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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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143.勇者、忍ぶ

聖王国ルミナリアの牢獄。

手枷をつけられたビルムとミリアとナラはそこにいた。

石造りの冷たい牢屋。

小さな窓から差し込む光だけが、薄暗い室内を照らしている。

三人は壁際に座り込み、重たい沈黙の中にいた。


……と思われた。


「なぁ。」


ビルムがぽつりと口を開く。


「なんやねん、この状況。」


隣で座っていたミリアが首を傾げる。


「状況? 今は石の箱の中で、鉄の腕輪さんと仲良くお昼寝会をしている時間。」


「いや、昼寝会ちゃうやろ。捕まっとるんや。」


「つまり牢獄ね。」


「理解遅いな!」


ビルムが思わず突っ込む。

するとナラが手枷をジャラジャラ鳴らしながら楽しそうに笑った。


「でもビルム、すごいよ!」


「何がや?」


「牢屋に入るって、なかなかできない経験だよ!」


「経験したくない部類やろ普通!」


「でも見て!」


ナラは壁を指差す。


「この壁、冷たい!」


「……」


「あと床も硬い!」


「……」


「そして鉄の輪っかが手につく!」


「それ全部、牢獄の感想や!」


ビルムは深いため息を吐いた。


「ほんま、なんでこうなったんや……」


数時間前。

ルミナリアの街中で突然聖騎士に囲まれた三人。

理由は単純だった。


「魔王軍の手先」


そう決めつけられ、話を聞かれる間もなく連行されたのだ。

ビルムは頭を抱える。


「ワシら、ただ運動会の宣伝と出演者探しに来ただけやぞ……」


ナラがしょんぼりと言う。


「リシア、大丈夫かなぁ。」


その言葉にビルムの表情も曇る。


「……せやな」


リシア。

ルミナリア出身の歌姫。

彼女と出会い、大運動会で歌ってほしいと頼んだ。

彼女は笑顔で引き受けてくれた。

まさか、その帰郷がこんな騒ぎになるとは思っていなかった。


「しかし。」


ミリアが突然立ち上がる。


「これはきっと運命の歯車が逆立ちして、靴下を履いた亀が空を泳ぐ前兆ね。」


「……」


ビルムが黙る。

ナラも黙る。

数秒後。


「なんでやねん!」


ビルムが突っ込んだ。


「なんで亀が靴下履いて空泳ぐねん! あと何の前兆や!」


「わからないわ。」


ミリアは真顔で答える。


「言った本人がわからんのかい!」


「でも安心して。」


ミリアは胸を張る。


「意味がわからない時ほど、人生は面白い方向に転がるものよ。」


「いや今は面白さ求めてへんねん……」


ビルムは呆れながらも、少しだけ笑った。

この二人がいると、どんな状況でも調子が狂う。

だが、それがありがたくもあった。


その時。


カツン……。


牢獄の外から足音が響いた。

三人が顔を上げる。

鉄格子の向こうに、一人の聖騎士が立っていた。


「ドラゴニュート、ラミア、ピクシー」


低い声が響く。


「お前達には、改めて話を聞かせてもらう」


ビルムは立ち上がる。


「話ならいくらでもするわ。」


そして聖騎士を真っ直ぐ見る。


「俺らは悪い事をしたいわけやない。」


「……」


「ただ、魔族と人間が一緒に楽しめる場所を作りたいだけや。」


聖騎士の表情は変わらない。


「魔族の言葉を信じろと?」


その言葉に、ビルムは少しだけ目を細める。


「……そう言われると思ったわ。」


ナラが小さく呟く。


「みんな、怖いんだね。」


ミリアが珍しく静かな声で言った。


「昔の傷は、古い傷でも痛むものよ。雨の日の膝みたいに。」


「例えが急に年寄りくさいな。」


ビルムが苦笑する。

しかし、その目は真剣だった。


「せやけど……」


ビルムは鉄格子越しに聖騎士を見る。


「怖いからって、ずっと背中向けたままでええんか?」


牢獄の中に、その言葉が響く。

聖騎士は何も答えず、しばらく三人を見る。

そして踵を返した。


「……取り調べは後だ。」


足音が遠ざかっていく。

静かになった牢獄。

ナラがぽつりと言う。


「ビルム。」


「ん?」


「今の、ちょっとカッコよかった。」


「お、珍しく褒めたな。」


「でも。」


「でも?」


「頭にに牢屋のホコリついてる。」


「台無しや!」


ミリアが笑う。


「でも大丈夫よ、ビルム。」


「何がや。」


「ホコリもまた、旅の仲間だから。」


「仲間にしたくないわ!」


牢獄の中に、三人の声が響く。

絶望するには、彼らは少しだけ騒がしすぎた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


一方その頃。

聖王国ルミナリアの街中では、ある噂が急速に広まっていた。


「聞いたか? 魔族が捕まったらしいぞ。」

「ドラゴニュートとラミア、それにピクシーだってよ。」

「やっぱり魔族は危険なんじゃ……」


人々の間に不安と警戒の声が広がっていく。

その様子を、少し離れた場所から見ていた男がいた。


勇者マイト。

いつもの明るい表情は影を潜め、険しい顔で街を見渡していた。


「……まずいな。」


マイトは小さく呟く。

ビルム達が捕まった。

その事実だけなら、聖騎士に事情を聞けば済む話かもしれない。

しかし問題は、相手が魔族であることだった。

ルミナリアの人々は、まだ魔族に対して強い警戒心を持っている者もいる。

もしここで騒ぎが大きくなれば……。


「ガエン達まで危ないかもしれないな。」


マイトは空を見上げる。


ガエン。

ダグラス。

ラーシャ。

そして、自分。


魔王軍関係者として見られる可能性は十分にある。


「……これは、みんなで動くより俺一人の方がいい。」


そう判断したマイトは宿へ戻ると、ガエン達に状況を説明した。


「ビルム達のこと、俺が確認してくる。」


ガエンが眉を寄せる。


「一人でか?」


「うん。」


マイトは頷く。


「今の街の空気じゃ、魔族のガエン達が牢獄へ行ったら余計に騒ぎになる。」


ラーシャが俯く。


「……私達が行ったら、余計に怖がられますよね。」


「そういうこと。」


マイトは優しく言う。


「だから今回は人間である俺が行く。」


ダグラスが腕を組む。


「勇者が交渉役とはな。」


「勇者だからこそ、今は動かないといけないだろ。」


マイトは笑った。


「それに、あいつらを放っておけないよ。」


ガエンはしばらく黙った後、頷いた。


「……頼む、マイト。」


「うん。」


そう言って、マイトは一人で宿を出た。


牢獄へ向かったマイトは、入り口を守る聖騎士に声をかけた。


「すまない。」


聖騎士が振り返る。


「……勇者様?」


少し驚いた表情を浮かべる。


「何の御用でしょうか?」


マイトは真っ直ぐ告げる。


「捕らえられているドラゴニュート達に会わせてほしい。」


聖騎士の表情が固まる。


「……申し訳ありません。」


「駄目?」


「現在、あの者達への面会は禁止されています。」


「理由は?」


聖騎士は少し迷った後、答える。


「魔王軍との関係を調査中です。」


マイトはため息を吐く。


「関係って……」


思わず言葉が漏れる。

あいつらが何をしていたのか、自分は知っている。

ビルムはくだらない冗談ばかり言うが、困っている人間を放っておけない奴だ。

ミリアは意味不明なことばかり言うが、仲間を見る目は優しい。

ナラはただ純粋で、誰よりも人を信じている。

そんな三人が、人間を傷つけるために動いていたとは思えない。


「……少しだけでもいい。」


マイトは頼む。


「俺は彼らの仲間だ。」


しかし聖騎士は首を横に振った。


「規則です。」


「そうか……」


マイトは引き下がる。


「邪魔をしたね。」


そう言って牢獄から離れる。

だが、その足取りは宿へ向かっていなかった。


「さて……」


牢獄から少し離れた路地裏。

マイトは腕を組んで建物を見上げる。


「正面から駄目なら……」


周囲を確認する。


「入るしかないな。」


勇者とは思えない発言だった。


「いや、違う。」


マイトは自分に言い聞かせる。


「これは侵入じゃない。」


少し考える。


「……救出のための確認だ」


誰に言い訳しているのか分からない。

その時。


「勇者が忍び込み作戦を考えてるなんて、誰が聞いても驚くだろうな。」


自分で苦笑する。

だが、マイトの目は真剣だった。


「待ってろよ、ビルム。」


牢獄の方向を見る。


「絶対に話を聞きに行くからな。」


マイトは牢獄の建物を見上げた。

正面から見れば、ただの石造りの建物。

しかし、勇者として数々の戦場を経験してきたマイトには分かる。

ここはただの牢獄ではない。

聖王国ルミナリアが、魔族を収容するために用意した特別な施設。

侵入者への対策は、街の衛兵所とは比べ物にならなかった。


「……やっぱり厳重だな。」


屋根の上へと軽く跳び上がったマイトは、音もなく着地する。

眼下に広がる牢獄の敷地。

巡回する聖騎士。

一定間隔で配置された監視塔。

そして。


「魔力感知の魔道具か。」


屋根の端から覗き込むと、壁や柱に取り付けられた小さな魔道具が淡く光っている。

わずかな魔力の流れすら感知する代物。

下手に身体強化の魔法を使えば、一瞬で気付かれる。

さらに。


「……監視の目も多い。」


マイトは目を細める。

通路。

中庭。

おそらく中も。

死角という死角を潰すように配置されている。

普通の冒険者なら、まず近付くことすら難しい。


「魔力を使っても終わり。」


小さく呟く。


「見つかっても終わり……か。」


普通なら、ここで諦める。

しかしマイトは勇者だった。

今までの戦いで、何度も絶望的な状況を経験してきた。

力で突破できないなら別の方法を探すだけ。


「……さて。」


マイトは深く息を吐く。

そして、自分の中にある魔力を極限まで抑え込む。

勇者の証とも言える膨大な魔力。

それを、存在していないかのように隠す。

まるでただの人間。

いや、ただの影になる。


「勇者の力っていうのも、こういう時は邪魔になるな。」


苦笑しながら、屋根の上を移動する。

魔力感知の範囲。聖騎士の視線。巡回の周期。

全てを観察する。

一歩。また一歩。

魔道具の死角へ。聖騎士が振り返る瞬間には、煙突の影へ。監視塔の灯りが動く瞬間には、屋根の裏側へ。

まるで最初からそこに存在していなかったかのように、マイトは進んでいく。


「……なるほど。」


建物全体を把握しながら、小さく呟く。


「正面は面会用。地下は収容区画……。」


そして耳を澄ませる。

微かな音。

牢獄内部の声。


「……ん?」


風に乗って、かすかな話し声が聞こえた。


「……だから言ったやろ、鉄の腕輪さんと仲良く昼寝会ちゃうって……」


マイトの口元が緩む。


「……ビルム。」


間違えるはずがない。

続けて。


「でもビルム、牢屋って冷たいね!」


「感想が子供や!」


「私はね、牢屋の壁にも人生があると思うの。」


「急に哲学になるな!」


「……」


マイトは思わず額を押さえた。


「ミリアとナラもいるな……。」


こんな状況でもいつも通り。

少し安心する。

だが同時に、胸の奥が痛んだ。


「やっぱり、あいつらは何もしてない。」


確信する。そして。


「見つけた。」


声の位置。牢獄の奥。収容区画の中でも、魔族用に隔離された場所。

だが問題は。


「ここからどう入るか。」


マイトは周囲を見る。

扉は魔力式の鍵。廊下には巡回。壁には感知魔道具。

普通なら突破不可能。

しかしマイトは少しだけ笑った。


「……勇者っていうのはさ。」


腰の剣に手を添える。


「魔王を倒すだけの存在じゃないんだよ。」


剣を抜かず、そのまま構える。

必要なのは力ではない。判断力。経験。

そして仲間を信じる気持ち。

マイトは再び魔力を抑え込み、影のように動き出す。

巡回する聖騎士の横をすり抜け。

鍵のかかった扉を別の経路から回り込み誰にも気付かれることなく、牢獄内部へ侵入していく。


「……勇者様が侵入者になる日が来るなんてな。」


自分で呟いて苦笑する。

だが、その足は止まらない。

やがて鉄格子の向こうから、聞き慣れた声が聞こえた。


「せやからな、ミリア。牢屋の壁を友達扱いするのはやめ……」


「ビルム。」


マイトが小さく呼ぶ。

牢屋の中の三人が一斉に振り向いた。


「……え?」


「……」


「……あ!」


ナラが目を輝かせる。


「マイトだ!」


その声に。

ビルムとミリアも目を見開いた。


「なんでマイトがおるんや!?」


「マイトが牢屋に来るなんて、これは靴を履いた魚が…」


「今はそこちゃう!」


ビルムが叫ぶ。

マイトは苦笑しながら鉄格子を見る。


「久しぶり。」


そして小さく笑った。


「助けに来た……って言いたいところだけど。」


周囲を確認する。


「まずは、何があったのか聞かせてくれ。」


その瞬間、三人の表情が少しだけ和らいだ。

牢獄の中に、ようやく希望の光が差し込んだ。

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