81.一難去って
吹き飛ばされた死殻の頭部が轟音とともに地面へ落下する。
その様子を横目に見ながら、ルシウスとアルファはゆっくりと地上へ降り立った。
「ルシウス!」
すると、離れた場所にいたセルフィとエルナが駆け寄ってきた。
「姿が見えなくて心配したよ、ルシウス。怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ。前回は初見だったからまともに食らったが、今回は予備動作を見て距離を取っていたからな。受けたのは余波だけだ」
心配しているセルフィを安心させるように、ルシウスは腕を軽く持ち上げてみせる。
「軽傷で済んだし、ポーションで治療も終わっている」
その言葉どおり、ルシウスの身体に目立った傷は見当たらなかったことで、セルフィは安堵の息をついた。
「むしろ、俺よりもお前たちの方が怪我をしているだろう。遠くからでも瘴気の咆哮は見えていたが……よく無事だったものだ」
「あはは……セルフィのお陰でなんとかね」
エルナは苦笑しながら答える。
ともあれ、全員の無事を確認することができたことで、張り詰めた緊張が少し緩まる。
「ところで、私たちって迷香果の効力で盛大に迷ってるんだよね? そろそろ今後の方針を決めた方がいいんじゃないかな」
「たしかに……新手が来ないうちに、この場を離れたいね」
エルナの言葉にセルフィも同意し、三人で話し合うことが決まった。
「まず現在地だが、正確な場所は分からない。不死領域の中心部に近い位置にいることだけは確かだ」
その言葉にセルフィたちの表情が僅かに引き締まる。
「上級不死族が出現した以上、浅い領域ではないだろう。だが、迷ってからの移動時間を考えれば、中心部まで到達しているとも考えにくい」
「それなら、どの方角へ向かうべきかな。間違ってもこれ以上中心部へ近づきたくはないし、できるだけ早くここを抜けたいけど……」
「あっちだ」
悩んでいるセルフィに、ルシウスが迷いなく一点を指差した。
「分かるの?」
「あちら側へ吹き飛ばされた時に気づいたが、微妙にあちらの方が瘴気が薄かったからな。少なくとも中心部へ向かう方角ではない。進むならあちらだ」
「なるほど。なら一旦、不死領域を出るという方針で良いかな?」
「そうだな。不死領域内にも迷香果が存在すると分かった以上、このまま内部を進み続けるのは危険なだけだ」
セルフィとルシウスが方針をまとめて移動を始めようとしたその時だった。
エルナがどこか言いづらそうに口を開く。
「……えっと。私たちってさ、もう迷香果の効力は切れたって考えていいのかな?」
「「…………」」
その言葉にセルフィとルシウスが同時に黙り込む。
そう――もし迷香果の効力が残っている状態で移動を始めれば、また迷う。
最悪の場合、今度は不死領域の中心部へ迷い込む可能性すらあった。
「……ルシウス、実際どうなのかな?」
セルフィが問いかけに、ルシウスは腕を組んで僅かに眉を寄せた。
「正直、怪しいところだな。あれだけ巨大な裂け目を目印にしていたにもかかわらず、俺たち全員が気付かなかったことから、それだけ迷香果の影響が強かったということだ。今どの程度まで薄れているかは……分からん」
「こう……迷香果の影響を受けているかどうか確認する方法はないの?」
「ないな」
ルシウスは即答した。
「迷香果の効力は毒とは違うため、解毒薬は存在しない。さらに魔法の類でもないから魔力検査も無意味だ。この場で迷香果の影響下にあるかどうか調べる方法はない」
「じゃあ、このまま移動したら……下手をしたら、またここへ戻ってくることも?」
「……十分あり得るな」
「「…………」」
移動することさえ危険だという現実に、一同は揃って言葉を失った。
「……このまま時間を置けば、迷香果の効力も切れないかな?」
「……そうだな」
ルシウスは顎に手を当てながら周囲を見回す。
「大森林では迷香果が至る所に存在している。だから時間を置いても、新たな香りを吸い込んで効力が上書きされ続ける。だが、ここなら……」
そう言いながら視線を巡らせる。
周囲に広がるのは瘴気に汚染された荒れ果てた大地、砕けた岩盤、枯れ果てた木々。
先程までの激戦の痕跡がそこかしこに残されている。
「あくまでも、あの場所だけが例外的に植物が残っていただけだ。この辺りに迷香果が生えているようには見えないし、休憩を挟むのはいい案かもな」
「なら、少し休憩してから移動しよう。死殻との戦闘で辺り一帯にかなり大きな音が響いていた。長居は危険だけど、少しだけなら――」
――ズシンッッ!!!
「「「――ッ!!」」」
セルフィの言葉を遮るように、大地を震わせる重低音が響いた。
反射的に全員が音のした方向へ視線を向ける。
すると、瘴気に濁ったその奥。
そこに巨大な影がぼんやりと浮かび上がっていた。
「ま、さか……」
「嘘だろう……」
影がゆっくりと近づいてくるにつれて、輪郭が鮮明になっていく。
八本の脚、十数メートルある巨体、全身を覆う強固な甲殻。
そして、禍々しい瘴気。
つい先程まで死闘を繰り広げていた上級不死族――死殻。
その姿が再び瘴気の向こうから現れた。
――だが、セルフィたちが驚いたのは、新たな死殻が登場したからではなかった。
死殻の背後。
濃密な瘴気の奥から続くように、さらに二つの巨大な影が揺らめいた。
――ズシンッッ!!!
再び大地が震えると同時に。
瘴気の幕を押し退けるようにして、合計三体の死殻が姿を現した。
「これは……ッ」
「まずい、この数では撤退すら……」
ルシウスが最悪の状況に冷や汗を流す。
すると、セルフィが隣に立つエルナの様子がおかしいことに気付いた。
「エルナ……?」
「違うッ……セルフィ、いるんだッ……奥に、なにかが……ッ!?」
エルナの顔は青ざめ、声は震えていた。
そして、その視線は新たに現れた三体の死殻ではなく、その奥に向けられていた。
――ズシンッッ!!!
「「――っ!!」」
そして、セルフィとルシウスもそれに気づいた。
濃密な瘴気の向こうに存在する――巨大すぎる影に。
「――ッ!?」
「まさか、嘘だろう……ッ!?」
その影は死殻の約三倍はあった。
セルフィたちが気づかなかったのは、あまりに巨大すぎて、それが一個体であると分からなかったからだ。
上級不死族すら従えているかのような圧倒的存在感。
そして、その特徴にルシウスは覚えがあった。
「最上級、不死族……ッ!?」
――絶望がそこに現れた。




