60.今後の方針
「ポーションの次は、装備についてだ」
ポーション作成が滞りなく終わり、次の取り組みについて話し合っていると、ルシウスが次の目標を口にした。
「装備?」
「そうだ。前回の旧フィリナ領解放とは違い、今回は時間の制約がない。その分、準備に十分な時間を割ける。エルフ領への遠征に向けて、ポーションの備蓄だけでなく、進行ルートの選定や装備の更新も進めておく必要がある」
「なるほど。せっかく森を自由に探索できるようになったんだし、弓の素材を揃えて、もっと性能のいいものにしたいかも」
ルシウスの提案に、セルフィも賛同するように頷いた。
守護獣が誕生する以前、森は不用意に足を踏み入れられる場所ではなかったし、誕生後も旧フィリナ領の解放に追われ、じっくりと探索する余裕はなかったのだ。
「なら、一度それぞれの装備を更新するうえで必要な素材を洗い出そうか。今の私たちなら、大森林にあるものなら大抵は手に入るだろうしね」
「そうだな。俺の場合は杖の更新だ。となると、より魔力との親和性が高い木材が欲しい。大森林で手に入るものとしては――“魔導樹”だな。杖一本分だから、ある程度の太さの枝が採取できれば十分だ」
「僕は弓の素材だけど……どんなのがあるかな? 必要なのは、丈夫で弾力性に優れていて、繰り返しの使用に耐える靭性と軽さ、ってところかな」
「ふむ。それなら“軽靭樹”が適しているかもしれん。楽器の素材としても使われる木材でな。セルフィの言った条件は一通り満たしているはずだ」
「おお、それは良さそうだね。じゃあ、あとはエルナの双剣だね。やっぱり魔物素材になるのかな?」
「そうだね。今の双剣に使われているのは、下級種の鋼牙猪の牙だけど……」
「鋼牙猪なら、たしか上位種がいたはずだな」
「ああ。中級に分類される“剛牙猪”だ。こいつも大森林に生息しているから、仕留めれば素材は手に入る」
それぞれの装備更新に必要な素材が明確になり、三人は次に、それらをどこで入手するか、どの順で確保していくかを詰めていく。大森林の地図を広げ、危険度や移動効率を考慮しながら、慎重に計画を練り始めた。
「運がいいな。この三つの素材はすべて比較的近い範囲に存在している。多少は森の奥に踏み込むことになるが……今の俺たちなら問題ないだろう」
「それで、全員で行くのかな?」
「それなんだが……」
エルナの問いに、ルシウスはわずかに言葉を選ぶように間を置いた。
「装備の更新と並行して、進行ルートの選定も進める必要があると言っただろう? 俺はそちらに集中したい。だから素材の確保は、お前たち二人に任せたい」
「それは別に構わないけど……ルート取りって、具体的には何をするの?」
「それを説明する前に、前提として一つ。エルフ領への遠征にあたって、致命的になりかねない問題がある」
「問題?」
「そうだ。エルフ領の位置自体は把握している。旧フィリナ領から辿れば、道もそこまで複雑じゃない。だが――今のままでは、俺たちは一生たどり着けない可能性が高い」
「え? なんで……って、そうか。迷香果っ」
セルフィの答えに、ルシウスは静かに頷く。
迷香果は特殊な香気を放つ植物で、その匂いを嗅いだ者の意識を緩やかに散漫させ、方向感覚を狂わせる性質を持っている。気づかぬうちに進路は逸れ、同じ場所を彷徨い続ける――そんな現象すら引き起こす厄介な存在だ。
「エルフ領の周辺には、特にこの迷香果が密集している。無策で踏み込めば、あっという間に方向感覚を失うだろう」
「なるほど……。でもそれって、エルフがいないとどうしようもないんじゃない?」
「いや。確かに通常なら不可能に近いが、今回は例外だ。確実に迷香果が存在しない経路が分かっている」
「ああっ! エルフ領方面に発生した、大規模な不死領域を通るのか!」
エルナが思わず声を上げる。
不死領域の内部は濃密な瘴気に覆われており、不死族や浄化草のような例外を除いて、動植物はほとんど生息できない環境となっている。
当然、迷香果も生育できない。ゆえに不死領域を通過することで、迷うことなくエルフ領の近くまで到達できる――そういう算段だった。
「もちろん、不死領域を通過するといっても中心部ではない。外縁を大きく迂回する形になるから、それなりに日数はかかるだろう。だが、アウレインも浄化ポーションもある以上、大きな問題にはならない。外縁部であれば、不死族も下級から中級程度に限られるしな」
「なるほど。じゃあ、ルート取りっていうのは、不死領域を通るための事前調査ってことになるのかな? 一人だと危険そうだけど」
「いや、内部に踏み込むつもりはない。アルファに乗って上空から確認するだけだ。大森林の上空には中級以上の飛行型魔物も多いが、不死領域のおおよその範囲を把握する程度なら、そう時間もかからん。問題なく済むだろう」
「分かった。なら、僕とエルナで装備更新に必要な素材を採取する。ルシウスはエルフ領への遠征に向けた事前調査を頼むよ」
セルフィが簡潔にまとめると、エルナとルシウスはそれぞれ頷いて同意を示した。
これからの行動方針が定まり、気がつけば時刻はちょうど昼どきになっていた。三人はひとまず手を止め、昼食を取ることにする。
完成したポーションや器具を手際よく片付け、簡素な食事を囲んでいると、エルナがふと顔を上げた。
「そういえばさ、なんでエルフたちは不死領域を迂回してこっちに来ないんだろう? エルフなら迷香果の影響も受けないんだし、ルフェイル様たちが亡くなっている以上、調査に来てもおかしくないよね?」
「……正直、俺にも分からん。ただ、現状を見る限り、向こうも手一杯で動けていない可能性はある」
「手一杯?」
「ああ。不死領域で最も厄介なのは、内部の不死族が飽和状態に達することだ。ある日突然、不死族が溢れ出す――しかも、領域内にはすでに最大数に近い個体が存在している。そうなると、対処の難易度は一気に跳ね上がる」
「……もしエルフ領の近くの不死領域が、そういう状態に近かったとしたら?」
「その場合、飽和状態を防ぐために数を間引くことに戦力を割いているはずだ。そうなれば、外部への調査にまで手が回らない可能性もある……と思う」
断定しきれない言い方で締めたルシウスに、セルフィはわずかに首を傾げた。
「いや、確かに旧フィリナ領の襲撃でルフェイル様と少なくない数の精鋭を失っただろうけど、それでもエルフ領にはまだ戦力が残っているはずだよ。それに、どれだけ手一杯でも、王族が亡くなっているなら一人や二人くらいは調査に派遣するんじゃないかな」
「いや、それは俺たちの視点だからこそ言えることだろう」
「僕たちの視点?」
「この結界内で俺たちは安全に暮らしているが、その事実を向こうは知りようがない。エルフたちからすれば、ここは“最強の力を持った英雄が倒れた土地”だ。俺たちも全滅していると考えるだろうし、英雄を討った脅威がいまだに残っている、と判断するはずだ」
「そうか……。そうなると、一人や二人の派遣じゃ、逆に被害が増える可能性が高いのか」
「そうだ。不死領域への対応で手一杯なら、なおさらこちらに調査隊を割く余裕はないだろう。ただ……」
そこでルシウスは言葉を切り、わずかに視線を落とす。何かを思案するように沈黙したあと、ゆっくりと続きを口にした。
「ただ、さっき言った通り、不死領域は飽和状態に達したときが最も攻略難易度が高い。だが逆に言えば、発生直後が最も対処しやすいはずなんだ。……その時点では、まだ不死族の数も少ないだろうしな」
「ん? つまり、不死領域がエルフ領の目の前で発生していたなら、80年前の時点でこちらに来られなかった理由は別にあった、ってこと?」
「おそらくな……。発生直後に何らかの理由で精鋭を失い、不死領域の攻略や調査に戦力を割けないほど、エルフの里自体も被害を受けていた。その後、被害から立て直した頃には不死族が蔓延し、今度は対処に追われて動けなくなった――そういう流れだったんじゃないかと思う」
ルシウスは手にしたパンをかじりながら、思考を整理するようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
セルフィとエルナもまた、それぞれの頭の中で状況をなぞるように沈黙した。
「80年前にエルフの里で起きた異常事態、か……。一体、何があったんだろうね」
エルナのつぶやきに、セルフィも言葉を重ねる。
「やっぱり、不死領域に関することかな? 旧フィリナ領に発生したものもそうだけど、通常のものより異常が多かったし」
「あり得るな。それに加えて、旧フィリナ領を襲った連中が、同時期にエルフの里を襲撃していた可能性もある。おそらく、どちらか――あるいは両方だろう」
ルシウスの言葉に、セルフィとエルナも小さく頷いた。
三人はしばし黙り込み、それぞれに思考を巡らせる。だがやがて、エルナが区切りをつけるように口を開いた。
「ここまでにしようか。これ以上は、今の段階じゃ確かめようがないし……今は目の前のことに集中した方がいい」
「そうだな」
「うん。じゃあ、昼食も済んだし、素材の採取と事前調査に分かれようか」
セルフィの提案に、エルナとルシウスも同意を示す。
三人はそれぞれ立ち上がり、外へ出る準備に取りかかった。




