87.ラフィリア=ユグドラシル
<ラフィリア視点>
不死族が発生し続ける不死領域。そこから不死族が領域外へと溢れ出さないよう、定期的に行われる間引き。今回は王族である私自身が参加することもあり、通常よりも多くの戦力が集められていた。
結果的に、それは大正解だった。
まさか、八十年前に全滅したと思われていたフィリナ族と再会することになるなんて。
このときの私は、想像もしていなかった。
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不死領域内の間引きでは、とにかく不死族の数を減らすことが重要になってくる。
エルフの里のすぐ近くに発生した不死領域は大規模で、そこに存在する不死族の数も膨大だ。
だからこそ私たちは、まず浅層の下級不死族を手当たり次第に討伐し、その後、中層へと向かって中級不死族も同じように討伐していった。
そして、できるだけ中心地を避けながら上級不死族を何体か間引こうと話し合っていたときに、それが聞こえた。
――……オォォォォン!!!!!
「――っ! 姫様ッ」
「ええ、戦闘音ね」
突如として響き渡った、大質量の何かが爆発したような轟音。
私たちは長い耳へと意識を集中させ、その音が不死領域の奥――上級以上の不死族たちが生息する危険地帯から聞こえてきたことを突き止めた。
「まさか……骸象でしょうか?」
「いえ、中心地からは離れている。恐らく、上級不死族が何かと戦っているんだと思うわ」
「……我々以外に、上級不死族と戦う者が?」
そう、エレンが零した通り、不死領域で上級不死族と戦う存在など、そうはいない。
不死族は生者を殺すことを絶対の目的としている以上、仲間同士で殺し合うことなどない。
そのうえ、瘴気が満ちる不死領域に魔物が迷い込むこともない。
そう考えれば、上級不死族と戦っている可能性のある存在は、一気に絞られる。
「竜、でしょうか。この不死領域に気づいて、焼き払いに来た?」
「……その可能性も低くないでしょうね」
竜にとって、不死族は不倶戴天の存在だ。
この大森林の近くには竜は生息していないが、何かの拍子にこの森へ近づき、不死領域に気づけば、即座に焼き払いに動いても不思議ではない。
「よし、確認するわよ」
「ほ、本気ですかッ? 本当に竜だったら、我々も巻き込まれますよッ!」
「だからこそよ。本当に戦っている相手が竜だった場合、竜と骸象――最上級の存在同士による戦闘が勃発することになる。そうなれば、戦闘の余波だけでも里が危険に晒されるわ。竜が現れたという事実の確認は必須よ」
「……ッ」
私の言葉に、その場にいた全員が頷いた。
それを確認すると、私たちは戦闘音が聞こえた方へ向かって移動を開始した。
だが、私たちが見つけたのは竜では無かった。
子供のような体躯に額に宝石を宿した世界で最も清廉な一族。我々がかつて失った隣人――フィリナ族だった。
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フィリナ族の生き残りがいた。
その事実に、私は開いた口が塞がらなかった。
だが、そこから先は怒涛の展開の連続で、正直なところ驚いている暇などなかった。
フィリナ族との再会。
上級不死族との戦闘。
骸象に呑み込まれた少年の救出。
次から次へと予想外の出来事が起こり、本当に息つく暇もなかった。
今はようやく不死族たちを振り切り、野営をしている。
世界樹の枝を野営地の中心に突き立て、魔法で活性化させることで、簡易的ながら瘴気の存在しない空間を生み出せる。
最低限の見張りだけを残し、全員が休んでいる。
そんな中、私の頭に浮かぶのは、フィリナ族のことばかりだった。
先ほどまで、簡単にではあるが彼らの話を聞いていた。
彼らの目的が、まさか兄上を始めとする八十年前に亡くなったエルフたちの遺灰を里に還すためだと知って驚いたが――同時に、フィリナ族らしいとも感じた。
八十年前の襲撃事件。
兄上の死。
彼らを守り続けている結界。
大森林という過酷な環境での生存。
浄化草の人工栽培の成功。
彼らの話は、あまりにも壮絶なものだった。
当時、護衛役を担っていたエルフ族としては、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
それでも、そんな過酷な状況に置かれながら、決して諦めることなく前に進み続けた彼らに、私は敬意を抱かずにはいられなかった。
さらに驚かされたのが、守護獣と呼ばれる存在だ。
正直、このことに関しては未だに頭の中で整理できていない。
魔物が、額に彼らと同じように心視石を宿している、だけではない。
完璧な意思疎通のもとでフィリナ族と共に生き、さらには彼らの魔法まで行使してみせるなど、もはや常識では到底考えられない存在だった。
相手がフィリナ族でなければ、実際に目の前で見たとしても信じられなかったと思う。
「ふぅ……」
そこまで考えたところで、一息ついた。
天幕から外に出て、手頃な岩に腰掛ける。見上げても、濃い瘴気が空を塞いでいるため、星は見えなかった。
ただ、どこまでも続く暗闇だけが、視界の先に広がっていた。
「ん……?」
ふと視線を正面に戻すと、淡い光を放つ世界樹の枝。その傍らに、一体の魔物が静かに座り込んでいるのが見えた。
真っ白な体毛に、大樹の枝を思わせる立派な角。そして、魔物とは思えないほど理性的な瞳。それは、フィリナ族の少年セルフィの守護獣――アウレインだった。
アウレインは私の存在に気づくと、ゆっくりと立ち上がり、静かにこちらへ近づいてくる。
そっと寄せてきた顔を優しく撫でると、アウレインは気持ちよさそうに目を細めた。
その様子に、思わず頬が緩む。
そんな彼の額には、フィリナ族と同じように宝石が宿っている。
だが、その神秘的な輝きには、とても見覚えがあった。
「世界樹の琥珀から誕生した守護獣、か」
世界樹の琥珀は、エルフの秘宝だ。
世界で唯一、聖気を操ることのできる代物。
だが、今、それは覆されている。
目の前にいるアウレインと、その主人であるフィリナ族の少年は、聖気を操り、さらには、かつて兄上しか行使できなかった光魔法まで扱うことができる存在なのだ。
だが、アウレインの主人であるフィリナ族――セルフィについて、実は私は八十年以上前から知っていた。
「兄上の弓の弟子で、よく話していた友人が、まさか彼のことだったなんて……」
兄上が生前、よく楽しそうに話していたフィリナ族の少年。
その少年が今や、世界樹の琥珀から誕生した守護獣を相棒にし、光魔法を操っている。
その不思議な縁に、どうにも運命的なものを感じずにはいられなかった。




