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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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13/38

13.熊さん、吠える。

暗い坑道内をナラの光魔法で照らしながら四人は進んでいる。

先程の亡霊達との戦闘の後は驚くほど何もなく順調に進む。まるで嵐の前の静けさのようだった。

水滴が落ちる音だけが響く。


ぽたん。


ぽたん。


足音さえ妙に大きく聞こえた。

ナラが小声で言う。


「逆に怖いんだけど。」


「同感だ。」


ガエンも周囲を警戒しながら歩く。

先程まで次々と現れていた亡霊やアンデッドの姿はない。

ミリアが眉をひそめた。


「普通、これだけ魔物がいる場所なら何かしら気配があるものよ。まるで食べ終わったハンバーグね。」


「逃げたのか?」


「それはないわ。」


ダグラスが即答する。


「アンデッドは恐怖では逃げん。」


その言葉に全員が黙った。

だからこそ不気味だった。

何かがいる。

だが出てこない。

そんな感覚。


さらに十分ほど進んだ時だった。

ナラの光が前方の壁を照らす。


「あれ?」


壁ではない何か。

その前で四人は足を止めた。

それは巨大な鉄の扉だった。

高さ五メートル以上。

錆びついているが、かつては相当頑丈な造りだったことが分かる。

ガエンが低く唸る。


「鉱山にこんなものがあるのか。」


ミリアが近づく。


「普通はないわね。」


扉の表面には奇妙な紋様が刻まれていた。

円の中に目、そして無数の鎖。

ダグラスの目が細くなる。


「封印だな。」


その一言で空気が重くなった。

ナラが嫌そうな顔をして言った。


「封印ってさぁ……大体ロクなもの閉じ込めてないよね。」


ダグラスが頷く。


「ああ、閉じ込めてる側も開ける側も大体後悔する。」


「分かる。」


全員の意見が一致した。

その時だった。


ゴゴゴゴ……


低い振動。

床が揺れた。

四人は即座に武器を構える。


「来るぞ。」


ダグラスの声。

次の瞬間。


ガン!!


何かが扉の向こうからぶつかった。


ガン!!


再び巨大な何かが扉を内側から叩いている。

ナラの顔が引きつる。


「ねえ。」


ガン!!


「これ絶対開けちゃダメなやつじゃない?」


ガン!!


ガン!!


ガン!!


衝撃のたびに錆びた鉄扉が悲鳴を上げる。

そして。


ピシッ。


扉に一本の亀裂が走った。

全員の表情が変わる。

ミリアが叫ぶ。


「冗談でしょ!?」


ガン!!


亀裂が広がる。

その隙間から黒い霧が漏れ出した。

冷気ではないもっと嫌な何か。

生き物の本能が警鐘を鳴らすような邪悪な気配。

ダグラスの顔から完全に冗談が消えた。


「全員戦闘準備。」


その声は静かだった。

だが緊張感に満ちていた。


「おそらく今までの亡霊共とは格が違う。」


ガエンが拳を握り直す。

ミリアの魔力が集まり始める。

ナラも魔法の構築を始める。


そして、


ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!


扉の向こうから獣とも人ともつかない咆哮が響いた。

それと同時に。


ドォォォォン!!


巨大な鉄扉が内側から吹き飛んだ。


爆風。

土煙。

飛び散る鉄片。


そしてその中心から現れたのは三メートルを超える巨体の熊だった。

だが普通の熊ではない。

腐敗した肉、剥き出しの骨、額には縦に裂けた巨大な魔眼。そして全身を覆う漆黒の瘴気。

ナラが震える声を漏らす。


「……え?」


ミリアも目を見開く。


「嘘でしょ……。」


ガエンが険しい顔になる。

依頼書に書かれていた魔物のはずだが目の前の存在は明らかに異常だった。

ダグラスが低く呟く。


「魔眼熊……。」


そして続ける。


「いや......」


巨熊の魔眼がゆっくり開く。

坑道全体を震わせる圧力。


「アンデッド化した魔眼熊だ。」


その瞬間、魔眼が怪しく輝いた。

紫黒い光。

それを見た途端、全員の背筋に悪寒が走る。


「目を見るな!!」


ダグラスが叫んだ。

四人は反射的に視線を逸らす。

そして次の瞬間。


ズゥゥゥン


重力が増したような圧迫感が坑道を襲った。


「ぐっ……!」


ガエンが膝を沈める。

魔眼熊の魔眼から放たれた波動だった。


そして。


ガタッ。


ガタガタガタッ。


奇妙な音が周囲から響く。

ナラが顔を上げた。


「な、何の音?」


返事をしたのはミリアだった。

だがその顔色は悪い。


「後ろ……。」


全員が振り向く。

そこには無数の骨。

坑道の壁際に散らばっていた鉱夫達の骸骨が勝手に動き始めていた。


カタカタカタ……


骨が集まり、腕が繋がり、頭蓋骨が転がり。

やがて十体以上のスケルトンが立ち上がる。


「冗談でしょぉぉぉ!?」


ナラが悲鳴を上げた。

しかし終わりではない。

今度は地面が盛り上がる。


ボコッ。


ボコボコボコッ。


腐った手が地中から突き出した。


「まだいるの!?」


土を掻き分けながら現れたのは腐敗した死体。

皮膚は緑色に変色し、目は白濁している。


ゾンビだった。


しかも一体や二体ではない。

左右の坑道から次々と現れる。


「囲まれる!」


ミリアが叫ぶ。

前方にはアンデッド魔眼熊、後方にはスケルトン軍団、左右からはゾンビの群れ。

完全な挟撃だった。

ガエンが舌打ちする。


「最悪だな。」


ダグラスは鎌を構えた。


「魔眼熊が死霊を操っている。」


「つまり親玉を倒せば終わる?」


ナラが聞く。


「終わる保証はない。」


「うわぁ最悪!」


その時だった。

魔眼熊が再び咆哮する。


「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」


咆哮と同時に瘴気が広がった。

すると、


カタカタカタッ!!


スケルトン達の骨が黒く染まり始め、ゾンビ達の身体からも瘴気が噴き出した。

強化だ。

明らかに強化されている。

ミリアの顔が引きつる。


「強化まで出来るの!?」


「豪華セットだな。」


ガエンは全く嬉しくない声で言った。

そして、最初のスケルトンが突撃する。

錆びた剣を振り上げる。

ガエンは真正面から迎え撃った。


「邪魔だァ!!」


ドゴォン!!


拳が頭蓋骨を粉砕し骨片が吹き飛ぶ。

だが後ろから二体目。


三体目。


四体目。


途切れない。

まるで波だった。


「数が多い!」


ガエンが吠える。


一方。


ナラの周囲にもゾンビ達が迫っていた。

腐臭を撒き散らしながら腕を伸ばしてくる。


「近寄るなぁぁぁ!!」


ナラは魔法を放つ。


「ライトバースト!!」


閃光。


ドォォォン!!


聖なる光が炸裂して最前列のゾンビ達が焼け崩れた。

しかし、その奥からさらに現れる。

まるで無限だった。


そして最悪の事態が起きる。


カタッ。


ガエンが砕いたはずのスケルトンの頭蓋骨が動いた。

骨が勝手に集まり始める。


「再生だと!?核も壊したはずだぞ!」


砕けた骨同士が繋がる。

数秒後。

スケルトンは再び立ち上がった。

ミリアが青ざめる。


「普通のアンデッドじゃない!」


ダグラスも険しい顔をする。


「魔眼熊の瘴気で無理やり維持されている。」


つまり魔眼熊が生きている限り、雑魚が何度でも蘇る。

その事実に全員が気付いた。


ズシン。


ズシン。


ズシン。


今まで動かなかった魔眼熊がゆっくり歩き出す。

床が震え天井から砂が落ちる。

腐敗した巨体、巨大な爪、そして額の魔眼。

その眼が再び開いた。

禍々しい光が溢れ出す。

ダグラスの声が飛ぶ。


「来るぞ!!」


魔眼熊は巨大な口を開いた。

そして坑道全体に響くほどの咆哮を放つ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


その瞬間、周囲の地面が一斉に割れた。


ボコボコボコボコッ!!


現れたのはさらに大量のアンデッド。

鉱夫の亡骸、冒険者の亡骸、中には鎧を着た者までいる。

そして最後に重い足音が響いた。


ドスン。


ドスン。


ドスン。


暗闇の奥から現れたのは巨大な鎧を纏う骸骨。

赤い眼窩、両手で握る大剣、その姿を見た瞬間。

ダグラスの表情が凍った。


「……まずい。」


珍しく焦りを含んだ声だった。

ガエンが振り向く。


「知ってるのか?」


ダグラスは静かに答えた。


「スケルトンウォリアーどころじゃない。」


巨大骸骨は大剣を肩に担ぐ。

そして不気味に顎を鳴らした。

カチリ。


「スケルトンジェネラルだ。」


魔眼熊。

スケルトンジェネラル。

無数のスケルトンとゾンビ。

坑道の最深部で、四人は絶望的な包囲網の中心に立たされていた。


「ナラ、俺の拳に光属性を付与出来るか?」


ガエンが拳を握りしめてナラを見る。

ナラは一瞬だけ目を見開いた。


「できる!けど長時間は無理!」


「十分だ。」


ガエンは不敵に笑った。

その横でダグラスも理解したように頷く。


「なるほど。瘴気の供給源ごと叩き潰す気か。」


「雑魚を相手にしてたら終わらねぇ。」


ガエンは前方の魔眼熊を睨む。


「親玉を殴る。」


シンプルだった。

だが今の状況では、それしか勝ち筋がない。

ミリアもすぐに動いた。


「なら道を作るわ!」


ラミアの瞳が妖しく輝く。


「毒霧展開!」


ブワッ!!


紫色の霧が坑道を埋め尽くす。

普通の生物なら即座に倒れる猛毒。

アンデッドには致命傷にならない。

だが動きは鈍る。

骨が軋み、ゾンビ達の足が重くなる。


「完全には止まらないけど足止めにはなる!」


「十分!」


ナラが両手を掲げた。

小さな身体から大量の魔力が溢れ出す。


「聖光付与!!」


眩い光がガエンの両拳へ流れ込む。


ゴォォォォッ!!


拳が黄金色に輝いた。それはまるで小さな太陽だった。

アンデッド達が嫌がるように後退する。


「よし。」


ガエンは拳を打ち合わせた。


バチィッ!!


光の火花が散る。

その瞬間。

スケルトンジェネラルが動いた。


ドォン!!


床を砕きながら突進し、巨大な大剣が振り下ろされる。


「させない。」


ダグラスが前に出た。


ギィィィィン!!


鎌と大剣が激突。

衝撃で坑道全体が揺れる。


「重い……!」


ダグラスが押される。

スケルトンジェネラルは規格外だった。

普通のスケルトンとは比較にならない。

その隙に左右からゾンビの群れ。

さらに背後からスケルトン軍団。

完全な物量攻撃。


「邪魔だァァァ!!」


ガエンが回転しながら拳を振るう。


ドゴォォォン!!


光属性の拳がスケルトン十数体をまとめて吹き飛ばした。

今度は再生しない。

砕けた骨が白い光に包まれ消滅する。


「効くぞ!」


ナラが叫ぶ。


「そのまま!」


「行くぞォォォ!!」


ガエンが突撃する。

一直線に魔眼熊へ。

しかし。


ガバァッ!!


横穴から大量のゾンビが飛び出した。


「うわっ!」


進路を塞がれる。

その瞬間。


シュバァァァァッ!!


銀色の閃光。

ミリアの尾が高速で振るわれた。

ゾンビ達の首が一斉に飛ぶ。


「前だけ見なさい!」


「助かる!」


だがそこで魔眼熊の魔眼が開いた。紫黒い光が溢れる。

嫌な予感。


「ガエン!!」


ダグラスが叫ぶ。

遅かった。


ズゥゥゥゥン!!


重圧。今度は先ほどより遥かに強い。


「ぐっ……!?」


ガエンの身体が地面へ押し付けられる。

膝が砕けそうになる。

まったく動けない。

魔眼熊はゆっくりと爪を振り上げた。

巨大な影。

直撃すれば終わる。


「まずい!!」


ナラが悲鳴を上げる。

間に合わない。

誰もがそう思った次の瞬間、黒い影が飛び込んだ。

ダグラスだった。


「退け。」


ズガァァァン!!


鎌が魔眼熊の爪と激突。

衝撃波。

地面が割れる。

しかしダグラスも吹き飛ばされて壁へ激突する。


ドゴォン!!


岩盤に亀裂が走る。


「ダグラス!!」


ミリアが叫ぶ。

土煙の中ゆっくり立ち上がる影。

口元から黒い血が流れている。

だが目は死んでいない。


「一撃でこれか……。」


ダグラスは鎌を握り直した。


「本当に面倒な熊だ。」


その時、ナラが魔眼熊を見て気付いた。


「あっ!」


「どうした!?」


「魔眼!」


ナラが叫ぶ。


「魔眼だけ光り方が違う!」


全員が見る。

確かに瘴気は全身から出ている。

だがアンデッド達へ伸びる黒い糸のような魔力は全て額の魔眼から出ていた。

ダグラスが目を細める。


「なるほど。」


ミリアも理解した。


「魔眼が核!」


「たぶんあれを壊せば全部止まる!」


ガエンがニヤリと笑った。


「つまり。」


拳を構える。黄金の光がさらに強くなる。


「殴る場所が分かったってことだな。」


魔眼熊が再び咆哮する。

スケルトンジェネラルも大剣を構える。

無数のアンデッドが押し寄せる。

だが今度は違った。四人の目から絶望が消えている。

勝機が見えたからだ。

ダグラスは鎌を肩に担いだ。


「道は作る。」


ミリアが尾を打ち鳴らす。


「雑魚は任せて。」


ナラが最後の魔力を練り上げる。


「全力で強化する!」


そしてガエンは拳を握り締めた。


「なら、あの目玉をぶち割るぞ。」


四人は同時に駆け出した。坑道最深部を揺るがす総力戦が、ついに始まった。


「ガエン!!」


ナラが両手を突き出した。


「光よ!!全部持っていけぇぇぇ!!」


ブワァァァァッ!!


眩い光がガエンの右拳へ流れ込む。

黄金だった拳が白金色へ変わった。


バチバチバチッ!!


光の奔流。

拳の周囲で空気そのものが弾ける。


「おおおおお!!」


ガエンの筋肉が膨れ上がる。

床が砕ける。

スケルトン達がガエンに向かって襲いかかる。


「行かせない!」


ミリアが前へ出た。


シュガガガガガッ!!


尾が嵐のように振るわれる。

迫るゾンビ。

スケルトン。


まとめて吹き飛ぶが数が多い。

横穴からさらにアンデッドが溢れてくる。


「キリがない!」


ナラが叫ぶ。


「キリなんか作ればいい。」


ダグラスが静かに言った。


ズバァァァァァッ!!


巨大な死の斬撃、坑道を埋め尽くしていたアンデッドの群れが一直線に切り裂かれた。

スケルトンジェネラルが大剣を振り上げる。


だが。


「お前の相手は俺だ。」


ガギィィィィン!!


ダグラスの鎌が受け止めた。

衝撃で岩壁が崩れる。


「行け。」


短い言葉にガエンは頷いた。


一直線に魔眼熊へ。


「ガァァァァァァァ!!」


魔眼熊が咆哮し、額の魔眼が大きく見開かれた。

紫黒い光。


嫌な予感にダグラスの顔色が変わる。


「来るぞ!」


次の瞬間。


ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!


重圧。先ほどを遥かに超える重力。

床が陥没し岩が砕ける。

ミリアが地面に押し付けられる。


「くっ……!」


ナラも空中から叩き落とされた。


「きゃあっ!」


ダグラスですら片膝をつく。

スケルトン達まで押し潰されるほどの異常な重圧。

そして魔眼熊の真正面。

ガエンの身体が止まった。

足が沈み骨が軋む。筋肉が悲鳴を上げる。

普通なら動けない。

誰もがそう思った。


だがガエンは笑った。


「だから……なんだ。」


ミシィッ!!


右足がさらに前へ出る。

重圧で皮膚が裂け血が飛ぶ。

それでも一歩、また一歩。


「ガエン!?」


ナラが目を見開く。


ズシン。


ズシン。


まるで山を押し返すように進む。


「ガアアアアアアァァァァァァ!!」


魔眼熊が吠え魔眼の光がさらに強くなる。

重圧も増し床が完全に陥没した。


だがガエンは止まらない。


「何度も何度も重圧かけやがって……」


拳を引く、白金色の光が収束する。


「しつこいのは……」


さらに踏み込み筋肉が弾ける。血が飛ぶ。

しかし拳は加速する。


「借金取りで慣れてんだよォォォォォッ!!!!」


ドォォォォォォン!!!


爆発的な踏み込み。

魔眼熊の目の前へ到達。魔眼が大きく見開かれる。

ほんの一瞬。

恐怖にも似た色が宿った。

そしてガエンの拳が魔眼へ叩き込まれた。


ゴォォォォォォォォォッ!!!!!!


白金色の光が坑道を埋め尽くした。


ゴバァァァァァァァァァンッ!!!!


光が爆発した。

魔眼熊の額にあった巨大な魔眼へ、ガエンの拳がめり込む。


ビキッ。


ビキビキビキビキッ!!


魔眼に亀裂が走った。


「ガァァァァァァァァァァァッ!!!!!」


今まで聞いたことのない絶叫。

紫黒い光が暴走する。

だがガエンは止まらない。

ガエンの拳はさらに深く突き刺さった。


「砕けろォォォォォォォッ!!!!!」


ドガァァァァァァァン!!!


魔眼が完全に砕け散り破片が光となって飛び散る。

その瞬間だった。


ブツン。


何かが切れる音がした。

アンデッド達へ伸びていた黒い糸。

それが一斉に消えた。

スケルトンジェネラルが動きを止める。

大剣を振り上げた姿勢のまま固まる。

ゾンビ達もスケルトン達も、坑道中のアンデッドが完全に停止した。


そして、


ガラガラガラガラッ!!


骨が崩れ落ちる。


ドサドサドサドサッ!!


ゾンビ達もその場に倒れた。

瘴気が急速に薄れていく。

魔眼熊自身も膝をつき巨大な身体が崩れ始める。

まるで長い夢から覚めたように。


「……グルル……」


最後の声は不思議と穏やかだった。

そして。


ズゥゥゥン……


巨体が倒れた。

完全なる沈黙。


数秒間、誰も動かなかった。


やがて。


「勝った……?」


ナラが呟く。

ミリアが周囲を見回した。

動くアンデッドはいない。

ダグラスも鎌を下ろす。


「終わりだ。」


その言葉と同時に全員から力が抜けた。


「はぁぁぁぁぁ……」


ミリアがその場に座り込む。


「もう二度とアンデッドの群れは嫌。」


「同感だ。」


ダグラスも珍しく疲れた顔をしていた。

ガエンはというと。


「いてぇ……」


ボロボロだった。

腕は血まみれ、服も半壊、だが満面の笑みである。


「勝ったぞ。」


「勝ったぁぁぁぁぁ!!」


ナラが飛び上がった。

そしていつものようにテンションが上がる。


「やっぱりボク達なら何とかなるんだよ!」


ダグラスが嫌な顔をした。


「おい。」


「え?」


「そういう事を言うな。」


ミリアも即座に反応する。


「ナラ、それフラグ。」


「違う違う!」


ナラは笑った。


「だってもう終わったじゃん!」


ガエンも頷く。


「確かにな。」


「でしょ!?」


ナラは得意げに胸を張る。


「これで帰るだけだし!」


ダグラスが頭を抱えた。


「やめろ。」


「帰り道で何も起きる気がしない!」


「やめろ。」


「もし起きても今のボク達なら楽勝!」


「本当にやめろ。」


「だいたいボス倒した後にもっと強い敵が出てくるなんて....」


ゴゴゴゴゴゴゴ……


全員が固まった。


「……」


「……」


「……」


「……え?」


ナラだけが首を傾げる。

次の瞬間。


ドォォォォォォン!!!!


坑道の奥から何かが爆ぜる音がした。


「ナラァァァァァァ!!!!!」


ガエン、ミリア、ダグラスの絶叫が重なった。

そして魔眼熊とは比べ物にならないくらいの瘴気が漂ってくる。

ナラの顔から血の気が引く。


「……あ。」


ダグラスが無表情で言う。


「後で説教だ。」


ミリアも頷く。


「今回は本気で説教。」


ガエンは拳を握った。


「頼むから一回黙っててくれ。」


四人は同時に理解した。

どうやら本当のボスはまだいたらしい。


「よく考えてみればそうだよな、あの熊もアンデッドだったし。」


ガエンがゆっくりと立ち上がりながら言った。


「誰かがアンデッド化させたって事だ。」


ダグラスの言葉に全員の顔色が変わる。

今さらながら気付く。

魔眼熊は被害者だったのだ。

本来ならとっくに死んでいたはずの魔物。

それを無理やり蘇らせ、操っていた何者かがいる。

そしてその何者かはまだいる。


ゴゴゴゴゴ……


坑道の奥から紫黒い瘴気がさらに溢れ出す。

まるで底なし沼から煙が噴き出しているようだった。


「冗談でしょ……」


ミリアが顔を引きつらせる。

魔力はほとんど残っていない。

ガエンの腕は血まみれ。

ダグラスも肩で息をしている。

ナラに至っては飛ぶのもやっとだった。

全員満身創痍。

今ここで新たな敵が現れれば戦える保証などない。

その時だった。


カツン。


暗闇の奥で足音が鳴る。


カツン。


カツン。


ゆっくり。

まるで散歩でもするような気軽さで誰かが歩いてくる。


「……人?」


ナラが呟く。

やがて瘴気の向こうから一人の男が姿を現した。

黒いローブ、痩せた身体、青白い肌。

そして。

額には紫色に輝く魔眼。

四人の背筋に寒気が走った。


「魔眼……」


ミリアが息を呑む。

男は倒れた魔眼熊を見下ろした。

そして小さくため息をつく。


「せっかくの実験体だったのですが。」


声は静かだった。

怒っているわけでもない。

悲しんでいるわけでもない。

まるで壊れた道具を見ているような口調だった。


「随分と手荒く壊してくれましたね。」


ガエンが前へ出る。


「てめぇがやったのか。」


男は微笑んだ。


「ええ。」


あまりにもあっさり認めた。


「死体は便利ですよ。文句も言わない。給料もいらない。恐怖も疲労も感じない。」


ダグラスの瞳が冷たくなる。


「死霊使いか。」


「ご明察。」


男は軽く一礼した。


「私はネクロマンサー、ゼル=グラード。」


その瞬間ダグラスの顔が険しくなった。


「聞いた事がある。」


「へぇ?」


「数年前から墓地荒らしや村の失踪事件に名前が出る死霊使いだ。」


ミリアが驚く。


「有名人なの?」


「最悪な意味でな。」


ゼルは楽しそうに笑った。


「光栄ですね。」


だが次の瞬間その笑みが消えた。

魔眼がゆっくり開く。


ギチリ。


空間が軋んだ。全員の身体が重くなる。

先ほどの魔眼熊の重圧など比較にならない。


「ぐっ……!」


ガエンが膝をつく。

ミリアも顔をしかめた。

ナラは空中から落下する。

ダグラスだけが何とか立っていた。

ゼルは四人を見渡した。

そして少し驚いたように目を細める。


「ほう。」


魔眼が妖しく輝く。


「私の魔眼を受けてまだ意識を保つとは。」


その声には興味が混じっていた。

研究者が珍しい標本を見つけた時のような目。

それが何より不気味だった。


「面白い。」


ゾワリ。


全員の背筋を悪寒が走る。

ゼルはゆっくりと杖を掲げた。


すると。


周囲に散らばっていた無数の骨。

先ほど倒したスケルトン達。

坑道に埋もれていた古い遺骨。

さらには魔眼熊の巨大な骨格までもが震え始める。


カタカタカタカタ……


「まさか……!」


ナラの顔が青くなる。

ゼルは微笑んだ。


「では第二実験を始めましょう。」


ドォォォォッ!!


紫黒い魔法陣が坑道全体を覆う。

無数の骨が宙へ浮かび上がった。

そして魔法陣の中心。

ゼルの背後に巨大な影が現れる。

骨だけで構成された異形。

熊の頭蓋、竜の肋骨、巨人の腕。

無数の死骸を繋ぎ合わせた怪物。


その額には。

ゼルと同じ紫色の魔眼が埋め込まれていた。


「紹介しましょう。」


ゼルが愉快そうに両手を広げる。


「魔眼熊より遥かに上位の作品《死骸巨兵グラヴェル》です。」


全員が絶望的な表情になる。


そして。

ナラが震える声で言った。


「……ごめんなさい。」


「遅い。」


「遅いな。」


「遅い。」


三人の返事が綺麗に揃った。

ガエンは無理矢理立ち上がるが膝が震えている。


「やべぇな、体が悲鳴を上げてる....」


ミリアは魔力が枯渇気味なのかフラフラとしている。

ナラは青ざめた顔で笑った。


「えへ。」


「誤魔化すな。」


ガエンのツッコミにも力がない。

ダグラスは鎌を支えに立っていた。

ミリアも杖を握る手が震えている。

四人とも限界だった。


対するゼルは無傷。

背後には死骸巨兵グラヴェル。

さらに周囲には再び起き上がったアンデッドの群れ。

どう見ても勝ち目がない。

ゼルは淡々と言った。


「安心してください。」


その笑顔が不気味だった。


「死後も有効活用して差し上げます。」


魔法陣が輝く。

死骸巨兵が巨大な拳を振り上げた。

落ちれば全員まとめて潰される。


「散れぇぇぇ!!」


ガエンが叫ぶ。


だが身体が動かない。

重圧。疲労。傷。

限界だった。

死骸巨兵の拳が落ちてきたその瞬間。


ズガァァァァン!!


閃光。

眩い黄金色の光が坑道を貫いた。

巨大な拳が途中で吹き飛ぶ。

骨が爆散した。


「なっ!?」


初めてゼルの表情が変わった。

煙の向こうに誰かが立っていた。

黒色の髪、動きやすい装備、肩には剣。

全身から神々しい光が溢れている。

その誰かは肩に担いだ剣を軽く振った。


「「「「マイト!!!」」」」


ガエン達が同時にその誰か名前を呼んだ。


「みんなボロボロじゃん。」


マイトは振り向きガエン達を見た。


「やっと城に戻ってゲームしようとしたら、財務担当の手伝いしろってさ。本当に勇者使いの荒い魔王だよ。」


やれやれといった表情でマイトは言うと、ゼルの方を見た。

ゼルは目を細めた。


「……勇者。」


「そう。勇者。」


マイトはあっさり認めさらに続ける。


「人類側の切り札、魔王軍側の便利屋、そして最近は経理補助までやらされてる男。」


「最後だけおかしい。」


ガエンが即座に突っ込む。


「お、まだ元気あるじゃん。」


「ねぇよ。」


「あるある。」


マイトは笑った。

その軽い雰囲気だけで場の空気が少し和らぐ。

絶望のど真ん中だったはずなのに、なぜか安心感があった。

ゼルは興味深そうに首を傾げた。


「なるほど。あなたが勇者マイト。」


「君が噂の死霊使い?」


「ええ。」


「うわ、本当に嫌な感じ。」


「初対面で失礼ですね。」


「だって見た目からしてラスボス候補だし。」


ゼルの眉がわずかに動く。

マイトは肩を回した。


「さて。」


勇者の剣を構える。

黄金の光が坑道を照らした。


「俺の仲間を泣かせた分は返してもらおうか。」


「仲間?」


ゼルが笑う。


「魔族ですよ?」


マイトは真顔で答えた。


「だから?」


その一言だった。

ガエン達は思わず苦笑する。

そういう男だった。

種族なんて気にしない。

強い奴は強い、仲間は仲間。

それだけ。

ゼルの笑みが少しだけ消えた。


「面白い。」


死骸巨兵グラヴェルが咆哮する。

巨大な魔眼が開いた。


ズゥゥゥン!!


ものすごい重圧。しかしマイトは平然としていた。


「へぇ。」


むしろ前へ踏み出す。


「魔眼か。」


勇者の瞳が金色に輝く。

重圧が弾け飛んだ。


「俺も似たようなの何回か見た。」


その時だった。

坑道の奥から慌ただしい声が聞こえる。


「マイトォォォォ!!待てやぁぁぁ!!また先走っとるやないかぁぁぁ!!」


ドドドドドドドッ!!


何かが全力で走ってくる音。

全員が振り向いた。

そして次の瞬間。


ガシャァァァン!!


アンデッドの群れを吹き飛ばしながら人影が飛び込んできた。

背中に羽、赤銅色の鱗、太い尻尾、豪快な角。


「ようやく追いついたでぇぇぇ!!」


ドラゴニュートだった。

ガエンが目を丸くする。


「ビルム!?」


「おう!」


ビルムは親指を立てる。


「途中で道間違えたんは誰やと思う!?」


「お前だろ。」


「せや!!」


堂々と言い切った。

全員が頭を抱えた。

その背後からもう一人。

褐色の肌、長い耳。

美しいダークエルフの女性が現れる。

だが本人はおどおどしていた。


「ご、ごめんなさい……私が地図をちゃんと見てれば……」


「ラーシャ!」


ミリアが声を上げる。

ダークエルフのラーシャはびくっと肩を震わせた。


「ひぃっ!ご、ごめんなさい!」


「なんで謝るのよ!?」


「だって私ですし……」


「意味分かんない!」


ミリアが叫ぶ。

ラーシャはさらに縮こまる。


「戦力にならなくてごめんなさい……生きててごめんなさい……」


「重い重い重い!!」


ナラが慌てて止める。

ビルムは豪快に笑った。


「気にすんなやラーシャ!」


「でも私なんて……」


「お前、自分の評価低すぎやろ!」


「事実です……」


「いやお前めっちゃ強いやん!」


「たまたまです……」


「なんでやねん!!」


綺麗な関西弁のツッコミが坑道に響いた。

絶望的な状況なのに。

なぜか少しだけ賑やかになっていた。

ゼルはその様子を見て静かに笑う。


「増援ですか。」


「増援だな。」


マイトが剣を肩に担ぐ。

ガエンが拳を鳴らす。

ダグラスが鎌を構える。

ミリアが杖を握り直す。

ナラもふらつきながら笑った。

そしてビルムが剣を構える。

ラーシャも震える手で魔法陣を描いた。


七人。


対するはゼルと死骸巨兵グラヴェル、そして大量のアンデッド。

マイトはニヤリと笑う。


「さーて。」


勇者の光がさらに強くなる。


「第二ラウンド始めようか。」






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