↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領海洋都市国家、アトラマリス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/171

120.スラム街、絡んでくる

アトラマリスのスラム街。

そこは無法地帯。

まともな人なら絶対に足を踏み入れない場所。

石畳はひび割れ、建物は傾き、壁には無数の落書きが刻まれている。

路地のあちこちには酒瓶や壊れた木箱が転がり、昼間だというのに薄暗く、どこからか腐敗臭が漂ってきた。

ガエン達が一歩足を踏み入れるたび、窓の隙間や物陰から視線を感じる。


「……見られてるな。」


ガエンが小さく呟く。


「うん。歓迎はされてないみたいだね。」


マイトも周囲を見ながら答える。

ラーシャは静かに魔力を巡らせ、いつでも魔法を放てるよう準備し、ダグラスは背中の大鎌に手を添えた。

しばらく進むと、一人の狼の獣人の老人が崩れかけた家の前で木箱に腰掛けていた。

灰色の毛並みは薄汚れ、片目には古傷が走っている。

ガエンは老人の前で足を止めた。


「少し聞きたいことがある。」


老人は四人をじっと見つめ、ゆっくりと鼻で笑った。


「旅人か。」


「ああ。」


老人は周囲を一度見回すと、低い声で言う。


「なら一つだけ忠告してやる。」


「なんだ?」


「このスラムの住人の言葉は信じるな。」


ガエン達は黙って耳を傾ける。


「ここじゃ嘘が金になる。本当のことを話す奴は利用され、騙され、最後には身ぐるみ剥がされる。親切そうな奴ほど腹の中じゃ何を考えてるかわからねぇ。」


老人は苦笑した。


「お前らみたいな余所者は、ここじゃ格好の獲物だ。」


「覚えておく。」


ガエンが短く礼を言うと、老人は軽く手を振った。


「生きて帰りたきゃ、自分の目だけを信じな。」


四人は再び路地を歩き始める。

その背中を、何人もの視線が追い続けていた。

そして細い路地へ差しかかった、その時だった。


ガラッ。


前方の物陰から男が一人。

続いて左右の建物の陰から二人。

さらに背後からも数人。

あっという間に七人ほどの男達がガエン達を取り囲んだ。

全員が粗末な革鎧に棍棒や短剣を持ち、顔には下卑た笑みを浮かべている。

先頭に立つ大柄な男が肩を鳴らした。


「よう、兄ちゃん達。」


ガエンは表情一つ変えない。


「何か用か?」


男はニヤリと笑い、両手を広げて道を塞ぐ。


「この先を通りたけりゃ通行料だ。」


「通行料?」


「そうだ。この辺りは俺達の縄張りなんでな。」


別の男がガエン達の荷物を見ながら舌なめずりする。


「金でも荷物でもいいぜ。素直に置いていけば痛い目は見なくて済む。」


「断ったら?」


ガエンが静かに尋ねる。

大柄な男は棍棒を肩に担ぎ、口元を歪めた。


「その時は力づくだ。」


周囲の男達が一斉に武器を抜く。

ギラリ、と刃が鈍い光を放った。


ダグラスは小さくため息をつき、大鎌に手を掛ける。


「……スラムってのは、どこも同じだな。」


ラーシャは冷めた目で男達を見渡した。


「さっきのお爺さんの忠告、ずいぶん早く証明されましたね。」


マイトは肩をすくめながら苦笑する。


「話し合いで済めばいいんだけど……。」


しかし、その言葉に男達は大笑いした。


「話し合いだぁ?」

「ここはスラム街だぜ。」


大柄な男が棍棒をガエンへ突きつける。


「ここじゃ強い奴がルールなんだよ。」


ガエンは棍棒の先を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「……そうか。」


その一言だけだった。


「やれッ!」


大柄な男の怒号と同時に、七人が一斉に飛びかかる。

先頭の男が棍棒を振り下ろした。

だが、


ドゴォッ!!


鈍い衝撃音が路地に響く。

男の体が宙を舞い、背後の仲間を巻き込んで木箱へ突っ込んだ。


「なっ──!?」


残る男達が目を見開く。

二人目が短剣を突き出す。

ガエンは身体を半歩ずらし、男の手首を掴む。


「ぐっ……!」


そのまま軽く捻るだけで短剣が宙を舞い、空いた拳を男の腹へ叩き込む。


「がはっ!」


男は白目を剥いて崩れ落ちた。


「化け物か!」


左右から三人が同時に襲い掛かる。

ガエンは一人の腕を掴み、そのまま振り回す。


「うわあああっ!」


人間の棍棒のようになった男が仲間二人へ激突し、三人まとめて石畳を転がる。

背後から飛び掛かった男は、振り向きもしないガエンの裏拳をまともに食らい、その場で気絶した。

最後の一人は恐怖に顔を引きつらせながら棍棒を振るう。

ガエンは片手で棍棒を受け止めると、そのまま握り潰した。


バキィッ!


乾いた音と共に木製の棍棒が粉々に砕け散る。


「ひっ……!」


男は腰を抜かした。

ガエンはその男の額を軽く指で弾く。


「ぐえっ!」


それだけで男は後ろへひっくり返り、白目を剥いて気絶した。

静寂が訪れる。

わずか数十秒。

七人全員が石畳に転がり、呻き声を上げていた。

その様子を見ていたダグラスは腕を組む。


「……俺達、出番なかったな。」


ラーシャは苦笑した。


「いつものことですね。」


マイトも肩をすくめる。


「ガエン、一人で終わらせちゃうからなぁ。」


ガエンは倒れた男達を見下ろしながら言った。


「安心しろ。骨は折ってない。」


そう言って、一番最初に襲い掛かってきた大柄な男の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げる。


「さて。」


男は脂汗を流しながら震えていた。


「ひ、ひぃ……。」


「勘違いするな。」


ガエンは低い声で言う。


「俺は喧嘩をしに来たんじゃない。」


男は震えながら頷く。


「お、俺達が悪かった……。」


「聞きたいことがあるだけだ。」


ガエンは男をゆっくり地面へ降ろした。


「黒い外套を着た仲介人を知らないか。」


男達は互いに顔を見合わせる。


「黒い外套……?」

「知らねぇ……。」

「そんな奴、見たことねぇよ。」


「本当か?」


ガエンが静かに尋ねると、男達は慌てて首を横に振った。


「ほ、本当だ!」

「俺達は下っ端だ!そんな大物のことなんか知らねぇ!」

「嘘じゃねぇ!」


ガエンはしばらく男達の表情を見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「……そうか。」


すると、大柄な男が恐る恐る口を開く。


「で、でもよ……。」


「?」


「このスラムで何か探すなら、俺達なんか相手にしても意味ねぇ。」


「どういうことだ。」


男は唾を飲み込む。


「このスラムには全部をまとめてるボスがいる。」


「ボス?」


「ああ。」


男は周囲を気にするように声を潜めた。


「みんな“スーさん”って呼んでる。」


その名が出た瞬間、他の男達の表情も強張る。


「スーさんに逆らう奴はいねぇ……。」

「このスラムじゃ絶対だ。」

「俺達だって命令には逆らえねぇ。」


ガエンは腕を組んだ。


「そのスーさんが黒い外套の仲介人を知っている可能性がある、と。」


「た、多分な……。」


大柄な男は苦笑いを浮かべた。


「でもやめとけ。」


「……。」


「あんた強ぇよ。俺達なんか相手にならねぇ。」


男は倒れた仲間達を見回し、自嘲気味に笑う。


「だけどな……。」


その笑みはすぐに消えた。


「スーさんだけは別だ。」

「俺達じゃ一度も勝てた奴を見たことがねぇ。」

「正面から挑んだ奴は全員叩きのめされた。」

「お前らでも……勝てない。」


男の言葉には、脅しではなく本心からの畏怖が滲んでいた。ガエン達は顔を見合わせる。

スラム街を支配する謎の人物、スーさん。

黒い外套の仲介人へ繋がる手掛かりは、その人物のもとにあるのかもしれなかった。

ガエンは大柄な男を見つめたまま尋ねる。


「そのスーさんは今どこにいる。」


男は困ったように頭を掻いた。


「……それがわからねぇんだ。」


「わからない?」


「あの人は決まった根城がねぇ。今日ここにいても、明日には別の場所にいる。」


別の男も頷く。


「寝床も決まってねぇし、誰の家にも長居しねぇ。」


「じゃあどうやって会う。」


「向こうが気が向けば勝手に現れる。」

「探して会える相手じゃねぇんだよ。」


ガエンは腕を組んだ。


「つまり居場所は誰も知らない、と。」


「そういうことだ。」


大柄な男は肩をすくめる。


「今頃もこの街のどっかで酒飲んでるんじゃねぇか。」


「酒?」


「ああ。」


男は苦笑した。


「スーさんは酒が大好きなんだ。」

「それとギャンブルだ。」


横にいた痩せた男が付け加える。


「酒場で飲んじゃ賭場へ行って、負けても笑って酒を飲む。」

「逆に大勝ちした日は、そこら中の奴に酒を奢る。」

「だから嫌われてるわけでもねぇ。」

「変な人だけどな。」


男達は口々に話し始めた。


「酔っぱらって道端で寝てることもある。」

「かと思えば翌日には賭場で大儲けしてたり。」

「誰にも縛られねぇ自由人だ。」

「なのに、誰も逆らえねぇ。」


ガエンはその話を静かに聞いていた。

酒好き、そしてギャンブル好き。

自由気ままにスラム中を歩き回る男。


「変わった支配者だな。」


ガエンがそう呟くと、大柄な男は苦笑する。


「普通のボスじゃねぇよ。」

「縄張りを見回るわけでもねぇ。」

「偉そうに玉座へ座ってるわけでもねぇ。」

「でも気づけば全部まとまってる。」


その言葉には、不思議と誇張は感じられなかった。

力だけでは説明できない何かが、スーさんにはあるのだろう。

ガエンは仲間達へ視線を向ける。


「ここで待っていても仕方ない。」


ダグラスが頷く。


「情報を集めるしかないな。」


ラーシャも静かに言った。


「酒場や賭場なら、何か手掛かりがあるかもしれません。目撃情報を集めましょう。」


マイトも賛成する。


「それが一番早そうだね。」


ガエンは男達へ軽く手を上げた。


「助かった。」


「あ、ああ……。」


「もう襲ってくるなよ。」


「二度としねぇ!」


男達は全力で首を縦に振った。

ガエン達はその場を後にし、さらにスラム街の奥へと歩き始める。

狭い路地を抜けるたびに、酒臭い息を吐きながら壁にもたれ掛かる酔っ払い、路地裏で賭け事に興じる男達、怪しげな露店で粗悪な酒を売る店主の姿が目に入る。

スラムの住人達は四人を警戒しながらも、先ほどの騒ぎを耳にしたのか、以前ほど露骨に近寄ってくる者はいない。


「……さっきの連中を倒した話が、もう広まってるみたいだ。」


マイトが小声で言う。


「好都合ですね。」


ラーシャは周囲の視線を感じ取りながら答えた。


「向こうから情報を持ってくる者も出てくるかもしれません。」


ガエンは静かに頷き、薄暗い路地の先へ視線を向けた。

この無法地帯のどこかにいるという、酒とギャンブルを愛するスラムの支配者、スーさん。

黒い外套の仲介人へ繋がる糸は、少しずつその人物へと近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。