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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
エルフ領到達編
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71.大規模不死領域①

「ふぅ……ここまでは順調に来れたね。二人とも、疲れは残ってない?」


 セルフィは立ち止まり、後ろを振り返りながら仲間達へ声を掛けた。


「ああ、問題ない」


「うん。私も大丈夫だよ」


 ルシウスとエルナも、それぞれ問題ないと頷く。

 セルフィ達がエルフ領へ向けて村を出発してから、およそ三日。

 幸い、大きな問題に遭遇することもなく、一行は予定通り順調に進むことが出来ていた。


 そして今――。

 彼らの目の前には、大規模不死領域が広がっている。


 正確には、まだ“不死領域の外縁”だ。

 だが、それでも空気は明らかに変わっていた。


 この先からは、不死領域内部に充満する濃密な瘴気によって、一気に視界が悪化する。

 現に、まだ領域内部へ踏み込んでいないにも関わらず、その奥は既に見通せなくなっていた。


 暗く、重く、淀んだ瘴気。

 まるで黒い霧の壁のように周囲へ広がり、その先に存在するもの全てを覆い隠している。


 肌に触れる空気も冷たい。

 生気を拒絶するような不快感が辺り一帯へ漂っていた。

 エルナは思わず眉をひそめる。


「……何度見ても、嫌な場所だね」


「同感だ」


 ルシウスも眉をひそめながら頷く。


「だが、ここで立ち止まっていても意味はないだろう」


「そうだね。……行こう」


 エルナの言葉に、セルフィも静かに頷いた。

 三人は互いに視線を交わし、最後の確認を終える。


 そしてセルフィは、アウレインへ騎乗したまま、不死領域へと足を踏み入れた。


「――っ」


 領域へ入った瞬間、全身へ襲い掛かってきたのは濃密な瘴気だった。


 肌にまとわりつくような冷たさ。

 肺へ入り込む度に内側から侵されるような不快感。

 さらには、まるで空気そのものが重くなったかのような圧迫感まである。


 それは単なる“気味の悪さ”ではない。

 生者を拒絶する死の力が、直接身体へ干渉してきているのだ。


 セルフィは思わず息を詰まらせる。

 その感覚は、まるで見えない圧力を胸の奥へ押し付けられているかのようだった。


 当然、それはセルフィだけではない。

 エルナもルシウスも、そして守護獣達もまた、揃って表情を険しくしていた。

 それでも誰一人足を止めることなく、一行はゆっくりと前進していく。


「旧フィリナ領の不死領域より、さらに瘴気が濃いな」


 周囲を警戒しながら、ルシウスが低く呟く。


「幸い、事前に飲んだ耐瘴薬の耐性を超えるほどではない。だが、こまめに体調を確認した方がいいだろうな」


「休憩する時や、夜になった時は、不死領域の外へ出るんだよね?」


 エルナが今後の行動について確認するように尋ねる。

 エルナの疑問にルシウスは頷き、落ち着いた口調で説明する。


「ああ。このまま外縁部を進み、耐瘴薬の効果が切れる前に一度領域の外へ出る。そこで休息と耐瘴薬の再服用を行う予定だ」


 耐瘴薬は万能ではない。

 効果時間にも限界があり、長時間瘴気へ晒され続ければ身体への負担は避けられない。


「夜営も、不死領域の外で行う。森の中で見張りを立てながら一泊する形になるな。不死族だけでなく、通常の魔物への警戒も必要になる」


「了解。体調管理には、いつも以上に気を付けないとね」


「ああ。瘴気の影響は自覚しづらい。少しでも異変を感じたら、すぐに共有してくれ」


 ルシウスの忠告に、セルフィ達も静かに頷く。

 こうして、一行は警戒を強めながら、不死領域の外縁部を進み始めた。




「「ガァアアアアアッ!!!!」」


 不死領域を進む以上、不死族との遭遇は避けられない。

 瘴気の漂う森の奥から現れた不死族達は、生者の気配を察知した瞬間、獣のような咆哮を上げながらセルフィ達へ襲い掛かってきた。


「よっ、と」


 エルナは軽やかに地面を蹴りながら、迫ってきた骨刃人の攻撃を躱す。


「……襲ってくるのは下級ばっかりだね」


 骨刃人の骨の擦れる不快な音を鳴らしながら振るわれる爪撃と尾撃。

 だが、エルナはそれらを危なげなく回避していく。


 身体を僅かに傾けるだけで爪を避け、低く踏み込んで尾を躱し、そのまますれ違い様に双剣を閃かせた。


 ――ザシュッ!


 鋭い斬撃が骨を断ち切り、骨刃人の身体が崩れ落ちる。

 さらにエルナは止まらない。

 流れるような動きで次の個体へ踏み込み、次々と双剣を叩き込んでいく。


「まぁ、いくら大規模な不死領域でも、外縁部にいるのは基本的に下級不死族ばかりだからな」


 その様子を見ながら、ルシウスが冷静に答える。


「……というより、そうでなければ、わざわざ不死領域内部を進んだりはせん」


 旧フィリナ領周辺や、エルフ領へ続く主要ルート付近では、八十年前まで定期的な間引きが行われていた。そのため、周辺の魔物の脅威は比較的低く抑えられている。


 だが、本来の大森林はそう甘い場所ではない。

 中級以上の魔物が数多く生息しており、場所によっては上級個体と遭遇することすらある危険地帯だ。


 そして今回、セルフィ達は不死領域の外縁に沿う形で大きく迂回して進んでいる。

 当然、かつて間引きが行われていた安全圏からは外れているため、外側の森を進めば、高位の魔物と遭遇する危険性が高い。


 一方で、不死領域の外縁部には濃密な瘴気という脅威が存在する。

 だが、その代わりに現れる不死族の大半は下級個体だ。

 瘴気を嫌って生者が近付かないこともあり、外部の魔物が侵入してくることもあり得ない。


 結果として――。

 瘴気の対策さえ徹底していれば、不死領域内部を進んだ方が、外側の森を進むより戦闘は楽に済むのである。


「……おっと。セルフィ、ルシウス。新手だよ」


 エルナが双剣を構え直しながら視線を向ける。

 その先――濃い瘴気の奥から、複数の影がこちらへ向かって駆けてきていた。


「グルルルル……!!」

「ガァァァッ!!」


 現れたのは骨刃人の群れだった。

 白骨の外骨格を軋ませながら、生者の気配を察知した不死族達が一直線に迫ってくる。


「戦闘音に釣られて、近くにいた不死族が集まってくるのは面倒だね」


 エルナは小さく息を吐きながら呟く。


 不死族は自我を持たないものの、生者や戦闘音への反応は鋭い。

 特に不死領域では、一度戦闘を始めれば周囲の不死族を引き寄せやすかった。


「まぁ、仕方ないだろう。それでも、外側の森を進むよりは遥かにましだ」


 ルシウスは落ち着いた様子で杖を構える。


 その後も何度か不死族との戦闘は発生した。

 だが、予想通り襲い掛かってくるのは下級不死族ばかりであり、セルフィ達は危なげなく迎撃していく。


 瘴気への警戒を怠らず、定期的に体調を確認しながら、一行は着実にエルフ領への遠征を進めていた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 エルフ領を目指し、不死領域の外縁部を進み続けて数日。


 セルフィ達の遠征は、ここまで大きな問題もなく順調に進んでいた。

 既に旅程の三分の二ほどを踏破しており、予定通り進めば、あと数日でエルフ領へ到達できる距離まで来ている。


「ここまでは順調だったけど……」


 セルフィは前方を見据えながら、小さく息を吐いた。


「さて、ここが“大森林の裂け目”か」


 その視線の先に広がっていたのは――巨大な裂け目だった。

 大地そのものが無理矢理引き裂かれたかのような、巨大な断裂は、崖が左右へどこまでも続いている。


 そして、底の見えない奈落。

 濃密な瘴気が裂け目の内部に溜まっており、崖下は完全に闇へ沈んでいた。


 吹き上がる風が、低いうなり声のような音を立てる。

 不死領域という土地柄も相まって、その光景には生理的な不気味さがあった。

 エルナも思わず表情を険しくする。


「……想像以上だね、これ」


「うん」


 セルフィも真剣な眼差しで裂け目を見つめる。


「ここが、この遠征最大の難所――ここを超えなければエルフ領に辿り着けない」


 この場所こそが、今回の遠征において最も危険な地点。


 そして――。

 エルフ領へ辿り着くために、必ず越えなければならない障害だった。


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