148.ヴァンパイア、本気を出し始める
ガエンはゆっくりと拳を握り締める。
その拳から、凄まじい魔力が溢れ出す。
「……許さねぇ。」
低く響く声。
エルダーツが首を傾げる。
「何をです?」
「魔族を悪だと人間に思い込ませたことじゃない。」
ガエンは一歩踏み出す。
「人間も魔族も……何も知らない奴らの心を利用して、憎しみを育てたことだ。」
その言葉に、エルダーツの口元が歪む。
「理想論ですね。」
「そうかもしれねぇ。」
ガエンは拳を構える。
「でもな……その理想を信じて、動いてる奴らがいる。」
リシアの姿が浮かぶ。
マイトの言葉が浮かぶ。
そして、魔族と人間が笑い合う運動会を作ろうとしてきた仲間達、そして魔王。
「だから……ここでお前を止める。」
ダグラスも無言で前へ出る。
大鎌をゆっくりと構えると、周囲の空気が凍りつく。
「死神として言わせてもらう。」
赤い瞳がエルダーツを捉える。
「貴様のように命を弄ぶ者ほど……俺が刈り取るべき存在だ。」
エルダーツは小さく笑う。
「二人で私に挑むつもりですか?」
「十分だ。」
ガエンが答える。
その瞬間。
「ガエン殿!」
カーツの声が響く。
ガエンが振り返る。
そこには、未だ震えているカーツがいた。
「聖騎士達を……連れて行ってくれ。」
「……え?」
カーツは拳を握る。
「私は……今まで間違えていた。」
震える声。
「魔族は悪だと決めつけ……娘の言葉すら信じようとしなかった。」
視線を落とす。
「その結果、私は……この男に利用された。」
エルダーツは興味なさそうに眺める。
「今さら気づいたところで遅いですよ。」
しかしカーツは顔を上げた。
「それでも……。」
強い意志を宿した目。
「間違いを認めることくらいはできる。」
ガエンは少し黙った後、頷く。
「……分かった。」
ラーシャがすぐに動く。
「私が手伝います。」
倒れている聖騎士達へ駆け寄る。
「まだ息があります。」
ラーシャは魔力を使いながら、彼らを安全な場所へ運び始める。
ダグラスがエルダーツを見る。
「邪魔はさせない。」
エルダーツはため息をついた。
「逃がすと思いますか?」
その瞬間。
ズズズ……。
大聖堂全体に黒い魔力が広がる。
床から黒い影が伸び、逃げ道を塞ごうとする。
しかしガエンが地面を踏み抜いた。
ドンッ!!
凄まじい衝撃波が走り、黒い影を吹き飛ばす。
「行け!」
ラーシャとカーツは頷き、聖騎士達を連れて大広間の外へ向かう。
エルダーツはその様子を見て笑った。
「なるほど。あなた達は本当に甘い。敵であった人間すら助ける。」
ガエンは睨み返す。
「それの何が悪い。」
「……理解できませんね。」
エルダーツの魔力が爆発的に膨れ上がる。
「だからこそ、人間と魔族は争うべきなのですよ。」
その瞬間。
ガエンが走った。
「ダグラス!」
「分かっている。」
二人は同時に動く。
正面からガエン。
側面からダグラス。
完璧な連携。
ガエンの拳が唸りを上げる。
「砕けろ!!」
同時にダグラスの大鎌が黒い軌跡を描く。
「死神の刃。」
二方向からの必殺の一撃。
しかしエルダーツは動かない。
ただ、片手を前へ出す。
「無駄です。」
次の瞬間。
バァン!!
透明な壁が出現した。
拳が止まる。大鎌が弾かれる。
「な……!」
ガエンの目が見開かれる。
ダグラスも表情を変える。
「魔力障壁……だと?」
エルダーツの周囲には、黒い魔力で形成された巨大な障壁が展開されていた。
ガエンが力を込める。
しかしビクともしない。
「これほどの力を……。」
ラーシャが遠くから息を呑む。
「ただの障壁じゃない……。」
エルダーツは笑う。
「百年、準備してきたのですよ。」
赤い瞳が輝く。
「人間達の信仰。魔族への憎悪。全てを力へ変えて。」
黒い魔力が大聖堂を揺らす。
「私は、この世界を変える。」
ガエンは歯を食いしばる。
「……だったら。」
拳をさらに握り込む。
「そのくだらねぇ未来ごと……俺達がぶっ壊す。」
ダグラスも大鎌を構え直す。
エルダーツは二人を見下ろしながら、ゆっくりと片手を上げる。
「威勢だけは立派ですね。」
その指先から、赤黒い魔力が集まり始める。
ズズズ……。
空気が震える。
大聖堂の中に、鉄のような臭いが広がった。
ダグラスが目を細める。
「……血の魔力か。」
エルダーツの周囲に、無数の赤い雫が浮かび上がる。
「ええ。」
最高司祭とは思えない邪悪な笑み。
「これは生命そのものを操る魔法。」
赤い雫は次第に細長く形を変えていく。
「血の矢。」
次の瞬間。
ドドドドドッ!!
無数の赤い矢が、雨のようにガエン達へ降り注ぐ。
「ガエン!」
ダグラスが叫ぶ。
ガエンは咄嗟に腕を前へ出す。
「ぐっ……!!」
魔力を纏った腕で防ぐ。
しかし。
ズガガガガッ!!
血の矢が魔力を削りながら突き刺さる。
「くっ……!」
ガエンの腕から血が流れる。
「防御を貫通する……?」
ダグラスは大鎌を回転させ、迫る矢を切り落とす。
キィン!!
キィン!!
だが、切り落とした矢は地面に落ちた瞬間、再び形を変えて襲いかかってくる。
「再生するだと……。」
エルダーツは淡々と言う。
「私の魔力で作られた血は、私の意志で動く。」
さらに指を動かす。
「避けることも、防ぐことも意味がありません。」
無数の血の矢が再び浮かび上がる。
「あなた達が力尽きるまで、何度でも撃ち続けるだけです。」
その時。
ガエンが傷ついた腕を見て、静かに笑った。
「……なるほどな。」
ダグラスが横を見る。
「何を笑っている。」
「いや。」
ガエンは拳を握り直す。
「やっぱり、こいつは何も分かってねぇと思ってな。」
エルダーツの眉が僅かに動く。
「何?」
「血も、魔力も、人の想いも……全部、自分の道具だと思ってやがる。」
ガエンは前を見る。
「だから負けるんだよ。」
その言葉に、エルダーツの表情から笑みが消える。
「……私が?」
「そうだ。」
ガエンの足元から魔力が広がる。
「お前は人の憎しみを利用した。」
拳に力が集まる。
「でもな。」
ダグラスも大鎌を構える。
「憎しみだけで繋がった者は、同じだけ強い絆によって崩される。」
エルダーツは鼻で笑う。
「絆……?くだらない。」
再び血の矢が二人へ向く。
その瞬間。
ドォン!!
ガエンが地面を蹴った。
迫る血の矢を真正面から受けながら、前へ進む。
「な……!?」
エルダーツが初めて驚いた声を漏らす。
血の矢がガエンの肩に、腕に、身体に突き刺さる。
それでも止まらない。
「ガエンさん!」
遠くでラーシャが叫ぶ。
しかしガエンは振り返らない。
「俺はな……。」
一歩、また一歩。
「守られてきたんだよ。」
血を流しながら拳を握る。
「人間にも。」
さらに一歩。
「魔族にも。」
エルダーツの障壁まであと数歩。
「だから今度は……。」
ガエンの拳が震えるほどの魔力を纏う。
「俺が守る番だ!!」
ドォォォン!!
渾身の拳が魔力障壁へ叩き込まれる。
同時にダグラスが影の中から現れる。
「貴様の障壁。」
赤い瞳が光る。
「死そのものは……防げるか?」
大鎌が振り抜かれる。
「冥界断。」
ガエンの拳。
ダグラスの大鎌。
二つの攻撃が同時に障壁へ叩き込まれる。
バキ……。
僅かな音。
エルダーツの表情が初めて険しくなる。
「……まさか。」
魔力障壁に、小さな亀裂が走った。
その瞬間。
大聖堂の外に避難を終えたラーシャとカーツが振り返る。
カーツは震える声で呟く。
「……ガエン殿。」
そして大広間では。
エルダーツの障壁に、確かな亀裂が広がっていく。
「私の障壁を……。」
ガエンは血まみれの顔で笑う。
「言っただろ。くだらねぇ未来ごと……ぶっ壊すってな。」
しかし次の瞬間。
エルダーツの口元が、不気味に歪んだ。
「……ならば。」
黒い魔力がさらに膨れ上がる。
「あなた達が壊れるまで、耐えればいいだけです。」
亀裂の入った障壁の奥から、さらに巨大な魔力が溢れ出す。
「私の本当の力を……まだ見せていませんから。」
大聖堂全体が揺れ始めた。
天井から小さな瓦礫が落ちる。
床には亀裂が走り、壁に刻まれていた女神ステラの像までもが黒い魔力に侵食されていく。
ガエンは息を整えながら、エルダーツを睨みつける。
「……まだ力を隠してたってのか。」
エルダーツはゆっくりと腕を広げた。
「ええ。」
その瞬間。
ドクン。
大聖堂の空気が震える。
「私は長い年月をかけて、人々の信仰を集めてきた。」
エルダーツの背後に、巨大な黒い魔法陣が浮かび上がる。
「祈り。」
さらに魔法陣が広がる。
「恐怖。」
黒い霧が大広間を満たしていく。
「憎悪。」
赤い瞳が妖しく輝く。
「それら全てを、私自身の力へ変えてきたのです。」
ダグラスが低く呟く。
「……信仰すらも、己の糧にしたか。」
エルダーツは笑う。
「当然でしょう。」
そして。
ズズズズズ……。
エルダーツの身体から、禍々しい魔力が溢れ出す。
「私はヴァンパイア。」
エルダーツは口元から覗く鋭い牙を見せ、ゆっくりと首を傾ける。
「そして、ヴァンパイアとは何かご存じですか?」
赤い瞳が二人を捉える。
「不老不死の存在ですよ。」
その言葉と同時。
エルダーツの身体から、さらに膨大な魔力が噴き出した。
「老いることもない。死ぬこともない。どれだけ傷つこうとも……。」
エルダーツは笑みを浮かべる。
「再び蘇る。」
ガエンは拳を握る。
「……だから何だ。」
エルダーツは首を傾げる。
「何?」
「死なねぇから勝ちって言いたいのか?」
ガエンは血の滴る拳を構える。
「だったら何度でも叩き潰すだけだ。」
その言葉に、エルダーツは小さく笑った。
「理解していませんね。」
次の瞬間。
エルダーツが一瞬で姿を消す。
「なっ……!」
ガエンが反応するより早く。
ドゴォォン!!
腹部に衝撃が走った。
「ぐっ……!」
ガエンの身体が吹き飛び、大聖堂の柱へ叩きつけられる。
「ガエン!」
ダグラスが叫ぶ。
しかし。
「遅いですよ。」
エルダーツはすでにダグラスの背後にいた。
「死神ともあろう者が……。」
血で形成された刃が伸びる。
「死を与える相手を間違えましたね。」
キィン!!
間一髪、大鎌で受け止めるダグラス。
だが。
「……重い。」
腕が震える。
エルダーツの力は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
「これが……本来の力か。」
ダグラスが呟く。
エルダーツは楽しそうに笑う。
「そうです。私は百年以上、この瞬間を待っていた。人間と魔族が再び憎しみ合う世界を作るために。」
その時ガエンが瓦礫を押し退け、立ち上がる。
「……くだらねぇ。」
エルダーツが振り返る。
「まだ立ち上がるのですか?」
「ああ。」
ガエンは口元の血を拭う。
「お前は勘違いしてる。」
一歩踏み出す。
「不老不死だから怖いんじゃねぇ。」
さらに一歩。
「何度でも立ち上がる奴がいるから、人は諦めねぇんだ。」
エルダーツの笑みが少し消える。
「……何を言っているのです?」
ガエンの背後に、これまで出会った者達の顔が浮かぶ。そして共に歩んできた仲間達の顔も。
「俺達が戦ってるのは、命を奪うためじゃねぇ。」
拳を握る。
「未来を守るためだ。」
ダグラスも立ち上がる。
「貴様は死なない。」
大鎌を構える。
「だが、貴様の野望は死ぬ。」
エルダーツの目が細くなる。
「……面白い。」
その瞬間。
エルダーツの胸元に黒い魔力が集まる。
「では、試してみましょう。」
赤黒い魔力が爆発する。
「不死の存在を……どうやって倒すのか。」
ガエンとダグラスは並んで構える。
エルダーツが笑う。
「あなた達の希望が……どこまで耐えられるのか。」
大聖堂の最奥で。
人間と魔族の未来を懸けた最後の戦いが、始まった。




