88.エピローグ
セルフィたちが最上級不死族――骸象から逃れて不死領域を脱出してから、数日が経っていた。
セルフィたちは今、エルフの里に客人として招かれている。
不死領域内で不死族の間引きをしていたラフィリアたちと事前に合流していたこともあり、エルフ王への説明も滞りなく行われた。
多少の混乱はあったものの、フィリナ族の存在は概ね受け入れられた――が、世界樹の琥珀の件では少し揉めた。
エルフたちにとって世界樹は信仰の対象であり、その琥珀は秘宝と呼ばれている。
いくら仲間の遺灰を届けに来てくれた恩人であれ、世界樹の琥珀を無断で使用したことについてはどうなのかと、数人のエルフが難色を示した。
実際、守護獣を誕生させる上で、必ずしも琥珀を使用する必要はなかった。
そのため、セルフィたちも強く反論することができずにいたのだが。
『フィリナ族の族長からの手紙には、代わりに彼らの秘宝を受け渡すとある。交流が再開した際に、改めてソレイン殿と話す必要はあるだろうが、世界樹の琥珀の対価としては十分だろう』
『し、しかし……』
『何より、息子のルフェイルを始め、無念に散って逝った同胞たちを故郷へ還してくれたことに、私は感謝を伝えたい』
エルフ王のその言葉で、この件は決着した。
アウレインを含め、守護獣も受け入れられたことで、セルフィたちは正式に客人として歓迎された。
その後、セルフィたちは里のエルフたちと交流を重ねた。
ルシウスは学者たちと守護獣について意見を交わし、エルナはエルフの料理に興味を示した。
セルフィはというと、ラフィリアの勧めで弓の腕前を披露することになっっていた。
単純な的当てだけではなく、四方八方から投げられる的を射抜いたり、アウレインに騎乗して里の周辺で狩りをしたりして過ごしていた。
途中からはエルフたちも弓を持ち出して競争を始め、いつしか軽い祭りのような騒ぎになっていた。
セルフィはすべての種目で優勝し、里のエルフたちを驚かせたが、なぜかラフィリアだけは、なにか納得したように頷いていた。
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そうして、エルフの里で交流を深めていたセルフィたちだったが、この日は三人で世界樹の前に立っていた。
セルフィたち以外にも多くのエルフが集まっており、彼らは一様に真剣な表情で世界樹に祈りを捧げている。
この日は、セルフィたちが連れ帰ったエルフたちの遺灰を、世界樹へ還す儀式が行われていた。
「八十年前、我らは多くの同胞を失った。フィリナ族が悲劇と混乱に見舞われ、彼らのために戦った同胞は、力及ばず、凶刃に倒れてしまった」
「私の息子ルフェイルを始めとして、我らはそんな同胞たちを供養することもできずにいた。そのことに心を痛めていた者は多かろう」
「だが、違った」
「フィリナ族は生き残り、彼らは自らの命も顧みずに戦い続け、ついには旧フィリナ領に発生した不死領域を攻略した。そして、我らの同胞たちを弔い、その遺灰をこうして我らの元へ送り届けてくれたのだ」
「今日、こうして同胞たちの魂を世界樹に還すことができることに、心より感謝申し上げたい」
エルフ王の言葉に、集まったエルフたちが嗚咽を漏らす。
それだけ彼らにとって、同胞を弔うことができなかったことが、大きな傷となっていたのだろう。
そして、それはセルフィたちも同じだった。
セルフィたちもまた、かつて自分たちを救ってくれた恩人たちを故郷へ送り届けることができたことに、深い安堵を覚えていた。
そしてエルフ王は、遺灰の収められた小さな袋の口を開ける。
風に舞うように遺灰が空へ舞い上がり、世界樹の方へと流れていった。
「……アウレイン?」
すると、それまで大人しくしていたアウレインが、世界樹の方へと歩み始めた。
セルフィは突然のアウレインの行動に驚き、止めるべきかと迷った。
だが、心視石を通して伝わってくるアウレインの想いを感じ取り、その場に足を止めて見守ることにした。
アウレインは一歩、また一歩と世界樹へ近づいていく。
そして世界樹の下へ辿り着くと、目を伏せ、祈るように頭を下げた。
変化はすぐに起きた。
アウレインの身体から小さな光の粒子が立ち上がり始め、それはゆっくりと周囲へ広がっていく。
そして、アウレインの聖気に呼応するように、世界樹からも光の粒子が舞い始めた。
世界樹そのものから溢れ出すように、聖気が周囲へと広がっていく。
「これは……」
「……凄い」
「とても綺麗……」
世界樹を中心に広がった聖気が、宙を舞うエルフたちの遺灰を包み込む。
淡い光に包まれた遺灰は、まるで世界樹へと導かれるように、ゆっくりとその光の中へ溶けていった。
まるで世界樹が彼らの魂を受け入れ、優しく迎え入れているかのような光景を前に、その場にいたエルフたちは思わず膝をつき、涙を浮かべた。
セルフィは、目の前の神秘的な光景を見ながら、自身の心情と向き合っていた。
数ヶ月前、旧フィリナ領の不死領域を攻略して故郷を取り戻した時。彼は、死に物狂いで走り続けた八十年が報われたことに涙した。
だが、今回は不思議と涙が出なかった。
ただ恩人たちを故郷へ送り届けることができたことを、誇りとして胸に抱いていた。
~第一部 完~




