74.大規模不死領域④
――フィリナ族に戦闘への適性はあるか?
この問いへの答えは、もちろん否だ。
これまでも幾度となく語られてきたように、身体能力が低く、魔力もほとんど持たないフィリナ族は、この世界において最弱の種族とされている。
――では、守護獣が誕生したことで、この定説は変わったのか?
この問いに対する答えは是だ。
守護獣という相棒を得たことで、フィリナ族は間接的に魔力の恩恵を受けられるようになった。
核の宝石を通じて守護獣の魔力を扱うことで、これまで発動できなかった魔法を行使し、身体能力を強化することすら可能となったのである。
さらに守護獣そのものが中級の魔物に匹敵する力を有している。
それだけでもフィリナ族にとっては革命的な変化だった。
ゆえに、フィリナ族の戦闘適性は守護獣の誕生によって初めて獲得されたと言っていい。
だが、それはあくまで最弱と呼ばれた種族が、ようやく他種族に肩を並べられるようになったというだけの話だ。
フィリナ族には、別の強みがあった。
それも守護獣のように新たに得た力ではない。
遥か昔からフィリナ族だけが持つ種族特性。
ある一点において、他種族を大きく引き離す力。
それは同族間で思念や感情、イメージ、さらには一部の記憶すら共有できる能力。
心視石による連携であった。
「「「ガァアアアッッ――!!!!」」」
構えるセルフィたちへ向かって、三体の瘴牙獣が咆哮とともに襲い掛かってくる。
だが――。
「風球」
迎え撃つようにルシウスが杖を振るう。
放たれた風魔法は瘴牙獣たちの足元へと着弾した。
次の瞬間、圧縮されていた暴風が一気に解放される。
轟音とともに吹き荒れた風が瘴牙獣たちの身体を持ち上げ、大きく吹き飛ばした。
「「「ガァアアッッ!!」」」
だが、それで終わりではない。
「ガルルッ!」
既に待ち構えていたヴォルグが水球を放つ。
勢いよく飛来した水球は吹き飛ばされていた瘴牙獣へ直撃すると、その身体を勢いよく弾き返し――
「光球」
「「「――っ!」」」
そこには、既にセルフィの放った矢が飛んでいた。
瘴牙獣たちは回避することもできないまま矢を受ける。
直後、矢に込められていた光魔法が炸裂した。
眩い光と衝撃が不死族たちを呑み込み、その身体を消滅させた。
心視石による高度な連携。
それはこの数か月に及ぶ実戦と訓練の中でさらに磨き上げられ、今や全員が同じ戦場を見て、同じ未来を思い描き、一つの意志のもとに寸分の狂いもなく行動することを可能としていた。
「光縛帯!」
「「ガァアアアッッ!!」」
頭上の枝から飛び降り、奇襲を仕掛けようとしていた二体の骨刃鬼へ向けて、セルフィが先制の矢を放つ。
放たれた矢は眩い光の帯へと変じ、蛇のようにうねりながら骨刃鬼たちの身体へ絡みつく。そのまま幹へと強引に縫い留めるように締め上げ、二体の動きを封じた。
もっとも、その拘束は速度を優先した即席のものだ。拘束力そのものは十分とは言えず、中級不死族である骨刃鬼ならば数秒もあれば力任せに引き千切ることができる。
だが――その数秒こそが彼らには致命的だった。
「はぁッッ!!」
鋭い裂帛の気合とともに、エルナが一気に距離を詰める。
その足元には、空中へ展開されたヴォルグの水球があった。まるで見えない足場を駆けるように水球から水球へと跳び移り、常人ではあり得ない軌道で上空へ躍り出る。
次の瞬間、閃いた双剣の軌跡が白銀の弧を描いた。
骨刃鬼たちが拘束を破るよりも早く、その斬撃は二体の身体を十字に切り裂き、黒い瘴気とともに朽ちた骨片を周囲へと撒き散らした。
「グルルルゥッッ!!」
瘴牙獣が四肢を大地へ深く食い込ませるように踏ん張る。
大きく開かれた顎の奥では、瘴気が渦を巻きながら急速に収束していた。周囲の空気さえ濁らせる濃密な瘴気は、次の瞬間に放たれる咆哮の危険性を雄弁に物語っている。
だが、その攻撃が放たれることはなかった。
「風球」
「ガァアアアッ!!」
すでにルシウスとヴァルガは動いていた。
ルシウスが放った暴風を封じ込めた魔法が唸りを上げながら一直線に飛翔し、それを追うようにヴァルガの爆炎を宿した火球が駆け抜ける。
瘴気の咆哮を放とうとしていた瘴牙獣へ、二つの魔法がほぼ同時に着弾した。
その瞬間――
――ドオォォォォオンッッッ!!!
圧縮されていた暴風が解き放たれ、荒れ狂う炎を一気に膨れ上がらせる。
風は炎を煽り、炎は風の勢いを得て暴威を増す。
二つの属性魔法は互いの力を増幅させながら混ざり合い、単独では到底及ばない破壊力を生み出した。
爆炎の奔流に呑み込まれた瘴牙獣は断末魔を上げる間もなく焼き尽くされ、その衝撃波と灼熱の炎は周囲に群がっていた不死族たちをも巻き込む。
骨は砕け、肉は焼け焦げ、黒い瘴気を撒き散らしながら複数の不死族がまとめて消し飛ばされた。
数の上では圧倒的に不利だった。
セルフィたちは少数であり、周囲は無数の不死族によって取り囲まれている。本来であれば追い詰められ、守勢に回っていてもおかしくない状況。
だが、実際に戦場を支配しているのはセルフィたちの方だった。
誰かが動けば、その意図を他の仲間たちが瞬時に読み取る。
心視石から、次に何をしようとしているのかを理解し、それぞれが最適な位置へ動く。
この一糸乱れぬ連携こそが、かつては下級不死族との戦いにすら苦戦していたセルフィたちが、わずか数か月で上級個体の不死族を討ち果たすまでに成長した理由だった。
「「「ガァアアアッッ――!!!!」」」
セルフィたちの頭上。
巨木の幹や枝に張り付いていた複数の骨刃鬼が咆哮を上げながら、瘴気を収束させる。
濃密な瘴気は黒い塊となって彼らの周囲を渦巻き、やがて無数の瘴気弾がセルフィたちへ襲い掛かる。
「クォン!」
「はぁッ!」
「「ガァッ!」」
だが、その攻撃は届かない。
アウレインが即座に結界を展開し、迫る瘴気弾を受け止める。
結界の範囲外の瘴気弾はエルナが双剣で切り払い、さらにヴァルガとヴォルグが放つ火球と水球が次々と空中で瘴気弾を迎撃した。
爆ぜる炎と飛び散る水飛沫が空を埋め尽くし、瘴気弾は一つとして地上へ届かない。
そうして骨刃鬼たちの意識が地上の迎撃へ集中した、その瞬間――
「風圧!」
ルシウスの声が上空から響く。
次の瞬間、骨刃鬼たちのさらに上空で圧縮されていた暴風が解放された。
――ゴォウッ!!
「ガァッ!?」
「ガァアアッ!!」
不意を突かれた骨刃鬼たちは幹へ食い込ませていた爪を引き剥がされ、そのまま地面へと叩き落とされた。
落下した彼らは地上にいた瘴牙獣へ激突し、互いにもつれ合うように転がる。
そして――その隙を待っていたかのようにアルファが動く。
「クァアアッッ――!!!」
上空を旋回していたアルファが大きく翼を広げる。
羽ばたきと同時に巻き起こった暴風は不死族たちへ襲い掛かった。
地面へ叩き落とされたばかりの骨刃鬼たちは抵抗する間もない。
巻き込まれた瘴牙獣もまた、上から降ってきた骨刃鬼に押し潰される形で体勢を崩していたため踏ん張ることができず、まとめて吹き飛ばされていく。
不死族たちの身体は宙を舞い、そのまま森の木々を次々と薙ぎ倒しながら後方へ流される。
やがて彼らは森を抜け、荒野へと放り出された。
暴風に翻弄されながら何度も地面を転がり、ようやく身体を起こそうとした――その瞬間。
「光縛帯!」
セルフィが弓に二本の矢を番える。
聖気を帯びた矢は放たれると同時に眩い光を放ち、それぞれの矢を繋ぐように一本の光の帯を生み出した。
二本の矢は不死族たちの左右を通り抜ける。
すると、それに引かれるように光の帯が不死族たちを巻き込みながら、後方へと飛んでいく。
「――ッ、ガァアアアッ!」
「――ッ、ガァッ!」
「――ッ、グルルルッ!」
抵抗しようとする不死族たちをまとめて絡め取ったまま、光の矢は勢いを失わない。
そのまま彼らを引き摺るように後方へ駆け抜け――。
そこに待っていたのは、大地を断ち割る巨大な裂け目だった。
不死族たちは悲鳴を上げながら宙へ放り出される。
絡み合ったまま為す術もなく落下し、その姿は底の見えない深い断崖の闇へと飲み込まれていった。
やがて断末魔だけが遠くから響き、そしてそれすらも聞こえなくなる。
断崖の底へ落ちた不死族たちの姿は、完全に視界から消えていた。




