113.オーガ、欲張る
船は順調にアトラマリスを目指して進んでいく。
ちょっとしたトラブルはあったものの、その後は何もなくガエン達は船の旅を楽しんでいた。
やがて日が沈み、海は月明かりに照らされた静かな銀色へと姿を変える。
夕食を終えた四人は船室へ戻り、明日に備えて簡単な打ち合わせを始めていた。
テーブルの上にはアトラマリス周辺の海図と、各国で集めた資料が広げられている。
ガエンは腕を組みながら口を開いた。
「明日にはアトラマリスだ。スポンサー探しも本格的に始めるぞ。」
ダグラスが頷く。
「しかし、あの都市は他国とは事情が違う。」
ラーシャも資料を見ながら続けた。
「そうですね。アトラマリスは王が存在しない都市国家です。複数の大勢力が均衡を保つことで成り立っているみたいですね。」
マイトが首を傾げる。
「王様がいないなら、誰にお願いするの?」
ラーシャは指で資料をなぞった。
「まず有力なのは商業ギルドです。世界中から商人が集まる港ですから、最も発言力があります。」
ガエンが頷く。
「金の流れを握る連中か。」
「次に工業ギルド。造船や魔導機械、武具の製造で莫大な利益を上げています。運動会で使う設備や魔道具にも興味を示すかもしれません。」
ダグラスが付け加える。
「豪商も候補だ。一人で小国並みの財産を持つ者も珍しくない。」
ガエンは苦笑する。
「金持ちを口説くのは嫌いじゃねぇ。」
マイトが笑う。
「美味しいご飯をごちそうしてくれそう!」
「そこかよ。」
ガエンは即座にツッコミを入れ、部屋に笑いが広がった。
しかしダグラスの表情だけは変わらない。
「……もう一つある。」
その一言で空気が少し引き締まる。
「裏社会だ。」
ラーシャも静かに頷いた。
「アトラマリスには巨大なカジノがいくつもある。その元締め達は表向きこそ実業家だが、裏では様々な組織を束ねている。」
ガエンは興味深そうに眉を上げた。
「噂には聞いてたが、本当にそこまで力があるのか。」
「ああ。港の荷運び、警備、情報網……裏社会と言っても、都市の一部を支えている存在だ。下手をすれば商業ギルド以上の影響力を持つ者もいる。」
マイトは不思議そうに首を傾げた。
「悪い人たちなの?」
ダグラスは少し考えてから答える。
「善人でも悪人でもない。利益になるかどうか、それだけで動く連中だ。」
ガエンは椅子にもたれ、大きく息を吐いた。
「なるほどな。相手が王なら話は早かったんだが、今回は相手を選ぶところから始めなきゃならねぇわけだ。」
「どうする?」
ダグラスが尋ねる。
ガエンは少し考え込んだ後、不敵な笑みを浮かべた。
「まずは表から攻める。」
三人がガエンを見る。
「最初は商業ギルドだ。運動会でどれだけ利益が生まれるかを説明する。」
ラーシャは納得したように頷く。
「堅実ですね。」
「そこで駄目なら工業ギルド。」
ガエンは指を二本立てる。
「設備や魔道具、技術の宣伝になるって話を持ちかける。」
ダグラスも賛同する。
「理にかなっている。」
ガエンはさらに笑みを深めた。
「それでも断られたら……」
一瞬の沈黙。
「豪商を口説く。」
「それでも駄目なら?」
とマイト。
ガエンは肩をすくめた。
「最後は裏社会だ。」
ダグラスが小さく笑う。
「面白い相手になりそうだ。」
「俺達はスポンサーを探しに行くだけだ。喧嘩を売りに行くわけじゃねぇ。」
ガエンは真面目な口調で言った。
「相手が商人だろうが裏社会だろうが、礼儀は守る。向こうが礼儀を捨てたら……その時は考える。」
その言葉にダグラスは静かに頷き、ラーシャは苦笑し、マイトは笑顔で拳を握る。
マイトは少し考えた後、ぱっと顔を上げた。
「ねぇガエン。」
「ん?」
「だったらさ、最初から全部に話をしてみるのはどう?」
部屋が一瞬静まり返る。
ガエンは腕を組んだまま、マイトを見る。
「全部?」
「うん。商業ギルドも工業ギルドも豪商も、それから裏社会の人達も。最初から全部回ればいいじゃん。」
ラーシャが目を瞬かせた。
「普通は一つ断られたら次、という流れですけど……。」
マイトは笑顔で頷く。
「せっかく運動会なんだから、一人でも多く応援してくれた方が楽しいでしょ?」
その言葉を聞いたガエンは顎に手を当てる。
「……いや。」
しばらく考えた後、口元に笑みが浮かんだ。
「それ、案外ありだな。」
「でしょ!」
「どうせ断られるかどうかなんて話してみなきゃ分からねぇ。」
ダグラスも静かに口を開く。
「確かに効率は悪くない。一つに固執する理由もないな。」
ラーシャも資料を閉じながら頷いた。
「交渉相手が多い都市だからこそできる方法ですね。それぞれ求める利益も違いますし、同じ提案でも反応は変わるでしょう。」
ガエンはテーブルを軽く叩いた。
「よし、決まりだ。」
三人が視線を向ける。
「最初から全部回る。」
マイトが嬉しそうに笑う。
「やった!」
「商業ギルド、工業ギルド、豪商、それに裏社会の元締め。順番は考えるが、全員に話を持っていく。」
ダグラスが確認する。
「最低でも一つ契約。」
「ああ。」
ガエンは力強く頷いた。
「最高なら全部契約だ。」
その言葉にラーシャは思わず笑みを浮かべた。
「ずいぶん欲張りますね。」
ガエンは豪快に笑う。
「最初から諦める理由はねぇだろ。」
そして指を四本立てた。
「今の時点でスポンサーは四か国。」
一本目を折る。
「フィルドリア。」
二本目。
「サイヴァーン。」
三本目。
「クリアフォル。」
四本目。
「バルファード。」
ガエンは満足そうに頷いた。
「ここまで四つ集まった。」
マイトも指を折って数えながら笑う。
「あとアトラマリスが増えたら五つ以上になるかもね!」
「一つだけじゃない。」
ガエンはニヤリと笑う。
「この街にはスポンサー候補が何人もいる。全部契約してくれるなら、それに越したことはねぇ。」
ダグラスも珍しく口元を緩めた。
「運動会の規模もさらに大きくなる。」
「設備も充実しますし、参加者への賞品も豪華にできますね。」
とラーシャ。
ガエンは椅子から立ち上がり、窓の外へ目を向けた。
月明かりに照らされた海は穏やかで、船は一定のリズムで波を切り裂いて進んでいる。
「欲張ってみるか。」
その一言に、三人は力強く頷いた。
「うん!」
「異論はない。」
「私も賛成です。」
こうしてガエン達は、アトラマリスでは特定の一勢力に絞ることなく、街を代表する全ての有力者へスポンサー契約を持ちかける方針を決めた。
最低目標は一件。
理想は全員との契約。
四か国の支援を得た運動会は、さらに大きな舞台へと歩みを進めようとしていた。
船室は静かな闇に包まれ、聞こえるのは船体を優しく叩く波の音と、規則正しく響く機関の低い振動だけだった。
それぞれが寝台へ横になる。
ガエンは天井を見上げながら、これまで訪れた国々を思い返した。
フィルドリア、サイヴァーン、クリアフォル、そしてバルファード。
多くの人々と出会い、運動会への期待を託され、スポンサーという形で力を貸してもらった。
次なる舞台は海洋都市国家アトラマリス。
そこではどんな出会いが待っているのか。
期待と少しの緊張を胸に、ガエンはゆっくりと目を閉じる。
やがて四人の寝息だけが静かな船室に響き始めた。
月は変わらず夜空を照らし、船は穏やかな海を滑るように進んでいく。
翌朝には、世界最大級の交易都市アトラマリスが、その壮大な港と無数の帆船とともに、ガエン達を迎えようとしていた。




