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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
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7.これまでの試み(前編)

 成人式を終えた翌日、僕はまたルシウスの書庫を訪れていた。

 背の高い書架が並ぶ静かな空間は、いつも通り落ち着いていて、昨夜までの慌ただしさが嘘のようだ。


「いやぁ、成人式が無事に終わってよかったよ。

 正直、もう少し反対されると思っていたんだけど……案外、そうでもなかったな」


 自分でも意外だったという気持ちを、そのまま言葉にする。

 ルシウスは手元の書簡から視線を上げ、静かにうなずいた。


「うむ。言った通りだっただろう。

 心配する気持ちがなかったわけではないが、成人した者にいつまでも口出しするのも違うからな」


「うん。心配してくれているのは、すごく伝わってきたよ。

 でも……応援している気持ちの方が多かったのには、正直驚いた」


 ルシウスは少し考えるように間を置き、低く息を吐いた。


「彼らを弔いたいと思う気持ちは、皆が持っていた。

 ただ、どうしようもない現実が広がっていたから、諦めざるを得なかったのだ。

 ……だからこそ、それを目指すものが現れれば、応援くらいはするさ」


 淡々とした物言いのはずなのに、その言葉は不思議と胸に残った。

 僕は思わず、頬を緩めてしまう。


「う~ん……あったかいなぁ」


 書庫の静けさの中で、その感情だけが、じんわりと広がっていった。



「それで、今日は何の相談に来たのだ?」


 机越しに向けられたルシウスの視線は相変わらず鋭い。

 だが、その問いかけには、こちらの話を腰を据えて聞くつもりだという姿勢がはっきりと感じられた。


 僕は一度言葉を選び、ゆっくりと口を開く。


「うん。成人するまでできなかったことを、いろいろ試してみたくてさ。

 たとえば……不死領域の調査とか」


 その言葉を口にした瞬間、書庫の空気がわずかに張り詰めた気がした。


「でも、危険度も高いしね。

 だから一旦、これまでに試してきたことを整理しておこうと思ったんだ」


 ルシウスは顎に手を当て、短く息を吐いた。


「なるほど。

 できることが増えたからこそ、一度立ち止まる――確かに、大切なことだな」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「では、整理しよう。

 “目標”は言うまでもなく、“同胞たちを弔うこと”と“エルフたちの遺灰を故郷に届けること”の二つだ」


 ルシウスは淡々と告げながら、指先で机を軽く叩いた。


「どちらの目標も、まずは全員の遺体を回収する必要がある」


「そうだね」


「では、確認していくぞ。

 まず、エルフの弔いは、遺灰を世界樹に撒く――それで間違いないな?」


「うん。ルフェイル様から、直接そう聞いているよ」


「よし。なら次だ」


 ルシウスは一拍置き、さらに続けた。


「故郷へ還すエルフたちの総数は、三十七人。

 遺体を回収し、我らの手で弔えているのは――十四人だ。

 その遺灰は、今も大事に保管されている」


「そうだね。

 ルフェイル様に助けられた場所に残っていた護衛のエルフたち。

 そして同胞たちは、弔うことができた」


 そこまでは、まだ良かった。

 でも――


「――襲撃を受けた旧フィリナ領にあった遺体は……誰一人として、回収できていない」


 自分の声が、少しだけ沈むのが分かった。


「小規模とはいえ、旧フィリナ領そのものが不死領域と化したからな……」


 ルシウスは低く息を吐く。


「本来、不死領域など、そう簡単に発生するものではない。

 ……実に、厄介なことだ」



「話を戻すぞ。

 つまり、我々が最初に達成すべき課題は――小規模な不死領域を攻略し、“旧フィリナ領を解放する”ことだ」


「ここで言う“攻略”っていうのは…… “消滅させる“って意味で、間違いないよね?」


 念のために確認すると、ルシウスは短くうなずいた。


「うむ。

 不死領域――別名、“瘴気溜り”とも呼ばれるこの現象は、月光とともに降り注いだ月の魔力が瘴気へと変質し、地表に滞留した状態を指す」


「これを消滅させるには、その領域に存在する全ての不死族を殲滅する必要がある。

 だが、瘴気溜りからは不死族が次々と生み出されるため、攻略する際は、短期間で一気に行わねばならん」


「旧フィリナ領には、遺体の回収のために向かう。

 ゆえに、まずは領域そのものを消滅させる必要があるのだ」


「……やっぱり、不死族に対抗できる武力が必要になるか」


 思わず、独り言のようにこぼしてしまう。


「それと、瘴気への対抗手段も必要だ。

 触れるだけで肉体と精神を蝕む瘴気は、無策で挑めば攻略どころの話ではない」


 ルシウスは、こちらをまっすぐ見据える。


「――以上を含めて、これまでの試みを順に振り返っていくぞ」


 ◆Case1 弓矢の習得


「まず試したのは、不死族に対する武力として――弓矢の習得だったな。

 結果は、どうだった?」


 ルシウスは簡潔に問いを投げてくる。


「うん……正直、厳しいよね。

 下級の魔物なら、目を射抜いて撃退できたことはある。

 でも、それでも結局、仕留めきることはできなかったよ」


「それに、魔物や不死族って群れていることが多いでしょ。

 とてもじゃないけど……弓矢だけで挑むのは、現実的じゃない」


「ふむ。不死領域は、中心に行くほど瘴気が濃くなり、それに伴って、不死族の危険度も上がる」


 ルシウスは淡々と、事実を確認するように呟く。


「小規模な領域であっても、中心部にいるのは“中級”クラスだろう……。

 やはり、弓矢だけでは力不足か」


 その結論に、異論はなかった。

 僕は静かにうなずき、次の“試み”へ思考を移していく。


 ◆Case2 術式の利用


「術式って……ヒューマン族の技術、だよね?」


 確認するように尋ねると、ルシウスは小さくうなずいた。


「ああ。魔道具に刻み込む技術だ。

 これを使えば、適性を持たない魔法であっても発動が可能になる。

 戦闘に限らず、日用品などにも広く利用されているから、種類も多く、用途ごとに細かく分かれているな」


「……これも、僕らは使えないんだっけ?」


 記憶を辿りながら尋ねると、ルシウスは頷き、肯定した。


「うむ。

 俺も、術式そのものは、いくつか知っているのだがな」


「え? じゃあ、どうして使えないの?」


「まず、戦闘に用いられるような術式は秘匿されている。

 扱えるのは、ヒューマン族の国から正式な許可を受けた一部の者のみだ」


「えっ……国が管理してるの?

 しかも、許可制?」


「当然だろう。

 民間人が気軽に扱えるようになれば、治安は最悪になるぞ。

 制御できない力というのは、それだけで脅威だからな」


 言い切られて、反論の余地はなかった。

 よくあるファンタジーの話では、魔道具は誰でも作れて、誰でも使えるものとして描かれることも多い。

 でも――言われてみれば、前世でも兵器開発は専門の人間しか関われなかった。


 インターネットが普及した情報社会ですらそうだったのだ。

 この世界で、戦闘用の術式を民間人が知ることができないのは……むしろ当然なのかもしれない。


「じゃあ……ルシウスが知っているのも、戦闘以外の術式ってこと?」


「そうだ。

 主に、明かりや料理などに使われる術式になる」


「こうした日用品用の魔道具は、民間の職人が製作している。

 そのため、術式もある程度は広く知られているな」


「でも、同じ術式なら、知っているやつを戦闘用に改造……とか、できないの?」


 明かりや料理に使われる物でも、出力を上げれば十分戦闘に活かせるのでは、と淡い期待を込めて聞いてみたが、返ってきたのは否定の言葉だった。


「結論から言えば、できない」


「というのも、戦闘用の術式と、それ以外の術式とでは、術式の構成そのものが、ほとんど別物なんだ」


「……そうなの?」


「うむ。おそらく、秘匿のための工夫だろうな」


 ルシウスは少し考えるように視線を落とす。


「民間に出回っている術式から戦闘用のものを生み出すなど、未知の言語で書かれた暗号を、手がかりもなしに解こうとするようなものだ。

 ……つまり、現実的ではない」


 そこまで言われると、納得せざるを得ない。


「なるほど。よくできてるや」


 素直に感心しつつ、ふと思いついた疑問を口にする。


「でもさ。

 明かりとか料理に使える術式だって、普通に便利じゃない?

 その魔道具を使わないのは、どうして?」


「ああ、それはな。

 根本的な話になるが……」


 ルシウスは一拍置いてから続けた。


「魔道具を使えば、確かに適性に関係なく魔法を行使できる。

 だが、魔道具を起動させるには、最低限の魔力が必要になるんだ」


「……その量は本当にわずかだ。

 ヒューマン族であれば、誰でも満たせる程度のものだが――」


 一瞬の沈黙。


「――俺たちは、その“最低限”の魔力すら、持っていない」

「……おぉう」


 思わず、間の抜けた声が漏れた。


 ◆Case3 魔晶石の利用


「これは……俺たちの“魔力が少なすぎる”という弱点を補うための試みだったな?」


 ルシウスの言葉に僕は素直にうなずく。


「うん。

 というか、魔晶石って元々、そういう用途のものだよね?」


「うむ。

 魔力が尽きた場合の補填や、少ない魔力では発動できない大規模魔法を扱うためのものだ」


「だから、何とか活用できないかって考えたんだけど……ただ使うだけじゃ、やっぱりダメなんだよね?」


「ダメ、というわけではない」


「だが……本来、魔晶石は切り札的な存在だ。

 常用すれば、結局のところ魔力はあっという間に尽きる」


「加えて、魔晶石に魔力を貯めるにも時間がかかる。

 消費と補充の釣り合いが取れんのだ」


「術式と組み合わせたり、魔力を増幅できないか試したり、色々してみたんだけどね」


 わずかな期待を込めて行った実験だったのだが――


「――どちらも、上手くはいかなかったな」


 ルシウスは静かに首を振る。


「戦闘用の術式を知らない以上、術式との併用はどうしようもない。

 また、魔晶石はあくまで魔力を“蓄える”ためのものだ。

 魔力そのものを増幅する機能は、確認できなかった」



「まぁ、でも…一応、成果はあったよね」


 そう前置きしてから、僕は思い出すように続けた。


「ひとつの魔晶石を加工して、二つの“同一形状”の魔晶石にした場合――“共振”っていう現象が起こることを発見した」


「うむ。あれは画期的だった」


 僕の言葉に、ルシウスは即座に同意する。


「それぞれの魔晶石の間で、双方向に魔力のやり取りができるとは……お前から聞いたときは、心底驚いたぞ」


「だよね。

 あの時のルシウス、めちゃくちゃ興奮してた」


 思い出して、思わず笑ってしまう。


「当然だ。

 離れた場所にある魔晶石から魔力を引き出す、あるいは送り出すことができる。

 つまり、術式と組み合わせれば――魔法の遠隔操作が可能になるということだ」


「ヒューマン族がこの技術を知ったら、とんでもない騒ぎになるぞ」


「……でもさ」


 僕は少し冷静になって言った。


「“同一形状”って言っても、

 僕らにできる程度の加工だよ?

 今まで発見されてなかったのが、不思議なくらいで……」


「そもそも、魔晶石を加工しようなどとは、普通は思わん」


「非常に希少なうえ、大きければ大きいほど、蓄えられる魔力量も多くなる。

 “小さく加工する”という発想自体が、まず出てこないのだ」


「ああ……なるほど」


 確かに、言われてみればそうだ。


「まぁ……僕らの場合は別だよね。

 原産地のうえ、取引もできなくなったし、自分たちで活用することもできない。

 もうね、倉庫に溢れかえってるよ」


 苦笑しながら言うと、ルシウスは短く息を吐いた。


「“共振”は、間違いなく画期的な技術だった。

 だが――俺たちでは活用できん」


「考えられる方法は、すべて術式を前提とする。

 そこが、どうしても越えられん壁だった」


「当時はさ、これが突破口になるかもしれないって思って、朝から晩まで話し合ったのに……」


「出した結論が、“どうにもならない”だったからな」


「あの時は……お互い、心が折れそうだったよね」


 当時の苦労を思い出した僕たちは、揃って遠くを見るような視線になっていた。


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