78.上級、再び③
死殻の放った一撃によって、大地は広範囲にわたって砕け散っていた。
地面には無数の亀裂が走り、巻き上げられた土煙と濃密な瘴気が周囲を覆い尽くしている。
視界は悪く、数歩先すら見通せない。
そんな中、死殻はその場でゆっくりと頭部を巡らせ、周囲を見回す。
すると――
「光球!」
「閃刃!」
「「ガァアアア――ッッ!!」
不意を突くかのように、土煙の向こうから攻撃が飛び出した。
眩い光の矢。
空間を裂く魔力の刃。
そして火球と水球。
一斉に放たれた攻撃が、立ち込める瘴気と土煙を切り裂きながら死殻へ襲い掛かる。
だが――
「ギィィィ――ッッ!!」
咆哮と同時に、死殻の口元から伸びる触手が一斉に蠢く。
次の瞬間には、その先端へ瘴気が収束していた。
――ドドドドドドドッ!!
無数の瘴気弾が放たれると、セルフィたちの攻撃は死殻へ届く前に次々と相殺されていく。さらに死殻はそのまま周辺一帯を薙ぎ払うように頭部を動かし、辺りに瘴気弾をばら撒く。
「「――っ!」」
無数の瘴気弾が生み出した衝撃波によって、巻き上がっていた土煙や滞留していた瘴気が押し流され、セルフィたちの姿が現れる。
「はぁ……本当に厄介だね」
セルフィは荒くなった呼吸を整えながら苦笑する。
「エルナ、怪我は大丈夫?」
「大丈夫。ポーションをたくさん持ってきておいて正解だったよ」
そう言いながら、エルナは手にしていた空の回復ポーションと浄化ポーションの容器を放り捨てる。
セルフィたちの姿は、一言で表すなら満身創痍だった。
丈夫な装束は各所が裂けており、その下の肌には無数の傷が刻まれ、血が滲んでいた。
さらには瘴気を浴びた影響で、皮膚の一部は不気味に黒ずんでいる。
だが、セルフィは聖気によって傷を癒やし、エルナもまた、惜しみなく回復ポーションと浄化ポーションを使っていた。
「ルシウスの姿が見えないね。心視石も反応がない……」
セルフィが周囲へ視線を巡らせるが、どこにもルシウスの姿は見当たらなかった。
心視石を通して感じていた気配も途絶えている。
「多分、さっきの衝撃で遠くまで飛ばされたんだろう。上空にいた分、踏ん張りも利かなかっただろうし――」
「ギィィィ――ッッ!!」
エルナの言葉を遮るように、死殻が咆哮を上げる。
すると、巨大な脚が高々と振り上げられたと思うと、瞬時に振り下ろされる。
「「――っ!」」
凄まじい轟音とともに大地が砕け散るが、セルフィとエルナは咄嗟に左右へ飛び退いていた。
砕けた地面の破片が降り注ぐ中、二人は距離を取りながら態勢を立て直す。
「アウレインッ!」
「クォンッ!」
セルフィの呼びかけに応えるようにアウレインが駆け寄る。
セルフィはその背へ飛び乗ると、瞬時に弓を引き絞った。
狙うのは頭部。
攻撃というよりも牽制を期待して、死殻の動きを抑えるために射撃する。
「光球!」
次々と矢が放たれる。
光を纏った矢は流星のように死殻へ向かって飛翔した。
「ギィィィッ!」
だが、死殻は即座に反応する。
口元の触手が蠢き、再び無数の瘴気弾が放たれる。
――ドドドドドドッ!!
空中で激突した光の矢が次々と爆散する。
セルフィの攻撃は死殻へ届くことなく迎撃された。
さらに迎撃に使われた瘴気弾のうち、なお勢いを失わなかったものがそのまま軌道を変えず飛来する。
「クォンッ!」
アウレインは力強く地面を蹴ると、迫る瘴気弾の隙間を縫うように駆け抜ける。
瘴気弾が着弾するたびに轟音が響き、地面が砕け散った。
黒紫色の瘴気と衝撃波が周囲へ吹き荒れる。
だが、その全てをアウレインは紙一重で回避していく。
激しく揺れる背の上で、セルフィは静かに弓を引き絞る。
疾走するアウレインに合わせながら、一瞬の隙を見て矢を放つ。
放たれた矢が瘴気弾の合間を掻い潜りながら死殻へ迫る。
そして――目の前まで到達した瞬間。
「光!」
「――っ!!」
突如として眩い閃光が炸裂する。
視界を埋め尽くす光によって、標的を見失った死殻の攻撃が止まる。
触手の動きが鈍り、放たれ続けていた瘴気弾も途絶えた。
「はぁッ!!」
その瞬間を待っていたかのように、エルナが動く。
地面を蹴った次の瞬間には、既に死殻の懐へと飛び込んでいた。
視界を奪われた死殻は反応が遅れ、その隙を逃さず、エルナは双剣を振るった。
さらに――
「光球!」
「「ガルルルゥ――ッッ!!」」
セルフィの放った光の矢が死殻へ突き刺さると、続くようにヴァルガとヴォルグが飛び出し、視界を失った死殻へと攻撃を集中させる。
だが――
「ギィィィィィ――ッッ!!」
「「――っ!!」」
死殻が甲高い咆哮を上げた瞬間、その全身から濃密な瘴気が噴き出した。
黒紫色の瘴気が四方八方へ吹き荒れ、突風のようになってセルフィたちを吹き飛ばした。
収束した瘴気が爆発した訳ではないため、威力はなかったが、強制的に距離を取らされる。
そして、視界を回復したのか、死殻はゆっくりと視線をエルナへ向けた。
次の瞬間、その口元へ濃密な瘴気が収束し始める。
だが、それは先ほど瘴気弾を放った時とは明らかに異なっていた。触手の先端へ圧縮するのではなく、口元を覆う無数の触手が幾重にも絡み合い、その中心を包み込むように瘴気を凝縮している。
それは――瘴気の咆哮。
死殻が持つ最大級の攻撃の予備動作だった。
「――まずいッ!!」
それを視たセルフィは反射的に弓を引き絞り、矢を放つ。
放たれた矢は一直線に死殻へと突き刺さり、眩い光の爆発を連続して引き起こした。
轟音が響き、衝撃が周囲を揺らす。
しかし、死殻は微動だにしなかった。
爆発に晒されながらも意識を逸らすことなく、ただひたすら瘴気の収束を続けている。
「くッ――!」
エルナが吹き飛ばされた場所は、他の仲間たちから大きく離れていたため、助けに向かおうにも間に合わない。エルナ自身も死殻の射線から逃れようと駆け出すが、死殻の視線は執拗に彼女を捉え続けていた。
死殻の首がゆっくりと動き、その口元に凝縮された瘴気がエルナの動きに合わせて追従する。
そして、収束を続けていた瘴気がついに臨界点へ到達した。
直後。
死殻の口元から莫大な瘴気が解き放たれる。
「エルナッッ!!!」
「――っ!!」
セルフィの絶叫と同時に、黒き奔流がエルナへ向かって襲い掛かった。
黒く濁った破滅そのものが一直線に世界を呑み込んでいく。
放たれた瞬間、その余波だけで周囲の地面が吹き飛び、抉れ、溶解していく。
中級不死族である瘴牙獣が放つ瘴気の咆哮とは威力も規模も比較にならない。
そして――視界を埋め尽くす漆黒の奔流に、エルナは呑まれていった。




