127.海洋都市国家、小さくなる
魔族領王都マグノリアにある魔王の城、静寂の城。
ドワーフ達による城の改装工事が着々と進んでいた。
地下では、あちこちから金槌の音と岩を削る音が絶え間なく響いている。
「そこ、支柱をもう一本追加しろ!」
「武器庫の壁は二重だ! 魔法にも耐えられる厚さにしろ!」
「貯蔵庫は湿気が入らねぇよう排水路も忘れるな!」
鍛冶師長ドワルゴの指示が飛び、数十人のドワーフ達が手際よく動いていた。
元々広かった地下施設はさらに拡張され、食料を保管する巨大な貯蔵庫、武器や鎧を並べる武器庫、そして魔王軍の財産を保管する宝物庫が次々と生まれ変わっていく。
壁にはドワーフ特製の補強材が埋め込まれ、天井には崩落防止の魔鋼製の支柱が設置されていた。
「よし、これなら千年経っても崩れん!」
「魔王様の城に相応しい出来だ!」
誇らしげに笑うドワーフ達。
その頃、宝物庫の拡張工事を担当していた班では……
「おーい、こっち来てくれ!」
一人の若いドワーフがツルハシを止めた。
「どうした?」
「岩盤が妙なんだ。」
皆で掘り進めていた側面を見ると、そこには周囲の岩とは明らかに違う、一枚岩のような巨大な岩が姿を現していた。
表面は驚くほど滑らかで、ほんのりと淡い光沢を帯びている。
「なんだこりゃ……。」
「全然削れねぇぞ。」
何人かでツルハシを振るうが、金属音だけが響き、傷一つ付かなかった。
「普通の岩じゃねぇな。」
「師長を呼んでこい!」
一人のドワーフが慌てて走り出した。
しばらくして。
「どけどけ。」
ドワルゴが大きな髭を揺らしながらやって来る。
「どれだ?」
「あれです。」
ドワルゴは巨大な岩へ近付くと、無骨な手でそっと表面へ触れた。
その瞬間。
「……ほう。」
ゆっくりと目を細める。
「師長?」
周囲のドワーフ達が固唾を飲んで見守る。
ドワルゴはしばらく黙って岩に触れ続け、静かに頷いた。
「魔力を感じる。」
その言葉に、その場がざわつく。
「魔石ですか?」
「いや……違う。」
ドワルゴは首を横に振る。
「魔力はある。だが嫌な感じは全くせん。」
もう一度手を当てる。
そこから伝わってくるのは、荒々しい力ではない。
まるで大地そのものがゆっくりと呼吸しているような、穏やかで温かな魔力だった。
「不思議な力じゃ。」
「封印か何かですか?」
「そんな物騒な気配じゃねぇ。」
ドワルゴは腰に下げた設計図を広げ、宝物庫の完成予定図と見比べる。
岩の位置は壁になる予定の場所とぴたり一致していた。
「……ふむ。」
少し考えた後、大きく頷く。
「問題ねぇ。」
「え?」
「無理に掘り出す必要はねぇ。このまま壁として使え。」
「いいんですか?」
「ああ。」
ドワルゴは岩を軽く叩く。
コン……。
澄んだ音が地下に響く。
「この硬さなら、そこらの岩壁よりよっぽど頑丈じゃ。」
ドワーフ達も感心したように岩へ触れる。
「本当だ……。」
「冷たいはずなのに、不思議と温かい感じがする。」
「なんだか安心するな。」
ドワルゴは腕を組み、満足そうに笑った。
「大地がこの城にくれた贈り物かもしれん。削る必要はねぇ。周りだけ整えて、この岩を宝物庫の壁に組み込め。」
「「「おう!」」」
ドワーフ達はすぐに作業へ戻り、巨大な岩を傷付けないよう慎重に周囲だけを削り始める。
誰もまだ知らなかった。
この地下深くに眠る巨大な岩が、静寂の城そのものの歴史に関わる、遥か古の存在であることを。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勇者と剣聖による人智を超えた一戦から数日が経っていた。
港町アトラマリスの宿では、ガエン達が荷物をまとめ、最後の目的地へ向かう準備を進めていた。
「いよいよ最後か……。」
ガエンは地図を広げ、その最南西に描かれた国名へ視線を向ける。
聖王国ルミナリア。
ダグラスが腕を組みながら静かに言う。
「人間領最大の宗教国家だな。」
「ああ。」
ガエンは頷いた。
「光の女神ステラを唯一神として信仰する国。大陸中から巡礼者が訪れ、巨大な大聖堂を中心に国そのものが成り立っている。」
ラーシャが少しだけ眉をひそめる。
「魔族は……あまり歓迎されない国じゃないのですか?」
その疑問に答えたのはマイトだった。
「昔なら、その認識で間違いないよ。」
マイトは少し考えるように続ける。
「だけど近年は少しずつ変わってきてる。」
「変わってきてる?」
「うん。魔王バラムが各国との交流を進めた影響もあるけど……最近では、魔族の中にも光の女神ステラを信仰する者が少しずつ現れ始めているしね。」
「へぇ。」
ダグラスが意外そうに目を丸くする。
「宗教って種族関係なく広がるもんなんだな。」
「そのため、ルミナリアにも少数だけど魔族の住民がいるよ。もちろん数は多くないし、偏見が完全になくなったわけでもないけどね。」
マイトの表情は少しだけ引き締まる。
「だからこそ、今回は慎重に話を進めないとね。」
ガエンも真剣な顔で頷いた。
「最後のスポンサーだからな。失敗はしたくない。」
マイトは地図の上を指でなぞり、ルミナリアの海岸線にある一つの港町を指差した。
「まず向かうのはここ。」
「シクロ……か。」
ガエンが地図に書かれた港町の名を読み上げる。
「ルミナリア西部最大の港町だよ。巡礼船や商船のほとんどがここを経由する。いきなり聖都へ行くより、まずはシクロに入るのが一番自然。」
ラーシャが頷く。
「港町なら、外から来る人にも慣れていそうですね。」
「うん。」
マイトは微笑んだ。
「人間だけじゃない。獣人やエルフ、それに少数だけど魔族の商人も出入りしている。もちろん身分確認は厳しいけどね。」
ダグラスが腕を組む。
「そこで情報を集めてから聖都へ向かうってわけか。」
「その通り。」
ガエンは地図を畳みながら息を吐いた。
「……だが、一つ気になることがある。」
三人がガエンを見る。
「ルミナリアの王に会えばいいのか?」
その問いに、マイトは首を横に振った。
「いや。」
その一言に、部屋の空気が少し変わる。
「ルミナリアでは、王よりも司祭の方が立場は上なんだ。」
「……なんだと?」
ダグラスが思わず聞き返す。
「国王は確かに国の象徴であり統治者ではある。でも、光の女神ステラの教えを司る光の女神協会の意向には逆らえないんだ。」
ラーシャも驚いた表情を浮かべる。
「それほどまでに教会の力が強いのですか?」
「うん。」
マイトは静かに頷いた。
「特に最高司祭と高司祭達は絶大な権限を持っている。政治、司法、外交……重要な案件は必ず教会を通ると言っていいよ。」
ガエンは苦笑した。
「つまり……。」
「実権を握っているのは光の女神協会だね。」
マイトが言い切る。
「王との面会だけじゃ意味がない。運動会のスポンサー契約を本気で結びたいなら、交渉相手は光の女神協会。最高司祭か、高司祭達になるね。」
「……なるほどな。」
ガエンは腕を組んで考え込む。
「今まで訪れた国とも、また勝手が違うってわけだ。」
「宗教国家だからね。」
マイトは少しだけ笑う。
「王城へ行くより先に、大聖堂へ向かうことになるかもしれない。」
ダグラスは肩をすくめた。
「相手が偉い坊さんだろうが王様だろうが、やることは同じだ。スポンサーになってもらうだけだ。」
「簡単に言うな。」
ガエンが苦笑すると、ラーシャも小さく笑った。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
その時、宿の主人が部屋をノックした。
「お客さん、港へ向かう船の準備が整ったよ!」
「ありがとう。」
ガエンは荷物を背負い、仲間達を見渡す。
「行こう。」
四人は宿を後にし、潮風の吹くアトラマリスの港へ向かった。
桟橋には、白い帆を掲げた中型の帆船が停泊している。
船首には光の女神ステラを象徴する星の紋章が彫られ、船員達が慌ただしく荷物を積み込んでいた。
「これがシクロ行きか。」
ガエンが見上げると、船長らしき男が大きく手を振る。
「乗船する者は急げ! 間もなく出港するぞ!」
四人は乗船手続きを済ませ、甲板へと上がる。
やがて。
ボォォォォォッ!
出港を告げる汽笛が港中に響き渡った。
船はゆっくりと岸壁を離れ、穏やかな波を切り裂きながら大海原へと進み始める。
アトラマリスの街並みが少しずつ遠ざかり、水平線の彼方へと溶け込んでいく。
ガエンは船首に立ち、遥か西の海を見つめた。
「聖王国ルミナリア……。」
最後のスポンサーを求める旅。
その最終目的地への航海が、今まさに始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
【海洋都市国家アトラマリス編】、これにて完結となります。
設備や魔道具の出店、そして裏社会への合法的な賭けの権利をエサに、なんとかアトラマリスの重鎮たちともスポンサー契約をもぎ取ることができました。
ガエンたちのスポンサー獲得の旅も、次がいよいよ最後の国となります。
次章からは、光の女神教の総本山、【人間領:聖王国ルミナリア編】が始まります!
物語の大きな節目を迎えましたので、もし「アトラマリス編、爽快で面白かった!」「聖王国編での最後の交渉が気になる!」と思ってくださったら、ぜひページ下部からブックマーク登録や、評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、大変励みになります。
皆様の一票が、ガエンたちが最後の国へ突き進む最大のエネルギーです。
引き続き『静寂の城』をよろしくお願いいたします!




