63.装備の更新③
「ブモォォォォォォ――ッ!!!」
興奮状態のまま殺人蜂の巣へと突っ込んだ剛牙猪は、その勢いのまま巨大な巣を大きく破壊しながら暴れ回る。
振るわれた巨大な牙が巣を引き裂き、衝突の度に木片や巣材が周囲へと激しく飛び散った。
――バキィッ!!
――メキメキメキッ!!
魔導樹に張り付いていた巨大な巣が、轟音とともに崩れ落ちていく。
「――ッッ!!!」
「――――ッ!!」
巣に甚大な被害を受けたことで、殺人蜂たちも完全に狂乱状態へと陥った。
おびただしい数の蜂が一斉に剛牙猪へ群がり、その巨体を覆い隠す。
もはや遠目には、黒い濁流が蠢いているようにしか見えない。
数の暴力。
その言葉を体現するかのように、殺人蜂たちは絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。
一匹一匹が人の頭ほどもある巨大な蜂。
麻痺毒を宿した針は、剛牙猪の分厚い毛皮と皮膚に阻まれ、深くまでは届かない。
だが――
彼らの本当に恐ろしい武器は、その顎だった。
――ガギィッ!!
――ブチブチブチッ!!
強靭な顎が毛皮を噛み千切り、皮膚を裂き、肉を抉る。
どれほど頑強な肉体であろうと、数千匹規模でまとわりつかれれば無傷では済まない。
剛牙猪の全身から、徐々に鮮血が噴き出し始めていた。
「ブモォォォォォォ――ッ!!」
「「「――ッ!!」」」
剛牙猪が激しく咆哮し、その巨体を荒々しく振り回す。
すると、全身にまとわりついていた殺人蜂たちが一斉に吹き飛ばされた。
中には、そのまま巨木へ叩き付けられ潰されるもの。
あるいは、振るわれた巨大な牙に引き裂かれ、胴体を真っ二つにされるものもいる。
ただ暴れただけ。
それだけで数十匹単位の殺人蜂が命を散らしていく。
殺人蜂たちは密集しているが故に、一度の攻撃で受ける被害は凄まじかった。
あっという間に地面には大量の死骸が積み重なり、黒い絨毯のように周囲を埋め尽くしていく。
――ブブブブブブブブブブブブブッッッ!!!!
しかし。
それでもなお、殺人蜂の群れは減ったように見えない。
むしろ、巣の奥から次々と新たな個体が溢れ出し、その数はさらに増しているようにすら見えた。
空間を埋め尽くす羽音。
黒く蠢く巨大な群体。
その中心で、剛牙猪がなおも暴れ狂う。
巨大な肉体を持つ中級魔物と、数万規模にまで膨れ上がった殺人蜂の群れ。
両者は互いの命を凄まじい勢いで削り合いながら、激突を続けていた。
「……すごいことになってる」
「……本当にね」
壮絶な激突が続く戦場を少し離れた場所から見つめながら、セルフィとエルナは思わずそんな感想を漏らした。
最終的にどちらも倒す必要があるのなら、互いをぶつけ合わせればいい。
セルフィのその発想から始まった作戦だったが、実際に始まった戦闘は二人の想像を遥かに超えるものだった。
絶え間なく飛び散る血と死骸。
中級魔物同士の激突というのは、ここまで凄まじいものなのか。
二人は僅かに顔を引きつらせながら、その光景を見守っていた。
「それで、これからどうするんだい?」
エルナが視線を戦場へ向けたまま問いかける。
セルフィも同じように剛牙猪と殺人蜂の群れを観察しながら答えた。
「そうだね。僕らにとって厄介なのは、どちらかと言えば剛牙猪より殺人蜂の群れの方なんだ。だから、できれば剛牙猪には、このまま巣を最低でも半壊――できれば全壊近くまで壊してほしい」
「……まぁ、その気持ちは分かるけど」
エルナは苦笑しながら前方を見る。
「流石に難しそうだね」
「うん……」
セルフィも小さく頷いた。
視線の先では、今なお剛牙猪が暴れ狂っている。
突進するたびに巣が崩れ、巨大な牙が振るわれるたびに大量の殺人蜂が吹き飛んでいく。
だが、それでも。
戦況は徐々に殺人蜂側へと傾き始めていた。
剛牙猪の全身には、すでに無数の傷が刻まれている。
毛皮は裂け、肉が抉れ、鮮血が絶え間なく流れ落ちていた。
一方で、殺人蜂たちは仲間がどれだけ死のうとも勢いを失わない。
次から次へと群がり続け、剛牙猪の体力を確実に削り取っていた。
このままでは、先に力尽きるのは剛牙猪の方だろう。
セルフィは険しい表情でその様子を見つめた。
「ブモォォォォッ!!」
剛牙猪が怒りと苦痛を混ぜたような咆哮を上げる。
分厚い毛皮は各所で裂け、剥き出しとなった肉からは絶え間なく血が流れ落ちている。
もはや巨体は血に濡れ、赤黒く染まりきっていた。
「私たちも介入する?」
エルナが真剣な表情で問いかける。
だが、セルフィはすぐに首を横へ振った。
「いや……。このままだと、巣を破壊しきる前に剛牙猪の方が力尽きる」
セルフィは視線を戦場へ向けたまま続ける。
「あの数の殺人蜂相手に近づくのは危険すぎるよ。今介入したら、僕たちまで群れに飲まれる可能性が高い」
「……そうだね」
エルナも苦い顔で頷いた。
彼女の言う通り、殺人蜂の巣にも決して小さくない被害は出ている。
殺人蜂たちは、五本の魔導樹にそれぞれ巨大な巣を形成していた。
そのうち一つは、最初の突進によって完全に崩壊。
さらに剛牙猪が暴れ回ったことで、もう一つの巣も半壊状態にまで追い込まれていた。
だが――
「被害は大体、三割くらいかな……」
セルフィが状況を冷静に分析する。
殺人蜂が群れごと移動を始めるほどの被害を与えるには、おそらく最低でも、あと一つ。
もう一つ巣を完全に破壊する必要がある。
しかし、今の剛牙猪には、そこまで暴れ続ける余力は残されていないように見えた。
「ブモ……ォ……」
先ほどまで周囲を揺るがす勢いだった咆哮にも、もはや力がない。
それでも剛牙猪はなお暴れ続け、巨大な牙を振るう度に数十匹単位の殺人蜂を吹き飛ばしていた。
だが――
もはや焼け石に水だった。
群れの勢いは止まらない。
傷口へ無数の蜂がまとわりつき、開いた肉へ強引に針を突き立てていく。
分厚い皮膚を貫けなくとも、裂けた傷口からなら麻痺毒を直接流し込める。
その結果、剛牙猪の巨体は徐々に自由を奪われ始めていた。
「ここまでか……。もう少しなんだけど。何か別の手を――」
「セルフィ!! 新手だ!!」
セルフィが次の手を考え始めた、その瞬間。
突然、エルナが鋭い警戒の声を上げた。
「後方から二体! 剛牙猪だ!」
「――はっ!?」
告げられた内容に、セルフィの思考が一瞬止まる。
だが、すぐさま反射的に後方へ視線を向けた。
すると――
森の奥から凄まじい勢いで土煙が巻き上がっている。
そして、その中を突き進むように、二つの巨大な影がこちらへ迫っていた。
――ドドドドドドドドドッ!!!!
地面が揺れる。
木々をへし折りながら迫ってくるのは、先ほどの個体と同種。
巨大な牙を持つ、二体の剛牙猪だった。
「何で、剛牙猪が――っ!?」
セルフィが目を見開く。
剛牙猪は基本的に単独で行動する魔物だ。
同種同士で協力することなど滅多にない。
何故、新たに二体もの剛牙猪がこちらへ向かって来ているのか。
その答えを理解した瞬間――
セルフィは、自分の失敗に気づいた。
障害物を一切気にせず突進してくる巨体。
理性を失ったように血走る眼。
そして、何かに導かれるように、この場所へ一直線に向かってくる姿。
「……っ!!」
セルフィの顔が引きつる。
「(餌の回収、忘れてた……っ!!)」
そう。
剛牙猪を興奮状態へ導くために使用した木の実。
その匂いの染み込んだ餌が、まだ残っていたのだ。
しかも、先ほどの戦闘の騒音と血の匂いによって、興奮した剛牙猪をさらに引き寄せてしまっている。
「ちょっ……! 避けてっ!!」
「――っ!!」
セルフィの叫びと同時に、エルナは慌ててその場から飛び退く。
二体の剛牙猪が、凄まじい勢いのままセルフィたちのすぐ脇を通り抜けた。
暴風のような風圧が吹き荒れ、砕けた地面の破片が弾丸のように周囲へ飛び散る。
「くっ……!」
セルフィは咄嗟に腕で顔を庇いながら耐える。
そして――
――ドゴォォォォォォンッ!!!
新たな襲撃者となった二体の剛牙猪は、そのまま一直線に殺人蜂の巨大な巣へと突っ込んでいった。




