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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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145/171

145.歌姫、訴える

三人は宿を飛び出し、大聖堂へ向かって駆け出す。

街中では、至る所で人々が噂話をしていた。


「見ろ……あれが魔王軍のオーガだ。」

「勇者様を惑わせた仲間じゃないのか?」

「近付くなよ。」

「いや、待て。あいつらが本当に悪人なら、勇者様が味方するわけがないだろ。」


人々の声があちこちから飛んでくる。

好奇の視線。

警戒の視線。

敵意の視線。

昨日までスポンサー交渉のために歩いた同じ道が、まるで別の国のようだった。

ラーシャは小さく眉をひそめる。


「完全に噂が先行していますね……。」


ダグラスは周囲を見渡しながら静かに言う。


「人は真実よりも、分かりやすい物語を信じるものだ。」


ガエンは前だけを見据え、歩みを止めない。


「気にするな。」


短く言った。


「今は説明してる時間もない。」


三人はそのまま人混みをかき分け、大聖堂へと急ぐ。

やがて、巨大な白亜の大聖堂が姿を現した。

空へ伸びる尖塔。

色鮮やかなステンドグラス。

女神ステラを象徴する巨大な紋章が正門の上で静かに輝いている。

しかし、その厳かな景色とは裏腹に、大聖堂の前には普段よりも多くの聖騎士が配置され、物々しい空気が漂っていた。

ガエンたちが石段を上ると、門番の聖騎士が槍を交差させ、行く手を塞ぐ。


「止まれ。」


低い声が響く。


「魔王軍の者たちだな。」


ガエンは落ち着いた様子で頷いた。


「ああ。」


そして真っ直ぐ聖騎士を見据える。


「エルダーツ最高司祭に会わせてくれ。重要な話がある。」


しかし聖騎士は表情一つ変えなかった。


「お引き取りください。」

「最高司祭様は多忙です。」


「取り次ぐだけでいい。」


ガエンは食い下がる。


「今の状況なら、なおさら話を……」


「なりません。」


聖騎士は言葉を遮る。


「司祭カーツ様より、魔王軍の者は大聖堂へ立ち入らせるなとの命令が出ています。」


ラーシャが一歩前へ出る。


「エルダーツ様ご本人の命令ではありませんよね?最高司祭様なら事情を聞いてくださるはずです。」


「命令は命令です。」


門番は首を横に振る。


「我々に判断する権限はありません。」


ダグラスが静かに問いかける。


「では、我々が来たことだけでも伝えてもらえないか。」


「それもできません。」


聖騎士は淡々と答えた。


「司祭カーツ様より、魔王軍とは一切接触するなと命じられています。」


その言葉に、ガエンの拳がわずかに握られる。

エルダーツにすら話が届かないよう、完全に情報を遮断している。

カーツは、ここまで手を回していたのだ。

大聖堂前には、いつの間にか野次馬たちも集まり始めていた。


「あいつらだ……。」

「勇者様を惑わせた魔族。」

「帰れ!」


誰かが叫ぶ。

その声をきっかけに、周囲がざわめき始めた。

張り詰めた空気の中、ガエンはゆっくりと息を吐き、閉ざされた大聖堂の門を静かに見つめた。

ガエンはしばらく閉ざされた門を見つめていたが、やがて静かに踵を返した。


「……行こう。」


その一言に、ラーシャもダグラスも何も言わず頷く。

今ここで押し問答を続けても意味はない。

門番たちは命令に従っているだけだ。

無理に突破すれば、それこそカーツの思う壺になってしまう。

三人は大聖堂の石段をゆっくりと下り始めた。

その背中へ、容赦ない言葉が降り注ぐ。


「やっぱり追い返されたぞ!」

「当然だ! 魔王軍なんか信用できるか!」

「勇者様まで騙すなんて恐ろしい奴らだ!」

「早く魔王城へ帰れ!」


中には石を拾おうとする者までいたが、隣にいた老人がその腕を掴んだ。


「やめんか。」


「でも……!」


「まだ何も分かっとらんだろう。」


それでも群衆のざわめきは止まらない。

ガエンは一度も振り返らなかった。

ラーシャは唇を噛み締め、ダグラスは静かにフードを目深に被る。

そのまま三人は宿へ向かって歩き始めた。

その時だった。


「待ってください!」


透き通るような女性の声が広場に響いた。

人々の視線が一斉に声の方へ向く。

そこには肩で息をしながら駆け寄ってきたリシアが立っていた。


「お願いです! この人たちは何も悪いことなんてしていません!」


広場が静まり返る。

リシアは震える拳を握り締めながら、人々を見渡した。


「この人たちは私を攫ってなんかいません!私は自分の意思で一緒に旅をしたんです!困っている私を助けてくれて、優しくしてくれて……ハートロックでは歌まで聴いてくれて……。」


彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


「運動会で歌ってほしいって誘われた時も、本当に嬉しかったんです!誰一人、私を脅したりなんてしていません!」


広場の空気が変わる。


「……え?」

「自分の意思で?」

「でも司祭カーツ様は、娘さんが魔族に連れ去られたって……。」

「話が違うぞ……。」


人々は互いに顔を見合わせ始めた。

先ほどまで怒号を飛ばしていた男も、困惑したように頭を掻く。


「じゃあ……誘拐じゃなかったのか?」

「どっちが本当なんだ?」

「カーツ様が嘘をつくなんて……。」

「いや、何か事情があるんじゃ……。」


広場には、先ほどまでの一方的な敵意ではなく、戸惑いと疑問が広がり始めていた。

ガエンは足を止め、静かに振り返る。

リシアはまっすぐ前を向いたまま、人々へ訴え続けていた。


「お願いです……噂だけで、この人たちを悪者だと決めつけないでください。」


その必死な声は、確かに人々の心へ届き始めていた。

ガエンはしばらくリシアの姿を見つめていた。

彼女は震えていた。

父親の言葉を否定することが、この国でどれほど勇気のいることなのか。

ガエンには痛いほど分かっていた。

だからこそ、彼は何も言わなかった。

ゆっくりと頭を下げる。


「……ありがとう。」


短いその一言だけを残し、ガエンは踵を返す。

ダグラスも静かに深く一礼した。


「感謝する。」


ラーシャも胸に手を当て、小さく微笑む。


「あなたの勇気は、きっと無駄にはなりません。」


三人はそれ以上何も言わず、静かにその場を後にした。

リシアは去っていく背中を見送りながら、ぎゅっと胸元で両手を握り締める。


(どうか……諦めないでください。)


その願いだけを胸に。

一方、人々は誰一人として先ほどまでのように罵声を浴びせることはできなかった。


「……。」


重苦しい沈黙が広場を包む。

先ほどまで魔族を非難していた男が、気まずそうに口を開く。


「俺たち……勘違いしてたのか?」


隣にいた女性が首を横に振る。


「でも、カーツ様もあんなことを言う人じゃないでしょう?」

「じゃあ、どっちが本当なんだ……。」


年配の男性が腕を組み、難しい顔をする。


「娘本人が違うと言っている以上、誘拐ではないんじゃないか……。」

「でも司祭様が嘘をつくなんて考えられない。」

「何か行き違いがあるのかもしれん。」


人々は答えを出せないまま、小声で議論を始める。

誰もが困惑していた。

これまで信じていた話と、目の前で涙ながらに訴えたリシアの言葉。

どちらを信じればいいのか分からなかった。

やがて一人、また一人と広場を後にしていく。


「……帰るか。」

「続きは家で話そう。」

「何が真実なんだろうな……。」


誰もが釈然としない表情のまま、それぞれの家路についた。

広場に残ったリシアは、静かに大聖堂を見上げる。

白亜の大聖堂は何事もなかったかのようにそこへそびえ立ち、鐘の音だけが静かに街へ響いていた。

その頃、ガエンたちは誰とも目を合わせることなく、黙々と宿への道を歩いていた。

誰一人として口を開かない。

重苦しい空気だけが三人を包む。

やがて宿の扉を開けると、ガエンは深く息を吐いた。


「……少なくとも。」


静寂の中で、ガエンがぽつりと呟く。


「リシアのおかげで、一方的に俺たちが悪者という空気ではなくなった。」


ラーシャは静かに頷く。


「はい……。人々は迷い始めています。」


ダグラスは椅子へ腰を下ろした。


「噂は一瞬で広まるが、疑念もまた一瞬で芽生える。」


その赤い瞳が静かに細められる。


「問題はカーツが次に何を打つかだな。」


宿の部屋には再び重い沈黙が流れた。

誰もが、これで終わる相手ではないことを理解していた。

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