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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
守護獣誕生編
6/38

6.セルフィの決意

 “それ”は突然だった。

 まだ、みんなが寝静まっている夜明けごろ、フィリナ族に襲いかかったのは、平穏な日常を一瞬で打ち砕く“暴力”だった。


 突然の轟音、衝撃、閃光が村全域を襲い、平和だった村は見る間に地獄と化した。


「な、何なんだ!…いったい!…なにが!?」


 それは僕も例外ではなく、崩れた住居の下敷きになっていた。


「くっ…とにかく外に出ないと」


 全身を打ち付け、頭からも血を流していたが、それでも必死に残骸を押しのけて脱出を試みる。幸いにもフィリナ族の住居は竪穴式で小さかったため、脱出自体はすんなりとできた。

 だが――そこで目にした光景は。


「な、なんだ…これは…」


 まるで見知らぬ戦場に放り出されたかのような――いや、確かに戦場へと変貌した村の姿がそこにあった。

 あたり一面に燃え盛る炎、倒れて動かない人の形をした“何か”、噎せ返るほどの血の匂い、混乱し泣き叫ぶ同胞たち。


 怒号と悲鳴に満ちたその現実は、しかしあまりにも現実離れしていて、僕は立ち尽くすしかなかった。


「セルフィ!!」


「っ!…エルナ!」


「よかった!無事だったんだね!」


「う、うん…。いや!それよりも、いったい何が起こって!?」


「分からない…突然のことすぎて、私にも。

 ただ、父さんが言っていたんだ、“これは大規模な魔法による攻撃だ”って」


「ま…ほう?」


 なぜ? 誰が? 何の目的で?

 そんな疑問が頭をよぎるが、すぐに振り払った。そんなものは後でゆっくり考えればいい。今は、生き延びることが先だ。


「わ…かった。いや、全然わかっていないけど。

 とにかく安全な場所まで移動するべきだ。族長は無事なんだね?」


「ああ。

 今はみんなに避難を指示している。北の入り口からエルフ領まで移動するって」


「よし。なら急ごう。

 これが魔物でなく何者かの仕業なら、必ず“次”がある」


 エルナの手を引き、北の入り口を目指す。

 道中、何人もの負傷した同胞を見つけたので、肩を貸しながら先を急いでいると――こちらを鋭く睨む、全身黒ずくめの集団と鉢合わせた。


 彼らは目が合うや否や、無言のまま襲いかかってきた。


「…っ! こいつら!」


 その動きは淀みがなく、素人目にもわかるほどの練度だった。

 だが次の瞬間――


「させるか!!」

「「「…っ!」」」


 駆けつけた数人のエルフが魔法を放ち、戦場に光と爆風が走る。

 フィリナ族を守るために村に常駐しているエルフたちの実力は非常に高い。元々魔法に対して高い適正を持つエルフ族、その中でも特に優れ、剣や格闘といった近接戦にも対応できる者がこの地の守護を任されている。


 だが、この日の敵もまた、油断ならない実力の持ち主だった。


 フィリナ狩りが横行していたのは、もはや過去の話である。今や相応の地位を築いたフィリナ族を襲うということは、後ろ盾であるエルフだけでなく、彼らが供給する素材を欲するあらゆる勢力を敵に回す行為だ。


 しかし、そんな蛮行に及ぶ彼らは、それに見合った実力を持っていた。


「くっ!こいつら、何者だ!

 これほどの実力者は、そう多くない筈だが!」


「後にしろ!今は一人でも多く救え!」


「こいつらは私たちが抑える!君たちは避難して!」


 護衛のエルフたちが敵を引き付けている間に、僕たちは北の入り口へと走った。

 そこには多くの同胞たちが集まっていた。


「父さん!」


「おお!エルナ無事だったか!」


「うん、セルフィたちを連れてきた!西側の生存者はこれで全部だと思う!」


「わかった!お前たちが最後だったのだ!

 これからエルフ領に向けて避難するぞ!」


 数人のエルフを護衛に伴い、僕たちはエルフ領へと走り出した。

 途中で何度か敵の襲撃を受けたが、幸い護衛のエルフたちが苦戦するような実力者はいなかった。

 逃げ延びる希望が、かすかに見え始めていた。


 ――だが、それは誤りだった。


 敵はこの状況すら予見していた。大規模魔法で村を襲い、護衛のエルフを各個撃破。そして避難のためにまとまって動くこの瞬間を狙っていたのだ。


「っ! 範囲攻撃だ!結界を張れ!!」


 その叫びと同時に、再び轟音と閃光が避難中の一団を襲った。

 僕は衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 結界は間に合っていた。あの一瞬で、彼らは確かに最善を尽くしていた。

 だが、入念に準備された大規模魔法の前では、あまりにも力不足だった。

 その魔法により、避難していたフィリナ族の半数以上が命を落とした。結界が無ければ全滅していただろう。


 そして、事態はさらに加速する。

 魔法に合わせるように、敵が護衛のエルフたちへ襲い掛かった。


「ぐぁ!」


「お…のれ!」


 抵抗むなしく、あっという間に護衛のエルフは全滅した。

 残されたのは非力なフィリア族だけだった。恐怖の感情がその場を満たしたが――敵は待ってはくれない。


「あっ」

「エルナ!セルフィ!」


 敵の持っている剣が僕らに振り下ろされそうになった。族長がとっさに僕とエルナを抱え守ろうとする。そしてその凶刃が振り下ろされる――その瞬間。


「ぐわぁ!」


 目の前の敵が悲鳴を上げる。

 周囲の敵にも次々と、凄まじい魔力の奔流が走った。

 恐る恐る顔を上げると――そこには“英雄”が立っていた。


「ル…フェイル様?」


「すまない……。本当に……本当に遅くなってしまった……!」


 こちらを向いたルシフェル様からは、様々な感情が読み取れた。

 深い悲しみ、後悔、怒り――それらの感情が彼の心を渦巻いていた。


 だが――


「少しだけ待っていてくれ。すぐに終わらせる」


 敵を鋭く睨んだその瞬間に、彼の心はただ一つの感情――憤怒に支配された。

 その瞬間、空気が変わった。まるで物理的な圧力となったかのように、重々しい殺意がその場を包み――そして決着は一瞬で着いた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「我々を救っていただき、本当にありがとうございました」


「ソレイン殿、いや、遅くなってすまない」


「いいえ、あなたが来なければ全滅していました」


「……後悔は後だね。

 負傷者の手当をしたら、ここを離れよう。エルフ領まではまだ距離がある。すぐに移動しなければならない」


「……わかりました」


「……大丈夫だ。

 エルフ領からも援軍が向かってきている。合流したら、みんなを弔おう」


「はい。ありがとうございます」


 再び移動を開始し、エルフ領を目指す。

 負傷者が増えたため、移動速度は遅い。だが、襲撃者は先程の者たちだけだったのか、森は静まり返っていた。


「ルフェイル様。助けてくださり、ありがとうございました」


「いや、君も救えてよかったよ」


「村を襲撃されてから、まだ数時間しか経っていませんが、どうやって気づいたのですか?」


「“宿り木”だよ。

 以前、教えただろう?エルフは生まれたその日に、世界樹の枝から“祝福”を賜る。そしてその枝を植えると、やがて宿り木へと育つんだ。

 宿り木は、そのエルフの生命力を表す。本人が弱まれば、宿り木も衰弱する。本人が命を落とせば、宿り木も枯れる」


「里にあった、フィリナ領を守護していた者たちの宿り木が、いくつか枯れたんだ。だから君たちの村に何かあったと気づけた」


「そうだったんですね」


「我々が同胞を弔う時は、枯れた宿り木と共に遺体を燃き、その灰を世界樹に撒くことで、その魂を世界樹へ還す。君たちを里まで送り届けたら、同胞の亡骸と君たちの仲間を弔…っ!」


「っ!…どうしました?」


 話の途中で、ルフェイル様が突然、森の奥を振り返った。

 その顔には脂汗がにじみ、明らかに焦っていた。


「まずい……。さっきの殺意を感じ取られたのか」


「だ、誰に?」


「“厄災”だ。奴を呼び寄せてしまった」


 “厄災”とは何なのか、詳しく聞こうとした、その瞬間――


「「「っ!!!!!!」」」


 その場にいる全員が、圧倒的な“何か”を感じ取った。それは先程ルフェイル様が放った殺意によく似たものであり、それに包まれた瞬間、指一本動かせなくなった。


「っ!全員この場を動くな!」


 そう言ってこの場に結界を張ったルフェイル様は、その“何か”の元に走っていった。

 まだ姿を現していないにも関わらず、もはや意識を保つことができず、その場にいた全員は気を失った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「うっ……」


 眩しい光に照らされ、ゆっくりと目を覚ました。

 視界いっぱいに差し込む白い光に、思わず眉をひそめる。


 一体、どれほどの時間が経ったのか。

 すでに夜は明け、朝日が森の中へと降り注いでいた。


 体を起こし、あたりを見回す。

 そこにあるはずだった大木は、一本残らず消え失せていた。見渡す限りの地面は無残に掘り返され、ところどころ黒く焦げている。空気には、土と焼けた木の匂いが混じって漂っていた。


 ――そこには、想像を絶する戦いの跡が残されていた。


「――っ!! ルフェイル様!!」


 結界の外に目を向けた瞬間、地面に倒れ伏すルフェイル様の姿が視界に飛び込んできた。僕は慌てて駆け寄り、その容態を確かめる。


「――っ!」


 ――思わず言葉を失うほどの有様だった。


 左腕は肩口から失われ、右目は無残に潰れている。腹部には、何かが身体を貫通したかのような大きな穴が穿たれていた。

 さらに全身を覆う深い火傷のせいで、無事だと言える箇所がほとんど見当たらなかった。


 そして何より――彼の命は、すでに尽きていた。

 その凄惨な姿とは裏腹に、どこまでも穏やかな顔つきをして。


「あ……ああっ……」


 喉の奥から、掠れた声がこぼれ落ちる。

 視界が滲み、涙が溢れ出すと同時に、感情の制御がきかなくなっていった。


「――――っ!!!!!!」


 声にならない叫びが、静まり返った森に響き渡る。

 喉が潰れ、声が枯れ果てるまで、それは止むことがなかった。


 何が起きたのかは分からない。

 “厄災”を倒したのか、撃退したのか――それすらも。


 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 ――この日、“英雄”は命を落としたのだ。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 たった一日で、あまりにも多くのものを失った。

 同胞、友人、英雄――だけど、それでも生き残ったからには、また前を向かなければならない。


 ルフェイル様の言っていた“援軍”は来なかった。

 エルフ領へ続く道に、大規模な不死領域が発生していたことと、無関係ではないだろう。


 そして、僕は――


 あの日命を懸けて救ってくれた恩に報いるために。

 彼らの魂を、必ず弔い、故郷に還すと――心に誓った。


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