129.歌姫、見つかる
それから数曲演奏した後、ロン毛のギターボーカルが前へ出る。
汗で濡れた長い黒髪をかき上げ、大きく息を吸い込んだ。
「おまえらぁぁぁ!!」
観客が一斉に歓声を上げる。
「ウォオオオオーーッ!!」
男はギターを高く掲げ、口角を吊り上げた。
「ラスト行くぜぇぇぇぇぇッ!!」
「「「うおおおおおおおーーーっ!!!」」」
ジャカァァン!!
激しくコードが鳴り響いた瞬間、モヒカンのドラマーが容赦なくツーバスを踏み込む。
ドドドドドドドドドッ!!
眼鏡のベーシストが地を這うような重低音を響かせ、女性ギタリストが鋭いリフを重ねる。
燃えるような男性ボーカルが叫ぶ。
「行くぞぉぉぉぉぉ!!」
可愛らしい女性ボーカルの透き通る歌声が重なり、会場全体を包み込んでいく。
「うおおおおーーっ!!」
観客も最後の力を振り絞るように拳を突き上げた。
腕を高く掲げる者。激しく頭を振る者。肩を組みながら歌う者。飛び跳ねる者。
誰もが笑顔で、誰もが音楽に身を委ねていた。
ナラも思わず真似をして頭をぶんぶん振る。
「ぶんぶんぶーん!」
「それヘドバンちゃう! 首ちぎれる前のピクシーや!」
ビルムが慌てて止める。
ミリアは一定のリズムでゆっくり頭を上下させていた。
「……これがヘッドバンキング。」
「いや、めっちゃ健康体操みたいになっとる。」
「首に優しい。」
「優しさ求めるライブちゃうねん。」
演奏はさらに熱を帯びる。
ギターソロが空へ突き抜け、ドラムが雷鳴のように轟き、最後は六人全員が横一列に並んだ。
「ありがとうーーーッ!!」
ジャァァァァァン!!
最後の一音が街へ響き渡る。
一瞬の静寂。
そして。
「「「うおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!!!!」」」
地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こった。
「最高だー!」
「またやってくれー!」
「アンコール!」
「アンコール!」
六人は笑顔で手を振りながら深々と頭を下げる。
ビルムは腕を組み、大きく頷いた。
「……決まりやな。」
ミリアも静かに頷く。
「魔王運動会向き。」
ナラは元気いっぱいに飛び跳ねた。
「絶対呼ぼう! 絶対!」
ビルムは三人で人混みをかき分け、片付けを始めた六人組のもとへ歩み寄る。
「お疲れさん。」
六人が一斉に振り向く。
ビルムはにやりと笑い、右手を差し出した。
「めっちゃええ演奏やった。俺はドラゴニュートのビルム。ちょっと、面白い仕事の話があるんやけど……聞いてみる気、あらへんか?」
ビルムが声を掛けると、六人は手を止めた。
その中から、一人の男と一人の女が前へ出てくる。
男はギターボーカルだった。
肩まで伸びた黒髪を後ろへ流し、耳にはいくつものピアス。
顎には整えられた髭が生え、両腕にはびっしりと刺青が刻まれている。
革のベストの隙間から覗く腕や胸板は分厚く、服の上からでも鍛え上げられた体だと分かるほどだった。
そして隣には女性ギタリスト。
短い金髪に鋭い目つき。
耳には同じくピアスが並び、首筋から腕にかけて黒い刺青が覗く。
無表情で腕を組み、まるで感情を読ませない。
「……。」
「……。」
二人がゆっくり歩み寄ってくる。
「ひっ……。」
ビルムは思わず半歩後ずさった。
(こ、怖っ!!絶対喧嘩強いやん!!これ絶対裏社会の人やろ!!)
横でナラも耳をぴんと立てる。
「ビルム、食べられる?」
「食われへんわ!」
ミリアも真顔で二人を見つめる。
「……威圧感。」
「せやろ!」
すると、ロン毛の男がビルムの反応に気付いたらしく、慌てたように両手をぶんぶん振った。
「あっ! す、すみません! 怖がらせるつもりじゃなかったんです!」
驚くほど穏やかで丁寧な声だった。
ビルムは目をぱちくりさせる。
「え?」
男は深々と頭を下げる。
「演奏、聴いてくださってありがとうございました。わざわざ声まで掛けていただいて、本当に嬉しいです。」
その横で女性も軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。」
低く落ち着いた声だが、礼儀正しい。
ビルムは思わずミリアを見る。
ミリアも小さく首を傾げた。
「……見た目との落差。」
「ほんまや。」
男は少し照れ臭そうに頭をかいた。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。」
右手を胸に当て、にこりと笑う。
「俺はブランです。このバンドでギターボーカルをやってます。」
続いて隣の女性が一歩前へ出る。
「ギター担当、マヤです。」
相変わらず表情はほとんど変わらないが、言葉遣いはとても丁寧だった。
「よろしくお願いします。」
ビルムは何度か瞬きを繰り返す。
「……あの。」
「はい?」
「めっちゃ礼儀正しいな。」
ブランは苦笑いした。
「よく言われます。」
マヤも小さく頷く。
「見た目で誤解されることが多いので。」
「ライブ終わったあと逃げられることもあります。」
「そこまで!?」
ナラがブランの腕を見上げる。
「お兄ちゃん、おっきい!」
「ははっ、鍛えてますから。」
「でも優しい!」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。」
マヤはナラに視線を向けると、少しだけ口元を緩めた。
本当にわずかだったが、確かに笑った。
「さっきヘッドバンキングしてた子。」
「ぶんぶんぶーん!」
ナラが勢いよく首を振る。
ブランは吹き出した。
「あれは可愛かったですね。」
マヤも静かに頷く。
「新しいヘドバンだった。」
「褒められてるんか、それ。」
ビルムは苦笑しながら改めて二人へ向き直る。
「実はな、俺らは魔王運動会いう世界規模の祭りの出演者を探して歩いとるんや。君らの演奏を聴いて、ぜひ出てもらいたいと思った。」
ブランとマヤは顔を見合わせる。
「……魔王運動会?」
ブランが興味深そうに復唱すると、六人組の他のメンバーも手を止め、一斉にビルムたちへと視線を向けた。空気は自然と「面白そうな話なら聞いてみよう」という雰囲気に変わっていった。
ブランは腕を組み、真剣な表情で話を聞いていた。
ビルムはこれまでの経緯を一つひとつ説明する。
「魔王バラムがな、世界中の種族が笑顔で集まれる祭りをやりたい言うて始めたんや。今、スポンサー集めも終盤で、競技の合間に盛り上げてくれる音楽や芸人を探しとる。」
ミリアが静かに続ける。
「世界中から客が来る。」
「人間も魔族も獣人もエルフもドワーフも関係なし。みんなで楽しむ祭りや。」
ナラは両手を広げて飛び跳ねた。
「すっごく大きなお祭りだよ!」
六人は顔を見合わせる。
眼鏡のベーシストが眼鏡を押し上げた。
「……面白そうだね。」
モヒカンのドラマーも腕を組み、にやりと笑う。
「俺ぁ好きだぜ、そういう馬鹿でっけぇ話。」
熱血そうな男性ボーカルは拳を握る。
「世界中の前で歌えるってことか!」
可愛らしい女性ボーカルは目を輝かせた。
「たくさんの人に歌を届けられるんですね……!」
マヤは静かにブランを見る。
「……どうする?」
ブランは少しだけ空を見上げた。
「俺たちは昔から思ってたんです。」
全員が彼を見る。
「音楽って、種族も国も関係なく、一緒に笑えるものだって。」
その言葉に六人全員が頷いた。
ブランはビルムへ向き直ると、大きく笑った。
「ぜひ、参加させてください。」
「おっ!」
ビルムの表情が一気に明るくなる。
ブランは右手を差し出した。
「俺たち六人組ロックバンド、マルデリードです。よろしくお願いします。」
ビルムも力強くその手を握り返す。
「こちらこそや! 絶対会場を盛り上げてくれ!」
ガシッ。
固い握手が交わされる。
ナラはその場でぴょんぴょん跳ね回った。
「やったぁー! また仲間が増えたー!」
ミリアも静かに拍手する。
「出演者、順調。」
ブランは少し照れくさそうに笑った。
「期待に応えられるよう頑張ります。」
「期待しかしてへん。」
ビルムは親指を立てる。
「ほな、詳しい日程は後で連絡するわ。」
「はい!」
六人は揃って深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
こうして、新たな出演者としてロックバンド『マルデリード』の参加が決定した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて。」
ビルムは満足そうに歩き出す。
「次探しに行こか。」
「うん!」
「了解。」
三人は再び賑やかな街を歩き始めた。
露店から漂う香ばしい匂い。
大道芸人へ送られる拍手。
子どもたちの笑い声。
祭りのような活気に包まれた通りを進んでいく。
その時だった。
風に乗って、一筋の歌声が流れてくる。
「――――♪」
「……!」
ビルムの足が止まる。
今まで聞いたどんな歌とも違う。
透き通るように澄み切り、それでいてどこか切なさを帯びた、美しい歌声。
まるで雪解け水が山を流れ、小鳥がさえずる朝の森を思わせるような、優しく神秘的な響きだった。
周囲の喧騒さえ、その歌声の前では静まったように感じる。
ナラも耳をぴくりと動かす。
「……きれい。」
ミリアは目を閉じ、耳を澄ませた。
「心が落ち着く声。」
ビルムも思わず息を呑む。
「なんや、この声……。」
三人は自然と顔を見合わせる。
そして歌声に導かれるように、その聞こえてくる方向へゆっくりと歩き始めた。
歌声を辿って路地を抜けると、小さな噴水のある広場へと出た。
昼下がりの柔らかな陽射しの中、一人の女性が静かに歌っている。
真っ白な法衣のような衣装。
腰まで届く淡い銀髪が風に揺れ、胸元には光の女神ステラを象った小さな銀のペンダントが輝いていた。
彼女の周囲には自然と人だかりができている。
商人も旅人も子どもたちも、誰一人言葉を発さず、その歌に耳を傾けていた。
「……。」
「……。」
歌はゆっくりと終わる。
最後の余韻が空へ溶けていくと、広場は一瞬静まり返り、
パチパチパチパチ……
大きな拍手が沸き起こった。
「素晴らしい……。」
「天使みたいな歌声だ。」
「また聴かせてください!」
女性は柔らかく微笑み、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。」
穏やかで優しい声だった。
観客が少しずつ散っていくのを見届けると、ビルムたちは女性のもとへ歩み寄る。
「すんません。」
女性は振り返り、優しく微笑んだ。
「はい?」
近くで見ると、年は二十代半ばほど。
澄んだ青い瞳には、どこか慈愛に満ちた雰囲気が宿っている。
ビルムは照れくさそうに頭をかいた。
「いやぁ……めっちゃ綺麗な歌声やったわ。思わず足が止まってもうた。」
「ありがとうございます。」
女性は嬉しそうに小さく会釈する。
ミリアも静かに頷いた。
「とても癒やされた。」
ナラは羽をぱたぱたさせながら飛び回る。
「お姉ちゃん、すっごく上手!」
「ふふっ、ありがとう。」
女性はナラへ優しく微笑んだ。
ビルムは改めて女性を見る。
「俺はドラゴニュートのビルム。この二人は仲間のミリアとナラや。」
「私はリシアと申します。」
女性は両手を前で重ね、丁寧に名乗る。
「聖王国ルミナリアから参りました。」
「ルミナリア!」
ビルムとミリアが同時に声を上げた。
「ちょうど次に向かう予定の国や。」
「偶然。」
リシアは少し驚いたように目を丸くする。
「そうだったのですね。」
ビルムはにっこり笑った。
「実は俺ら、世界中の出演者を探しとるんや。」
「出演者……ですか?」
「せや。魔王運動会いう世界規模のお祭りや。」
ビルムはこれまで何度もしてきた説明を簡潔に話した。
世界中の種族が集まり、笑い合い、競い合う祭典。
その競技の合間を彩る歌や演奏を探していること。
そしてリシアの歌を聴き、ぜひ出演してほしいと思ったこと。
話を聞き終えたリシアは、少しだけ考え込む。
「魔族の方々と、人間が一緒に……。」
静かな呟きだった。
やがて彼女は穏やかな笑みを浮かべる。
「とても素敵なお祭りですね。」
ビルムは期待を込めた眼差しを向ける。
「どうやろ。歌ってもらわれへんかな?」
リシアは迷うことなく頷いた。
「はい。私でよろしければ、喜んで歌わせていただきます。」
「ほんまか!」
ビルムは思わず拳を握る。
「ありがとうございます。」
ミリアも小さく拍手した。
「また出演者が増えた。」
ナラは空中でくるくる回る。
「やったー! きれいなお歌のお姉ちゃんだ!」
リシアはその姿に思わず笑みをこぼした。
「ふふっ。」
ビルムは安心したように息を吐く。
「これでまた運動会が華やかになるわ。」
するとリシアは荷物を持ち直し、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……実は私は、ルミナリアへ帰る途中なのです。」
「帰る途中?」
「はい。巡礼と歌の旅を終えましたので。」
ビルムはミリアと顔を見合わせる。
「……。」
「……。」
次の瞬間、ビルムが手を叩いた。
「あっ、それやったらちょうどええやん!」
「え?」
「俺らも次はルミナリアへ向かう予定なんや。」
ミリアが静かに頷く。
「目的地が同じ。」
ナラも元気よく羽を広げた。
「一緒に行こうよ!」
リシアは少し驚いた表情を浮かべたあと、優しく微笑んだ。
「ご一緒してもよろしいのですか?」
「もちろんや。」
ビルムは笑顔で親指を立てる。
「道中で運動会の詳しい話もできるし、ルミナリアのことも教えてもらえるやろ?」
「ええ、私でお役に立てるのでしたら。」
リシアは丁寧に頭を下げた。
「ぜひ、ご一緒させてください。」
こうして旅の仲間は一人増え、ビルムたちは聖王国ルミナリアへの道を共に歩むことになった。
穏やかな歌姫リシアとの出会いが、この先待ち受ける宗教国家での新たな出会いと試練への、小さな始まりとなるのだった。




