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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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146/171

146.勇者、衝撃の真実を話す

ルミナリアの監獄の奥深く、特別牢。

マイトはそこに入れられている。

冷たい石壁に背を預け、鉄格子の向こうを静かに見つめていた。

牢内は静寂に包まれていたが、その静寂を破るように重々しい足音が響く。


カツン……カツン……。


やがて一人の男が姿を現した。

司祭、カーツ・ハミルトン。

鉄格子の前まで来ると、腕を組み、軽蔑の眼差しでマイトを見下ろす。


「勇者ともあろう者が、このような場所にいるとは……情けないものですね。」


マイトは薄く笑った。


「こんにちは、カーツさん。」


「挨拶など不要です。」


カーツは冷たく言い放つ。


「あなたは勇者です。人類の希望であり、魔を討つ存在。その勇者が魔族を救おうとして捕らえられるなど……前代未聞です。」


マイトは肩をすくめる。


「偏見は争いを生むだけだよ。」


「……。」


「種族だけで善悪を決めつけるから、人は争い続けるんだ。」


カーツは鼻で笑った。


「魔族は悪です。それは歴史が証明しています。」


「歴史?」


「そうです。」


カーツは胸を張る。


「先代勇者アイラ様は命を懸けて魔王軍と戦われました。その崇高な意思を継ぐべき勇者が、魔族と手を取り合うなど……。」


その言葉を聞いた瞬間。

マイトの表情から笑みが消えた。

静かだった瞳に、怒りの色が宿る。


「……何も知らない癖に。」


「?」


「ひい婆ちゃんを語るな。」


牢の空気が一変する。

カーツは眉をひそめた。


「何ですと?」


マイトは鉄格子の前まで歩み寄る。


「アイラ・アークライト。」


その名を口にする声には、いつもの軽さは一切なかった。


「あの人は君達が思っているような人じゃない。」


「侮辱するつもりですか!」


「違う。」


マイトは真っ直ぐカーツを見る。


「俺は、ひい婆ちゃんの血を引く人間だ。」


その一言に、カーツは息を呑む。


「子供の頃から何度も聞かされた。家に残る日記も、手紙も、旅の記録も全部読んだ。」


マイトは拳を握る。


「君達より、俺の方がずっと知ってる。」


「馬鹿な……。」


「ひい婆ちゃんは確かに魔王と戦った。でも、それは『魔族だから』じゃない。」


マイトの声は静かだった。

しかし、その静けさがかえって重く響く。


「悪だから戦ったんだ。」


「……。」


「逆に言えば、善良な魔族まで憎めなんて、一度も言ってない。」


カーツは首を横に振る。


「そんなはずはありません! アイラ様は人類を救った英雄です!」


「だから?」


マイトは即座に返す。


「英雄だから、魔族を皆殺しにしろって言った証拠でもあるの?」


「それは……。」


「あるなら見せて。」


カーツは言葉に詰まる。

マイトは続ける。


「ひい婆ちゃんの日記には何度も書いてある。」


少し目を伏せ、まるでその文字を思い出すように呟いた。


「『憎しみは新たな憎しみを生む。私が剣を振るうのは種族ではなく、人々を苦しめる悪へ向けてだ』って。」


カーツの瞳が揺れる。


「嘘です……。」


「嘘じゃない。」


「そんな記録、教会には……。」


「残ってないんだろ。」


マイトは苦笑する。


「都合の悪い部分は、歴史から消えることがあるからね。」


カーツは拳を震わせる。


「黙れ……。」


「君達は『勇者アイラ』を信仰してる。」


マイトは静かに言った。


「でも俺は、『アイラおばあちゃん』を知ってる。」


「…………。」


「優しくて、お節介で、泣き虫で、最後まで争いを嫌ってた人だ。」


マイトは真っ直ぐカーツを見据える。


「だから俺は、その意思を継ぐ。人と魔族が笑って暮らせる世界。それが、ひい婆ちゃんの本当の願いだった。」


カーツは何も言い返せない。

信じてきた歴史と、勇者の末裔が語る真実。

二つが激しくぶつかり合い、彼の心を大きく揺さぶっていた。

カーツはしばらく黙っていた。

しかし、やがてゆっくりと顔を上げる。


「……それでも。」


低い声だった。


「それでも、魔族は悪です。」


マイトの眉がわずかに動く。


「カーツさん……。」


「あなたが何を言おうと、魔族が人間を傷つけてきた事実は変わらない。」


カーツは鉄格子を睨む。


「過去の戦争で多くの人間が命を落とした。家族を奪われた者もいる。魔族の中に善人がいる? そんなことは分かっています。」


一瞬、マイトは意外そうな顔をする。

カーツは続けた。


「ですが、一部の例外を見て、魔族全体を信用するなど……あまりにも危険だ。」


「……。」


「あなたは優しすぎるのです、マイト殿。」


カーツは悲しそうに目を細める。


「先代勇者アイラ様のような偉大な方ならともかく、あなたが過ちを犯しているとは……。」


その言葉を聞いた瞬間。

マイトは小さく息を吐いた。


「……やっぱり。」


「何です?」


「カーツさんは、何も知らない。」


「!」


マイトは静かに鉄格子へ手を添える。


「これは勇者の家系にしか伝わっていない話なんだ。」


「……?」


「教会にも、大陸の歴史書にも残されていない。」


カーツの表情が険しくなる。


「一体、何を……。」


マイトはゆっくり語り始めた。


「先代魔王との最後の戦い。勇者アイラは魔王城へ乗り込み、先代魔王と一騎打ちをした。」


カーツは当然のように頷く。


「そうです。アイラ様は魔王を討ち、人類を救った。」


「違う。」


マイトの一言が響く。


「戦いの途中で、二人は気づいたんだ。」


「……何に?」


「同じだったんだよ。」


マイトは目を伏せる。


「アイラは人間を守りたかった。」


「……。」


「先代魔王も、魔族を守りたかった。」


カーツの目が揺れる。


「二人とも、自分の種族が生き残るために戦っていただけだった。」


「そんな……。」


「敵だったから分からなかった。」


マイトは静かに続ける。


「剣を交えて、言葉を交わして、初めて分かったんだ。相手は怪物なんかじゃない。ただ、大切なものを守ろうとしている一人の存在だったって。」


カーツは黙り込む。


「そして二人は……戦いを止めた。」


「……。」


「魔族と人間の争いを終わらせるために、裏で協力したんだ。」


マイトは少しだけ笑う。


「ひい婆ちゃんの日記に書いてあった。『倒すべき敵がいなくなった時、本当の戦いが始まる』って。」


「……。」


「憎しみを終わらせる戦いだ。」


牢の中に静寂が落ちる。

そしてマイトは、さらに続けた。


「その後……二人は一緒に旅をした。」


カーツの顔が僅かに引きつる。


「まさか……。」


「うん。」


マイトは頷く。


「いつしか二人は、互いを大切に思うようになった。」


「……ありえない。」


「ありえるんだよ。」


マイトは真っ直ぐ言う。


「勇者と魔王が愛し合うなんて、当時の人間には受け入れられなかっただろうね。」


カーツの手が震える。


「では……。」


「そう。」


マイトは告げる。


「二人の間には子供が生まれた。」


「……。」


「その子供の血は、今日まで続いている。」


カーツの顔から血の気が引いていく。


「まさか……。」


マイトは静かに名前を口にした。


「現魔王バラム。」


「……!」


カーツの目が大きく見開かれる。


「そんな……馬鹿な……。」


「本当だよ。」


マイトは言い切る。


「今の魔王バラムは、先代勇者アイラ・アークライトと先代魔王の血を引く存在なんだ。」


「……。」


「つまり。」


マイトはカーツを見る。


「魔王と勇者の血は、最初から繋がっていたんだ。」


カーツは後ずさる。


「そんな話……聞いたことが……。」


「だから言ったでしょ。」


マイトは悲しそうに笑う。


「勇者の家系にしか伝わっていない話だって。」


「……。」


「教会が信じてきた『勇者と魔王の物語』は、半分だけの物語なんだよ。」


カーツは震える声で呟く。


「では……アイラ様は……。」


「魔族を滅ぼそうとした英雄じゃない。」


マイトは静かに答える。


「人間も魔族も救おうとした人だ。」


その言葉が、特別牢の冷たい石壁に響いた。

カーツは何も言えなかった。

自分が何十年も信じてきたもの。

守ってきた教え。

それらが、根底から揺らいでいた。


「……私は……。」


カーツは拳を握りしめる。


「私は……何を……。」


その呟きは、誰にも届かないほど小さかった。

マイトはそんなカーツの姿を見つめながら、静かに言葉を続けた。


「でもね、カーツさん。」


「……。」


「この話を、世界中に公表したら……たぶん大きな混乱が起きる。」


カーツはゆっくり顔を上げる。


「混乱……?」


「そう。」


マイトは頷いた。


「何百年も信じられてきた歴史が変わるんだ。人間の中には、魔族への憎しみを支えに生きてきた人もいる。魔族側にも、人間を許せない人はいる。」


「……。」


「いきなり『本当は勇者と魔王は分かり合っていました』なんて言われても、全員がすぐ受け入れられるわけじゃない。」


マイトは鉄格子越しにカーツを見る。


「きっと、また争いの種になる。」


カーツは唇を噛んだ。


「では……なぜ私に話したのです。」


震える声だった。


「私が……信じられないと分かっていたはずなのに。」


マイトは少しだけ笑う。


「カーツさんが、ひい婆ちゃんのことを大切に思っているのが分かったから。」


「……。」


「間違った形だったとしても、あなたは勇者アイラを尊敬していた。」


マイトは優しく続ける。


「だから、本当の彼女を知ってほしかった。」


カーツは目を伏せる。


「私は……。」


拳を握る。


「私はずっと……魔族を憎むことこそ、アイラ様の意思を継ぐことだと……。」


「違うよ。」


マイトは首を横に振る。


「ひい婆ちゃんが望んでいたのは、憎しみを受け継ぐことじゃない。」


「……。」


「未来を信じることだよ。」


その言葉に、カーツの肩が僅かに震えた。


「人間も魔族も、いつか分かり合えるって。」


「……そんな未来が、本当に……。」


「すぐには無理だと思う。」


マイトは苦笑する。


「俺だって、簡単だとは思ってない。」


「なら……。」


「でも。」


マイトは遮るように言った。


「誰かが最初の一歩を踏み出さなきゃ、何も変わらない。」


カーツは黙ってマイトを見る。


「ひい婆ちゃんと先代魔王がそうしたように。」


「……。」


「俺は、その続きをやりたいんだ。」


静かな声だった。


「だから俺は魔族と手を取る。」


「……。」


「それが、勇者アイラ・アークライトの本当の意思だから。」


長い沈黙が流れる。

やがてカーツは、ゆっくりと背を向けた。


「……私は……。」


一歩踏み出す。


「何も知らなかった。」


もう一歩。


「アイラ様の名を口にしながら……。」


拳を震わせる。


「私は、あの方の願いとは真逆のことをしていたのかもしれません。」


マイトは何も言わなかった。

ただ、静かにその背中を見つめていた。

カーツは牢獄の出口へ向かう。

いつもなら堂々と歩くはずの男の足取りは、今は頼りなく揺れていた。


カツン……。


カツン……。


「カーツさん。」


呼び止められ、カーツは足を止める。


「……何です。」


「答えを急がなくていいよ。」


マイトは微笑む。


「長い間信じてきたものを変えるのは、簡単じゃないから。」


「……。」


「でも、考えてほしい。」


「何を……。」


マイトは静かに告げた。


「本当にひい婆ちゃんが望んだ未来は何だったのか。」


カーツはしばらく動かなかった。

そして小さく呟く。


「……勇者とは……。」


「……。」


「人を導く者ではなく……未来を繋ぐ者、だったのでしょうか。」


マイトは優しく笑った。


「きっと、そうだよ。」


カーツは答えなかった。

ただ、ゆっくりと歩き出す。

扉が開く。

差し込む光の中へ、カーツの姿が消えていく。

しかし、その背中からは今までのような確固たる信念も、魔族への憎しみも感じられなかった。

残っていたのは。

自分が信じてきたものと向き合う、一人の男の迷いだけだった。

重い扉が閉まる。

マイトは一人になった牢の中で、小さく呟いた。


「……ひい婆ちゃん。」


冷たい石壁を見上げる。


「ちゃんと伝わるといいね。」


その声は静かな牢獄の中に、消えていった。

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