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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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137/171

137.議論、再び白熱する

翌朝。

聖都ルミナリアの大聖堂。

朝日が高くそびえるステンドグラスを照らし、色鮮やかな光が会議室の床へ落ちていた。

しかし、その美しい光景とは裏腹に、室内には重い空気が漂っていた。

中央の長机には、昨日と同じように司祭達が並び、その奥には最高司祭エルダーツ・リストが静かに座っている。

そして、その中にはカーツ・ハミルトンの姿もあった。

司祭達はそれぞれ資料に目を通しながら、昨日の議論の続きを始める準備をしている。

しばらくして、エルダーツがゆっくりと口を開いた。


「では、昨日に引き続き議論を始めましょう。」


穏やかな声。

しかし、その場にいる全員が分かっていた。

この議題は簡単には終わらない。


「魔王主催の大運動会への協力。そしてスポンサーとしての参加について。」


エルダーツは一度、全員を見渡す。


「昨日、多くの意見を聞きました。賛成する者、慎重な判断を求める者。そして……反対する者。」


視線が自然とカーツへ向く。

カーツは表情を変えず、静かに口を開いた。


「私は昨日と同じです。」


低く、はっきりとした声。


「反対します。」


室内に沈黙が落ちる。

何人かの司祭が小さく息を吐いた。

カーツは続ける。


「理由も変わりません。我々が支援しようとしている相手は、魔王です。」


「しかし、現在の魔王は戦争を望んでいません。」


一人の司祭が反論する。


「ガエン殿達の話を聞いた限りでは、魔王は人間との交流を望んでいる。大運動会も、そのための場なのでしょう。」


カーツはその言葉に視線を向けた。


「では、あなたはそれを完全に信じられるのですか?」


「……。」


「魔王が今は平和を望んでいるとしても、それが永遠だという保証はありません。」


カーツの言葉は静かだった。

だが、その一つ一つには強い確信が込められていた。


「百年前、我々の祖先も同じように魔族の力を恐れました。そして実際に、多くの人間が命を奪われた。」


「それは過去の話です。」


別の司祭が言う。


「確かに百年前の戦争は悲劇でした。しかし、今の魔族達は違います。フィルドリアやアトラマリスで、彼らと共に暮らしている人間もいる。」


「それでもです。」


カーツは即座に返した。


「過去の犠牲を忘れてはいけない。」


その言葉に、何人かの司祭が黙り込む。

カーツは机の上に置かれた資料へ目を落とす。

そこにはガエン達が提出した大運動会の概要が書かれていた。


競技内容。

参加予定国。

交流目的。


どれも平和的なものだった。

それでも。


「私は……この催しそのものを疑っているわけではありません。」


カーツは言った。


「問題は、その裏にいる存在です。」


「魔王、ですか。」


「はい。」


カーツは頷く。


「魔族の王が、人間との友好を望む。その言葉を疑うなという方が無理があります。」


「ですが、勇者マイト殿も同行しています。」


司祭の一人が言った。


「彼は先代勇者の意思を継ぐ存在です。その彼が魔王を信用している。」


その瞬間。

カーツの表情がわずかに険しくなる。


「……だからこそ、問題なのです。」


「?」


「勇者とは、本来、人々を守る存在です。」


カーツは拳を握る。


「先代勇者は命を懸けて魔王を倒した。その意思を受け継ぐ者が、魔王と共に歩むなど……。」


「カーツ。」


エルダーツが静かに呼ぶ。

しかし、カーツは止まらなかった。


「私は理解できません。」


「勇者が間違っていると言いたいのですか?」


司祭の問い。

カーツはしばらく沈黙した。

そして。


「……はい。」


その言葉に、部屋の空気が変わった。


「今の勇者は、平和を望んでいるのかもしれません。」


カーツは続ける。


「ですが、その平和のために忘れてはいけないものがある。失われた命です。魔族によって奪われた人々の未来です。我々が彼らを許すことは、犠牲になった者達を裏切ることにならないのですか。」


重い沈黙。

昨日まで賛成寄りだった司祭達も、簡単には言葉を返せなかった。

エルダーツは目を閉じる。

カーツの言葉には、強い憎しみがある。

しかし同時に。

彼が本当に守ろうとしているものも理解していた。


「……カーツ。」


「はい。」


「君は魔族を信用できないのですね。」


カーツは迷わず答える。


「はい。」


「なぜなら、彼らが悪だから。」


その言葉に、エルダーツは静かに問い返す。


「では……今目の前にいる魔族も、全て悪だと言い切れますか?」


カーツの視線が揺れる。


ガエン。

ダグラス。

ラーシャ。


そして、魔族と共に歩く勇者。

一瞬だけ、昨日見た彼らの姿が浮かぶ。

だが。


「……。」


カーツは目を伏せた。


「例外が存在することは認めます。ですが。」


顔を上げる。


「例外を信じた結果、再び悲劇が起きた時……誰が責任を取るのですか。」


その問いに、誰もすぐには答えられなかった。

会議室には重い沈黙が流れる。

エルダーツは窓の外を見る。

聖都の街には、今日も多くの人々が暮らしている。

かつて争った人間と魔族。

今は同じ空の下で生きている。

だが過去の傷が完全に消えたわけではない。


「……議論を続けましょう。」


エルダーツが静かに告げる。


「我々が決めるべきなのは、ただ賛成か反対かではありません。なぜ、この話を受けるのか。そして、もし受けるなら……何を信じ、何を確認するべきなのか。」


司祭達は再び意見を交わし始める。

賛成派は未来を見る。

慎重派は現実を見る。

そしてカーツは、過去を見る。

しばらくの間、議論は続いた。

しかし、昨日とは違っていた。

賛成派の司祭達も、カーツの言葉によって簡単には結論を出せなくなっている。

魔族との共存。

過去の戦争。

そして、未来への可能性。

どれも間違いとは言い切れない。

そんな中、エルダーツは静かにカーツへ視線を向けた。


「カーツ。」


「はい。」


「君の考えは分かりました。」


エルダーツの声は穏やかだった。


「君が魔族を憎んでいるのではなく……恐れていることも。」


カーツは少しだけ眉を動かす。


「……恐れている?」


「そうです。」


エルダーツは頷いた。


「二度と同じ悲劇を繰り返したくない。その思いから、君は過去を見続けている。」


カーツは何も答えなかった。


「ですが……」


エルダーツは続ける。


「ルミナリアにも、魔族は住んでいます。」


その言葉に、何人かの司祭が静かに頷く。


「……。」


カーツは黙ってエルダーツを見る。


「彼らは商売をし、家族を作り、人間達と同じように生活をしています。」


エルダーツの視線は窓の外へ向いた。


「朝になれば教会へ祈りに来る者もいる。子供を学校へ通わせる者もいる。人間と同じように悩み、笑い、生きています。」


「……。」


「彼らもまた、今を生きる者達です。」


静かな言葉。

しかし、その言葉にカーツはゆっくりと首を横に振った。


「最高司祭様。」


「はい。」


「私に戦争の歴史を教えたのは、あなたです。」


その一言で、部屋の空気が変わった。

カーツは真っ直ぐエルダーツを見る。


「幼い頃、私は何も知りませんでした。」


「……。」


「なぜ人間と魔族が争ったのか。なぜ多くの命が失われたのか。」


カーツの声には怒りではなく、悲しみが混じっていた。


「あなたは私に教えてくれた。百年前、魔王軍によって多くの村が焼かれ、多くの人々が命を落としたことを。」


エルダーツは静かに聞いている。


「先代勇者が、多くの仲間を失いながら戦ったことを。」


カーツは拳を握る。


「その歴史を知ったからこそ、私は今ここにいるのです。」


「……。」


「なのに今、同じ魔族と手を取り合えと言われても……簡単には受け入れられません。」


会議室に沈黙が落ちる。

他の司祭達も、カーツの言葉を否定できなかった。

なぜなら。

彼の信念は、ただの偏見ではなかったからだ。

彼は過去の犠牲を忘れたくないだけだった。

しばらく沈黙した後、エルダーツはゆっくりと息を吐く。


「……そうですね。」


「?」


「確かに私は君に歴史を教えました。」


エルダーツは微笑む。


「ですが、私は同時にこうも教えたはずです。」


カーツの視線が向く。


「歴史とは、過去を繰り返さないために学ぶものだと。」


「……。」


「憎しみを次の世代へ渡すためではない。」


その言葉に、カーツは僅かに目を伏せる。

しかし、反論するように口を開こうとした。

だが。

エルダーツは先に続けた。


「カーツ。」


「はい。」


「君が納得できないのなら、無理に賛成しろとは言いません。」


意外な言葉に、カーツが顔を上げる。


「ですが、判断する前に……もう一度、本人達の話を聞くべきではありませんか?」


「……ガエン達を。」


「はい。」


エルダーツは頷いた。


「彼らをもう一度、この場へ呼びましょう。」


司祭達がざわめく。


「直接、彼らに問いましょう。」


エルダーツは全員を見る。


「なぜ魔王が大運動会を開こうとしているのか。なぜ勇者が魔王と共に歩いているのか。そして……なぜ魔族と人間が手を取り合えると信じているのか。」


エルダーツは静かに立ち上がった。


「疑うことも必要です。ですが、知らないまま拒絶することもまた、歴史から何も学んでいないことになります。」


カーツは黙ってエルダーツを見る。

その言葉は、彼が尊敬してきた最高司祭のものだった。

しかし胸の奥にある疑念は、まだ消えていない。


「……分かりました。」


しばらくして、カーツは小さく答えた。


「もう一度、彼らの話を聞きましょう。」


エルダーツは頷く。


「ありがとうございます。」


そして、その日の午後。

大聖堂から一通の使者が宿へ向かう。

ガエン達へ。

再び、最高司祭との面会を求める知らせを届けるために。

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