↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
エルフ領到達編
92/100

82.絶望

 セルフィたちの前に姿を現した最上級不死族。


 上級不死族である死殻が虫を彷彿とさせる異形の姿をしていたのに対し、それは巨大な象を思わせる姿をしている。


 全高は四十メートル近くに達し、その巨体を支える四本の脚は太い柱のように大地へ根を張っていた。口元からは四本の巨大な牙が突き出し、さらに二本の長い鼻が垂れ下がっている。


 体表は不死族らしく漆黒に染まり、全身から濃密な瘴気が絶え間なく立ち昇っている。揺らめく瘴気は周囲の景色を歪ませ、まるで存在そのものが世界から拒絶されているかのようだ。


 なかでも特徴的だったのは頭部である。頭全体を覆う骨の仮面――あるいは兜のような外殻が存在し、その奥に隠された素顔をうかがうことはできない。白く鈍い光沢を放つ骨と漆黒の肉体との対比が、不気味さをいっそう際立たせていた。


 そして何より恐ろしいのは、その存在感だった。


 ただそこに立っているだけで周囲の空気は重く沈み込み、大地さえ圧迫されているように感じられる。一目見ただけで“死”を連想させるその姿は、最上級不死族と呼ばれるに相応しい威容を備えていた。




 一方――突如として姿を現した最上級不死族を前に、セルフィたちは身動きひとつできずにいた。


 これまで幾度となく不死族と戦い、上級不死族である死殻さえ打ち倒してきた。しかし、目の前にいる存在はそれらとは次元が違う。比較すること自体が無意味と思えるほどの圧倒的な格の差を、その姿から否応なく感じ取っていた。


『――――ッッ』


 重苦しい空気が周囲を支配する。

 何をきっかけに相手が動き出すのか分からない。そして動いた瞬間、自分たちは抵抗する暇もなく殺されるのではないか――そんな予感にも似た緊張感が、その場にいる全員を縛りつけていた。


 最上級不死族は、ただ黙ってセルフィたちを見つめている。

 巨大な骨の仮面の奥から注がれる視線は感情を感じさせず、それでいて獲物を観察する捕食者のような冷たさを帯びていた。


 その間、周囲を取り囲む死殻たちも動かない。まるで命令を待つ兵士のように整然とその場に留まり、主の一挙手一投足を見守っていた。


 張り詰めた沈黙が続く。

 風が吹き抜けても、誰ひとり声を発することはない。


 ――その沈黙を破ったのは最上級不死族だった。


 セルフィたちへ向けていた視線をゆっくりと外し、周囲に控える死殻たちへと向ける。そして短く喉を震わせるような声を発した。


「ブォォ……」


 低く重い咆哮にも似た声が響く。

 その瞬間、死殻たちが一斉に反応した。


 口元から伸びる触手が蠢き、無数の蛇のように空中でうねる。やがて触手は一斉に前方へ向けて伸び、その先端へ濃密な瘴気が収束し始める。


 黒紫色の光が次々と灯り、周囲の空気が不気味に震える。

 次の瞬間――


 死殻たちは完成した瘴気の塊を解き放った。

 無数の瘴気弾が雨のように空を埋め尽くし、セルフィたちへ向かって一斉に襲いかかった。


「避けろッ!!」

「「――ッ!!」」


 セルフィがとっさに叫ぶと同時に弓を引き絞る。

 放たれた矢は一直線に飛翔し、着弾と同時に眩い光を炸裂させた。閃光が周囲を照らし出し、迫り来る瘴気弾のいくつかを空中で相殺する。


 その光景によって、最上級不死族の威圧に呑まれていたエルナとルシウスも我に返った。


 エルナは双剣を振るいながら迫る瘴気弾を切り裂き、爆ぜる瘴気の隙間を縫うように身を翻した。ルシウスも風魔法を放ち、飛来する瘴気弾の軌道を逸らしながら後方へ跳躍する。


 それに続くように守護獣たちも行動を開始した。


 ヴァルガが炎を放ち、ヴォルグが水流をぶつけて瘴気を削る。アウレインは主人たちの前へ躍り出て結界を展開し、突破した瘴気弾を受け止めた。アルファは鋭い風を巻き起こし、次々と飛来する攻撃を迎撃していく。


 光、双剣、風、炎、水、そして結界。

 それぞれが心視石によって繋がり、一つの意思を共有しているかのような連携を見せる。


 誰かが防げなかった攻撃を別の誰かが補い、回避によって生じた死角を仲間が埋める。その動きに無駄はなく、まるで長年訓練を積み重ねた一つの部隊のようだった。


 無数の瘴気弾が視界を埋め尽くしながら高速で降り注ぐ。

 それでもセルフィたちは乱れることなく、飛来する瘴気弾を的確に迎撃し、弾き、回避し続けた。



 だが、死殻たちが放つ無数の瘴気弾は、セルフィたちの想像を上回る猛攻だった。

 一体だけでも対処は容易ではない。高速で飛来する瘴気弾は数が多く、回避にも迎撃にも絶えず神経を使わされる。


 それが三体分ともなれば話は別だった。

 途切れることなく降り注ぐ瘴気弾に対し、セルフィたちは連携によって辛うじて対応していたものの、その均衡は少しずつ崩れ始めていた。


「ぐ……ッ!」


 迎撃しきれなかった瘴気弾が身体を掠める。


 肩を裂き、腕を打ち、脚を削る。

 致命傷には至らない。しかし、小さな傷は確実に蓄積していく。

 傷が増えるたびに動きはわずかに鈍り、その僅かな遅れがさらなる被弾を招く。


 戦況は確実に悪化していく。

 セルフィたちはじわじわと追い詰められていくのを実感していた。


 しかし、迫り来る瘴気弾への対処だけで手一杯だった。

 視界に映る無数の光点を捉え、迎撃し、回避し、防御する。

 次々と飛来する攻撃に意識を集中し続けなければならず、周囲の状況を確認する余裕などない。


 誰もが押し込まれていた。

 それでも歯を食いしばり、迫る死の弾幕へ抗い続ける。


 だが、その時だった。


「えっ……ッ!?」


 張り詰めた戦場に、驚愕の声が響く。

 それまで絶え間なく降り注いでいた瘴気弾の弾幕が、突如として止んだのだった。


 あまりにも突然のことで、セルフィたちは何が起きたのか理解できず、一瞬だけ動きを止める。


 だが、その疑問が解消されるまでに時間はかからなかった。


「「「ギィィィィ――ッッ」」」


 死殻たちが不気味な鳴き声を上げる。

 先ほどまで瘴気弾を放っていた口元の触手が激しく蠢き、包み込むように内部へ膨大な瘴気が集まり始めていた。収束する瘴気は黒紫色の渦となってうねり、周囲の空気を震わせる。


 瘴気の咆哮。

 死殻たちが持つ最大級の攻撃が放たれようとしていた。


「くっ……今のうちにどうにかここを離れるぞ!!」

「どうにかって……どうやってさッ!」


 ルシウスが叫び、エルナも声を荒らげる。

 二人は迫る脅威を前に、この場を脱する方法を必死に探っていた。


 しかし、その最中――セルフィの視線は最上級不死族へ引き寄せられていた。


「――ッ」


 最上級不死族は変わらずそこにいる。

 巨大な身体を微動だにさせることなく、骨の仮面に覆われた頭部をこちらへ向け、ただ黙ってセルフィたちを見つめ続けていた。


 命令を下した張本人でありながら、自らは一切手を出そうとしない。

 まるで戦いの行方を観察しているかのようなその姿は、この場にいる誰よりも異質だった。


 周囲では死殻たちが瘴気を収束させ続けている。

 にもかかわらず、最上級不死族だけは、ただ見ているだけで、その静けさが、かえって不気味さを際立たせていた。


 そして――その時が来る。


「「「ギィィィィィ――――ッッッ!!!!」」」


 死殻たちの瘴気収束が完了した。


 次の瞬間、三体の死殻から同時に瘴気の咆哮が解き放たれる。

 三つの濁流は空中で重なり合い、さらに巨大な奔流となって前方へと突き進んだ。


 濃密な瘴気の奔流は大地を削り、大岩を砕き、進路上に存在するものすべてを呑み込みながら荒れ狂う。

 轟音とともに放たれた破壊の濁流が、セルフィたちへ向かって迫る――その直前だった。


「え――?」


 セルフィの額にある心視石が反応する。

 迫り来る死を前にしてなお、その感覚だけは鮮明に伝わってくる。


 この場にいる誰とも異なる。

 だが、決して間違えるはずのない反応。

 セルフィの意識が一瞬だけそちらへ引き寄せられた、その時――


 ――ドォォォォォォォンッッッッ!!!!


 凄まじい轟音が大気を震わせる。

 三重に重なった瘴気の濁流が一気に押し寄せ、濃密な瘴気がセルフィたちを容赦なく飲み込んだ。




 やがて瘴気の咆哮が収まる。

 荒れ狂っていた濁流が消え去った後には、破壊された大地と立ち込める煙だけが残されていた。


 地面は抉れ、砕けた岩石が辺りに散乱している。濃密な瘴気によって焼かれた空気は淀み、視界は灰色の煙に覆われていた。


 本来ならば、生き残れるはずがない。

 あの攻撃を真正面から受ければ、生命の痕跡など何ひとつ残らず消え去っていてもおかしくなかった。


 ――そのはずだった。


 だが、煙がゆっくりと晴れていくにつれ、その奥に人影が浮かび上がる。


 その人物はセルフィたちの前に立ち、片手をかざしている。

 そこから展開された半透明の結界が壁のように広がり、三体の死殻が放った瘴気の咆哮を受け止めていた。


 結界の表面には無数の亀裂にも似た光の筋が走っているが、それでもなお崩れることなく役目を果たし続けている。


 セルフィは息を呑んだ。

 その背中に、強い既視感を覚えたからだ。


 長い耳が覗き、翠色の髪が揺れる。

 その特徴を目にした瞬間、記憶の中にある姿と重なった。


「ルフェイル、様……?」


 かすれた声が漏れる。

 その名を口にした直後、煙がさらに晴れ、その人物の姿が鮮明になっていく。


 こうして――

 およそ八十年の時を経て、エルフ族とフィリナ族の縁は再び結ばれることとなる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。