107.連携、機能する
激しい戦闘の中、ガエンはダグラスに目線を送る。
ダグラスもガエンの合図を受け、軽く頷いた。
「いいぞ。なら……」
ガエンが楽しそうに笑う。
「少しだけ本気を出してやる!」
その言葉と同時に、ガエンは拳を大地へと叩きつけた。
ドゴォォォン!!
轟音とともに地面が大きく隆起し、無数の岩柱が戦場を切り裂くように突き上がる。
「来たぞ!!」
第一部隊が体勢を崩しかけた、その瞬間だった。
「ここは俺達の出番だ!」
第四部隊の兵士達が一斉に飛び出す。
マイトとの地獄のような崖登りや岩場での訓練で鍛えられた脚力を活かし、兵士達は次々と隆起した岩を駆け上がっていく。
「上を取れ!」
「足場を確保しろ!」
岩から岩へと飛び移り、崩れゆく地形すら利用して味方の退路を確保する。
「さすが第四部隊!」
レムルスは思わず目を見開いた。
「あの地形を障害ではなく利用している……!」
普通なら混乱するだけの戦場を、彼らは瞬時に攻略していた。
その一方で、
「さて。」
ダグラスの姿がふっと消える。
「なっ!?」
次の瞬間には、漆黒の死神は兵士達の視界をすり抜けるように駆け抜け、一直線に後方の第三部隊へ迫っていた。
「速い!!」
「迎撃が間に合わない!」
兵士達が叫ぶ。
だが、その時だった。
「展開!」
第三部隊の隊長が叫ぶと同時に、後方で待機していた魔法部隊が一斉に魔法陣を完成させる。
「防御魔法!展開!」
幾重もの光の障壁が第三部隊の前へ現れ、半球状に兵士達を包み込んだ。
それはラーシャが一か月かけて徹底的に叩き込んだ、複数人による連携防御魔法。
一人では到底維持できない強度を、全員の魔力を寸分違わず重ね合わせることで実現していた。
ダグラスは迫る勢いを緩めることなく、その巨大な障壁へ拳を突き出す。
「ほう……そこまでできるようになったか。」
ズドォォォン!!
凄まじい衝撃が戦場全体を震わせる。
障壁には大きな亀裂が走り、兵士達の足元が軋む。
それでも、
「維持しろ!」
「魔力を合わせろ!」
「絶対に破るな!」
第三部隊の兵士達は歯を食いしばり、互いの魔力を合わせながら障壁を維持し続けた。
ラーシャはその光景を見て、小さく微笑む。
「ええ、その調子です。皆さんなら耐えられます。」
その言葉通り、ダグラスの一撃を受けても障壁は完全には砕けなかった。
ダグラスは口元をわずかに吊り上げる。
「……合格点だ。」
その直後だった。
ラーシャが静かに杖を掲げる。
「では、こちらも少し攻めましょう。」
足元に広がった魔法陣が淡く輝く。
「アースランス。」
ゴゴゴゴゴッ!!
大地を這うように魔力が走り、戦場を一直線に駆け抜ける。
「来るぞ!」
兵士達が叫んだ瞬間、ガエンが隆起させた岩山がさらに変形し、無数の岩槍が第四部隊へ向かって突き上がった。
轟音とともに岩が次々と飛び出し、逃げ場を塞ぐように襲いかかる。
しかし、
「走れ!」
第四部隊の隊長が叫ぶ。
兵士達は恐れることなく岩へと駆け上がった。
「右だ!」
「飛べ!」
崖登りで鍛え上げた脚力と体幹を活かし、隆起する岩を踏み台にしながら次々と跳躍する。
一歩遅れれば足場は消える。
それでも兵士達は空中で体勢を変え、岩から岩へと飛び移っていく。
「避けるだけじゃない! 前へ!」
誰一人立ち止まらない。
ラーシャの魔法さえも、彼らにとっては進軍路へと変わっていた。
「見事です。」
ラーシャは感心したように微笑む。
「私の魔法を足場にするとは。」
そして第四部隊は、その勢いのまま一直線にガエンへと迫る。
「行くぞぉぉぉ!!」
「ははっ! そう来なくちゃな!」
ガエンは豪快に笑い、巨大な拳を振り上げた。
「まとめて相手してやる!」
その瞬間。
「今だ!」
第四部隊の突撃に合わせ、第一部隊の槍兵達が左右へ大きく展開する。
「回り込め!」
長槍を構えた兵士達がガエンの側面へと一気に駆け込み、包囲するように陣形を完成させる。
「正面は第四部隊!」
「左右は槍部隊が押さえる!」
前後左右から同時に圧力をかける、ガエン対策として練り上げた連携だった。
「おお!」
ガエンは目を見開き、嬉しそうに笑う。
「ちゃんと考えてやがるじゃねぇか!」
一方その頃。
障壁の前に立つダグラスの周囲にも、静かに兵士達が集結していた。
「囲め。」
第二部隊隊長の一声で、剣部隊が素早く円陣を作る。
さらにその外側から、
「斧部隊、前へ!」
重装備の兵士達が間合いを詰め、逃げ道を塞ぐように配置につく。
剣兵が素早さで牽制し、斧兵が一撃で仕留める。
対ダグラス用に何度も訓練を重ねてきた連携である。
ダグラスは周囲を一瞥すると、小さく笑みを浮かべた。
「なるほど……俺を逃がさないつもりか。」
兵士達は誰一人として気圧されることなく武器を構える。
ガエン、ダグラス。
二人の幹部を同時に抑え込むため、四部隊すべてが一つとなって動き始めていた。
その光景を見届けたレムルスは、思わず息を呑んだ。
「信じられん……。」
目の前で戦っているのは、魔王軍最高幹部と勇者。
しかも彼らは、まだ本気のほんの一部しか見せていない。
それにもかかわらず、
「兵士達が……互角に近い連携を見せているだと……。」
もちろん力そのものでは及ばない。
一撃一撃の重さも、速度も、魔力量も比較にならない。
だが、隊としての完成度は確実に幹部達へ食らいついていた。
「一か月前なら、一瞬で崩壊していた……。」
レムルスは静かに呟く。
「ガエンは前衛の判断力と対応力を。
ダグラスは戦況を読む眼を。
ラーシャは魔法の基礎と連携を。
マイトは極限状況でも動ける身体を……。」
その全てが、一つの軍として噛み合っている。
「これが……魔王軍最高幹部の育成か。」
軍師王であるレムルスでさえ、鳥肌を覚えていた。
その時だった。
「第三部隊!」
隊長が杖を高く掲げる。
「攻撃連携魔法、開始!」
十数人の魔法使いが一斉に魔法陣を展開する。
互いの魔力を寸分違わず重ね合わせ、巨大な複合魔法陣が空中へと描かれていく。
「属性同期、完了!」
「魔力安定!」
「撃てぇぇぇ!!」
次の瞬間。
轟音とともに、巨大な光の奔流がラーシャへ向かって放たれた。
炎が渦を巻き、風が威力を増幅し、雷が内部を駆け巡る。
一人では到底放てない規模の、連携攻撃魔法。
その威力を前に、周囲の兵士達は思わず息を呑む。
しかし、
「ふふっ。」
ラーシャは心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「皆さん、本当に上達しましたね。」
その表情には焦りはない。
弟子の成長を喜ぶ、優しい笑みだけがあった。
ラーシャはゆっくりと杖を前へ向ける。
「では、お返しです。」
小さな魔法陣が幾重にも重なり合う。
「分解。」
パリンッ!
乾いた音とともに、放たれた連携魔法の外側が崩れ始めた。
「なっ!?」
兵士達が目を見開く。
ラーシャは魔力の流れを正確に見抜き、魔法を真正面から相殺するのではなく、構造そのものを崩していた。
暴走しかけた魔力は四方へ散ろうとする。
だが、
「まだですよ。」
ラーシャが指先を軽く動かす。
「誘導。」
散った魔力が空中で美しい光の帯となり、互いにぶつかることなく空へと吸い込まれていく。
ドォォン……
空高く、小さな光の花が咲いた。
爆風はほとんど地上へ届かない。
兵士達は呆然とその光景を見上げていた。
「連携魔法を……完全に迎撃した……。」
「しかも被害ゼロ……。」
ラーシャは満足そうに頷く。
「威力も制御も素晴らしかったですよ。あと少し魔力の流し方を工夫すれば、もっと完成度は上がります。」
戦闘中だというのに、まるで授業の講評をするかのような口調だった。
「ありがとうございます!」
第三部隊の兵士達は悔しさを滲ませながらも、大きく返事をする。
そのやり取りを少し離れた場所から眺めていたマイトは、両手を頭の後ろで組みながら楽しそうに笑った。
「いやぁ、みんな本当に強くなったねぇ。」
周囲では激戦が続いているというのに、どこか遠足でも眺めているかのようにのんびりとしている。
「ガエンは楽しそうだし、ダグラスも結構乗ってるし、ラーシャなんて先生モードになってるし。」
くすくすと笑いながら呟く。
「うーん……。」
マイトは戦場を見渡し、兵士達の動きを目で追った。
「そろそろ俺も混ざろうかな?」
そう言って一歩だけ前へ踏み出す。
その瞬間、戦場の空気がわずかに張り詰めた。
勇者マイトが、ついに動こうとしていた。




