85.最上級②
「土球」
「炎球」
ラフィリアの両手に魔力が収束する。
右手には大地から削り出したような岩の塊が、左手には赤々と燃え盛る炎の塊が構築される。
基本的に、魔法の属性は一人につきひとつだけである。
これはどの種族でも同じだ。稀に複数の属性を扱える者も存在するが、ほとんどは生まれつきひとつの属性しか扱えず、成長とともにその属性の魔法を習得していく。
だが、エルフ族は違う。
エルフという種族は、全員が生まれながらにして全属性を扱うことができる。さらに魔力の扱いにも長けており、その精度は他種族と比べて圧倒的だった。
「融合・灼岩球」
ラフィリアの両手に構築された二種類の魔法が、ゆっくりと重なり合う。
以前、ルシウスとヴァルガが行った、風球と炎球を同時に着弾させることで威力を高めた“工夫”とは違う。
二つの属性をただ同時に扱うのではない。
土と炎。
全く異なる二つの属性が混ざり合い、互いの性質を取り込みながら、まったく新しい属性へと変質していく。
岩の表面が瞬く間に赤く染まる。
次の瞬間、岩を覆っていた炎がその内部へと吸い込まれ、代わりに岩そのものが赤熱し始めた。
周囲の空気が熱せられ、陽炎のように揺らめく。
ラフィリアの両手には、灼熱を帯びた巨大な岩塊が新たに構築されていた。
「食らいなさい」
ラフィリアの言葉とともに放たれた小さな隕石は、凄まじい勢いで前方にいた死殻の一体へと向かう。赤熱した岩塊が空気を切り裂き、周囲へ熱と衝撃波を撒き散らしながら、死殻へと迫る。
「ギィィィ――ッッッ!!!」
死殻は反射的に二本の脚を交差させ、灼岩球を受け止めようとした。
だが――
――ドォォォォォォォンッッッッ!!!!!
凄まじい衝撃とともに、灼岩球が死殻へと激突する。
物理的な質量と灼熱による圧倒的な破壊力を前に、盾とした二本の脚はあっけなく引き千切られた。
勢いは止まらない。
そのまま隕石が身体へと食い込み、外殻を砕きながら、死殻の身体を大きく削り取っていく。だが――
「ギィィィッッ!!」
「……くっ」
死殻は、自身の身体が大きく損傷したことなど一切気に留めていなかった。
口元から伸びる触手へと瘴気を収束させる。
次の瞬間、触手の先端から大量の瘴気弾が放たれ、雨のようにラフィリアへと襲いかかった。
予想外の速さで放たれた反撃に、ラフィリアは咄嗟に結界を張る。
直後、無数の瘴気弾が結界へと次々に叩きつけられた。
「しぶといっ。さすがに上級不死族なだけあるわね!」
結界越しに死殻を睨みつけながら、ラフィリアは悔しさをにじませる。
そして、もう一体の死殻へと視線を向けた。
そちらでは、エルフの戦士たちにルシウスやエルナが協力して対処している。
エルフたちは巧みに連携しながら死殻を追い詰めており、傍目から見てもかなり優勢なのが分かった。
「(あっちは大丈夫そうね。でも、骸象が追いつく前に手早く済ませなければ……)」
背後から今もこちらへ向かってきている骸象を意識しながら、ラフィリアは思考を巡らせる。
そのときだった。
ふと、彼女の身体に影が差した。
「ギィィィ――ッッ!!」
「姫様っ!」
視ると、死殻は瘴気弾による攻撃から直接攻撃へと切り替えたのか、先ほど千切れた脚を振り上げ、ラフィリアへと叩きつけようとしていた。
だが、脚が振り下ろされる直前、ラフィリアの前にエレンが割って入る。
その手には剣が握られていた。刀身を覆うように、真っ赤な炎が燃え盛っている。
「爆炎剣!」
――ガギィィィィンッッッ!!!!
振り下ろされた死殻の脚と、エレンの炎を纏った剣が激しくぶつかり合う。
甲高い金属音が響いた直後、剣から炎が一気に死殻の脚へと走ると、弾けるような轟音とともに、炎が炸裂する。
「ギィィィ――ッッッ!!!」
爆炎が脚の内部へと侵入し、その内側から破壊していく。
支えを失った死殻は大きくのけぞった。
「貫光球!」
その隙を逃さず、一条の光線が死殻の頭部を貫く。
ラフィリアたちへの攻撃に意識を集中していた死殻は、反応することすらできなかった。
光線が頭部を撃ち抜き、そのまま頭蓋を吹き飛ばす。
断末魔を上げる暇さえなく、死殻はその場に崩れ落ちた。
「――っ! 本当に上級不死族を……」
エレンが驚いたようにセルフィを見る。
ラフィリアも礼を言おうと、セルフィの方へ視線を向けた――その瞬間。
「セルフィッ! そっちの下から……ッ!!」
エルナが突然、セルフィたちに向かって叫んだ。
彼女の研ぎ澄まされた感覚が、心視石を通してその脅威を察知していた――だが、その言葉を言い終えるよりも早く、ラフィリアたちの足元の地面が大きくひび割れていく。
亀裂が瞬く間に広がり、土塊が弾け飛ぶ。
そして――
「ギィィィィ――ッッ!!!」
地面を割って現れたのは、頭部の半分以上を失った死殻だった。
最初に襲い掛かり、ラフィリアの魔法によって反撃され、その後、地割れによって生じた裂け目の底へと叩き落とされた個体だった。
「なっ……!!」
「姫様ッ!!」
突然、地中から姿を現した死殻に、ラフィリアたちは完全に虚を突かれた。
だが、それでもラフィリアは咄嗟に魔法を発動する。
「風球ッ!」
目前まで迫っていた死殻の頭部へ向けて、叩きつけるような暴風が放たれる。
至近距離から直撃を受けた死殻は、その巨体を大きく揺らし、たまらず体勢を崩して地面へと倒れ込んだ。
だが、咄嗟のことで制御が上手くいかなかった魔法は、敵だけを巻き込むには強すぎた。
「くっ!?」
「きゃあっ!?」
暴風の余波がラフィリア自身とエレンにも襲いかかる。
二人は踏ん張ることもできず、そのまま身体を宙へと持ち上げられ、それぞれ吹き飛ばされた。
「――ッ!!」
空中で体勢を立て直そうとするラフィリアだったが、自身が想定以上に危険な状況に置かれていることに気づく。
そう――彼女が吹き飛ばされた先は、よりにもよって後方から迫ってきていた最上級不死族、骸象の目の前だった。
「しまっ……!!」
「ブォォォォ――ッッ!!」
状況に気づいたラフィリアが体勢を整えるよりも早く、骸象が彼女へ向けて大きく口を開いた。
巨大な口腔が眼前に迫る。
そのまま食らわれようとした、その時――
――ダンッッ!!!
アウレインが地面を猛スピードで駆け抜ける。
そして骸象の目の前まで迫ると、地面を踏み砕くほどの勢いで強く蹴り、その身を跳躍させた。
「――っ、ラフィリア様ッ!!」
「――っ!」
騎乗していたセルフィが、空中のラフィリアへ向けて手を伸ばす。
セルフィの姿に気づいたラフィリアも、必死に手を伸ばす――が。
「くっ……!」
ほんのわずかにタイミングが遅れ、二人の指先が掠れる。
そのままラフィリアは、骸象の大きく開いた口へと落ちていく。
その姿を見た瞬間、セルフィの脳裏に、かつての光景が蘇った。
自分たちを救うために命を落とした、彼女の兄――ルフェイル。
あのとき見た、友人の死に顔。
もう二度と、大切な誰かを失いたくない。
――トンッ。
逡巡は一瞬だった。
セルフィはアウレインの背中を蹴る。
その勢いで身を乗り出し、落下するラフィリアの腕を掴む。
「ラフィリア様ッ!」
そして、そのまま力の限りラフィリアをアウレインへ向かって投げ飛ばした。
「なっ……!」
突然のことに、ラフィリアが驚きの声を上げる。
だが、その身体はセルフィの力によってアウレインのもとへと飛ばされていく。
代わりに、反動によって二人の位置が入れ替わった。
「セルフィ……!」
ラフィリアが伸ばした手は、もう届かない。
その直後――
――バクンッ!!!!!
骸象の巨大な口が閉じた。
セルフィの姿が、その口の中へと完全に消える。
「セルフィーーーッッ!!!!」
骸象の口の中へと消えたセルフィを見て、エルナの叫び声が辺り一帯に響き渡った。




