9.森での狩り
翌日、僕はヨル爺とともに結界の外にいた。
弓を手に、腰の矢筒を確かめながら迅脚鳥の背にまたがった。結界の外では、一瞬の油断が命とりだ。初めて狩りに出た日は、ひどく緊張したものだが、何十年と経験を積んだいまでは肩の力も抜け、自然体でいられる。
「さて、まずはルシウスに頼まれていた薬草の採取に行こう。その後は川の下流に向かって、道中に獲物を見つけたら狩ろうか。それでいい?ヨル爺」
「ん……問題ない」
「よし!じゃあ、さっそく向かおうか」
ヨル爺と二人で森を進む。迅脚鳥の走りは、人を乗せたているとは思えないほどに軽快だった。その秘密は脚の関節にある。彼らの関節は非常に柔軟であり、振動や衝撃を吸収するはたらきをする。乗り心地もよく、揺れもほとんどない。迅脚鳥自身にも、乗っているこちらにも、負担は感じられなかった。
しばらくすると、少し開けた場所に出た。
ここはルシウスに頼まれた薬草の群生地だ。青い花が一面に咲き誇り、まるで青の絨毯のように広がっている。
「ここは、いつ見ても綺麗だね。
よし、僕が採取してくるから、ヨル爺は周りの警戒をお願い」
「ん……」
迅脚鳥を降り立ち、薬草の採取を始めた。
採取といっても、ただ適当に摘めばいいわけじゃない。薬草の種類や、その利用目的によっても採取の方法は変わってくる。例えば、食用として葉や茎を使う場合は、その部分だけを切り取って採取する。そうしておけば、しばらくすると再生して、再び収穫することが可能だ。
一方で、薬を調合などで新鮮な状態を求められる場合は、根に付いた土ごと掘り取って、葉が萎れないようにする必要がある。ただし、この方法では薬草が再生しない。群生地を荒らさないように注意が必要だ。
今回、ルシウスに頼まれた薬草は、調合に必要な素材だ。
そのため、根についた土ごと掘り取り、水を含ませた布で丁寧に包んだ。必要な数を確保したあと、迅脚鳥の鞍に取り付けた採取鞄へと収納する。
「うん。これで薬草の採取は完了だね。
警戒ありがとう、ヨル爺。次は川の下流に向かおうか」
「ん……」
群生地を後にし、再び迅脚鳥を走らせて森を進む。
すると、頭の中に直接響くようにヨル爺の声が聞こえた。
≪セルフィ、左奥に兎がいる≫
その声に従い左奥に視線を向けると、確かに70mほど先で兎が草を食んでいるのが見えた。
≪うん、僕の方からも確認できたよ≫
≪私の方からでは、木が邪魔で狙えない≫
≪分かった。じゃあ僕が仕留めるね≫
腰の矢筒から矢を取り出し、弓を構えて意識を研ぎ澄ませた。
息を整え、狙いを定める間に感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。心視石を通して、兎がこちらに気づいていないことを確信し、矢を放った。
「キュッ!」
弦の鳴る音とともに矢が走る。狙い通り、兎を仕留めた。
しばらく残心をした後、構えを解いて兎を回収する。丁度川が近くにある。そこで血抜きと解体をしてしまおうと考え、そのまま迅脚鳥にまたがった。
「うん。なかなかの大きさだね。見つけてくれてありがとう、ヨル爺」
「ん……」
「……ほんとうにヨル爺って無口だよね。“念話”だと普通にしゃべるのに」
「ん……」
“念話”とは、心視石を利用したフィリア族特有の能力である。
本来、心視石は相手の感情を一方的に読み取るだけであり、自身の思考を相手に伝えることはできない。だが、これが心視石を持つ者同士――つまりフィリナ族同士では、事情が異なる。
お互いに相手の感情を読むだけの能力が、心視石同士を“同調”させることで、より細かな内容まで読み取り、相手の思念やイメージ、場合によっては記憶の一部すら共有することが可能になる。
有効範囲はおよそ半径300m。範囲内なら、複数人と同時に念話を繋げることもできる。そして、“念話”はあくまでも心視石の力によるものであるため、魔力を消費することはない。
≪今度は、前方に鳥が2羽だ≫
≪うん、確認した。なら同時に仕留めよう≫
≪ああ、私が右でお前が左だ≫
≪了解!≫
獲物を狩るときや気配を消して行動するとき、念話は欠かせない。
声に出さずとも狙いを共有できるため、弓を構えてから矢を放つまで一切の音を立てず、獲物に気づかれることなく仕留めることができる。
「順調順調♪」
「ん……」
川に着くまでに同じことを二度繰り返し、最終的な獲物は兎2匹と鳥3羽になった。
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現フィリナ領には、巨大な川が流れている。その流域の一部は村の結界内に含まれており、漁や粘土の採取が盛んに行われる。
しかし、結界外にあたる川の下流にはそこでしか採取できない素材がいくつもあり、狩人たちは採取のついでにそこで休むのが習慣になっていた。
「よ…っと。――ふぅ、こっちは終わったよ。そっちはどう?」
「ん……」
「もう少しかかりそうだね。なら、先に休憩させてもらうね」
「ん……」
川で獲物の解体を終え、迅脚鳥たちのもとへと向かう。
彼らはは水をたくさん飲んだあと、日向で気持ち良さそうに羽を休めていた。早朝に出発してから、すでに昼近くになっている。
木陰に腰を下ろし、パンとチーズを取り出し簡単な昼食をとる。
「はは、気持ち良さそうだなぁ」
食事をしながら、迅脚鳥の首を優しく撫でる。
その満足そうな様子に思わず笑みがこぼれ、僕は魔物の使役について、想いにふけった。
戦闘用の魔物を使役するうえで最大の問題は、こちらの意思を伝える手段がないことだ。幼いころから共に暮らし、愛情を注げば、ある程度の信頼関係は築けるだろう。
だが、魔物の本能は通常の動物よりも強い。いつまでも弱者である自分たちを尊重してもらうことは難しいだろう。
こちらの言葉を理解するほどに賢く、本能を抑えられるほど強靭な精神を持つ魔物であれば話は別だが、そんな存在は高位の魔物に限られている。
地球で語られるファンタジーのように、魔物の体内に魔石があれば良いのに、と思う。
この世界にも魔石は存在する。ただしそれは、鉱物の一種であり、普通に鉱山から採掘されるものだ。魔石とは魔力を貯め込む性質を持つ鉱石の総称で、火属性の魔力を貯める赤の魔石、水属性の魔力を貯める青の魔石など、属性ごとに限定して魔力を貯められる。
その中でも、どの属性の魔力でも貯め込むことができ、保存量も桁違いである魔晶石が最高峰とされており、術式を扱うヒューマン族にとって特に重宝されている。
「魔物の体内に魔石があったなら、心視石のように同調して念話ができるかもしれないのに……」
そんなことを呟きながら食事をしていると、ふと思いついた。
別に魔石がなくてもいいのではないか――と
。
普段、心視石で相手の感情を読み取るときは、その感情がどこから発せられているのかが分かる。つまり、相手の位置を特定できるということだ。
それならば、その位置に向かって同調するように意識を集中させれば、魔物相手でも念話が可能になるのではないか。
――というわけで試してみることにした。
「ふぅー……よし!」
心視石から伝わる穏やかな感情を確認し、目の前にいる迅脚鳥に意識を向ける。周囲の音が遠のいていくのを感じながら、さらに集中を深めた。
しばらく続けていると――
≪……≫
「んっ!?」
一瞬だけ、念話のような反応が返ってきた。
本当に成功したのかと驚きつつ、再び度試してみる。
≪……≫
「お、おおっ!……って、あれ?」
またできた――と思ったが、何か違和感を覚えた。
反応を返してきた相手が、目の前にいる迅脚鳥ではないように思えたのだ。もう一度確認してみようと意識を集中させる。
≪……≫
……やっぱり違う。目の前にいる迅脚鳥からは、昼寝を邪魔されて不機嫌になっている感情しか読み取れない。というかごめん。
迅脚鳥のそばを離れ、ヨル爺に念話を繋ぐ。
≪ねぇ、いま僕に念話を繋げた?≫
≪急にどうした? 別に繋げていないぞ≫
≪そっか。いや、なんでもない≫
≪……? そうか≫
ヨル爺ではない。しかし周囲には他に誰もいない。フィリナ族はもちろん、魔物の気配もないのだ。
「え?……本当にどういうこと?」
深い森の静寂の中へ、僕の疑問は溶けていった。




