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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
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8.これまでの試み(後編)

「気を取り直して、次に行くぞ」


 ルシウスは一度、わずかに咳払いをしてから言った。

 空気を切り替えようとしているのが、はっきり分かる。


「そ、そうだね」


 僕も曖昧にうなずき、重くなりかけた思考を無理やり切り替えた。


 ◆Case4 農業の改革


「これは……“食事を改善すれば、僕らの体格も良くなるんじゃないか”って考えて始めた試みだね」


「……今にして思えば、ものすごく迷走しているな、この時の俺たち。

 遠回りにもほどがあるだろう」


「うん……」


 反論はできなかった。


「“共振”の件で、かなりショックを受けてたのは、間違いないね」


 当時の自分たちを思い返し、苦笑が漏れる。


「当然だが、“体格を良くする”という目的は、結局達成できていない」


「まぁ……食事を改善しただけで効果が出るなら、そもそも、こんなに苦労しないよね」


「……だが、この試みは、思わぬところで成果を出した。

 それは――“浄化草”の人工栽培に、成功したことだ」


「“不死族に対する武力”じゃなくて、“瘴気への対抗手段”の方での成果、ってわけだね」


 僕がそう補足すると、ルシウスは静かにうなずいた。


「ああ。

 浄化草は、摂取することで体内に蓄積した瘴気を浄化し、一定時間、瘴気に対する耐性を上げる薬――“耐瘴薬”の重要な原料だ」


「浄化草の人工栽培って……世界初、だったっけ?」


「俺が知る限りではな」


「この薬草は、瘴気の満ちた空間でしか育たない。

 ゆえに、栽培はおろか――採取すら困難とされてきた」


「浄化草のために、瘴気をわざわざ持ち込むわけにもいかないしね」


「うむ。

 だからこそ、この研究は長らく行き詰まっていた」


 一拍置いて、ルシウスは続ける。


「それが、まさか。

 “徹底して清潔にした空間”でも育つとはな……」


「はは……極端すぎるよね」


 思わず乾いた笑いが出る。


「でも、この条件が分かってからも、結構苦労したよね」


「ああ。この方法を見つけられたのは、ほとんど偶然だったからな」


 ルシウスは苦々しげに言う。


「再現しようと何度も試したが、とにかく“清潔な空間”を維持するのが難しかった……」


 ちなみに、この条件を満たすには、高精度の密閉空間が必要だった。

 そのため、川で採れる粘土に複数の鉱石を砕いて混ぜ、特殊な接着剤を調合。

 さらに樹脂と組み合わせることで、軽量かつ透明度の高い密閉容器の開発に成功した。


 ただし、樹脂は希少素材であるため量産は困難だ。

 現在の容器サイズでは、一度に栽培できる浄化草は十株が限度となっている。


「まぁ……これで、耐瘴薬の目途は立ったからね」


 僕は少しだけ胸を張る。


「瘴気に対する備えとしては、十分だと思う」


「そうだな。

 一度に調合できる量は限られているが、幸いにも耐瘴薬は長期保存が可能だ。

 時間をかけて貯めていけば――攻略時には、十分な量を確保できるだろう」


 ◆Case5 新薬の開発


「これは……毒薬を開発することで、不死族に対抗できないか、という試みだな」


 ルシウスの言葉に、僕は少し肩をすくめる。


「瘴気の塊みたいな存在に効く毒って何?…て感じだけどね」


「発生したての不死族であれば、確かに難しい」


 僕の言葉に、ルシウスは頷きながら続ける。


「だが、受肉した個体となると話は別だ。

 奴らの体内構造は、時間経過で通常の生物に近づくからな」


 不死族は、瘴気溜りから発生する。

 発生直後の個体は、外見こそ生物に似ているが、その内側はまったく別物だ。


 中身は、水風船のように瘴気が詰まっているだけ。

 この段階の個体は非常に脆く、攻撃を受けると傷口から瘴気が漏れ出し、やがて形を保てなくなって霧散する。


 だが、時間が経過すると状況は変わる。

 次第に瘴気は骨や内臓、筋肉へと変質し、不死族は徐々に“生物らしい構造”を獲得していく。


 だからこそ――


「――いくつかの毒薬については、一定の効果が確認されている」


「完全な瘴気の塊じゃなくなった個体には、“生物に作用する毒”が通じる可能性がある、ってわけだね」


「ああ。その点に関しては、読みは外れていない」


 ルシウスは肯定したが、声は慎重だった。

 効果があることと、決定打になることは、別問題だからだ。


「でも……実際のところ、効果は低かったんだよね?」


 確認するように尋ねると、ルシウスは小さく頷いた。


「まぁな。

 瘴気を扱う存在だけあって、耐性が高いのだろう」


「通常の生物であれば、致死に至るような毒であっても――不死族相手では、じわじわと体力を削る程度に留まった」


「そんな危険な毒を使うなら、煙みたいにして吸わせるのは無理だよね。

 下手をすれば、こっちが先にやられる」


 口にしながら、自然と首を横に振っていた。


「矢に塗る、って手も考えたけど……下級以上の不死族には、そもそも刺さらない。

 それなら、罠に使った方がまだ効果はありそうだけど……手間と危険を考えると、割に合わないよね」


「そもそも、身体の小さい僕たちは、毒への耐性も相応に低い。

 扱いを誤って、敵より先に自滅する可能性が怖すぎる」


「うむ。やはり、毒を主軸に据えるのはやめた方がいいだろうな」

「賛成」



「……というか、この件の本当の成果って、毒じゃなくて、“迷香薬”の開発でしょ?」


「例によって、不死族には効かんがな」


「いやいや、これのおかげで、狩りの時の負傷率が激減したんだよ。

 みんな、ルシウスにすごく感謝してるよ!」


 思わず声が弾んだ。

 迷香薬とは、ルシウスが開発した新薬であり、魔物を近づけさせない効果を持つ。

 布に染み込ませ、匂い袋として携帯することで、嗅覚の鋭い魔物を遠ざけることが可能となるのだ。


 この発明によって、最も厄介だった狼型の魔物との交戦は激減し、狩人たちの生還率は大幅に向上した。


「狼型は、一体一体が強い上に、群れで連携するからね。

 迷香薬が無かった頃は、遭遇=死、みたいなものだったんだ」


 当時を思い出すだけで、背筋が冷える。


「誰かが囮になって、残りを逃がす――そんな戦法しか取れなかった。

 それが解決したんだから、本当に大きいよ」


「……役に立てたのなら、何よりだ」


 僕の賞賛に、ルシウスは少し照れ臭そうに言った。


 ◆魔物の使役


「これは心視石を利用した試みだな。

 俺たちが行っている“魔物との共存”の幅を広げ、戦闘に参加させられないかと考えた」


「自分たちを強化するのは諦めた、とも言う」


「……否定はせん。

 だが、種族特性を活かすのは間違いじゃない。むしろ、それこそが最適解だろう」


「でも、かなり苦労したよね。

 魔物と接触する以上、今までとは比べものにならないくらい危険だったし」


「ああ。だからこそ、後回しにしていた。

 だが迷香薬が完成してからは、結界外での行動もある程度は安全になった」


「それで、ようやく挑めたってわけだよね」


「そういうことだ」


「この試みでは、迅脚鳥を調教できたからね。

 騎乗や運搬に使える魔物を使役できたおかげで、狩りの成功率と生還率がさらに上がったし」


 迅脚鳥は警戒心が強く、これまで騎乗用や運搬用としての使役は困難だとされてきた魔物だ。それを思えば、この成果は誇ってもいい。


「この件はエルナの協力が大きかったな。

 あいつが気づいたおかげで、たまたま他の魔物に襲われ、結界の近くで孤立していた迅脚鳥の子供を数体保護できた。

 魔物の調教は、子供からでなければ難しいからな」


 不死族が瘴気溜りから自然発生するように、魔物もまた魔力溜りから生まれる存在だ。

 ただし、不死族と異なり、魔物は受肉した個体同士で繁殖することもある。


「でも当初の目的では、猪や狼、熊みたいに単体で強い魔物を使役したかったんだけど、これは上手くいかなかったね」


 僕は少し肩を落としながら続けた。

 迅脚鳥の成功は確かに大きい。けれど、本当に欲しかったのは、狩場で前線を張れるほどの戦闘力を持つ魔物だった。


「そもそも心視石は、相手の感情を一方的に読み取るだけのものだ。魔物と意思疎通できるわけではないからな」


 ルシアンは僕の言葉を受け、淡々と現実を突きつける。


「今、村で共存している魔物たちも、総じて賢く温厚なものばかりだ。

 俺たちと共にいる方が安全で合理的だと判断しているからこそ大人しくしている。心視石で何かを強制しているわけではない」


 その説明に、僕は小さくうなずいた。

 心視石は便利だが万能ではない。あくまで相手の感情を“知る”ための能力であって、支配する力は持っていない。


「そうなると肉食で好戦的なのは困るよね。満足させるための環境を用意できないし、自分より弱い相手の言うことは聞かないから」


 僕は言葉を選びながら、率直な結論を口にする。


「うむ。本能に関わることだからな。こればかりは子供のころから調教しても安心できん」


「でも、一番可能性を感じる分野だと思うんだよね。

 心視石を利用するってのは」


 僕は視線を上げ、改めて自分の考えを口にする。


「それは同感だ。

 先程も言ったが種族特性を利用するのは最適解だ。これを上手く使っていくしかない」


 僕の言葉に、ルシアンも深く頷きながら肯定を返した。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……さて、これで大体振り返れただろう」


 ルシアンが話を区切るように言い、組んでいた腕をほどいた


「こうしてみると、結構色々やったんだね」


「だが、依然として不死族に対する有効な手段は無いままだ」


「それは、これからも考えるしかないね。

 戦闘用の魔物の使役。問題点は、弱者側である僕らの言うことをどうやって聞かせるか、か」


「すぐに答えは出んだろう」


 ルシアンは首を横に振る。


「また何か思いつくまでは保留だな。

 ――ああ、そうだ。二日後は狩りの日だったな?」


「あ、うん。狩りと、ついでに色々採取するつもりだよ。以前言っていた青い花をつけた薬草以外にも――っていうか、いい加減この薬草に名前つけない?――まぁとにかく採取して欲しいものがあるなら今日中に言ってね」


「うむ。特に在庫に不安はないから問題ない。

 それと名称の件は了解した。何か適当につけておく」


 こうして、これまでの試みを振り返った僕らは、改めて課題を再認識した。

 僕は静かに気合を入れ直し、次の一歩に思考を向けた。


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