104.訓練、佳境を迎える
ガエン達による軍事国家バルファードの兵士達の訓練、二週間が経過する頃には見違えるほどの成果が出始めていた。
第一部隊では手加減はしているものの、ガエンの攻撃で吹き飛ばされる事はなくなってきていて、自分の武器の間合いまで詰め寄れる者も出てきていた。
第二部隊ではダグラスの動きについて行ける者も増え、動きの先を読める兵も出てきた。
第三部隊ではラーシャには及ばないが魔力の制御や操作に慣れてきたのか、複数の属性を操る者も出てきた。
第四部隊ではマイトの遊びに着いて行けるようになり、途中でリタイヤする者が減ってきた。
三週間目に突入すると、四人はこれまでとは違う表情で兵士達の前に立っていた。
基礎は終わった。
ここから先は、それぞれが身につけた力を実戦で使えるようにする段階である。
兵士達もその空気を感じ取り、自然と背筋を伸ばしていた。
ガエンは腕を組み、大きく頷く。
「よし。土台はできたな。今日からは本格的に戦える兵士を作る。」
第一部隊の兵士達の表情が引き締まる。
「今までは力と体を鍛えた。これからはその力をどう使うかだ。」
ガエンは巨大な岩を持ち上げると軽々と放り投げた。
兵士達が驚く間もなく、岩は地面へ落ちる。
ドゴォォン!!
「敵は待っちゃくれねぇ。地面は荒れる。視界も悪くなる。足場も崩れる。そんな中でも戦え。」
兵士達は一斉に頷いた。
「今日からは障害物の中での戦闘訓練だ!」
「「「はい!!」」」
一方、第二部隊。
ダグラスは静かに兵士達を見回した。
「目は育ってきた。」
その一言だけで兵士達は少し嬉しそうな顔になる。
しかし次の瞬間。
「だから今日からは二対一、三対一を始める。」
兵士達の笑顔が固まった。
「一人だけ見ていては死ぬ。周囲全てを見る目を作れ。」
ダグラスは木の枝を一本拾う。
「俺一人ではもう相手にならん。今日からは敵が増える。」
兵士達は顔を見合わせながらも武器を構えた。
第三部隊では、ラーシャが優しく微笑んでいた。
「みなさん、魔力を操れるようになってきましたね。」
兵士達は嬉しそうに頷く。
「ですが、本当の魔法は一人では完成しません。」
ラーシャは四つの属性魔法を同時に浮かべた。
炎。水。風。土。
それらが互いに干渉し、一つの巨大な魔法陣を形作る。
「今日からは連携魔法です。」
兵士達が目を丸くする。
「一人で強い魔法を撃つより、仲間と合わせた方が何倍も強くなりますよ。」
「おぉ……。」
「まずは二人一組から始めましょう。」
柔らかな声とは裏腹に、高度な訓練が始まろうとしていた。
そして第四部隊。
マイトは朝から満面の笑みだった。
「みんなー!」
「「はい!」」
「今日からは鬼ごっこだよ!」
兵士達はホッとする。
「鬼ごっこなら……。」
「よかった。」
しかし。
「ただし。」
マイトはニコニコしながら言った。
「鬼は大型魔物って事で。」
「「「はい?」」」
「だから僕が鬼ね!」
その瞬間、兵士達全員が悟った。
逃げ切れる気がしない。
「制限時間は一時間!」
「捕まったらどうなるんですか?」
兵士の一人が恐る恐る尋ねる。
マイトは満面の笑みで答えた。
「崖の上まで抱えて連れて行く!」
「罰じゃないですか!」
「大丈夫大丈夫!」
「何が大丈夫なんですか!」
兵士達の悲鳴をよそに、マイトは元気よく手を振った。
「それじゃあ....スタート!」
次の瞬間には姿が消え、森の奥から楽しそうな笑い声だけが聞こえてくる。
「逃げろぉぉぉ!!」
「また始まったぁぁぁ!!」
三週間目。
基礎訓練を終えた四部隊は、それぞれの教官らしい方法で、いよいよ実戦を見据えた本格的な訓練へと突入していった。
第一部隊。
広い訓練場には木剣や木槍、木盾を手にした兵士達が整列していた。
ガエンは兵士達を見渡すと、大きく頷く。
「よし、今日は部隊を二つに分ける。」
兵士達はすぐに二列へ分かれる。
「片方が攻め、片方が守る。三十分ごとに交代だ。」
「「「はい!!」」」
木剣同士が打ち鳴らされ、訓練が始まる。
ガンッ!
ガガガッ!!
二週間前とは違い、兵士達の踏み込みには迷いが少なかった。
盾役はしっかり腰を落とし、剣士は無駄なく前へ出る。
ガエンは腕を組みながら静かに見ていた。
「……悪くねぇ。」
しかし、それだけでは終わらない。
ガエンは近くに転がっていた人の頭ほどある岩を片手で持ち上げた。
「実戦はこんなに都合よく戦わせちゃくれねぇぞ!」
ブォンッ!!
岩が戦場の中央を横切る。
「岩だ!!」
「伏せろ!」
「盾を上げろ!」
兵士達は叫び合いながら即座に反応する。
岩が地面へ落ちる。
ドゴォォン!!
激しい音と共に土が跳ね上がり、一瞬で視界が悪くなる。
「見えない!」
「声を出せ! 位置を知らせろ!」
砂煙の中でも、兵士達は仲間の声を頼りに隊列を維持していた。
その様子を見たガエンは口元を緩める。
「いい判断だ。」
次の瞬間。
ガエンは地面へ拳を叩き込んだ。
ズガァァァン!!
地面が大きく震える。
兵士達の足元が激しく揺れ、何人かが思わず体勢を崩しかけた。
だが。
「踏ん張れ!」
「腰を落とせ!」
兵士達は反射的に膝を柔らかく曲げ、腹へ力を入れる。
畑作りで何日も重い岩を運び、硬い草や木の幹を排除し、何度も腰を落として畑を耕した経験が自然と体を動かしていた。
揺れに合わせて重心を移し、倒れることなく踏み止まる。
「おぉ!」
「崩れないぞ!」
「前より立っていられる!」
ガエンは満足そうに頷いた。
「それだ。」
兵士達は顔を上げる。
「畑仕事をさせた理由がようやく分かったか。」
「……はい!」
「腕の力だけじゃ戦えねぇ。足で地面を掴み、腰で支え、体幹で全身を一つにする。それが本当の力だ。」
兵士達は力強く頷いた。
するとガエンはニヤリと笑う。
「まだ終わりじゃねぇぞ。」
再び岩を掴む。
「今度は三つだ!」
「えぇぇぇぇっ!?」
ゴォン! ゴォン! ゴォン!
次々と飛んでくる岩。
兵士達は避け、受け、かわしながら戦いを続ける。
さらにガエンは足を踏み込む。
ドゴォォン!!
再び地面が震え、砂埃が渦を巻く。
視界は白く染まり、足場も不安定になる。
それでも兵士達は慌てなかった。
「右から来るぞ!」
「盾、前へ!」
「一歩下がって囲め!」
互いに声を掛け合いながら、砂煙の中でも木剣を交え続ける。
以前なら一瞬で混乱していた状況でも、今は誰一人として立ち止まらない。
体幹で踏み止まり、視界が悪ければ耳を使い、足場が崩れれば重心を調整する。
ガエンは豪快に笑った。
「ハハハ! ようやく兵士らしくなってきたじゃねぇか!」
兵士達も笑みを浮かべながら木剣を構え直す。
障害だらけの戦場でなお戦い続けるその姿には、三週間前にはなかった頼もしさが確かに宿り始めていた。
一方、第二部隊。
兵士達は木剣を構え、円を描くように訓練場へ散っていた。
ダグラスは静かに全員を見回す。
「今日は対複数戦だ。」
兵士達は頷く。
「一人を見続けるな。相手の武器だけを見るな。敵全員の腰、肩、足、そして周囲の空間を見ろ。」
兵士の一人が首を傾げた。
「全員を見るなんて……できますか?」
ダグラスは短く答えた。
「見るな。」
「……え?」
「感じろ。」
そう言うと、自ら木剣を持った。
「三人、前へ。」
呼ばれた兵士達が前へ出る。
「本気で来い。」
「はっ!」
三人が同時に踏み込む。
右から剣。
左から槍。
正面から盾。
だが。
カンッ!
ダグラスは正面の盾を軽く受け流し、その勢いで体を半歩ずらす。
右の剣は空を切り、左の槍は味方の盾へ当たる。
「うわっ!」
三人は思わず体勢を崩した。
ダグラスは木剣を止めたまま言う。
「今、お前達はそれぞれ俺だけを見ていた。」
兵士達は息を整えながら頷く。
「だから仲間の位置を忘れた。」
ダグラスは三人の立ち位置を指差す。
「複数で戦うなら、敵だけではなく味方も見る。味方を動く壁として使え。敵同士を邪魔させろ。」
兵士達は真剣な表情になる。
「もう一度だ。」
今度は四人が同時に飛び込んだ。
ダグラスは木剣をほとんど振らない。
半歩。
一歩。
身体を少し傾けるだけで、兵士達の攻撃は互いに重なり合い、思うように当たらない。
「焦るな。一人に集中するな。視線を止めるな。」
兵士達は必死に目を動かした。
ダグラスはゆっくりと歩きながら続ける。
「一点を見るな。広く見ろ。目の前だけではなく、端で動きを捉えろ。」
その助言を受け、兵士達の視線が少しずつ変わっていく。
剣だけを追う者はいなくなり、肩の動きや足運び、仲間との間合いまで意識するようになっていた。
「いい。」
ダグラスは静かに頷く。
「その感覚を忘れるな。」
それから訓練は続いた。
二対一。
三対一。
守る側と攻める側を三十分ごとに交代しながら、全員が両方の立場を経験していく。
攻める側は連携を考え。
守る側は全体を見渡す。
「右!」
「いや、左が空いた!」
「後ろへ回る!」
「囲め!」
最初は声ばかりが大きく、互いにぶつかり合う場面も多かった。
「しまった!」
「味方に当たった!」
「距離を詰めすぎた!」
そんな失敗が何度も繰り返される。
そのたびにダグラスは短く指摘した。
「周囲を見ろ。」
「足を止めるな。」
「敵は一人ではない。」
「視界を狭くするな。」
兵士達は何度も繰り返し、その言葉を身体へ刻み込んでいく。
しばらくすると、少しずつ変化が現れ始めた。
一人が前へ出れば、もう一人が自然と横へ回る。
攻撃が読まれる前に別の兵が死角へ入り込む。
守る側も無理に一人を追わず、全員の位置を把握しながら最も危険な相手へ素早く対応していく。
木剣の音も次第に変わっていった。
カンッ!
ガンッ!
打ち合いは力任せではなく、必要最小限の動きで受け流し、次の敵へ視線を移す流れが生まれていた。
ダグラスはその様子を静かに眺める。
「……いい動きになってきた。」
兵士達は汗だくになりながらも、最初の頃のような慌てた表情はもうない。
敵が増えても焦らず、味方の位置を把握し、広い視野で戦場全体を見渡す。
三週間前には目の前の相手しか見えていなかった兵士達の視線は、少しずつ本物の戦場を見据える兵士の目へと変わり始めていた。




