130.船と馬車、進む
聖王国ルミナリアに向かうため、港町シクロに向かう船上。
潮風を受けながら、大型帆船は穏やかな海を滑るように進んでいた。
甲板ではガエン、ダグラス、ラーシャ、マイトの四人が木箱を椅子代わりに腰掛け、それぞれ飲み物を片手に海を眺めている。
運動会開催まで、残された時間は決して多くない。
自然と話題は、別行動をしているビルム達へと移った。
「そういやビルム達はどうしてるんだろうな。」
ガエンが海を眺めたまま呟く。
ダグラスは肩をすくめた。
「エンタメ担当だからな。今頃は街角で演奏を聴いては声をかけ、酒場で歌を聴いては勧誘し……そんな事を繰り返してるんだろ。」
ラーシャは少し笑う。
「ビルムさんは誰とでもすぐ仲良くなりますからね。案外、私達より成果を上げているかもしれません。」
「あり得る。」
マイトも苦笑した。
「本人は自覚していないが、あの人は妙に人を惹きつける。」
「しかも横にはミリアとナラがいるからな。」
ガエンが笑う。
「あの二人、賑やかさだけなら誰にも負けない。」
「むしろ静かな場所でも騒がしくできる才能がある。」
ダグラスが真顔で言う。
「褒めてるのか?」
「……たぶん。」
四人は思わず笑った。
ガエンは腕を組みながら空を見上げる。
「しかし、どれくらい集めてるんだろうな。」
「十組くらいか。」
ダグラスが適当に言う。
「それは少ない気がします。」
ラーシャが首を振る。
「ビルムさんなら気付けば二十組くらい連れていても驚きません。」
「二十組?」
マイトが目を丸くする。
「競技よりライブの時間の方が長くならない?」
「それも面白そうではあります。」
ラーシャがくすっと笑う。
ダグラスは顎に手を当てた。
「ロック、メタル、民謡、吟遊詩人、楽団、アイドルみたいなのまで連れて来るかもしれん。」
「大道芸人や奇術師もあり得ますね。」
マイトが付け加える。
「そうなると運動会というより祭りだね。」
「最初から祭りみたいなもんだ。」
ガエンは豪快に笑った。
「魔族も人間もドワーフもエルフも獣人も、みんなで騒いで楽しめる一日だ。それくらい賑やかな方がいい。」
その言葉に三人も頷く。
しばらくしてガエンがニヤリと笑った。
「ただ一つ心配なのは……。」
「何ですか?」
ラーシャが尋ねる。
「ビルムのことだ。勧誘し過ぎて出演者だけで百人超えてたりしてな。」
一瞬静まり返り、
「……ありそうだな。」
ダグラスが真顔で呟いた。
「否定できませんね。」
「全く否定できない。」
マイトまで苦笑する。
四人は顔を見合わせると、堪えきれず大笑いした。
笑いがようやく収まると、マイトがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ルミナリアではゴスペルを聴いたことがあるけど……あれは本当に凄かったよ。」
「ゴスペル?」
ガエンが首を傾げる。
マイトは懐かしそうに海の向こうを見つめた。
「光の女神を讃える聖歌だよ。大聖堂で何十人もの聖歌隊が歌うんだけど、一人一人の声が重なって、まるで天から光が降ってくるみたいだった。」
「へぇ……。」
ラーシャが感心したように頷く。
「魔法でも使っているような歌声ですか?」
「いや、ほとんど生の歌声だけだ。でも建物の造りも計算されていて、声が綺麗に響くんだ。鳥肌が立ったよ。」
ダグラスは腕を組んだ。
「宗教国家らしい催しだな。」
「聖歌だけじゃなくて、楽器も入る時がある。荘厳で……心が洗われるような気分になる。」
マイトは苦笑する。
「勇者として各国を回ったけど、あれは今でも忘れられない。」
ガエンはニヤリと口角を上げた。
「案外、その聖歌隊までビルムが勧誘してたりしてな。」
「……。」
三人が一斉にガエンを見る。
「いやいや、それは流石に。」
マイトが笑いながら首を振る。
「ルミナリアの聖歌隊は簡単に外へ出るような人達じゃないよ。」
「でもビルムさんですから……」
ラーシャが小さく笑う。
「『運動会で平和を祈る歌を歌ってください!』なんて言ったら、意外と話を聞いてくれる人がいるかもしれません。」
「そして横でミリアが『みんなで歌えば楽しいですよ~!』、ナラが『お祭りだー!』とか言って騒いでるかもな。」
ガエンが笑いながら言う。
その光景を想像した瞬間、
「……ありそう。」
マイトが思わず吹き出した。
「ビルムって、身分とか肩書きを気にしないからね。」
ガエンが笑う。
「王様だろうが商会長だろうが有名歌手だろうが、『運動会出ませんか?』って同じ調子で声をかける。」
「ある意味、一番恐ろしい交渉術ですね。」
ラーシャが苦笑する。
「相手も警戒する暇がありません。」
ダグラスは肩をすくめた。
「気付けば出演契約書にサインしている。」
「それ詐欺師じゃん。」
マイトがすかさず突っ込み、再び四人は笑い声を上げた。
笑いが潮風に乗って流れていく。
その頃、彼らの知らない場所では……
ビルムはまさに聖王国ルミナリアから来た、一人の美しい歌姫と出会っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ハートロックを出発した馬車は、街道を軽快に走っていた。
窓の外には緑豊かな丘が広がり、時折、小さな村が見えては通り過ぎていく。
荷台には旅人達の荷物が積まれ、その一角でビルム、ミリア、ナラ、そして白い法衣を身にまとった歌姫リシアが向かい合って座っていた。
「それにしてもリシアさん、あんたの歌はほんま凄かったわ。」
ビルムが腕を組みながら何度も頷く。
「鳥肌立ったで。あんな綺麗な声、初めて聞いたわ。」
リシアは柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、とても嬉しいです。」
「だから運動会で歌う約束してくれて助かったわ!」
「はい。皆さんが笑顔になれるなら、喜んで歌わせていただきます。」
「やったー!」
ナラがリシアの肩ほどの高さを飛び回る。
「リシアのお姉ちゃんと一緒に歌いたーい!」
「もちろんです。」
リシアは優しく微笑み返した。
「一緒に歌いましょう。」
「わーい!」
ナラは空中で一回転した。
その横で、ミリアが真剣な顔をしてリシアを見つめる。
「リシア。」
「はい?」
「歌って、お腹いっぱいになる?」
「……え?」
「私はお腹が空くと、頭の中でパンが踊る。」
「……。」
ビルムは天を仰いだ。
「始まったわ……。」
リシアは一瞬だけ固まったものの、くすっと笑った。
「歌ではお腹はいっぱいになりませんね。」
「そうね。」
ミリアは深く頷く。
「だから私は、ご飯を食べてから歌う。」
「それが一番ですね。」
リシアは優しく答える。
ビルムは頭を抱えた。
「なんで会話成立してるんや……。」
ナラは大笑いしながら手を叩く。
「ミリア、今日も絶好調ー!」
「私は毎日好調。」
真顔で答えるミリア。
「昨日も明日も今日も。」
「意味わからん!」
ビルムのツッコミが馬車の中に響き、乗客達から小さな笑いが漏れた。
リシアも口元を押さえて笑っている。
「皆さん、本当に仲が良いんですね。」
「まあな。」
ビルムは照れくさそうに鼻を掻いた。
「この二人がおると静かな旅にならへんけど。」
「静かな旅?」
ナラが首を傾げる。
「それ、美味しいの?」
「食べ物ちゃう!」
「じゃあ踊るもの?」
「違う違う!」
「寝る前のおまじない?」
「どこからその発想出てくるねん!」
ナラは「えへへー」と笑いながらビルムの頭の上に着地した。
リシアは楽しそうに三人を眺める。
「皆さんを見ていると、自然と笑顔になります。」
「そうか?」
「はい。」
リシアは頷いた。
「ルミナリアでは礼儀や作法を重んじる場面が多いので……こんな風に肩の力を抜いて笑い合える時間は、とても新鮮です。」
「そらええこと聞いた。」
ビルムは満面の笑みを浮かべる。
「せっかくやし、ルミナリア着くまでいっぱい笑って帰ってもらおか。」
「ありがとうございます。」
リシアが頭を下げると、ビルムは何かを思い出したように身を乗り出した。
「そういやリシアさん、ルミナリアには歌うまい人ってまだまだおるん?」
「ええ、たくさんいますよ。」
リシアは嬉しそうに頷く。
「大聖堂の聖歌隊はもちろん、吟遊詩人や楽団、それに地方には素晴らしい歌い手も大勢います。」
ビルムの目がキラリと光る。
「……。」
その表情を見たリシアは少しだけ首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いや……。」
ビルムはニヤリと笑う。
「まだまだ運動会の出演者、増やせそうやな思て。」
リシアは一瞬きょとんとしたあと、思わず吹き出した。
「ふふっ……やっぱりそうなるんですね。」
「もちろんや!」
ビルムは胸を張る。
「ルミナリア着いたら、有名な歌い手でも聖歌隊でも楽団でも、片っ端から声かけたる!」
「全部ですか?」
「全部や!」
「最高司祭様にも?」
リシアが冗談半分で尋ねる。
ビルムは一切迷わず親指を立てた。
「もちろんや!『運動会で歌いませんか?』言うたる!」
その場にいた乗客達まで思わず笑い出す。
リシアは肩を震わせながら笑った。
「ふふふ……最高司祭様にそんな風に話しかける方、きっとビルムさんくらいですよ。」
「身分なんか関係あらへん。」
ビルムは豪快に笑う。
「歌が好きな人やったら、みんな仲間や!」
その言葉にリシアは少し目を丸くし、やがて穏やかに微笑んだ。
「……その考え方、とても素敵ですね。」
馬車は笑い声に包まれながら、港町シクロへの街道を進んでいく。
そしてその先には、聖王国ルミナリアが静かに彼らを待っていた。




