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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領海洋都市国家、アトラマリス

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123.剣聖、無茶を言う

ガエン達はスレイドに連れられ、レオナルド商会の前に来ていた。

以前は門前払いを食らった巨大な屋敷。

だが今日は違う。


「開けろ。」


スレイドが門番へぶっきらぼうに一言だけ告げる。


「はっ!」


門番は顔色一つ変えずに頭を下げると、重厚な鉄門を開いた。


ギギギ……。


門が開く音に、ガエン達は思わず顔を見合わせる。


「……普通に通されたな。」


スレイドは肩を竦めるだけだった。


「面倒だから説明は後だ。」


一行は広い庭を抜け、豪奢な屋敷へと入る。

中へ入るなり、年配の執事が慌てて駆け寄ってきた。


「これはスレイド様。突然のお越しとは……本日はどのようなご用件で?」


「いいからカイを呼んで来い。」


「……承知いたしました。」


執事は余計な質問を一切せず、深く一礼すると奥へ消えていった。

その様子を見て、ダグラスが小声で呟く。


「完全に主人扱いではないか。」


「用心棒って話だったよな……?」


ガエンも困惑を隠せない。

ほどなくして、奥の大階段から一人の男が姿を現した。

四十代半ばほど。

高級な紺色のスーツに身を包み、落ち着いた威厳を漂わせる男。


レオナルド商会当主、カイ・レオナルド。


「これはこれは、スレイド様。」


カイは柔らかな笑みを浮かべながら歩み寄ると、ガエン達へも視線を向けた。


「皆様もようこそお越しくださいました。」


深々と頭を下げてから、穏やかに微笑む。

だが、その和やかな空気をスレイドが一瞬で断ち切った。


「カイ。」


「はい。」


「他の商会長と商業ギルド長を今すぐ集めろ。」


その場の空気が凍り付く。

カイの笑みが消えた。


「……全員、ですか?」


「ああ。」


「理由を伺っても?」


スレイドは腕を組み、不敵に笑う。


「こいつらがスポンサーを探してる。」


ガエン達を親指で示す。


「魔王主催の運動会だ。」


カイは一瞬だけ目を細めた。


「……なるほど。」


事情を察したらしい。


「しかし、商会長全員となると予定を変更させることになります。」


「変更させろ。」


即答だった。


「俺の名前を出せ。」


その一言だけで十分だった。

カイは静かに息を吐き、苦笑する。


「……あなたは本当に無茶を仰る。」


「今さらだろ。」


「ええ、その通りですね。」


カイは執事へ振り返る。


「至急伝令を。ヴァイス商会、アルバレス商会、その長、それと商業と工業ギルド長へ。『スレイド様からの招集』とだけ伝えなさい。最優先事項です。」


「かしこまりました!」


執事は慌てて駆け出していく。

ガエンは呆然とその光景を見つめていた。


「……なぁ、マイト。」


「うん?」


「やっぱりこの人、用心棒じゃないよな?」


マイトは苦笑しながら肩をすくめる。


「師匠だからね。昔からこういう人だよ。」


スレイドは豪快に笑う。


「はっはっは! 肩書きなんざどうでもいい。話が早く済むなら、それで十分だ。」


約一時間後。

レオナルド商会の屋敷、最上階にある大きな会議室。

長い楕円形の会議卓には既にカイとスレイド、そしてガエン達が着席していた。

部屋には静かな緊張が漂う。


コンコン。


最初に扉が開く。


「失礼する。」


低い声と共に姿を現したのは、アルバレス商会当主、オリバ・アルバレスだった。

黒を基調とした高級な装い。

鋭い眼光は獲物を狙う猛禽のようで、部屋へ一歩踏み入れた瞬間、その視線は真っ直ぐスレイドへ向く。

そして隣に座るカイを見ると、露骨に眉をひそめた。


「……レオナルドか。」


苦々しい声音だった。

続いてスレイドを見る。


「お前から招集とは珍しいな。」


「座れ。」


スレイドはそれだけ言う。

オリバは鼻を鳴らした。


「相変わらず説明が足りん男だ。」


そう言いながらも素直に椅子を引き、席へ腰を下ろす。

ガエンはその様子を見て小さく息を吐いた。


(仲が悪いって話は本当らしいな……。)


ほどなくして再び扉が開く。


「……はぁ。」


入ってきたのは狐の獣人で、長い銀髪を後ろでまとめた女性。

ヴァイス商会当主、サラ・ヴァイス。

まだ三十代前半ほどの若さながら、その冷たい美貌と鋭い視線だけで周囲を黙らせる迫力がある。


「忙しいんだけど。」


開口一番、それだった。


「スレイド、あんたの呼び出しじゃなきゃ来てないわよ。」


「悪いな。」


「悪いと思ってないでしょ。」


呆れたように溜め息を吐くと、サラはムスッとした表情のまま椅子へどかりと腰掛ける。

腕を組み、いかにも面倒そうに足を組んだ。


「で? 今度は何。」


「全員揃ってからだ。」


「はいはい。」


興味なさそうに窓の外へ視線を向ける。

さらに数分後。

次々と扉が開き始めた。

商業ギルド長。

工業ギルド長。

アトラマリスを支える各ギルドの長達が会議室へ入ってくる。

しかし彼らは商会長達とは違った。

部屋へ入るなり、二人は最初にスレイドへ視線を向ける。

そして。


「スレイド様、お久しぶりです。」

「本日はお招きいただき光栄です。」


二人が深く頭を下げる。

その礼には形式だけではない、心からの敬意が込められていた。

スレイドは面倒そうに片手を上げる。


「堅苦しい挨拶はいらねぇ。座れ。」


「失礼いたします。」


ギルド長達は順番に席へ着く。

その様子を見て、ガエン達は完全に言葉を失っていた。


「……なぁ。」


ガエンが小声で呟く。


「この人、本当に何者なんだ?」


「剣聖ってだけでは説明つきませんね……。」


ラーシャも苦笑する。

マイトだけは慣れた様子で笑っていた。


「だから言ったでしょ。師匠はどこへ行ってもこんな感じだからね。」


やがて全員が席に着く。

豪商三人。

ギルドの長二人。

そしてガエン一行。

アトラマリスの経済を動かす面々が、一つの卓を囲んでいた。

静寂が会議室を包む。

その沈黙を破るように、スレイドは椅子にもたれながら口を開いた。


「さて。」


ニヤリと笑う。


「全員集まったな。」


スレイドは椅子にもたれたまま、机へ肘をつき、大きく一度欠伸をした。


「じゃあ、用件を言う。」


部屋中の視線が集まる。

スレイドは面倒そうに頭を掻くと、まるで昼飯の注文でもするかのような軽い口調で言い放った。


「お前ら全員。」


一拍置く。


「魔王主催の運動会のスポンサーになれ。いいな。」


沈黙。


誰一人として言葉を発さない。

あまりにも唐突だった。

そして次の瞬間。


「……は?」


商業ギルド長が間の抜けた声を漏らす。


「スポンサー……ですか?」


工業ギルド長も困惑した表情を浮かべる。

サラは額を押さえ、深いため息をついた。


「はぁ……。説明、それだけ?」


オリバは腕を組み、不機嫌そうにスレイドを睨む。


「おい。さすがに話が飛び過ぎだ。」


カイも苦笑しながら口を開いた。


「スレイド様、皆様が戸惑うのも無理はありません。」


するとサラが机を軽く叩いた。


「第一、魔王って何よ。魔王の催し物に私達が金を出す理由がないでしょう。」


工業ギルド長も頷く。


「前例もありませんし、利益の見込みも分かりません。」


商業ギルド長も眉を寄せる。


「商人は慈善事業で動くわけではありません。」


オリバが鼻で笑う。


「それとも、お前の頼みだから黙って金を出せと言うのか?」


空気が少しずつ険悪になる。

ガエン達は顔を見合わせた。


(まずい……やっぱりこうなるよな。)


だが。

スレイドは微動だにしなかった。

腕を組んだまま、ゆっくりと全員を見渡す。

そして。


「うるせぇ。」


低い声だった。

その一言だけで、部屋の空気が一変する。


「黙れ。」


ドンッ!


スレイドが机を軽く拳で叩く。

それだけだった。

だが会議卓がビリッと震え、置かれていたティーカップがカタカタと音を立てる。

全員が反射的に口を閉じた。


「お前ら、人の話を最後まで聞け。」


静まり返る会議室。

スレイドは鼻を鳴らした。


「利益がどうだの前例がどうだの、そんなもん説明聞いてから言え。」


誰も反論しない。

いや、できなかった。

スレイドは顎でガエンを指した。


「ほら。」


「……え?」


突然話を振られたガエンが目を丸くする。


「説明しろ。」


「俺?」


「おう。」


スレイドはそれだけ言うと椅子へ深く座り直し、腕を組んで目を閉じた。


「細かい話は全部こいつだ。」


「いや、師匠……。」


マイトが苦笑する。


「丸投げですか。」


「俺も詳しくは知らん。」


悪びれる様子もない。

サラが呆れたように肩を落とす。


「……本当に昔から変わらないわね。」


オリバも苦く笑った。


「だから交渉役はいつも他人任せか。」


カイだけは慣れた様子で微笑む。


「では、ガエン様。皆様へご説明をお願いいたします。」


一斉に視線が集まる。

豪商達。

ギルド長達。

この都市の経済を支える全員が、今度はガエンを見ていた。

ガエンは小さく息を吸う。


(ここで失敗したら、この街でのスポンサー獲得は終わりだ……。)


緊張を押し殺しながら立ち上がると、一礼した。


「改めて、俺は魔王軍財務担当、ガエンという。」


会議室は静まり返り、ガエンの言葉を待っていた。


ガエンは居並ぶ面々をゆっくりと見回した。


「まず最初に、一つ訂正させてほしい。」


その言葉に全員の視線が集まる。


「さっきスレイドは『魔王主催の運動会』と言ったが、正確には少し違う。」


サラが眉を上げる。


「違う?」


ガエンは頷いた。


「魔王バラム様が最初に言い出したのは『世界征服のために運動会をやる』だった。」


「…………。」


部屋が再び静まり返る。

そして。


「はぁ!?」

「世界征服!?」


商業ギルド長と工業ギルド長が同時に立ち上がった。

オリバも思わず眉をひそめる。


「おいおい……最初より物騒になってるじゃねぇか。」


サラは呆れたように額へ手を当てた。


「運動会で世界征服……?」


カイだけは興味深そうにガエンを見つめている。

ガエンは苦笑した。


「俺も最初は同じ反応だった。」


その一言に、ダグラスとラーシャ、マイトも苦笑して頷く。


「魔王軍の幹部全員が反対した。」


「当然だ。」


ダグラスが肩を竦める。


「運動会で世界征服など聞いたことがない。」


ガエンは続ける。


「だが、バラムが言う世界征服は、武力による征服じゃない。」


全員が黙って耳を傾ける。


「人間も魔族も獣人もエルフもドワーフも、種族や国の垣根を越えて一つの大会に集まり、笑い合い、競い合う。そんな祭典を世界中に広めたい。それを『世界征服』と呼んでいるんだ。」


その言葉に、先ほどまで険しかった空気が少しだけ和らぐ。

カイが静かに口を開いた。


「……なるほど。言葉の選び方は過激ですが、理念は平和的なのですね。」


「そういうことだ。」


ガエンは頷く。


「ただ、その夢を実現するには問題があった。」


「金ね。」


サラが即座に言う。


「その通り。」


ガエンは苦笑する。


「競技場の建設、参加者の宿泊施設、食料、警備、賞品、各国との連絡……とにかく金がかかる。」


商人達は自然と頷いた。

数字こそ出していないが、それだけで莫大な費用になることは理解できる。


「魔王城の財政だけでは、とても賄えない。」


ガエンは胸に手を当てた。


「だから俺は財務担当として提案した。」


一呼吸置く。


「スポンサーを募ろう、と。」


オリバが腕を組む。


「なるほどな。一国だけでは無理でも、多くの国や企業が少しずつ協力すれば開催できる。」


ガエンは続けた。


「それから俺達は世界中を旅して回った。」


ラーシャが指を折りながら言う。


「最初はフィルドリア王国です。」


ダグラスが続ける。


「司法国家サイヴァーン。」


マイトが笑顔で言う。


「魔族領氷雪都市クリアフォルも。」


ガエンも頷いた。


「さらに軍事国家バルファード。」


豪商達は驚いた表情になる。


「……あの国々が?」


工業ギルド長が目を丸くした。


「全部スポンサーになったのか?」


「そうだ。」


ガエンは力強く答えた。


「それぞれ事情は違うが、最終的には俺達の話を聞き、協力すると言ってくれた。」


カイが感心したように息を漏らす。


「それは大したものですね。」


オリバも腕を組んだまま低く唸る。


「軍事国家まで動かしたか。」


「だから俺達は次のスポンサーを探すため、この商業都市アトラマリスへやって来た。」


そこまで言うと、ガエンは自嘲気味に笑った。


「だが、現実は甘くなかった。」


サラが口元を緩める。


「門前払い?」


「その通りだ。」


ガエンは苦笑しながら頷く。


「商会を訪ねても『魔王』という言葉を聞いた瞬間に追い返される。話すら聞いてもらえない。」


「当然と言えば当然ね。」


サラは肩をすくめる。


「商人は怪しい話には乗らないもの。」


「だから港を歩き、歓楽街を歩き、酒場を巡り、情報を集めた。」


ダグラスが続ける。


「その途中で、この街にはレオナルド商会とアルバレス商会、そしてヴァイス商会という三大商会があり、激しく競い合っていることも知った。」


「さらに。」


ラーシャが言う。


「スラム街には黒い外套を着た仲介人が出入りしているという話も耳にしました。」


マイトが苦笑する。


「その情報を追ってスラム街へ入ったら、そこで師匠と再会したんだけどね。」


スレイドは腕を組んだまま目を閉じて笑う。


「偶然ってのは面白ぇもんだ。」


会議室には小さな笑いが広がる。

ガエンはその空気を感じ取りながら、真剣な表情に戻った。


「そして今、こうして皆さんの前に立っている。」


深く一礼する。


「俺達は慈善事業をお願いしに来たわけじゃない。皆さんに利益のない話を押し付けるつもりもない。」


商人達の目の色が少し変わる。

ガエンはゆっくりと顔を上げた。


「次は、この運動会に協賛することで、アトラマリスの商人達にどんな利益が生まれるのか、そこを説明させてもらいたい。」

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