↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領軍事国家、バルファード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/171

108.軍師王、満足する

その場の空気が変わった。

兵士達に僅かに緊張が走る。

ガエンは口元に笑みを浮かべ、ラーシャは少しだけ驚く。ダグラスは相変わらず無表情だったが、軽く視線をマイトへ向けた。

マイトはゆっくりと、まるで散歩をしているかのように進む。

その姿を見た軍師王レムルスは、静かに頷いた。


「……ついに勇者が動くか。」


その声には警戒ではなく、純粋な期待が滲んでいた。

これまで後方から戦況を眺め、兵士達の成長を嬉しそうに見守っていた男。

その勇者が、ついに自ら前へ出る。


「これは……見逃せんな。」


レムルスは心の底から楽しそうに微笑んだ。

そして。

マイトは兵士達を見渡し、いつもの柔らかな笑顔を浮かべる。


「それじゃ…行くよー!」


その瞬間。

持っていた木剣を、何の前触れもなく真上へ放り投げた。


「えっ!?」


兵士達が思わず空を見上げる。

木剣は太陽の光を受けながら、くるくると回転し、高く、高く舞い上がっていく。

そして次の瞬間。


ドンッ!!


地面を軽く蹴っただけで、マイト自身も一直線に空へ跳び上がった。


「なっ!?」

「と、飛んだ!?」


兵士達の驚愕の声が上がる。

まるで重力など存在しないかのように、マイトは木剣を追い越す勢いで上昇していく。


「……相変わらず、滅茶苦茶だな。」


ガエンが苦笑しながら呟く。

ラーシャも小さく笑った。


「本当に楽しそうですね。」


はるか上空。

マイトは落下し始めた木剣をくるりと掴むと、そのまま空中で一回転。


「みんな、ちゃんと見ててねー!」


無邪気な声が響いた直後、流星のような速度で地上へ向かって降下を始めた。

次の瞬間。


ドォンッ!!


着地と同時に大地が大きく揺れ、土煙が一気に舞い上がる。


「うわっ!?」

「来るぞ!!」


兵士達は即座に散開し、それぞれが訓練で身につけた陣形を維持しながら迎え撃つ。

土煙の中から飛び出したマイトは、満面の笑みを浮かべていた。


「すごいすごい! ちゃんと避けられたね!」


そう言うなり、次の瞬間には姿が消える。


「右だ!」


槍部隊の兵士が叫ぶ。

だが、その声よりも早くマイトは反対側へ移動していた。


カンッ!!


木剣同士がぶつかる。

一人の兵士が受け止めたかと思えば、その勢いを利用してマイトはふわりと宙返りし、背後へ着地する。


「後ろ!」

「しまっ……」


コンッ。


軽く木剣で兜を叩かれた兵士は思わず肩を落とした。


「はい、一人!」


まるで鬼ごっこでもしているかのように、マイトは笑顔のまま次々と兵士達の間を駆け抜けていく。


「こっちも!」


「うわぁ!」


盾部隊が壁を作れば、その盾を踏み台に軽々と跳び越え、槍の穂先を足場にしてさらに高く跳ぶ。


「そんな使い方ありかよ!」


兵士達から思わず悲鳴にも似た声が上がる。

しかしマイトは終始楽しそうだった。


「いいねいいね! みんな前よりずっと動けてる!」


そう褒めながらも、攻撃の手は一切緩めない。


コン、コン、コンッ。


気付けば三人、四人と木剣で軽く判定を取られ、兵士達は次々と戦闘不能扱いになっていく。


「あっ、今の連携惜しかった! もうちょっとだったのに!」


励ますように笑いながら、さらに別の部隊へ一直線。


「マ、マイト! ちょっと待て!」


ガエンが慌てて前へ出る。


「おい! やりすぎだ! 今日は兵士達の成果を見る訓練だぞ!」


しかし。


「えー? だって楽しくなってきたもん!」


マイトは振り返りもせず答える。


「あと少しで全員捕まえられそうなんだよ!」


「そこじゃねぇ!」


ガエンが額を押さえて叫ぶ。

だが、マイトの耳にはまるで届いていなかった。


「次いくよー!」


その声と同時に再び兵士達の中へ飛び込んでいく。

ガエンは思わず追い掛けようとした。


「おい、待てって!」


その肩を、ぽん、と誰かが軽く叩く。

振り返ると、ダグラスだった。


「……無駄だ。」


「いや、でもあいつ……。」


ダグラスは小さくため息をつく。


「楽しんでいる時の勇者は止まらん。」


そう言ってガエンの肩をもう一度軽く叩き、静かに首を横へ振る。


「下がって見ていろ。」


ガエンは頭を抱えた。


「……はぁ、本当に自由すぎるだろ、あいつ。」


少し離れた場所では、ラーシャが苦笑いを浮かべながら戦場を見つめていた。


「マイトさんらしいですね……。」


困ったように頬へ手を添えながらも、その瞳にはどこか温かな色が宿っている。

兵士達は悲鳴を上げながらも必死に食らいつき、勇者は子供のような笑顔で戦場を駆け回る。

そのあまりにも規格外で、それでいてどこか微笑ましい光景に、軍師王レムルスは思わず吹き出した。


「ははは……。」


肩を震わせながら笑い、感心したように呟く。


「勇者とは、やはり予測できぬ存在だな。」


マイトは最後まで一切速度を落とさなかった。

兵士達も、この一か月の成果をすべて出し切ろうと必死に食らいつく。


「囲め!」

「逃がすな!」


盾部隊が進路を塞ぎ、槍部隊が間合いを制圧する。

その隙に剣部隊が左右から挟み込み、後方では魔法部隊が補助魔法を展開した。


「今だ!」


完璧に近い連携だった。

だが。


「わぁ、すごい!」


マイトは心から嬉しそうに笑う。

次の瞬間、その場で軽く一歩踏み出しただけで、包囲網をすり抜けていた。


「えぇっ!?」


誰も動きが見えない。


「そこ!」


コンッ。


「はい、一人!」


「こっちも!」


コンッ。


「二人!」


さらに空中へ跳び上がると、兵士達の頭上をひらりと飛び越え、そのまま後方へ着地する。


「まだまだ!」


笑いながら駆け抜け、木剣で次々と軽く判定を取っていく。


コンッ、コンッ、コンッ。


気付けば残っていた兵士達も全員、木剣を兜や肩へ軽く当てられ、その場にへたり込んでいた。

訓練場に静寂が訪れる。

誰もが肩で息をし、汗だくになって空を見上げていた。

対するマイトだけは、息一つ乱れていない。

木剣を肩へ担ぎ、満面の笑みで兵士達を見渡す。


「いやー!」


太陽のような笑顔で大きく頷いた。


「みんな強くなったね!」


「強くなったねじゃねーよ!」


ガエンの盛大なツッコミが訓練場中に響き渡った。


「一人で全部倒したじゃねぇか!」


「え?」


マイトはきょとんと首を傾げる。


「だってみんな前よりずっと強くなってたよ?」


「そこは否定しねぇ!」


ガエンは頭を抱える。


「だが、お前が楽しすぎて兵士達の成果を見るどころじゃなかっただろ!」


「あっ。」


ようやく気付いたようにマイトは目を丸くする。


「そっか。」


少しだけ申し訳なさそうに頭をかいた。


「ごめんごめん。楽しすぎて忘れてた。」


「忘れるな!」


ガエンは即座にツッコむ。

そのやり取りを見ていた兵士達から、思わず笑い声が漏れた。


「ははは……。」

「勇者様、本当に自由だ……。」

「でも、あんな相手によくここまで戦えたよな。」


疲れ切った兵士達の表情には、不思議と悔しさだけではなく達成感も浮かんでいた。

ラーシャはその様子を見て、優しく微笑む。


「皆さん、本当に立派でしたね。」


ダグラスも静かに頷く。


「ああ。一か月前なら、ここまで食らいつくことすらできなかった。」


その言葉に兵士達は互いの顔を見合わせる。

確かに倒された。

だが、以前とは違う。

確実に成長していることを、自分達自身が一番実感していた。

その光景を見つめるレムルスは、静かに腕を組み、大きく頷いた。


「……見事だ。」


軍師王の口元には、満足そうな笑みが浮かんでいた。

レムルスは兵士達をゆっくりと見渡した。

汗だくになりながらも、誰一人として下を向いてはいない。

全員がやり切ったという表情を浮かべていた。

その姿に、軍師王は深く息を吐き、満足そうに微笑んだ。


「ガエン殿、ダグラス殿、ラーシャ殿、マイト殿。」


四人へ向かって静かに頭を下げる。


「本当に感謝する。この一か月で兵達は見違えるほど成長した。」


その言葉には社交辞令など一切なかった。


「武だけではない。判断力、連携、精神力……どれも確実に一段階上へ進んでいる。」


レムルスは兵士達へ視線を向ける。


「これほど短期間で、ここまで兵を鍛え上げられる者達を、私は他に知らん。」


ガエンは照れ臭そうに鼻をかいた。


「よせよ、そんな改まって礼なんて。」


肩を竦めながら笑う。


「これはスポンサー特典だからな。気にするな。」


その一言に、レムルスは思わず苦笑した。


「はは……そうであったな。」


軍事国家バルファードが運動会のスポンサーになる条件として引き受けた訓練。

しかし、その成果はレムルスの想像を遥かに超えていた。

ガエンは今度は兵士達の前へ歩み出る。

全員の視線が自然と集まった。

ガエンは口元に笑みを浮かべ、大きな声で言う。


「お前達!」


兵士達は一斉に姿勢を正した。


「この一か月、本当によく頑張った。」


その言葉に兵士達の表情が少しだけ緩む。

だが次の瞬間、ガエンはニヤリと笑った。


「……だが、これで終わりじゃねぇ。」


兵士達の表情が引き締まる。


「運動会までに、もっと強くなっておけ。」


力強く言い放つ。


「今日のお前達なら、もっと上を目指せる。そこで満足するような兵士なら、俺達はわざわざ鍛えたりしねぇ。」


ダグラスも静かに口を開く。


「鍛錬は続けろ。」


短い言葉だったが、その重みは十分だった。

ラーシャも優しく微笑む。


「皆さんなら、もっと素晴らしい連携ができます。またお会いする時を楽しみにしています。」


するとマイトが元気よく手を挙げた。


「次に会う時は、もっと本気で鬼ごっこしようね!」


「「「それは勘弁してください!!」」」


兵士達の声が見事に揃う。

訓練場は大きな笑いに包まれた。

ガエンは腹を抱えて笑いながらマイトの肩を叩く。


「お前は最後までそれか!」


「えへへ。」


マイトは悪びれる様子もなく笑う。

その光景を見つめるレムルスは、穏やかな笑みを浮かべながら静かに呟いた。


「この者達と出会えたことこそ、我が国にとって最大の収穫だったのかもしれんな。」


兵士達は一斉にガエン達へ向かって敬礼する。


「ありがとうございました!!」


訓練場いっぱいに響き渡るその声は、一か月前とは比べものにならないほど力強く、自信に満ちあふれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。