、全身から噴き出す瘴気は嵐のようだった。さらに額には魔眼熊の紫の魔眼。それが埋め込まれていた。
ガエンが思わず顔を引きつらせる。
「おいおいおい……」
ミリアも珍しく真顔になる。
「冗談でしょう……?」
ダグラスが低く呟く。
「死霊術による融合強化か。」
ナラは口をぱかっと開けていた。
「なんかラスボス感が三倍くらいになった!」
「三倍どころちゃうやろ!」
ビルムが叫ぶ。
「めっちゃ盛っとるやんあいつ!反則やろ!」
ラーシャも震えている。
「こ、こんなの……どうやって……」
グラヴェルがゆっくりと立ち上がる。
ズズズズズ……
その動きだけで地面が陥没する。
紫の魔眼が開いた。
ギロリ。
見ただけで吐き気を催すほどの重圧。
ガエン達の背中に冷たい汗が流れる。
先ほど戦った時とは比較にならない。
誰が見ても分かる。
強い。圧倒的に強い。
ゼルは静かに両手を広げた。
「真死霊巨兵グラヴェル。」
瘴気が吹き荒れる。
「数百の死霊と魔眼熊を融合させた私の傑作です。」
グラヴェルが咆哮する。
グォォォォォォォォォォォォォォッ!!
衝撃波で周囲の岩壁が砕けた。
ナラが悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁ!強そう!」
「いや絶対強いだろ!」
ガエンが叫ぶ。ビルムも額に汗を浮かべる。
「流石にこれはヤバいんちゃうか……?」
ラーシャは半泣きだった。
だが。
そこで全員が気付いた。
マイトだけ反応がおかしい。
彼はグラヴェルを見上げながら、ぽりぽりと頬を掻いていた。
「……。」
「……。」
「……。」
みんながマイトを見る。マイトはしばらく眺めた後。
「へぇ。」
それだけだった。
ガエンが思わず聞く。
「へぇってなんだ。」
「いや。」
マイトは欠伸を噛み殺しながら答える。
「なんかもっと面白いの来るかと思った。」
場が凍った。ゼルの眉がぴくりと動く。
「……面白い?」
「うん。」
マイトはグラヴェルを指差す。
「でっかくなっただけじゃん。」
完全な沈黙の後、ナラが小声で言う。
「あいつ怒るよ?」
「あいつ怒るな。」
ガエンが即答した。
案の定ゼルのこめかみに青筋が浮かぶ。
「でっかくなっただけ、ですか。」
「うん。」
「魔眼熊を融合しています。」
「見れば分かる。」
「数百体の死霊も。」
「それも見れば分かる。」
「なら理解できるでしょう。」
マイトは少し考え、そして真顔で言った。
「つまり当たり判定が大きくなった?」
ビルムが吹き出した。
「アカン!」
ナラも笑いを堪えている。
「ダメだこの勇者!」
ゼルは数秒間沈黙した後、静かにグラヴェルの方を向いた。
「……グラヴェル。」
その声は冷たい。
「彼に現実を教えて差し上げなさい。」
グラヴェルの魔眼が妖しく輝く。
ゴォォォォォォ……
巨大な拳がゆっくりと持ち上がる。
坑道全体を覆うほどの質量。
ガエン達の表情が引き締まる。
だが対するマイトは剣を肩から下ろしながら、ものすごくつまらなそうな顔で呟いた。
「はぁ……」
そして。
「早く終わらせて、みんなで飯にしない?」
その一言にゼルの笑顔が完全に消えた。
「……潰しなさい。」
グラヴェルが動く。
ドゴォォォォォォォォン!!
巨大な拳が振り下ろされた。
地面が消し飛び岩盤が砕ける。衝撃で坑道全体が揺れた。
ナラが悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁぁ!!」
ガエン達も反射的に身構える。
だが。
「遅い。」
マイトの声がグラヴェルの拳の上から聞こえた。
マイトはそこに立っていた。
「なっ――」
ゼルの目が見開く。
あり得ない。
あの速度。あの質量。普通なら回避すら困難。
だがマイトはまるで散歩でもしているような顔だった。
「でかいだけだなぁ。」
トン。
軽く足を踏み鳴らす。
その瞬間。
バギィィィィィィン!!
拳全体に亀裂が走った。
「グォォォ!?」
グラヴェルが初めて苦鳴を上げる。
マイトはそのまま歩いていく。
腕を歩き肩を登り首を歩く。
まるで山登りだった。
「ちょ、ちょっと待って!」
ナラが叫ぶ。
「なんで歩いてるの!?」
「近道。」
意味が分からない。
次の瞬間、マイトはグラヴェルの額へ到達した。
そこに埋め込まれた魔眼熊の魔眼。
「じゃ。」
剣が振られる。
ズバン!!
魔眼が真っ二つになった。
紫の光が弾け飛びグラヴェルが絶叫した。
グォォォォォォォォォォォォォォッ!!
全身の瘴気が暴走する。
だがゼルは笑った。
「甘いですね。」
紫の魔眼が輝く。
「再構築。」
グラヴェルの身体が膨れ上がる。
砕けた魔眼、壊れた骨、全てが再生していく。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
そして身体がさらに巨大化する。腕が四本、背中から十数本の骨翼、胸部には新たな魔眼。肩にも腹部にも魔眼。
全身が魔眼だらけの怪物へ変貌した。
ナラが引いた。
「気持ち悪っ!!」
ビルムも頷く。
「もうデザイン会議失敗しとるやろ!」
ゼルは両手を広げる。
「これが終極形態。」
魔力が吹き荒れる。
「真死霊巨兵グラヴェル・ネクロス。」
グラヴェルが咆哮した。
空気が震える。地面が砕ける。天井から岩が降る。
今度こそ誰の目にも明らかだった。
先ほどとはさらに桁が違う。
ラーシャが震えながら呟く。
「こ、これなら……」
ガエンも苦い顔になる。
「流石にヤバいか。」
だがマイトは。
「ふーん。」
それだけだった。ゼルの額に青筋が浮く。
「まだ何か不満でも?」
「いや。」
マイトは首を傾げる。
「魔眼増やした意味ある?」
ゼルが静かに言う。
「あります。」
「でも全部斬れば終わりでしょ?」
「……。」
「むしろ弱点増えてない?」
ビルムが腹を抱えた。
「やめたれや!」
ゼルがついに声を荒げる。
「潰せぇぇぇぇぇぇ!!」
グラヴェルが暴れた。
四本の腕、無数の骨棘、魔眼から放たれる重圧。
全てが一斉にマイトへ襲いかかる。
そして、マイトが消えた。
「え?」
ナラが目を瞬く。見失った。誰も追えない。
ガエンも、ダグラスも、ゼルでさえ見えなかった。
次の瞬間。
バギン!!
一つ目の魔眼が砕ける。
バギン!!
二つ目。
バギン!!
三つ目。
バギン!!
四つ目。
爆音が連続した。まるで同時だった。
グラヴェルの全身の魔眼が次々と破壊されていく。
残像だけが走る。
ズドドドドドドドドド!!
骨が砕け肉が裂け瘴気が吹き飛ぶ。
そしてマイトが元の位置へ戻って剣を肩に担ぐ。
「終わり。」
その一秒後。
グラヴェルの身体に無数の斬撃線が浮かんだ。
ピシッ。
ピシピシピシッ。
ガラガラガラガラガラガラ!!
崩壊していく、巨体が完全に砕け散った。
骨も、肉も、魔眼も、何一つ残らない。瘴気さえ消滅した。
そして静寂が辺りを包む。
誰も喋れなかった。
ゼルだけが呆然としている。
「……そんな。」
自信作だった。
最高傑作だった。
切り札だった。
その全てが。
数秒。いや実際には一瞬で終わった。
マイトは剣を鞘へ収める。
カチン。
そして振り返った。
「よし。」
いつもの調子。
「飯行こ。」
ガエンが思わず叫ぶ。
「飯行こじゃねぇよ!!」
「先に感想とかあるだろ!」
「あるよ?」
「何だ!」
マイトは真顔で答えた。
「腹減った。」
ナラが吹き出した。
ビルムが大爆笑する。
ラーシャも思わず笑ってしまう。
ダグラスは小さくため息を吐いた。
そして、ゼルだけが信じられないものを見るようにマイトを見つめていた。
初めてだった。自分の作り上げた死の軍勢が、まるで子供の積み木のように扱われたのは。
「とりあえず死霊使いをギルドまで連行するか。」
ガエンがゼルを見る。
ゼルは動かなかった。いや、動けなかった。
ただ静かに立ち尽くし、崩れ去ったグラヴェルの残骸があった場所を見つめている。
「……ありえない。」
ぽつりと呟く。
「真死霊巨兵ですよ。」
誰に言うでもなく。
「王国軍一個大隊すら壊滅させられる戦力です。」
「へー。」
マイトが興味なさそうに返した。
「すごいじゃん。」
「……。」
「だから飯行こ?」
ゼルのこめかみがぴくりと震えた。
ガエンが頭を抱える。
「お前もう少し空気読め。」
「読んでるよ。」
「読めてねぇ!」
ビルムが笑いながら肩を叩く。
「まあまあ。事実上終わっとるしな。」
ラーシャがおずおずとゼルへ近付いた。
「あ、あの……。」
ゼルが視線を向ける。
ラーシャは少し怯えながらも言った。
「もうやめませんか……?」
「……。」
「これ以上戦っても、多分……。」
ちらりとマイトを見る。
マイトは欠伸をしていた。本当に欠伸だった。
ゼルはその姿を見て無言になる。
普通なら怒りが湧く。侮辱されたと感じる。
だが今は違った。
理解できなかったのだ。
どうしてこんな男が存在するのか。
どうして自分の切り札が通用しないのか。
どうして圧倒的な力を持ちながら、世界征服だの名誉だのに興味がないのか。
マイトが首を傾げる。
「なに?」
「……あなたは。」
ゼルが低く問う。
「何者なのですか。」
「勇者。」
即答だった。
「いや、それは知っています。」
「じゃあマイト。」
「そういう意味ではありません。」
「面倒だなぁ。」
ガエンが割り込む。
「つまりお前なんでそんな強いんだって話だ。」
「あー。」
マイトは少し考えた。
皆が答えを待つ。
そして。
「いっぱい食べていっぱい寝た。」
沈黙。
「……。」
「……。」
「……。」
ナラが吹き出した。
「絶対違うでしょ!」
「本当だって。」
「絶対違う!」
ビルムが腹を抱えて笑う。ガエンは頭を押さえた。ダグラスは遠い目をした。ラーシャは困ったように笑った。
ゼルだけが真顔だった。
しばらくして。
ふっ。
小さな笑い声が漏れた。
全員が驚く。
ゼル自身も驚いていた。
「……はは。」
それは久しぶりの感覚だった。
「なるほど。」
敗北。完全なる敗北。
だが不思議と悪い気分ではなかった。
少なくとも目の前の男に勝てる未来だけは想像できない。
ゼルは静かに両手を上げた。
「降参です。」
ガエンが警戒する。
「変な真似するなよ。」
「しません。」
「本当に?」
「ええ。」
ゼルは苦笑した。
「これ以上やれば、次は私が粉々になりそうですから。」
「正解。」
マイトが頷く。
「その判断は賢い。」
「褒め言葉として受け取っておきます。」
そうして一行はゼルを連れて坑道の出口へ向かい始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
移動をしながらミリアがマイトを見る。
「勇者って本当に圧倒的なのね。断食の後のカツカレーみたい。」
「えっと、説明....」
「考えたら負けだ。」
ダグラスがマイトの肩を叩く。
「いや待て。」
ガエンが即座に突っ込んだ。
「なんだよ断食の後のカツカレーって。」
「最強という意味よ。」
ミリアは真顔だった。
「比較対象が分からん。」
「食べたことないです……。」
ラーシャがおずおずと言う。
「えっ!?」
ミリアが振り返る。
「カツカレーを!?」
「そこ!?」
ナラが叫んだ。
「そこに驚くの!?」
ビルムが腕を組む。
「ラーシャ、人生損しとるで。」
「そ、そんな大げさな……。」
「大げさちゃう。」
ビルムは真剣な顔で言った。
「カツカレーはな、文明や。」
全員が黙る。
なぜか本人だけが神聖な話題を始める時の顔だった。
「まずカレー。」
ビルムが指を一本立てる。
「うまい。」
「うん。」
ナラが頷く。
「そらそうだ。」
ガエンも頷く。
「次にカツ。」
二本目の指が立つ。
「うまい。」
「それもそうね。」
ミリアが頷く。
「ほんで普通の人間は考える。」
ビルムは空を見上げた。
「カレーだけでええんちゃうか。カツだけでええんちゃうか。」
そこでビルムは一呼吸置く。
「せやけどな。」
ビルムの目が輝いた。
「偉い人がある日思ったんや。」
全員がなんとなく聞いてしまう。
「両方乗せたろ。」
沈黙。
「いやまあそうなんだけど。」
ガエンが言う。
「そこが革命なんや!!」
ビルムが叫んだ。
「炭水化物!肉!スパイス!揚げ物!」
両腕を広げる。
「人類の欲望全部盛りや!!」
「すごい勢いで語り始めたわね……。」
ミリアが少し引く。
しかしビルムは止まらない。
「しかもや。」
人差し指を突き出す。
「サクサクのカツがええ。」
「ほう。」
なぜかマイトが反応した。
「せやけどカレーがかかる。」
「うん。」
「つまりサクサクとしっとりが共存するんや。」
「なるほど。」
「相反する概念の融合や。」
「何言ってるか分からなくなってきた。」
ガエンが呟く。
「さらに福神漬け。」
「さらに?」
ダグラスが首を傾げる。
「ここで福神漬けや。」
ビルムは力強く頷く。
「休憩地点や。」
「休憩地点?」
ラーシャが首を傾げる。
「ダンジョンでいうセーフティエリアや。」
「福神漬けが?」
ナラが首を傾げる。
「せや。」
「福神漬けが?」
ガエンが首を傾げる。
「せや。」
全員が困惑した。
ビルムだけが真面目だった。
「カツ食う。」
「うん。」
ナラが頷く。
「カレー食う。」
「うん。」
「福神漬け。」
「うん。」
「復活。」
「しないわよ。」
ミリアが即答した。
「する。」
「しない。」
「する。」
「しない。」
「する。」
「子供か。」
ダグラスが呆れる。
その時、マイトがふと口を開いた。
「でも分かる。」
「おおっ!?」
ビルムが振り返る。
同志を見つけた顔だった。
「疲れてる時に食うとうまい。」
「せやろ!?」
「なんか元気になる。」
「せやろぉぉぉ!?」
ビルムが感極まる。
「勇者は分かっとる!!」
「ただの感想なんだけど。」
マイトは苦笑した。
ラーシャがおずおずと手を挙げる。
「あの……そんなにおいしいなら……。」
ビルムが真顔になる。
「食わせたる。」
「えっ。」
「街着いたら食わせたる。」
「いやお前の奢り前提なのか。」
ガエンが突っ込む。
「当たり前や。」
「なんでだ。」
「ラーシャの人生経験のためや。」
「意味分からん。」
ビルムはラーシャの肩に手を置いた。
「安心せぇ。」
ものすごく真面目な顔だった。
「初めてのカツカレーは一生覚えとる。」
「そ、そうなんですか……?」
「ワイは覚えとる。」
「何年前?」
ナラが聞く。
「二十七年前。」
「めちゃくちゃ覚えてる。」
「泣いた。」
「泣いた!?」
「感動で。」
「そこまで!?」
ラーシャが目を丸くする。
ビルムは遠い目をした。
「巨大なカツ。」
「うん。」
「濃厚なカレー。」
「うん。」
「湯気。」
「うん。」
「店のおっちゃんの笑顔。」
「思い出補正すごいな。」
ガエンが言った。
しかしビルムは聞いていない。
「人生にはな。」
静かに言う。
「戦いもある。」
「うん。」
ナラが頷く。
「悲しみもある。」
「うん。」
「せやけど。」
ビルムは拳を握った。
「カツカレーもある。」
「名言みたいに言うな。」
全員が同時に突っ込んだ。
坑道に笑い声が響く。
笑いながら歩いていると。
ふと後ろから声がした。
「……カツカレーですか。」
全員が振り返る。
そこには大人しくついて来ていたゼルがいた。
今まで一切会話に入らず、黙って歩いていた死霊使いである。
「あれ。」
マイトが首を傾げる。
「いたの?」
「いました。」
「存在感なかった。」
「あなた方が濃すぎるんです。」
ゼルはため息をついた。
「そういやお前、ずっと黙ってたな。」
ガエンが言う。
「カツカレー食ったことあるの?」
ナラが何気なく聞いた。
するとゼルは少しだけ黙ってから。
「……あります。」
全員が固まる。
なんだろう。ラスボス候補みたいな男から出てくる返答ではなかった。
「あるんだ。」
マイトが言う。
「ありますよ。」
「なんかもっと闇の果実とか食ってそうだった。」
「私は何なんですか。」
ゼルが本気で呆れた。
「で?」
ビルムが身を乗り出す。
「どうやった?」
ゼルは少し考える。
そして。
「十五歳の頃でした。」
なぜか語り始めた。
「語るんかい。」
ダグラスが突っ込む。
「当時はまだ死霊術の研究を始めたばかりで。」
「重い話の入り方だな。」
ガエンが言う。
「研究に没頭して三日ほどまともに食事を取らず。」
「断食の後のカツカレーね。」
ミリアが即座に言った。
「伏線回収するな。」
ダグラスが突っ込む。
ゼルは続ける。
「そして倒れそうになりながら食堂へ行ったのです。」
「うん。」
「そこで出てきたのがカツカレーでした。」
「おお。」
なぜか全員が聞いている。
「最初の一口。」
ゼルが遠くを見る。
「世界が輝いて見えました。」
「お前もか。」
ガエンが頭を抱えた。
「スパイスの香り。」
「うん。」
「揚げたてのカツ。」
「うん。」
「熱々の白米。」
「うん。」
「生きていて良かったと。」
「重い。」
ダグラスが言った。
「思いました。」
「めちゃくちゃ重い。」
「ちなみに泣きました。」
「死霊使いさんまで!?」
ラーシャが驚く。
ビルムが感動した顔になる。
「同志や……。」
「やめてください。」
ゼルが即答した。
「ワイら仲間や。」
「違います。」
「カツカレーを愛する者同士。」
「違います。」
「魂の兄弟。」
「絶対に違います。」
即否定だった。
しかしビルムはニヤリと笑う。
「ほな聞くけど。」
「なんです。」
「今でも好きなんやろ?」
ゼルは黙る。
数秒の沈黙。
そして。
「……好きですね。」
「よっしゃぁぁぁ!!」
ビルムが勝利の拳を突き上げた。
「何がそんなに嬉しいんですか!?」
ゼルが叫ぶ。
「カツカレーは世界を繋ぐんや!!」
「繋がってません!!」
「繋がっとる!!」
「繋がってません!!」
言い争いが始まる。
マイトが吹き出した。
「はははっ!」
「笑い事じゃありません!」
ゼルが振り返る。
「勇者!何とか言ってください!」
「いや。」
マイトは肩をすくめた。
「今のところビルムの方が楽しそうだから。」
「基準がおかしい。」
ゼルは本気で疲れた顔になった。
するとラーシャがおずおずと尋ねる。
「あの……。」
全員が見る。
「ゼルさんもおすすめなんですか……?」
ゼルは少し考えた。
そして。
「そうですね。」
穏やかな声だった。
「人生で一度は食べてみる価値はあります。」
ラーシャの目が輝く。
「ただ。」
ゼルが続ける。
「初めてなら専門店がいいでしょう。」
「ほう。」
ビルムが腕を組む。
「衣の食感が重要です。」
「ほうほう。」
「ルーとのバランスもあります。」
「ほうほうほう。」
「カツが薄すぎても厚すぎてもいけません。」
「ほうほうほうほう。」
「福神漬けも――」
そこまで言ってゼルは止まった。
全員が見ている。
「……。」
「続けて?」
ナラが言う。
「いや。」
ゼルは顔を背けた。
「なんでもありません。」
ビルムが肩を震わせる。
「言えや。」
「言いません。」
「言えや。」
「言いません。」
「福神漬けは?」
「休憩地点です。」
言ってしまった。
沈黙。
そしてビルムがゼルの肩を掴んだ。
「仲間や。」
「離してください。」
「仲間や。」
「離してください。」
「仲間や。」
「離してください。」
その様子を見ながらマイトが笑う。
ガエンは呆れた顔をする。
ミリアはなぜか満足そうに頷く。
ナラは腹を抱えて笑い。
ラーシャは少しだけ楽しそうに微笑んだ。
そしてゼルは思った。
(なぜ私は敵だった人達とカツカレー談義をしているのでしょう……)
「よっしゃ!戻ったらカツカレーや!」
ビルムが勝ち誇ったかのように拳を上げた。
「賛成。」
ナラが即答する。
「私も。」
ミリアも頷いた。
「……まあ、いいんじゃないか。」
ガエンも肩をすくめる。
そして全員の視線がラーシャへ向く。
「えっ!? わ、私ですか!?」
「主役やろ。」
ビルムが笑う。
「初カツカレーや。」
「そ、そんな大層な……」
「大層や。」
「大層だな。」
「大層。」
「大層ですね。」
ゼルまで言った。
「ゼルさんまで!?」
ラーシャは顔を赤くした。
マイトが笑う。
「じゃあ決まり。さっさと王都に帰ろう。」




