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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領海洋都市国家、アトラマリス

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125/171

125.剣聖、さらに無茶を言う

商会長達とギルド長達がスポンサー特典について何がいいか話し合っている時だった。


「うちは開会式で商会の名を読み上げてもらえれば……」

「いや、それなら各競技の冠スポンサーの方が……」

「出店の優先権も捨てがたいな。」


「選手の装備に我が工業ギルドの紋章を……」


会議室は一気に熱を帯び、それぞれが利益を最大化する案を口にし始める。

ガエンはその様子を見ながら苦笑した。


(ここまで乗り気になるとは……。)


その時だった。


ドンッ!!


スレイドが拳で机を叩いた。

分厚い会議机が鈍い音を響かせ、全員の視線が一斉に集まる。


「……黙れ。」


低く響く一言だけで、騒がしかった会議室は水を打ったように静まり返った。

スレイドは腕を組み、椅子に深く座ったまま不敵に笑う。


「スポンサー特典は……俺が貰う。」


「「「はぁ!?」」」


商会長達もギルド長達も一斉に立ち上がった。


「何を言ってるんだ!」

「スポンサーになるのは我々だぞ!」

「特典まで横取りする気か!」

「ふざけるのも大概にしろ!」


口々に抗議の声が飛び交う。

しかしスレイドは鼻で笑うだけだった。


「うるせぇ。」


その一言だけで、何人かは思わず口を閉じる。

だが、オリバ・アルバレスが眉をひそめながら言った。


「いや、さすがにそれは筋が通らないだろ。」


カイ・レオナルドも静かに頷く。


「スポンサー料を払うのは我々です。特典を決める権利は当然、我々にあるはずですが。」


スレイドはニヤリと笑った。


「じゃあ聞くが……。」


ゆっくりと全員を見渡しながら言う。


「こんだけデカい儲け話が聞けたのは……誰のおかげだ?」


「…………」


誰も答えない。


「ガエン達がここへ来ても、お前ら全員門前払いだったよな?」


その言葉に商会長達の表情が固まる。

確かにその通りだった。

魔王主催の運動会。

そんな話を最初に聞いた時は、誰も相手にしなかった。

だが今は違う。

世界中から人が集まり、莫大な利益を生む一大イベントだと理解している。


「誰がここへ集めた?」


「…………」


「誰が『話だけでも聞け』って言った?」


誰も口を開けない。

スレイドはニヤリと笑みを深めた。


「俺だ。」


その一言に、全員が押し黙る。


「俺が呼ばなきゃ、お前ら今頃こんな話も知らねぇまま、他所の商人が大儲けしてるのを指くわえて見てただけだ。」


反論できる者はいなかった。

スレイドは肩をすくめる。


「ならよ。俺が特典を決めてもいいよな?」


「……。」


「その権利はあるだろ。」


会議室は静寂に包まれる。

商会長達もギルド長達も、不満そうな顔はしている。

しかし誰一人として「違う」とは言えなかった。

事実、この場が設けられたのはスレイドの一声があったからだ。

しばらく沈黙が続いた後、オリバが大きくため息をつく。


「……確かに、その点だけは認めざるを得んな。」


カイも苦笑しながら肩をすくめた。


「あなたらしい理屈ですね。」


スレイドは豪快に笑った。


「だろ?」


そして全員を見渡し、いたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべた。


「じゃあ遠慮なく、俺の欲しいスポンサー特典を言わせてもらうぜ。」


スレイドは椅子にふんぞり返ったまま、口角を吊り上げた。


「まず一つ。」


人差し指を一本立てる。


「運動会当日は、俺専用の特別観覧席を用意しろ。」


「……ほう?」


ガエンが首を傾げる。

スレイドは当然と言わんばかりに続けた。


「一番見やすい場所だ。ふかふかの椅子を置いて、雨も日差しも防げる屋根付き。料理も酒も勝手に運ばれてくる。」


「完全に貴賓席じゃん!」


マイトが思わず突っ込む。


「当たり前だ。」


スレイドは鼻で笑う。


「俺はスポンサー様だぞ?」


「スポンサー料、一枚も払ってないよね!?」


「細けぇこと気にすんな。」


「細かくない!」


マイトは頭を抱えた。

会議室では、商会長達が苦笑する。


「……まあ、それくらいなら。」

「広告費と思えば安いか。」

「特別席くらいは構わんな。」


誰も反対しない。

ガエンは苦笑しながら羊皮紙に書き込んだ。


「ええと……特別観覧席、と。」


スレイドは満足そうに頷く。


「次。」


指を二本立てる。


「最高の酒を山ほど用意しろ。世界中の酒だ。

エール、ワイン、蒸留酒、珍酒、全部持ってこい。」


「飲み放題か……。」


ダグラスが呆れたように呟く。


「競技を見ながら飲む酒ほど美味ぇもんはねぇ。」


「酔っぱらって暴れるなよ?」


ガエンが釘を刺す。


「暴れねぇよ。」


「信用できん。」


「失礼な奴だな。」


しかしこちらも、


「ギルドとしては宣伝になる。」

「各地の名酒を並べれば話題になるぞ。」

「試飲会も兼ねられる。」


と、むしろ商会長達は乗り気だった。


「よし、それも採用だ。」


ガエンはまた書き込む。

スレイドはさらにニヤリと笑う。


「そして三つ目。」


全員が身構えた。


「トトカルチョを公認しろ。」


「「「…………は?」」」


会議室の空気が止まった。

マイトはゆっくり顔を覆う。


「……出た。」


オリバが目を丸くする。


「賭け事だと?」


「競技の勝敗を予想して金を賭ける。」


スレイドは平然と言う。


「盛り上がるぞ。」


「いやいやいや!」


マイトが立ち上がった。


「運動会だよ!? 平和の祭典だよ!?」


「だからだ。」


スレイドは肩をすくめる。


「勝つか負けるかわからねぇから面白い。」


「いや、でも……。」


商会長達も最初は困惑した表情を浮かべる。


「さすがに印象が……。」

「国によっては禁止されている所もある。」

「問題にならないか?」


ガエンも腕を組む。


「確かに、公平性は保たなければならんが。」


するとカイが静かに口を開いた。


「ですが……。」


全員がカイを見る。


「違法な賭博ではなく、運営が正式に管理する合法的な予想券という形ならどうでしょう。」


「ふむ。」


「八百長防止を徹底し、売上の一部を大会運営費に充てる。」


オリバも腕を組んだまま考え始める。


「税も徴収できる。」


工業ギルド長が頷く。


「大会の収益源にもなるな。」


商業ギルド長も目を細めた。


「合法なら……別に問題はないのでは?」

「むしろ観客の熱も上がる。」

「競技ごとの人気も出そうだ。」


さっきまで反対していた面々が、今度は真剣に採算を計算し始める。

ガエンは思わず苦笑した。


(商人というのは、本当に利益の話になると切り替えが早い……。)


マイトだけは椅子に座ったまま頭を抱えていた。


「いや……みんな順応するの早すぎない……?」


誰も聞いていない。

スレイドは満足そうにニヤリと笑うと、ゆっくりオリバへ顔を向けた。


「で、胴元は……」


オリバは嫌な予感しかしなかった。


「お前がやれ。」


「……は?」


「得意だろ?」


会議室が一瞬静まり返る。

次の瞬間、


「ぶふっ!」

「はははははっ!」

「確かに!」


商会長達が一斉に吹き出した。

オリバは額に青筋を浮かべる。


「おい待て。」


「カジノを経営してるんだから適任じゃねぇか。」


「それとこれとは話が別だ!」


「オッズの計算も集金も、お前んとこの連中なら慣れてるだろ。」


「だからと言って、私を勝手に胴元にするな!」


スレイドは豪快に笑う。


「安心しろ。」


「何がだ!」


「儲かるぞ。」


「そこは否定できんのが腹立つ……。」


オリバは深々とため息をついた。

その横ではマイトが、両手で顔を覆ったまま力なく呟く。


「……魔王の運動会って、こんな方向に進んでよかったのかな。」


ガエンは遠い目をしながら、小さく肩をすくめる。


「……今さらだ、マイト。止められる人、誰もいねぇ……。」


その言葉に、会議室の全員がちらりとスレイドを見る。

本人だけは満面の笑みで酒の銘柄を要求し始めていた。

スレイドの要求はその後も細かい修正が入り、商会長達とギルド長達は苦笑しながらも内容を詰めていった。


「特別観覧席は貴賓席の隣に設けましょう。」

「酒は各国のスポンサーにも協力を仰げば揃えられる。」

「トトカルチョは運営委員会を設立して管理する形で。」

「賞金の一部を孤児院や復興支援に回せば、印象も悪くないかもしれませんな。」

「なるほど、それは良い。」


いつの間にか、スレイドの思いつきだった話は、商人達の手によって立派な事業計画へと姿を変えていた。

ガエンは乾いた笑みを浮かべる。


(商人ってのは、本当に恐ろしいな……。)


やがて最後の契約書にも署名が終わる。

カイ・レオナルドが羽根ペンを置き、静かに立ち上がった。


「これにて契約成立です。」


オリバも苦笑しながら羊皮紙を丸める。


「まさかこんな形で魔王の運動会に関わることになるとは思わなかった。」


商業ギルド長も頷いた。


「世界規模の催しです。こちらとしても全力で協力しましょう。」


工業ギルド長も笑う。


「設備も輸送も任せていただきたい。」


ガエンは深々と頭を下げた。


「皆さん、ご協力ありがとうございます。」


ダグラスとラーシャも続いて頭を下げる。


「感謝する。」


「期待には応えさせてもらいます。」


会議室はどこか和やかな空気に包まれていた。

その時だった。

スレイドが椅子から立ち上がる。

ギシッ、と椅子が音を立てる。


「……よし。」


大きく背伸びをすると、そのままマイトへ視線を向けた。


「マイト。」


「はい?」


「久しぶりに、お前の腕が落ちてねぇか見てやる。」


「……え?」


一瞬、マイトの表情が固まる。

スレイドはニヤリと口角を上げた。


「ついて来い。」


それだけ言うと、振り返りもせず会議室の出口へ向かって歩き出す。


「え、ちょ、師匠!?」


マイトは慌てて立ち上がった。


「今!?」


「今だからだ。」


「いや、俺まだ……」


「言い訳する暇があるなら歩け。」


「うっ……。」


完全に師弟のやり取りだった。

ガエン達は苦笑する。


「相変わらずだな。」


ダグラスが腕を組む。


「剣聖に稽古をつけてもらえるなど、本来なら願ってもない話だ。」


ラーシャもくすりと笑う。


「でも勇者様の顔を見る限り、本人は全然嬉しそうじゃないですね。」


「そりゃそうだろ。」


ガエンも笑いを堪えながら言う。


「昔からスレイドの”稽古”は、稽古じゃなくて生き残り訓練らしいからな。」


その言葉に、マイトの肩がびくりと震えた。


「ガエン……。」


「ん?」


「助けて。」


「無理。」


即答だった。


「ダグラス!」


「断る。」


「ラーシャ!」


「頑張ってください。」


「みんな冷たくない!?」


会議室が笑いに包まれる。

スレイドは入口で腕を組み、不敵に笑った。


「安心しろ。」


「その笑顔が一番安心できない!」


「死にはしねぇ。」


「『死には』って何!?」


「半殺しで済ませてやる。」


「済ませないで!」


商会長達まで腹を抱えて笑い始める。


「勇者殿も苦労するな。」

「剣聖の弟子とは大変だ。」

「頑張ってください。」


誰一人として味方はいない。

マイトは観念したように大きくため息をつくと、肩を落としてスレイドの後を追った。


「……はい、師匠。」


「それでいい。」


スレイドは満足そうに笑うと、そのまま屋敷の外へ歩き出す。

その背中からは、これから始まる稽古を心底楽しみにしている空気が溢れていた。

一方、その後ろを歩くマイトの背中からは、処刑場へ向かう罪人のような悲壮感が漂っていた。

それを見送るガエンは、ぽつりと呟く。


「……あいつ、明日ちゃんと歩けるかな。」


ダグラスは小さく笑った。


「歩けるさ。」


「本当か?」


「這ってでもな。」


その一言に、再び会議室は大きな笑いに包まれた。

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