124.商人、食いつく
ガエンは一歩前に出ると、集まった商会長やギルド長達を見渡しながら口を開いた。
「まず、魔王城周辺には大規模な競技場を建設する予定だ。観客席、選手控室、宿泊施設、食堂、医療施設……運動会を開催するには多くの設備が必要になる。」
会議室は静まり返る。
「当然、それだけではない。世界各国から選手や観客が集まる。船や馬車による輸送、各国との定期航路、荷物の運搬、警備、食料の確保まで必要。」
商業ギルド長が腕を組みながら頷く。
「……かなりの規模になるな。」
ガエンはさらに続けた。
「そして会場には屋台や商店を並べる予定だ。武器、防具、衣服、土産物、食事、酒、菓子……ありとあらゆる店を出店できる。」
その言葉に、先ほどまで不満そうだった商会長達の表情が少しだけ変わる。
「世界中の人間、魔族、獣人、エルフ、ドワーフが一か所に集まるんだ。何万人……いや、それ以上になる可能性もある。」
ガエンは机の上に広げた簡単な図面を指差した。
「宿屋は満室にる。飲食店は連日大繁盛。商人は自国の商品を売り込み、新たな取引相手を見つけられるだろう。運送業者は輸送依頼で忙しくなり、工房には競技用具や記念品の注文が殺到するはずだ。」
ヴァイス商会のサラが眉を上げる。
「つまり……スポンサーになるだけじゃなく、その後の商売でも利益が出るってこと?」
「その通りだ。」
ガエンは力強く頷いた。
「スポンサーとして名を連ねれば、会場には各商会の看板を掲げる。来場者全員がスポンサーの名前を見ることになる。さらに出店の優先権や、各国との商談の機会も用意する予定だ。」
ギルド長達も顔を見合わせる。
「世界規模の見本市みたいなものか……。」
「ああ。」
ガエンは静かに微笑む。
「これは単なる運動会ではない。世界中の人と物と金が動く、一大イベントだ。成功すれば、参加した全員に利益をもたらす。」
先ほどまで「魔王の運動会」と聞いて呆れていた商会長達の目に、少しずつ商人らしい輝きが宿り始めていた。スレイドはその様子を見てニヤリと笑い、腕を組んだまま一言だけ呟く。
「ほら見ろ。ようやく商人らしい顔になってきやがった。」
ガエンはさらに図面の一枚を持ち上げると、会場中央に描かれた設備を指差した。
「もちろん、注目されるのは建物だけじゃない。」
全員の視線がガエンに集まる。
「競技で使う魔道具だ。」
その一言に、工業ギルド長が反応した。
「……魔道具?」
「ああ。競技開始を知らせる魔導放送、巨大な魔法映像板、順位表示装置、照明、結界、救護用魔道具、警備用魔道具。運動会を円滑に運営するには数え切れないほどの魔道具が必要になる。」
ガエンはゆっくりと会議室を見渡した。
「そして、それらは全て来場者の目に触れる。」
商会長達は黙って耳を傾けている。
「例えば、『この映像板はアトラマリス製』『この魔導照明は○○工房製』『この結界装置は工業ギルド開発』と紹介すればどうなる?」
工業ギルド長の目が見開かれた。
「宣伝……か。」
「そうだ。」
ガエンは力強く頷く。
「世界中の王族、貴族、商人、職人が実際に性能を目にすることになる。紙の広告とは違う。実物を見て、使われているところを見れば、その技術力は何よりの証明になる。」
サラ・ヴァイスが腕を組みながら感心したように呟く。
「なるほど……展示会どころじゃないわね。」
「その通りだ。」
ガエンは続ける。
「アトラマリスは世界でも有数の商業都市だ。そして魔道具や造船、加工技術にも優れている。高い技術力を持つこの国だからこそ、世界へ向けて自分達の技術を売り込める。」
レオナルド商会のカイが小さく笑う。
「技術そのものが広告になる……か。」
「ああ。運動会が終わっても、各国から『あの魔道具を導入したい』『あの設備を作ってほしい』という依頼が来る可能性は十分ある。」
今度は工業ギルド長が思わず立ち上がった。
「それなら職人達にも仕事が増える!」
「世界中から船が来るなら、新造船や修理の依頼も増える!」
商業ギルド長は顎に手を当てながら何度も頷いた。
「物流も、宿も、飲食も、工房も……全部が潤うじゃないか。」
その言葉を皮切りに、会議室の空気が一変した。
「これは商売になるぞ。」
「いや、かなりの好機だ。」
「世界中へ名前を売る機会なんて滅多にない。」
「スポンサー料なんて、後で十分回収できる。」
「むしろ参加しない方が損じゃないか?」
次々と商会長やギルド長達が口々に可能性を語り始める。
先ほどまで文句ばかり言っていた者達の顔には、すでに商人特有の鋭い笑みが浮かんでいた。
スレイドは豪快に笑いながら椅子にもたれかかる。
「ハッハッハ! やっと話がわかるようになったか。」
カイ・レオナルドも苦笑しながら頷く。
「確かに……これは千載一遇の商機ですね。」
サラ・ヴァイスも不敵に笑う。
「面白いじゃない。世界中を相手に商売できるなんて、商人なら誰だって飛びつく話よ。」
商業ギルド長は大きく息を吐くと、ガエンを真っ直ぐ見据えた。
「……よし。詳しいスポンサー契約の内容を聞かせてもらおう。」
会議室には、先ほどまでの疑念や反発はもうほとんど残っていなかった。代わりに満ちていたのは、巨大な利益の匂いを嗅ぎ取った商人達の熱気だった。
ガエンは頷くと、用意していた契約書を全員の前へ配らせた。
厚手の羊皮紙には、スポンサー契約の内容が丁寧にまとめられている。
「契約内容は大きく分けて五つだ。」
会議室が再び静まり返る。
ガエンは一つずつ指を折りながら説明していく。
「第一に、スポンサー料。金銭での支援はもちろん、資材や食料、魔道具、船舶など、物資での支援も同等に評価する。」
工業ギルド長が頷く。
「現金だけではないのか。」
「ああ。必要なのは資金だけじゃない。実際に運動会を支える物資や技術も重要だからな。」
ガエンは続ける。
「第二に、スポンサー名の掲示。競技場入口、競技施設、魔導映像板、公式冊子などにスポンサー名を掲載する。第三に、出店優先権。スポンサーは会場内で優先的に店舗や展示場を確保できる。」
サラ・ヴァイスが口元を緩める。
「これはありがたいわね。」
「第四に、商談支援。希望するスポンサーには各国の王族、貴族、大商人との商談の場を設ける。」
その一文に、商会長達の空気がまた変わる。
「商談まで用意するのか。」
「できる限りな。」
ガエンは微笑んだ。
「そして第五。」
一拍置く。
「スポンサー企業は今後、魔王軍が公共施設や競技施設を建設する際、優先的に見積もりへ参加できる。」
今度は全員が目を丸くした。
「つまり、一度きりの契約では終わらない。」
「長い付き合いになるということか。」
「そういうことだ。」
ガエンは契約書を閉じる。
「もちろん、不当な独占契約ではない。他国の企業にも門戸は開く。ただし、今回力を貸してくれた者達には相応の礼を尽くす。」
誰も異論は唱えなかった。
商人達は互いに顔を見合わせる。
利益と信用。
どちらも十分に見込める契約だったからだ。
やがてカイ・レオナルドが静かに立ち上がる。
「レオナルド商会。この契約、受けさせていただきます。」
そう言って迷いなく署名する。
その姿を見たサラ・ヴァイスも肩をすくめながら羽ペンを取った。
「レオナルドだけに良い思いはさせられないものね。」
さらさらと名前を書き入れる。
続いてオリバ・アルバレスが豪快に笑った。
「ハッ! 面白ぇ! 世界相手の博打なら乗るしかねぇ!」
力強く署名。
その勢いに引っ張られるように、商業ギルド長、工業ギルド長も契約書へ名前を書き始めた。
「我々も協力しよう。」
「技術者達も喜ぶだろう。」
一枚、また一枚と契約書が集まっていく。
ガエンは受け取るたびに丁寧に頷いた。
「感謝する。」
最後の一人が署名を終えると、会議室には自然と拍手が起こった。
これでアトラマリスの主要商会と主要ギルドは、正式に魔王主催運動会のスポンサーとなったのである。
スレイドは満足そうに笑い、腕を組んだ。
「よし、これで決まりだな。」
「ああ。」
ガエンも安堵したように息を吐く。
しかし、その時だった。
カイがふと思い出したように口を開く。
「スポンサー特典ですが……スポンサー名の掲載や出店優先権以外にも、何か記念になるものがあれば面白いかもしれませんね。」
ガエンは頷く。
「実は俺も、それを相談したかった。」
その言葉に商会長達の目が輝く。
「ほう?」
「皆さんなら、商人として欲しい特典が分かるはずだ。」
ガエンがそう言うと、会議室は一斉に考え込む空気に包まれた。
「限定商品を作れる権利はどうだ?」
「スポンサー専用の応接室があってもいいな。」
「優勝者に渡す副賞を提供できれば宣伝になる。」
「会場の一角に常設展示場を設けるのも悪くない。」
「各国の王族向けに試作品を披露する発表会なんてどうだ?」
「競技名にスポンサー名を付けるのも面白そうだ。」
「優勝記念メダルの製造権は欲しいな。」
「公式記念品の販売権は絶対に取り合いになるぞ。」
「限定酒や記念菓子も売れそうね。」
「閉会式の花火を提供する権利も宣伝になる。」
次から次へと意見が飛び交い始める。
先ほどまで契約書を前にしていた商人達は、今や完全に”スポンサーとしてどう利益を最大化するか”という思考へ切り替わっていた。
ガエンは飛び交う意見を一つ一つ書き留めながら、小さく笑う。
(やはり餅は餅屋だ。商売のことは、商人に聞くのが一番だな。)
会議室では、スポンサー特典についての熱い議論が、まだまだ終わりそうになかった。




