115.遠征隊、情報を聞く
昼を過ぎても街の活気は衰えるどころか、ますます熱を帯びている。
石畳の大通りには商人や旅人、船乗り、獣人やエルフ、人間、ドワーフなど様々な種族が行き交い、威勢のいい呼び込みの声が飛び交っていた。
「新鮮な魚だよ! 今朝揚がったばかりだ!」
「南方産の香辛料! 今日だけ特価!」
「魔道具の修理なら任せな!」
市場は港町らしく海産物が豊富で、大きなマグロのような魚や色鮮やかな貝、見たこともない海獣の肉まで並んでいる。
マイトは辺りを見回しながら感心した。
「すごいね。本当に世界中の物が集まってる。」
ラーシャも頷く。
「種族も文化も入り混じっていますね。」
ダグラスは静かに周囲を観察していた。
「人の流れが絶えない。情報も金も、この街を中心に動いているようだ。」
ガエンは腕を組む。
「まずはスポンサー探しの前に、この街を知ることだな。」
四人は手分けすることなく、一軒一軒店を回りながら話を聞いていくことにした。
最初に立ち寄ったのは魚屋だった。
日に焼けた初老の店主は笑顔で魚を捌きながら話してくれる。
「アトラマリスは王様がいねぇ代わりに自由な街だ。腕がありゃ誰でも稼げる。」
「逆に腕がなきゃ生き残れねぇがな。」
ガエンが頷く。
「商売人が多い理由は?」
「港だよ。この世界中の船が集まるからな。情報も品物も金も全部ここを通る。」
礼を言って店を後にすると、今度は香辛料を扱う店へ向かう。
店番をしていた女性は棚を整えながら話した。
「この街には商業ギルドがあるけど、全部を支配しているわけじゃないの。大商会同士が競い合ってるから、値段も品質も自然と良くなるのよ。」
ラーシャが尋ねる。
「商会は一つだけではないのですか?」
「ええ、有名どころだけでも何社もあるわ。」
「競争相手が多いから大変だけど、それだけ商売は面白いわね。」
さらに歩くと、魔道具店を見つける。
店主は年配のドワーフだった。
「スポンサーを探してる?」
ガエンが軽く笑う。
「まあ、そんなところだ。」
ドワーフは顎髭を撫でる。
「だったら商業ギルドだけじゃなく、有名商会も当たるといい。それから工業ギルドも悪くねぇ。魔道具や武具を扱う連中は金回りがいいからな。」
ダグラスが聞く。
「他には?」
店主は少しだけ声を落とした。
「表じゃ言えねぇが……この街には裏社会もある。カジノを仕切る連中や運び屋、用心棒を束ねる組織もな。下手に関わると危険だが、金だけなら表より持ってる奴もいる。」
ガエンはその言葉を胸に刻む。
宿で立てた予想は間違っていなかったようだ。
さらに四人は喫茶店や武具屋、露店などでも話を聞いて回った。
誰に聞いても共通していたのは、
「アトラマリスは自由の街。」
「実力がすべて。」
「金は世界中から集まる。」
という三つの言葉だった。
夕方が近づく頃には、ガエン達はこの街の大まかな勢力図を把握し始めていた。
商業ギルド、工業ギルド、有力商会、そして裏社会。
スポンサー候補は予想以上に多い。
ガエンは仲間達を見回しながら口を開いた。
「街のことはだいたい分かったな。明日から一つずつ話を持ちかける。全部断られるかもしれねぇが、それならそれだ。」
マイトは笑顔で拳を握る。
「全部回れば、どこか一つは興味を持ってくれるかもしれないね!」
ラーシャも静かに頷く。
「情報は十分集まりました。あとは交渉ですね。」
ダグラスは短く答えた。
「ああ。ここからが本番だ。」
ガエンは歩みを止めると、通りの角に建つ木造の酒場へ視線を向けた。
「……いや、あともう一ヶ所だけ寄ろう。」
三人がその視線を追う。
看板には大きく酒瓶が書かれており、昼間だというのに船乗りや商人で賑わっている。
「酒場?」
マイトが首を傾げる。
ガエンは頷いた。
「ああ。こういう場所には、表じゃ聞けねぇ話が転がってるもんだ。」
四人は扉を開けて酒場へ入った。
中には酒樽が並び、昼から酒を飲む船乗り達の笑い声が響いている。
香ばしく焼かれた肉と魚の匂いが食欲をそそり、壁には世界各地から持ち込まれた酒瓶や航路図が飾られていた。
カウンターでは、筋骨隆々とした虎の獣人の店員が手際よくジョッキを磨いている。
「いらっしゃい。食事か? それとも酒か?」
「いや、少し話を聞きたくてな。」
ガエンが席に腰掛ける。
虎の獣人は興味深そうに目を細めた。
「珍しい客だな。何を聞きたい?」
ガエンは包み隠さず答えた。
「俺達は大きな催しを開く予定でな。運動会っていう競技大会だ。そのスポンサーになってくれそうな相手を探して、この街を回ってる。」
「スポンサーか……。」
虎の獣人は腕を組み、少し考え込む。
「表なら商業ギルドや工業ギルド、有力商会だろうな。」
「そこはもう候補に入ってる。」
ガエンが答えると、虎の獣人は周囲を一度見回し、少しだけ声を潜めた。
「なら……裏も考えてるってことか。」
ダグラスが静かに頷く。
「話だけは聞いておきたい。」
虎の獣人は苦笑した。
「まあ、この街じゃ珍しい話でもない。」
彼はジョッキを棚へ戻しながら続ける。
「アトラマリスのカジノは一軒一軒が勝手にやってるわけじゃねぇ。いくつものカジノを束ねる元締めがいる。表向きは豪商だが、裏では莫大な金を動かしてる。歓楽街も同じだ。酒場や劇場、高級娼館なんかも、それぞれ裏で顔役が仕切ってる。」
ラーシャが静かに尋ねる。
「その人達は危険なのですか?」
「危険……というより、筋を通す連中だ。」
虎の獣人は苦笑する。
「約束は守るし、一度契約すりゃ金払いもいい。だが、逆に裏切りや面子を潰すような真似をすれば容赦はしねぇ。」
ガエンは腕を組んだ。
「スポンサーになってくれる可能性はあるか?」
「派手な宣伝になると思えば、乗る奴はいるだろうな。特に運動会なんて人が集まる催しなら興味を持つかもしれねぇ。」
マイトが感心したように呟く。
「意外と話が早そうだね。」
「ただし。」
虎の獣人の表情が急に真剣になる。
「欲を出しすぎるな。この街の裏社会は、金はあっても甘い世界じゃねぇ。」
店内の空気が少しだけ張り詰めた。
ガエンは黙って続きを促す。
虎の獣人はさらに声を落とした。
「それと、もし街を歩くなら一つだけ忠告しておく。スラム街には近寄るな。」
マイトが驚いたように聞き返す。
「スラム街?」
「ああ。」
虎の獣人は重々しく頷いた。
「港の外れにある、誰にも見捨てられた場所だ。仕事を失った船乗り、流れ者、孤児、借金を抱えて逃げてきた連中……行き場をなくした人間が集まって暮らしてる。」
ラーシャは少し眉をひそめる。
「治安は悪いのですね。」
「悪いなんてもんじゃねぇ。」
虎の獣人は即座に答えた。
「昼でも盗みや喧嘩は当たり前。夜になれば命を落としても不思議じゃない。」
ダグラスが静かに尋ねる。
「裏社会とは別なのか?」
「完全に別だ。」
虎の獣人は首を横に振る。
「裏社会にも掟がある。商売を続けるために街の秩序はある程度守る。だがスラム街にはそんなもんはねぇ。飢えた奴らが、その日を生きるためだけに動いてる。」
ガエンは静かに息を吐いた。
「つまり、一番危険なのは裏社会じゃなくスラム街ってことか。」
「そういうことだ。」
虎の獣人は真っ直ぐガエンを見る。
「お前さん達なら腕は立ちそうだ。だが、強いからといって近づく理由にはならねぇ。余計な火種は拾わない方が、この街じゃ長生きできる。」
ガエン達は礼を言って席を立った。
酒場を出ると、夕暮れの光が石畳を赤く照らし始めている。
ガエンは仲間達を見回した。
「表も裏も、だいたい見えてきたな。」
ラーシャは静かに頷く。
「スポンサー候補は増えましたが、関わり方は慎重に考える必要がありますね。」
ガエンは腕を組みながら夕焼けに染まる大通りを見渡した。
「よし、最後に明日のための場所だけ確認しておくか。」
「場所?」
マイトが首を傾げる。
「ああ。迷って時間を無駄にするより、今日のうちに聞いておいた方が早い。」
四人は近くの広場に設けられた案内所へ向かった。
木造の立派な建物で、壁にはアトラマリスの地図が掲げられている。
受付には眼鏡を掛けた猫の獣人の女性が座っていた。
「いらっしゃいませ。観光案内でしょうか?」
ガエンは軽く頭を下げる。
「いや、少し場所を教えてほしい。商業ギルドと工業ギルド、それから有力な豪商の屋敷だ。」
女性は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに地図を広げた。
「商業ギルドはこちらです。」
細い棒で港から少し離れた巨大な建物を指す。
「市場地区の中心部にあります。商人の登録や商談、輸送契約などを取り扱っています。」
続いて別の場所を示した。
「工業ギルドは鍛冶街になります。武具職人や魔道具職人、造船技師などが所属していますので、一日中金槌の音が響いていますよ。」
ラーシャが頷きながら地図を見つめる。
「港とは反対側なのですね。」
「ええ。そして豪商ですが……。」
女性は少しだけ苦笑した。
「この街には何人もいますので、有名どころだけになります。」
地図には三か所印が付けられた。
「海運王と呼ばれるレオナルド商会。宝石や香辛料を扱うヴァイス商会。そして魔道具や希少品を扱うアルバレス商会です。」
ガエンはそれぞれの場所を頭に入れる。
「十分だ。助かった。」
「いえ、お役に立てたなら何よりです。」
案内所を後にすると、空はすっかり茜色へと染まり始めていた。
港では漁船が次々と戻り、鐘の音が夕暮れを告げる。
市場では昼とは違う夜市の準備が始まり、屋台には灯りがともされていく。
マイトが周囲を見渡す。
「もう宿へ戻る?」
ガエンは少し考えたあと、首を横に振った。
「せっかくだ。この街の夜も見ておこう。」
「歓楽街ですか?」
ラーシャが静かに尋ねる。
「ああ。ただ見るだけだ。面倒事は起こさねぇ。」
ダグラスも短く答えた。
「賛成だ。」
四人は人の流れに乗り、歓楽街へ足を向けた。
昼間とはまるで別の街だった。
建物の窓には色鮮やかな魔導灯が灯り、赤や青、金色の光が通りを照らしている。
劇場からは軽快な音楽が聞こえ、踊り子達の笑い声が風に乗って流れてくる。
高級酒場では正装した商人達が高価な酒を片手に談笑し、その隣では船乗り達が大声で乾杯している。
さらに進むと、豪華な外観の建物が並んでいた。
入口には屈強な用心棒が立ち、煌びやかな服を着た客達が次々と中へ入っていく。
「ここが……。」
マイトは目を丸くした。
「カジノか。」
建物の中からは、ルーレットの回る音や歓声、時折誰かが大勝ちしたらしい拍手が漏れ聞こえてくる。
ラーシャは静かに周囲を見回した。
「思ったより上品ですね。」
ガエンは頷く。
「裏社会って聞くと荒くれ者ばかりかと思ったが、表向きは一流ってわけか。」
その時、一人の黒いスーツ姿の男が静かに四人の横を通り過ぎる。
男の後ろには護衛らしき者が数人付き従い、周囲の人々は自然と道を開けていた。
ダグラスが小さく呟く。
「ただ者ではない。」
男は四人に一瞥をくれただけで、そのまま豪華なカジノの中へ消えていった。
ガエンも無言でその背中を見送る。
「……ああいうのが、この街の裏を動かしてる連中なんだろうな。」
四人はそれ以上深入りすることなく歓楽街をゆっくり歩き、街の雰囲気だけを肌で感じながら宿への道を引き返した。
明日はいよいよスポンサー集めが始まる。
商業ギルド、工業ギルド、そして豪商たち。
アトラマリス最大の交渉が、いよいよ幕を開けようとしていた。




