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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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12.遠征隊、肝試しをする

財務担当オーガのガエン、死神のダグラス、ラミアのミリア、ピクシーのナラの四人は氷雪都市クリアフォルに向かうため人間領王都フィルドリアの防具屋に防寒装備を揃えに来ていた。

王都フィルドリアの防具屋『鉄熊の工房』。

店内には毛皮のマント、分厚い革手袋、氷狼の毛を使った防寒靴などがずらりと並んでいた。

見ているだけで暖かそうだ。


ナラは目を輝かせる。


「わぁー!!ふかふか!!」


ぽすっと毛皮に飛び込む。

店主の筋骨隆々のドワーフが腕を組んだ。


「そいつは北方仕様だ。クリアフォルでも凍死しにくい。」


ガエンは真顔で値札を見た。


「……高ぇ。」


「命の値段だからな。」


即答だった。

ダグラスが静かに値札を見る。


「四人分そろえると?」


店主は算盤を弾いた。


「まとめて安くしても...このくらいだ。」


提示された額を見た瞬間。

ガエンの顔から表情が消えた。

ミリアが横から覗き込み、


「うわ。」


ナラも覗く。


「うわぁ。」


ダグラスは静かに天井を見上げた。


「死神でも寒さで死ねる気がしてきた。」


ガエンは額を押さえた。


「無理だろこれ……。」


店主は鼻を鳴らす。


「北方を舐めるな。普通の外套で行けば耳から凍るぞ。」


「耳から凍るってなに。」


「比喩じゃねぇ。」


ミリアがぴくりと尾を震わせた。


「ちょっと待って。ラミアって寒さかなり苦手なんだけど。」


「じゃあなおさら最上級品が必要だな。」


「お金ないんだけど。」


「なら死ぬな。」


正論だった。

ガエンは苦々しい顔で交渉を試みる。


「そこをなんとか安く――」


「無理だ。」


「分割払い。」


「無理だ。」


「スポンサー価格。」


「なんだそれ。」


「未来への投資。」


「意味がわからん。」


交渉は壊滅した。

ナラがこそこそと小声で言う。


「ガエン、伝家の宝刀“泣き落とし”は?」


「オーガが泣き落とししてどうする。」


ダグラスがぼそりと呟く。


「泣いたらたぶん店主が怖がる。」


「俺をなんだと思ってる。」


店主は腕を組んだまま言う。


「まあ、方法がないわけじゃねぇ。」


四人が反応した。


「ほんと!?」


「この時期、北方行きの冒険者は多い。魔物討伐や護衛依頼も増える。」


店主は親指で外を指した。


「ギルドで稼いで来い。金さえありゃ装備は用意してやる。」


ガエンが腕を組む。


「つまり...」


ミリアがため息混じりに言った。


「結局、働けってことね。」


店主はニヤリと笑った。


「世の中そういうもんだ。」


数分後。

四人は冒険者ギルドの前に立っていた。

昼間だというのに中は騒がしい。

笑い声、怒鳴り声、ジョッキのぶつかる音。

入口の依頼掲示板には大量の紙が貼られている。

ナラがふわっと浮かびながら目を輝かせた。


「依頼いっぱいある!!」


ダグラスが嫌な予感を込めて呟く。


「どうせ碌でもない。」


ミリアが掲示板を見る。


「魔物討伐、洞窟の調査、輸送護衛……。」


ガエンはある依頼で目を止めた。


「……賞金、かなりいいな。」


そこには大きくこう書かれていた。


『緊急依頼:

“魔眼熊”出現。

討伐できる実力者求む』


依頼金は破格。

ナラがきらきらした目で振り返る。


「防寒装備代いけるかも!!」


ダグラスが静かに紙を見る。


「魔眼熊って強いやつでは。」


受付嬢がにこやかに補足した。


「はい!熟練パーティでも壊滅することがあります!」


「受付が笑顔で言う情報じゃない。」


ミリアがじっとガエンを見る。


「……で、どうする?」


ガエンは掲示板を見つめる。

防寒装備がなければクリアフォルで死ぬ。

だが依頼を受ければ今度は熊に殺される可能性がある。


数秒の沈黙の後、ガエンは深く息を吐いた。


「……やるしかねぇか。」


ナラが拳を突き上げた。


「防寒装備獲得作戦開始ー!!」


ダグラスは小さく呟く。


「最近ずっと作戦名だけは元気だな……。」


ガエンがナラとミリアに向く。


「ところでナラとミリアは冒険者登録はしてあるのか?」


ナラは胸を張った。


「もちろん!ちゃんと登録してるよ!」


ミリアも軽くうなずく。


「一応ね。そこまで高ランクじゃないけど。」


受付嬢がギルドネットで検索する。


「えーっと……ピクシーのナラさん、ラミアのミリアさん……ありました!」


彼女は顔を上げた。


「お二人ともDランクですね!」


ガエンが少し驚く。


「ちゃんと冒険者やってたんだな。」


ナラが得意げに腰に手を当てた。


「えへん!」


ダグラスがぼそっと言う。


「絶対トラブルメーカー側だと思ってた。」


「失礼だなぁ!?」


ミリアは静かに補足した。


「ナラは索敵と偵察だけならかなり優秀よ。」


「だけってなんだ。」


「だけよ。」


ナラがしゅんとした。

受付嬢はさらに検索を続ける。


「それから……オーガのガエンさん、Aランク。死神のダグラスさんもAランクですね。」


周囲の冒険者たちがざわついた。


「Aランク……?」


「死神ってあの“静かに討伐対象だけ消える”って噂の……?」


「オーガの方、腕やばくねぇか?」


ガエンは露骨に嫌そうな顔をした。


「目立つなぁ……。」


ダグラスはフードを少し深く被る。


「帰りたい。」


受付嬢は営業スマイルで言った。


「Aランクお二人がいるなら、“魔眼熊”討伐依頼の受注条件は満たしています!」


ミリアが眉をひそめる。


「受注条件?」


「はい!この依頼、“Bランク以上が最低二名”必要なんです!」


ダグラスが静かに紙を見た。


「つまりそれくらい危険。」


受付嬢は笑顔でうなずいた。


「はい!」


「なんで嬉しそうなんだ。」


すると近くのテーブルで酒を飲んでいた大柄な戦士が吹き出した。


「ははは!!お前ら魔眼熊に行くのか!?」


隣の槍使いも笑う。


「悪いこと言わねぇ、やめとけ!」


ナラがむっとする。


「なんで!?」


戦士はジョッキを置いた。


「先週もBランクパーティが三組潰されてる。」


空気が少し静かになる。

ミリアの尾がぴたりと止まった。


「……生き残りは?」


「一人。」


ダグラスが目を細める。


「それで?」


「“目が合った瞬間、仲間が消えた”って言ってた。」


ナラがぞわっと羽を震わせた。


「怖っ。」


ガエンは腕を組む。


「魔眼ってのは石化系か?」


受付嬢は説明を始める。


「完全には解明されていませんが、“視界に入った相手の動きを鈍らせる”能力があると言われています!」


「言われています、で済ませる情報じゃない。」


「さらに非常に硬い毛皮と、異常な膂力を持っています!」


「情報が増えるたびに行きたくなくなるな……。」


するとギルド奥の酒場スペースから、古びた鎧の老人冒険者がこちらを見た。


「だが、倒せねぇ相手じゃねぇ。」


全員の視線が向く。

老人はゆっくり立ち上がった。

顔には大きな爪痕。

歴戦の空気を纏っている。


「魔眼熊は“目”が厄介だが、弱点でもある。」


ガエンが聞き返す。


「どういう意味だ?」


老人は自分の目を指差した。


「光に弱ぇ。強い光をまともに浴びると、魔眼が乱れる。」


ナラがぱっと顔を上げた。


「妖精光使えるよ!」


ミリアも思い出したように言う。


「確かにピクシーの光って魔力干渉強いわね。」


ダグラスがナラを見る。


「珍しく役に立つ可能性が。」


「珍しくってなに!?」


老人はニヤリと笑った。


「前衛で受けるやつ、目を潰すやつ、隙を狩るやつ。役割が噛み合えば勝機はある。」


ガエンはゆっくり仲間を見る。


ラミアのミリア。

空中支援のナラ。

死神のダグラス。


そして自分。


数秒後、ガエンは依頼書を掲げた。


「……受ける。」


受付嬢がぱっと笑顔になる。


「ありがとうございます!!ではこちらにサインを!」


ダグラスが小声で呟く。


「毎回思うが、“ありがとうございます”の重みが命懸けなんだよなギルドって。」


ナラはもうやる気満々だった。


「よーし!!熊倒して防寒装備買って!クリアフォル行って!ついでに美味しいもの食べるぞー!!」


ミリアが呆れ顔で言う。


「まるで犬に噛みついた赤とんぼね。」


ガエンはミリアをあえてスルーした。

すると受付嬢が最後にさらっと付け加えた。


「ちなみに魔眼熊が出たの、山近くの廃鉱山です!」


「廃鉱山?」


ダグラスは静かに確認した。


「つまり暗い。」


「はい!」


「狭い。」


「はい!」


「逃げ場が少ない。」


「はい!」


「そこに視界を鈍らせる怪物熊がいる。」


受付嬢は満面の笑みだった。


「はいっ!!」


ダグラスは遠い目をした。


「帰りたい。」


ナラは逆にテンションが上がっていた。


「ダンジョンっぽい!!」


「遊びに行くのとは違うぞ。」


老人冒険者が苦笑する。


「しかもあの鉱山、昔は魔鉱石が採れた場所でな。今でも妙な魔力溜まりがある。」


ガエンが眉をひそめた。


「魔力溜まり?」


「魔物が強くなりやすい。」


嫌な情報が追加された。

ミリアが額を押さえる。


「どんどん最悪になっていくんだけど。」


老人は肩をすくめる。


「まあそのぶん報酬が高ぇ。」


ガエンは依頼書を見つめる。

確かに金額は破格だった。


防寒装備。旅費。食費。場合によってはクリアフォルでの滞在費まで賄える。


問題は生きて帰れれば、だが。


その時。

ナラがぴこんと指を立てた。


「ねえ!作戦考えよう!」


ダグラスがぼそりと返す。


「毎回思うが、お前は怖くないのか。」


「怖いよ?」


ナラはあっけらかんと言った。


「でも怖いだけだと寒いし!」


「意味がわからん。」


ガエンはため息を吐きながらテーブル席へ向かう。


「とりあえず情報整理だ。」


四人は空いている席に座った。

受付嬢が地図を持ってくる。


「こちらが廃鉱山周辺です!」


地図には山道と坑道の入り口が描かれていた。

老人冒険者が指で示す。


「魔眼熊が出るのは主に地下二層。だが問題はそこまでの道中だ。」


「他にも魔物がいるのか。」


「ああ。氷牙狼、洞窟蝙蝠、あと――」


老人は少し嫌そうな顔をした。


「鉱夫の亡霊。」


ナラの羽がぴたりと止まった。


「ゆ、幽霊?」


ダグラスが初めて少しだけ興味を示した。


「亡霊か。」


ミリアがじとっと見る。


「なんでちょっと嬉しそうなの。」


「同業者みたいなものだから。」


「絶対違う。」


老人は続ける。


「ただ亡霊はそこまで強くねぇ。問題は魔眼熊だ。」


ガエンは腕を組む。


「作戦としては、俺が前衛。」


ミリアがうなずく。


「私は側面支援ね。拘束魔法で動きを止める。」


ナラは胸を張る。


「ボクは光担当!」


ダグラスは静かに言う。


「俺が止めを刺す。」


役割は綺麗に分かれていた。

老人が感心したように笑う。


「悪くねぇ。」


すると近くで聞いていた冒険者たちがざわつく。


「本気で行くのかよ……。」

「Aランク二人ならワンチャンあるか……?」

「いやでもあの熊だぞ……。」


冒険者たちのざわめきを背に、ガエンは依頼書を丸めて立ち上がった。


「まあいい。準備して出発するぞ。」


「おー!」


ナラが元気よく手を挙げる。

ダグラスは肩をすくめた。


「毎回思うが、その元気はどこから来る?」


「ご飯!」


「納得した。」


ダグラスは立ち上がりながら呟く。


「単純で助かる。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


数十分後。


王都フィルドリアを出た四人は山へ向かう街道を歩いていた。

天気は晴れ。

風も穏やか。

討伐前とは思えないほど平和だった。

ナラは花を見つけるたびに飛び回る。


「あっ!この花かわいい!」


「それは毒草だ。」


「危なっ!?」


ガエンの一言で慌てて離れる。

ミリアが苦笑した。


「よく今まで生きてたわね。」


「運!」


「それで済むのがすごい。」


しばらく進むと山道へ入る。

木々が増え、空が見えにくくなってきた。

老人冒険者から聞いた話を思い出しながらガエンが言う。


「魔眼熊はともかく、道中の魔物も油断するなよ。」


「そうね。」


ミリアが頷く。

ダグラスは相変わらず静かだった。


その時。


ピタッ。


ダグラスが足を止めた。


「……来る。」


空気が変わる。

森の奥から草を踏みしめる音。

低い唸り声。


ガエンが拳を構えた。


「何匹だ?」


「六。」


その直後。

茂みから飛び出してきた血のように赤い牙を持つ狼たち。

血牙狼だった。


「グルルルルルッ!!」


ナラが悲鳴を上げる。


「でたぁぁぁ!!」


先頭の一匹がガエンへ飛びかかる。

だが。


ガァン!!


大きな拳が顔面に叩き込まれる。

血牙狼は吹き飛び木へ激突した。


「一匹!」


しかし残り五匹が左右へ展開する。

群れ特有の連携。

前衛を囲み込む動きだった。


「速いわね!」


ミリアが杖を振る。

地面から紫色の魔力が伸びる。


「蛇縛鎖!」


魔力の蛇が二匹の足へ絡みついた。


「ガァッ!?」


動きが止まる。

そこへ。


ヒュンッ!!


黒い影が通過した。

ダグラスだった。

鎌が閃く。

一瞬。

次の瞬間には二匹の首が宙を舞っていた。


「三匹。」


残る三匹。

だが群れの統率は崩れていた。

ナラが両手を掲げる。


「まぶしいのいくよー!」


ボォッ!!


森の中に強烈な光が炸裂する。

血牙狼たちが目を閉じて吠えた。


「ギャウッ!?」


「今だ!」


ガエンが突撃。

一匹を拳で叩き潰し、ダグラスが一匹を斬り、最後の一匹はミリアの魔法弾で吹き飛ばされた。


静寂。


風が吹く。

ナラが胸を張った。


「勝った!」


ガエンが狼の死体を確認する。


「怪我なし。」


ミリアも頷く。


「連携は悪くないわね。」


ダグラスは鎌の血を払った。


「本命の前の準備運動だな。」


その言葉に全員が少しだけ顔をしかめた。

まだ本番ではない。


◇◇◇◇◇◇◇


さらに山道を進むこと二時間。

木々の向こうに黒い岩肌が見えてきた。


山の中腹。

巨大な穴。

廃鉱山だった。

入口は崩れかけている。


錆びたレール。

朽ちた荷車。

風が吹くたび不気味な音が響く。


ナラが小声になる。


「なんか……怖い。」


「今さらか。」


ガエンが言う。

その時だった。


ギィィィィィッ!!


耳障りな鳴き声。

全員が反射的に見上げる。

洞窟の天井付近には黒い影がぶら下がっていた。


一つ。


二つ。


三つ。


四つ。


そして巨大な一体。

翼を広げると人間三人分はある。

赤い目が光った。

ミリアが顔をしかめる。


「大蝙蝠……!」


「しかも親玉付きか。」


ガエンが拳を構えた次の瞬間。


バサァァァァッ!!


大蝙蝠たちが一斉に飛び立った。


「来るぞ!」


空から急降下、鋭い爪が迫る。

ガエンは拳で迎撃するが、飛行する相手は厄介だった。


「ちょこまか飛びやがって!」


ナラが空中へ舞い上がる。


「ならボクも飛ぶ!」


ピクシー対蝙蝠の空中戦が始まった。

光弾が放たれ、一匹の翼を撃ち抜く。


「ギャアア!」


落下。


しかしその背後から巨大な親玉が迫る。


「ナラ!」


ミリアが叫ぶ。

間に合わない。

そう思った瞬間。


ザンッ!!


巨大な翼が斬り裂かれた。

空中へ飛び上がっていたダグラスだった。


「え?」


ナラが目を丸くする。


「死神だからな。」


意味不明なことを言いながら着地するダグラス。

親玉は怒り狂い、鉱山入口の上から突進した。


「グオオオオオッ!!」


ガエンが笑う。


「それなら当てられる!」


拳が振り上げられる。オーガの怪力による全力の拳。


ドガァァァァァン!!


巨大蝙蝠が地面へ叩き落とされた。

そこへミリアの魔法、さらにダグラスの鎌。

親玉は断末魔を上げて動かなくなる。

残った小型もすぐに片付いた。


静寂が場を支配する。

風が吹く。

目の前にはぽっかりと口を開けた廃鉱山。

暗く、深く、そして不気味だった。


ナラがごくりと唾を飲む。


「……入る?」


ガエンは奥を見据える。


「ここまで来て帰る選択肢はない。」


ミリアは杖を握り直した。


「魔眼熊が待ってるわね。」


ダグラスは坑道の闇を見つめる。


「それだけならいいんだがな。」


「どういう意味?」


ナラが聞く。

ダグラスは静かに答えた。


「……中から、熊以外の気配もする。」


四人の前で、廃鉱山の奥から冷たい風が吹き抜けた。

まるで何かが歓迎するように。


誰も冗談を言わなかった。

ダグラスの言葉には妙な重みがあったからだ。

ガエンは腰のランタンに火を灯した。


「行くぞ。」


四人は廃鉱山へ足を踏み入れた。


ギィ……


入口を越えた瞬間、外の光が遠ざかる。

坑道は想像以上に広かった。

壁には採掘跡。

崩れた支柱。

所々に放置されたツルハシや荷車。


だが――。

妙だった。


「ねえ。」


ナラが小声で言う。


「なんでこんなに寒いの?」


確かに寒い。

山の気温とは違う、骨の奥まで染みるような冷たさだった。

ミリアが周囲を見回す。


「魔力の残滓……?」


その時。


カラン。


奥で何かが落ちた。

全員が振り向く。

しかし何もいない。


「気のせいか。」


ガエンが歩き出した直後だった。


カラン。


カラン。


カラン。


今度は複数。

音が近い。

そして闇の中に白い石のようなものが浮かび上がる。


「……あれ。」


ナラの顔が引きつる。

白いのは石ではなかった。

頭蓋骨だった。


ガタガタガタ……


地面に散らばっていた骨が勝手に動き始める。


腕。

脚。

肋骨。

頭蓋骨。


それらが集まり、一体の人型を形成した。

さらに二体。

三体。

五体。

そして十体。


骸骨兵だった。


「スケルトンか。」


ダグラスがため息をつく。

すると先頭の骸骨が錆びた剣を持ち上げた。


カタカタカタカタ……


まるで笑うように。

そして次の瞬間、一斉突撃を開始した。


「うわあああ来たぁぁ!」


ナラが光弾を連射する。


ボンッ!


ボンッ!


二体の頭蓋骨が砕ける。


だが。

砕けた骨が再び集まり始めた。


「えぇぇぇ!?」


「アンデッドね!」


ミリアが叫ぶ。


「核を壊さないと復活する!」


ガエンが拳で三体まとめて粉砕する。

しかし背後から別の骸骨が飛びかかった。

その瞬間。


ザシュッ。


黒い軌跡。

ダグラスの鎌が通り過ぎる。

すると骸骨たちは一斉に崩れ落ちた。

今度は復活しない。

それを見てナラが目をぱちくりさせる。


「なんで?」


「魂ごと刈った。」


「説明になってない!」


ナラが叫んだ直後だった。


カタ……


カタカタ……


全員の動きが止まる。

今度は一方向ではない。


前。

横。

後ろ。


鉱山の通路のあちこちから骨の鳴る音が響いていた。


「まだいるのか。」


ガエンが眉をひそめる。

すると暗闇の奥で、無数の青白い光が灯った。

それは目だった。

骸骨兵たちの眼窩に宿る不気味な霊火。


そして


ズシン。


重い足音が響く。

普通のスケルトンとは明らかに違う。


ズシン。


ズシン。


そのたびに地面が震える。


「……なんか大きいのいる。」


ナラが震える声で言った。

やがて闇の中から現れたのは、全身を錆びた鎧で覆った骸骨だった。

身長は二メートルを超え、片手には巨大な剣、そしてもう片方には歪んだ鉄の盾。

眼窩の青い炎は普通のスケルトンよりも強く燃えている。


「スケルトンウォリアーか。」


ダグラスが静かに呟く。

その後ろからさらに現れる。


一体。

二体。

三体。

合計五体。


しかも周囲には二十体近いスケルトンが群がっていた。


「うわぁ……普通に軍隊じゃん。」


ナラが半泣きになる。

ミリアも苦笑した。


「鉱山じゃなくて墓場だったのかしら。」


その瞬間。

先頭のスケルトンウォリアーが剣を掲げる。


ガギィン!!


剣が盾を叩いた。

すると周囲のスケルトンたちが一斉に反応する。


カタカタカタカタ!!


まるで命令を受けた兵士のようだった。


「統率個体ね!」


ミリアが叫ぶ。


「普通のスケルトンより厄介!」


次の瞬間。

大量の骸骨兵が雪崩のように襲いかかった。


「来るぞ!」


ガエンが前へ出る。


ドォン!!


拳が地面を叩く。

衝撃波で先頭集団が吹き飛んだ。


しかし、その隙を縫ってスケルトンウォリアーが突進する。


速い。

巨体とは思えない速度だった。


「ガエン!」


ミリアが叫ぶ。

ウォリアーの大剣が振り下ろされる。

だが。


ガキィィィン!!


ガエンは拳だけで受け止めた。

床が砕ける。


「重っ!?」


さすがのガエンも顔をしかめる。

すると横から二体目が斬りかかる。

さらに三体目。

完全な連携攻撃だった。


「うわ、賢い!」


ナラが慌てて光弾を放つ。


ボボボボボッ!!


光の弾丸がウォリアーの胸を貫く。

しかし。

鎧に守られて致命傷にならない。


「硬いぃぃぃ!」


ナラが悲鳴を上げた。

その時だった。

ダグラスが一歩前へ出る。

黒い魔力が鎌に集まる。

スケルトンウォリアーたちは本能的に危険を察したのか、一斉に盾を構えた。

しかし遅い。


「くたばれ。」


ブン!


静かな一振り。

次の瞬間。

黒い斬撃が通路全体を走り抜けた。


ズバァァァァン!!


五体のスケルトンウォリアー。

その後ろのスケルトンたち。

それが全てまとめて真っ二つになる。

骨が崩れ落ちる。目の窪みに宿る青白い炎が消える。


沈黙。


ナラがぽかんと口を開けた。


「今の絶対やりすぎ。」


「加減した。」


「嘘だよね?」


「加減した。」


「絶対嘘だよね!?」


だが、戦闘が終わった直後。

坑道のさらに奥から声が聞こえた。

誰もいないはずなのに。


「……タスケテ……」


女の声、それはか細く震える声。

ナラが固まる。


「聞いた?」


「聞いた。」


ガエンも真顔だった。


「生存者?」


ミリアは首を横に振る。


「嫌な予感しかしないわね。」


しかし放置もできない。

四人は慎重に進む。

そして曲がり角を越えた時、そこには半透明の女性が立っていた。

ボロボロの作業着。

虚ろな目。

宙に浮いた足。


「……亡霊。」


ミリアが呟く。

女性の霊はゆっくり顔を上げた。

そして。


ニタァ……と笑った。


「ヤバい感じがする……」


そう言った直後、その顔が裂けた。


「逃げろォォォォ!!」


ガエンが叫ぶ。

だが遅かった。


ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!


絶叫が坑道内に響き、衝撃波のような怨念が坑道を駆け抜ける。

ナラが吹き飛ばされる。

ミリアも壁に叩きつけられた。

ガエンですら数歩後退した。


亡霊の周囲から次々と人影が現れる。

鉱夫、作業員、監督、老人、子供。

数十体。

全て半透明、全て恨みに満ちた顔。


「うわぁ……」


ナラの顔が青ざめる。


「思ったより出た!」


「数が多いな。」


ガエンが拳を鳴らす。

ダグラスは静かに鎌を構えた。

亡霊たちは一斉に手を伸ばす。

冷気が坑道を満たす。

まるで鉱山そのものが死者の巣になっているようだった。


ダグラスは静かに前へ出た。


「来るぞ。」


次の瞬間。

亡霊の群れが雪崩のように襲いかかってきた。


「うわあああっ!!」


ナラが慌てて風の刃を放つ。

突風が吹き荒れ、先頭の亡霊たちを吹き飛ばす。

だが、すり抜けた。


「えっ!?」


風は亡霊の体を貫通し、そのまま坑道の奥へ消えていく。


「物理も風も効きが悪い!」


ミリアが叫んだ。


「魔力を乗せなさい!」


「最初に言ってぇぇぇ!!」


ナラが涙目で叫び返す。

その隙に亡霊の一体が背後へ回り込んだ。

冷たい手がナラの首へ伸びる。

だが。


ブォンッ!!


魔力を纏った巨大な拳が横から叩き込まれた。

ガエンだった。


「ナラ!」


「ガエンさん!」


亡霊は吹き飛んだが完全には消えない。

むしろ怨念を増して立ち上がる。


「面倒ね!」


ミリアの蛇尾が地面を叩いた。

魔法陣が展開される。


「炎蛇乱舞!」


炎でできた無数の蛇が亡霊へ食らいつく。


ギャアアアアアア!!


悲鳴と共に数体が消滅した。


「効く!」


「浄化系に近い炎だからよ!」


だが数が多すぎる。

十体倒しても二十体迫る。

三十体倒しても四十体迫る。

亡霊たちは坑道の壁や天井からまで現れ始めた。


「キリがないぞ!」


ガエンが吠える。

その瞬間。

先ほどの女の亡霊が再び絶叫した。


ギャアアアアアアアア!!


衝撃波。


ドゴォン!!


ガエンが壁へ叩きつけられる。


「ぐっ!」


ミリアも膝をついた。

ナラは耳を押さえてうずくまる。


「頭が割れるぅぅぅ……!」


女の亡霊は明らかに別格だった。

周囲の霊たちを統率している。


「親玉か。」


ダグラスが呟く。

そして静かに鎌を持ち上げた。

黒い魔力が刃へ集まる。


「全員、十秒稼げ。」


「十秒!?」


ナラが叫ぶ。


「長くない!?」


「長いな。」


ガエンも認めた。


「だがやるしかない!」


四人は前へ出た。

ガエンが亡霊の群れへ突撃して拳を振るう。

ミリアが炎を放つ。

ナラが風の魔法で牽制する。

だが次々に押し返される。


五秒。


六秒。


七秒。


冷気が強くなる。

亡霊の手がガエンの肩を掴む。

ミリアが亡霊に囲まれる。

ナラは息を切らしていた。


「まだ!?」


「待たせたな。」


ダグラスが目を開く。

その瞳の奥で青白い炎が揺れていた。


「冥府断ち。」


鎌が振り下ろされる。


ズバァァァァァァァン!!


黒い斬撃が坑道を一直線に走った。

女の亡霊さらにその背後の亡霊、そしてさらに奥の亡霊までまとめて両断する。


パリン


ガラスが割れるような音と共に。

数十体の亡霊が一斉に消滅した。


「終わった……?」


ナラが呟く。


だが。


女の亡霊だけは消えていなかった。

体が薄くなりながらも、なお立っている。


「しぶといわね……」


ミリアが顔をしかめる。

亡霊は震える手を奥へ向けた。

そして初めて恨みではなく、悲しそうな声を出した。


「……まだ……下に……いる……」


「え?」


ガエンが眉をひそめる。

亡霊の目から光の粒がこぼれる。


「……みんな……閉じ込められた……」


「閉じ込められた?」


「……助けて……」


そう言い残し。

女の亡霊は静かに消えた。

残された坑道には重い沈黙だけが残る。

ナラが小さく呟く。


「なんか……ただの悪霊じゃなかったみたい。」


ダグラスは奥の闇を見つめる。


「まだ終わっていない。」


ガエンも腕を組んだ。


「ああ、魔眼熊が残ってる。」


ガエン達のいる坑道内、そのさらに奥。

誰も気付いていない暗闇の最深部で。

巨大な二つの光る目がゆっくり開く。


魔眼熊。


しかとその巨体の周囲にも無数の亡霊が集まっていた。まるで何かに従うように。


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