84.最上級①
「ギィィィ――ッッ!!」
「ギィ……ギッッ!!」
「……ギィィィッ!」
最上級不死族――骸象の眼前で、三体の死殻が苦悶の声を上げていた。
全身は焼け焦げ、黒く炭化した肉からは煙が立ち上っている。
先ほどエルフの戦士たちが放った火球は確かな傷を与えていた。しかし、それでも死殻たちは倒れていない。焼かれながらもなお立ち上がり、その生命力ならぬ執念を見せつけていた。
一方で、その背後に立つ骸象には目立った損傷すら見当たらない。
爆炎の直撃を受けたにもかかわらず、漆黒の巨体はほぼ無傷だった。
骸象は動かない。
ただ静かに、巨大な壁の向こうへ意識を向けていた。
土と岩で築かれた防壁のさらに先。
そこで獲物たちが逃れていく気配を、骸象は確かに捉えていた。
やがて、骸象がゆっくりと身を起こす。
地響きとともに巨体が持ち上がり、続いて両前足が大きく宙へ掲げられた。
四十メートル近い体躯を持つ骸象が前足を持ち上げるだけで、その姿は防壁の高さを容易く追い越す。
逃走していたセルフィたちの視界にも、壁の向こうから現れた巨大な影がはっきりと映り込んでいた。
「――ッ!」
「まずい、全員衝撃に備えなさいッ!」
ラフィリアが鋭く叫ぶ。
骸象の動きを見た瞬間、その一撃が何をもたらすのかを察したのだ。
だが、警告が終わるよりも早く――
――ドォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!
骸象が振り上げていた両前足を、全力で大地へ叩きつけた。
その瞬間、大地そのものが悲鳴を上げた。
凄まじい衝撃が地面を駆け抜け、目に見えない破壊の波となって周囲へ広がっていく。
エルフたちが築いた巨大な岩壁は一瞬で砕け散った。
分厚い防壁は紙細工のように粉砕され、無数の岩片となって宙を舞う。
さらに衝撃は止まらない。
大地が激しく隆起し、陥没し、跳ね上げられる。
ビキビキッ――と不気味な破砕音が連続して響くと、地面に巨大な亀裂が走る。
それはまるで生き物のような速度で広がり、逃走するセルフィたちの足元へ迫っていく。
「なっ――!?」
次の瞬間、セルフィたちのいる場所まで地割れが到達した。
轟音とともに地面が割れ、大きく口を開ける。
崩れ落ちる土砂と砕けた岩石が奈落のような裂け目へ飲み込まれ、その破壊はなおも広がり続けていた。
「(鋼牙猪が似たような攻撃をしていたけど……威力も範囲も桁が違うッ!!)」
地割れへ飲み込まれながら、セルフィはかつて戦った鋼牙猪を思い出していた。
あの魔物もまた、大地を砕く力を持っていた。
だが、目の前で起きている破壊は比較にならない。
鋼牙猪の攻撃が強力な一撃だとするなら、骸象のそれは災害そのものだった。
大地を抉り、引き裂き、その余波だけで広範囲を崩壊させる。
最上級不死族の力は、セルフィの想像を遥かに超えていた。
「クルゥッ!!」
落下の最中、アウレインが鋭く鳴く。
そのまま裂け目の側面へ飛び移ると、蹄を岩肌へ叩き込んだ。
鹿特有の強靭な脚力と卓越した跳躍力を活かし、わずかな突起へ蹄を掛ける。
そして次の瞬間、側面を蹴り上げた。
岩壁を足場にしながら連続で跳躍し、一気に上方へ駆け上がる。
そして、アウレインの身体が地上へ躍り出る。
地割れを脱したセルフィたちに続き、エルナやエルフの戦士たちも次々と裂け目から脱出していった。
「――ッ、無事でしたか!」
「――ラフィリア様ッ!」
ラフィリアとエレンが地割れを飛び越え、セルフィたちの傍へと着地する。
着地と同時に周囲を素早く見回し、セルフィたちに負傷がないことを確認した。
だが、安堵する暇はなかった。
「ギィィィィ――ッッ!!!」
「――ッ!!」
耳をつんざくような咆哮が響き渡る。
セルフィたちから少し離れた場所。
崩壊した地面の裂け目の向こう側から、一体の死殻が姿を現した。
どうやら骸象が引き起こした地割れに巻き込まれていたらしい。
黒く焼け焦げた巨体が岩壁へ爪を食い込ませ、大地を掴むようにして這い上がってくる。
そして、死殻の口元から伸びる触手の内部では、既に莫大な瘴気が収束されていた。
死殻は這い上がると同時に照準を定めると――次の瞬間、セルフィたちへ向けて瘴気の咆哮を解き放った。
「貫炎球!」
だが、その瞬間だった。
セルフィのすぐ隣から、巨大な炎の柱が一直線に撃ち放たれる。
ラフィリアが一瞬で魔法を構築し、発動まで完了させていたのだ。
死殻に向けてかざした掌から放たれた灼熱の炎柱は、大気を歪ませながら突き進み、迫り来る瘴気の咆哮へ正面から激突した。
――バチチチチッッッ!!!
濃密な瘴気の濁流と灼熱の炎が空中で衝突する。
瘴気が炎を侵食しようと蠢き、炎が瘴気を焼き尽くそうと唸りを上げる。
両者は激しくせめぎ合った。
だが、均衡は一瞬しか続かなかった。
炎の柱が瘴気の濁流を押し返す。
そのまま勢いを失うことなく突き進み、死殻へ直撃した。
「ギィ……ッ」
轟音とともに死殻の頭部が弾け飛ぶ。
骨と肉片が散り、頭部の半分以上が消し飛ばされた。
そして――
「風球!」
「光球!」
――その隙を逃さず、エレンとセルフィが追撃を放った。
暴風の塊と光弾がほぼ同時に死殻へ放たれる。
頭部を吹き飛ばされ、態勢を崩した死殻に回避する余地はなかった。
まず光球が炸裂した。
死殻がしがみついていた地面に命中し、その身体を支えていた足場が消し飛んだ。
続いて暴風が叩きつけられる。
死殻の巨体は抗うこともできず宙へ浮き上がり、そのまま吹き飛ばされた。
「ギィィィィ――ッ!?」
断末魔を響かせながら、死殻の身体が地割れの奥底へ落下していく。
やがて、その姿は暗闇の中へ飲み込まれ、見えなくなった。
「――ッ、兄上と同じ光魔法を……ッ!」
上級不死族の放った瘴気の咆哮を正面から打ち破ったラフィリアだったが、その視線は倒れゆく死殻ではなくセルフィへ向けられていた。
しかし――
「セルフィッ!! 奴が動くぞッ!!」
飛行していたため地割れの影響を受けなかったルシウスが叫ぶ。
その声に反応し、セルフィたちは一斉に骸象へ視線を向ける。
「なっ……!」
すると、そこには二本の長い鼻を器用に動かす骸象がいた。
その先には、地割れへ落下しながらも生き残っていた二体の死殻。
骸象は鼻を巻き付けるようにして二体を掴むと、まるで投石でも行うかのように大きく振りかぶり――勢いよく放り投げた。
「「ギィィィ――ッッ!?」」
二体の死殻が宙を舞った。
巨体とは思えない速度で空を飛び、放物線を描きながらセルフィたちの頭上を越えていく。
その異様な光景に誰もが目を見開く。
――ドォォンッ!!
――ドゴォォンッ!!
二体の死殻が地面へ激突した。
大地が大きく揺れ、土煙が舞い上がる。
しかも落下地点は偶然ではない。
セルフィたちが逃れようとしていた進路の先に、まるで退路を断つために計算したかのような位置だった。
「そう簡単には逃がしてはくれないわね……」
ラフィリアが低く呟く。
土煙の中から、二つの巨影がゆっくりと立ち上がった。
行く手を塞ぐように立ちはだかる二体の死殻。
後方では、骸象が巨体を揺らしながら迫ってきている。
撤退戦は、まだ始まったばかりだった。




