73.大規模不死領域③
――ダンッ!!
前方から大量の中級不死族が迫っていることを確認した瞬間、セルフィはアウレインの背へ飛び乗った。
同時にアウレインが力強く地面を蹴る。
爆発するような踏み込みとともに、その巨体が一気に前方へ駆け出した。
乾いた地面が砕け、土と石が後方へ跳ね飛ぶ。
瘴気に満ちた空気を切り裂きながら、アウレインは不死族の群れへ向かって一直線に加速していく。
「ガァアアアアアッッッ!!!」
先頭にいた瘴牙獣が大きく口を開き、威嚇するように咆哮を上げる。
鋭い牙の隙間から瘴気が漏れ出し、その濁った眼光が真っ直ぐセルフィ達を捉えていた。
だが――
「――っ!」
セルフィは微塵も怯まない。
アウレインもまた、恐怖を感じている様子はなかった。
むしろ速度はさらに増していく。
セルフィは気づいていた。
――このまま状況に流されるまま戦闘を始めれば、取り返しのつかない事態になると。
不死族たちが現れた場所と、自分たちが立っている場所との間には遮蔽物らしい遮蔽物が存在しない開けた地形。
そして背後には、大森林の裂け目。
この場所で迎撃戦を行えば、機動力を活かす戦いが不可能になる。
さらに相手は数十体規模。
戦闘が長引けば、左右から回り込まれ、包囲される危険性も高かった。
そうなれば疲弊した今の状態では、一気に戦線が崩壊しかねない。
だからこそ、セルフィは自ら前へ出た。
不死族の群れへ向かって突撃したのは、決して焦りからではない。
不死族たちの背後には、瘴気で黒く変色した木々がまだ残っている。
視界こそ悪くなるが、その分、敵もまた密集して動きづらくなる。
木々を盾として利用できれば、一度に相手取る数を制限することも可能だ。
セルフィはアウレインの背で弓を握り直した。
みるみるうちに両者の距離が縮まっていく。
迫り来る不死族の群れ。
一直線に駆けるアウレイン。
そのどちらも勢いを緩める気配はない。
互いの距離は十メートル。
五メートル。
三メートル――今にも激突しようかという、その瞬間だった。
――タンッ!!
軽快な踏み込み音とともに、アウレインが地面を強く蹴る。
次の瞬間、その巨体が信じられないほど軽やかに宙へ舞い上がった。
迫り来る瘴牙獣の頭上を、大きく飛び越える。
「ガァアアアアアッ!?」
迎撃しようとしていた瘴牙獣が虚空へ牙を噛み合わせる。
アウレインは既にその頭上を越え、さらに奥へと飛び込んでいた。
――タンッ! タタンッ!
着地したかと思えば、今度は近くの大木を蹴る。
その反動を利用し、再び跳躍。
黒く変色した木々の間を縫うように駆け抜け、枝から枝へ飛び移る猿のような軽快さで森の奥へと突き進んでいく。
「――っガアアアッ!」
「――っガァッ!」
「――っグルルルッ!」
不死族たちはアウレインの動きに追いつけず、反応が遅れた。
「光球!」
そしてセルフィは、その隙を逃さなかった。
疾走する揺れの中で流れるような動作で矢を番える。
核の宝石から引き出された聖気が矢へと流れ込み、白い輝きを纏わせ――放つ。
連続して放たれた光の矢は、夜空を裂く流星のような軌跡を描きながら不死族の群れへと降り注ぐ。
矢に込められた光魔法は、着弾した瞬間に炸裂した。
――ドドドドォンッ!!
眩い閃光が瘴気に満ちた森を照らし出す。
不死族たちは悲鳴を上げる間もなく焼かれ、連続する爆発によって周囲へ吹き飛ばされた。
「ガァアアアッ!?」
「グルルァァッ!!」
特に先頭を走っていた瘴牙獣たちは、アウレインの跳躍によって完全に意識を乱されていた。
突撃を迎え撃つつもりでいたところへ頭上を飛び越えられ、その直後には光の爆発。
変化し続ける戦況に対応しきれず、まともに攻撃を受け、体勢を大きく崩した。
そして――
「はぁッ!」
鋭い気合いとともに、銀閃が走る。
アウレインより僅かに遅れて駆け出していたエルナが、戦場へ到達した。
光の爆発で混乱する不死族の群れへ飛び込み、迷うことなく双剣を振るう。
体勢を崩した不死族たちは反応すらできない。
すれ違いざまに首を断たれ、胴を裂かれ、次々と地面へ崩れ落ちていく。
「「ガァルルルッ!!」」
さらに、追撃するように二体の守護獣が飛び込む。
ヴァルガとヴォルグは無秩序に暴れるのではなく、冷静に獲物を見極めていた。
エルナの斬撃を受けながらもなお動こうとする個体。
あるいは体勢を立て直し、反撃に移ろうとする個体。
そうした危険な相手だけを狙い定め、ヴァルガの炎を纏った爪が不死族の肉を切り裂き、ヴォルグの鋭い牙が喉元へ食らいつく。
こうして、不意の遭遇戦は、セルフィたちが先手を取る形で始まった。
「「ガァアアアアッッ――!!!!」」
「くっ――光球!」
セルフィは迫り来る不死族へ向けて光の矢を放つ。
放たれた矢は空中で炸裂し、眩い閃光と衝撃波を撒き散らした。
飛び掛かってきていた数体の骨刃鬼が吹き飛ばされ、木々へ叩きつけられる。
戦闘開始からしばらくが経過し、状況は少しずつ変化していた。
アウレインは木々を利用しながら縦横無尽に駆け回り、不死族の包囲を避け続けているが、その動きにも徐々に対応され始めていた。
「ガァアアアアッ!!」
「クォンッ!!」
骨刃鬼は四本の腕を器用に使い、大木の幹へ張り付く。
その状態から背中の骨触手を鞭のように振るい、あるいは木から木へ飛び移ってアウレインへ襲い掛かった。
――ギィィンッ!
鋭い音とともに骨触手が結界へ激突する。
別の方向から飛び掛かってきた骨刃鬼へ向けて、セルフィが即座に矢を放つ。
光を纏った矢は骨刃鬼の頭蓋を貫き、そのまま地面へ叩き落とした。
幸い、攻撃のほとんどはアウレインの結界に阻まれている。
セルフィも可能な限り迎撃しているため、まだ致命的な一撃は受けていない。
それでも状況は決して良くなかった。
アウレインへ直接攻撃を仕掛ける個体が明らかに増えている。
このまま消耗が続けば、捉えられるのは時間の問題だった。
「(まずいッ……!)」
状況の悪さにセルフィは歯を食いしばる。
「(森の中と違って木が密集していない……! これじゃアウレインの機動力を活かしきれないッ!!)」
この裂け目付近の地形に生える木々は、その間隔が広い。
足場から足場への距離が長くなり、その分だけ移動の軌道が読みやすくなってしまう。
不死族たちは、その僅かな隙を確実に突き始めていた。
「……かといって」
セルフィは視線を下へ向ける。
数体の瘴牙獣が、まるで獲物の落下を待つ狩人のようにアウレインへ並走していた。
時折、頭上を見上げながら牙を剥いている。
明らかにセルフィたちを待ち構えていた。
「……地上に降りれば囲まれる、か」
思わず苦い声が漏れる。
上へ逃げれば骨刃鬼、下へ降りれば瘴牙獣。
どちらにも危険が待ち受けている。
セルフィは周囲を見回しながら必死に思考を巡らせた。
どう動くべきか。
どうすれば主導権を取り戻せるのか。
疲労で重くなった頭を無理やり回転させる。
だが――先に動いたのは、不死族の方だった。
「「グルルルルッッ……」」
不意に、地上を走っていた数体の瘴牙獣が足を止めた。
四肢を踏ん張り、大地へ爪を食い込ませるような姿勢を取る。
大きく口を開くと、周囲に漂っていた瘴気が引き寄せられるように動き始めた。
淀んだ靄が渦を巻きながら口内へ吸い込まれていく。
濃縮される瘴気。
その光景を見た瞬間、セルフィは次に何が来るのかを理解した。
「まずいッ!!」
叫ぶよりも早く、アウレインは動いていた。
セルフィの意図を察したアウレインが、大木へ掛けていた脚に力を込める。
次の瞬間、爆発的な勢いで跳躍した。
先程までとは比べ物にならないほどの大跳躍。
だが――それとほぼ同時だった。
「「ガァアアアアッッ――!!!!」」
瘴牙獣たちが咆哮する。
その口内へ収束していた瘴気が、一斉に解き放たれた。
轟音と濁流。
圧縮された瘴気が奔流となって森を薙ぎ払う。
まるで黒い激流が空間そのものを削り取るかのようだった。
先程までアウレインがいた大木へ直撃すると、一瞬で腐敗した。
樹皮が剥がれ、幹が黒く変色し、内部から崩れ落ちていく。
「――っ!!」
跳躍したアウレインは着地するよりも先に身体を捻る。
空中で無理やり軌道を変え、そのまま別の木へ飛び移った。
――ドォォンッ!!
直後、先程までいた空間を瘴気の濁流が通過する。
さらにもう一発、そしてまた一発。
複数の瘴牙獣が放った瘴気の咆哮が次々と森を薙ぎ払っていく。
跳び、捻り、蹴り、再び跳ぶ。
迫りくる瘴気に対し、アウレインはそれらを紙一重で回避した。
しかし――
「ガァアアアッッ!!」
「――なッ!!」
「――クォッ!」
目の前を通った瘴気の中から一体の骨刃鬼が現れ、飛びかかって来た。
突如として目の前に現れた敵にセルフィもアウレインも咄嗟に動けず――
――ザシュッッッ!!
「ぐぅっ!!」
「クォンッッ!!」
骨刃鬼の振るった背中の骨触手がセルフィを切り裂いた。
咄嗟にかざした左腕を切り裂かれ傷口から出血しながら、アウレインの背中から叩き落とされたセルフィ。
そのまま地面に落下し――
――ドスンッッッ!!!
「かはッ――!」
咄嗟に身体強化と受け身をしたが、地面に叩き落とされた衝撃で肺の中の空気が吐き出される。
「――ッ!」
しかし、ここは戦場だ。
セルフィは全身を襲う痛みを無視し、すぐさま身を起こす。
そして、落下してなお手放さなかった弓を構えた。
「「ガァアアアッッ――!!!!」」
「光縛帯!」
構えた左腕から激痛が走る。
それでも歯を食いしばり、矢を引き絞って放った。
三本の矢は迫り来る瘴牙獣へと突き刺さる。
次の瞬間、刺さった矢から放たれた光が幾重もの帯となって広がり、不死族たちの身体を拘束した。
「今のうちに――ッ!?」
倒すことではなく、足止めを優先した一撃。
その隙にこの場を離脱しようとしたセルフィだったが、その目論見は阻まれる。
「「ガァアアッ!!」」
頭上から二体の骨刃鬼が飛び降りてきた。
落下の勢いを乗せて振り下ろされる鋭い爪。
セルフィを切り裂こうと迫るその一撃が届く直前――。
「風刃!」
「閃刃!」
横合いから飛来した風の刃と魔力の刃が、不死族を切り裂いた。
セルフィがそちらへ視線を向ける。
そこには杖を構えたルシウスと、双剣を構えたエルナの姿があった。
「エルナ! ルシウス!」
「ふむ。無事か、セルフィ」
「危なかったね。間に合って良かったよ」
「ありがとう、二人とも。助かった」
二人へ礼を言うセルフィ。
そこへアウレインも駆け寄ってくる。
「クォン……」
心配するように鼻先をセルフィの左腕へ近づけると、そこへ聖気が収束していく。
淡い光が傷口を包み込み、裂けた肉が少しずつ癒えていった。
「アウレイン。ありがとう。心配かけたね」
「クルゥッ」
短く鳴いたアウレインに思わず頬が緩む。
だが――。
「まだ終わっていないぞ。構えろ」
ルシウスの低い声が空気を引き締めた。
その視線の先には、未だ半数以上の不死族が残っていた。
木々の幹に張り付く骨刃鬼。
地を這うように身を低くし、いつでも飛びかかれるよう構える瘴牙獣。
瘴気の向こう側では、さらに不死族たちが低く唸り声を上げている。
戦いはまだ終わっていない。
セルフィは弓を握り直し、大きく息を吐いた。
そして意識を研ぎ澄ませながら、迫り来る不死族たちを見据えるのだった。




