59.世界樹と大森林
「世界樹が原因で大陸が滅びかけたって……ずいぶん物騒な話だけど、本当なの?」
信じがたいという様子でエルナが問い返すと、ルシウスは静かに頷いて肯定した。
「事実だ。世界樹は誕生してから成長するにつれて、その周囲に大規模な森を形成していったのだが……その拡大は、大陸を埋め尽くしかねないほどの勢いだったらしい」
「た、大陸を埋め尽くす? ちょっと想像できないね」
「あ……もしかして、この大森林って、その名残なの?」
セルフィの言葉に、ルシウスは小さく頷く。
「そうだ。本来、自然が広がること自体は良いことだ。だが、それも度を越えれば話は別だ。侵食と呼んで差し支えないほど急速に拡大した森によって、生態系の均衡は崩れ、一時期は本当に危機的な状況に陥っていたらしい」
「……どうやって落ち着いたの? それ」
「そうだな……。セルフィ、大森林が世界樹によって生まれたというなら、一つ違和感を覚えないか?」
「違和感? えっと……別に――……あ、いや、そうか。だとすると、世界樹は大森林の中心に存在していないとおかしいはずだ。世界樹を起点に森が広がったのなら、当然そうなる。でも実際には、世界樹は大森林の外縁に近い位置にある」
「そう、そこだ。セルフィの言う通り、世界樹が原因で森が広がったのなら、その中心に存在していなければ辻褄が合わない。ではなぜそうなっていないのか――その答えは、“今の世界樹はエルフたちによって生み直された存在“だからだ」
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むかし、むかしのこと。
まだ大地が静かで、風だけが歌っていたころ、
ひとつの木が、ひっそりと芽を出しました。
それは、世界を豊かにする不思議な木。
木は、太陽の光が大好きでした。
あたたかな光をいっぱいに浴びて、ぐんぐん、ぐんぐん育っていきます。
木はのびました。
さらにのびました。
おおきく、おおきく、空に届くほどに。
けれど、その木は少しさびしがりでした。
ひとりぼっちがいやで、そっと周りにも力を分け与えます。
すると――
草がのび、花が咲き、木々が生まれ、
森がひろがりました。
森はひろがる。
どこまでも、どこまでも。
終わりが見えないほど、ひろがっていきました。
けれど――
動物たちは、すこしずつ居場所を失っていきます。
森が広がるたびに、すみかは押しやられ、
やがて、太陽の光さえ届かなくなりました。
あたたかな光を失ったその場所で、
動物たちは、ひとり、またひとりと姿を消していきます。
気がつけば――
そこには、ただ深い森だけが残っていました。
森は、しずかになりました。
どこまでも、どこまでも。
風の音さえ遠くなるほど、しずかなままでした。
そんなある日のこと。
その木のもとへ、ひとりの友だちがやってきました。
友だちは、やさしい声で木に語りかけます。
「このままでは、この世界は永遠の静けさに包まれてしまう。
だから、どうか――わたしといっしょに、やり直してほしい」
木は、しばらく考えました。
けれど――やがて、こくりと頷きます。
だってその木は、とてもさびしがりだったから。
ひとりでいるより、いっしょに生きるほうを選びました。
友だちは、そっと木に手を伸ばします。
すると――
あたたかな光が、あたり一面をやさしく照らしました。
それは、木がいちばん好きだった、
太陽とおなじ光。
光に包まれて――
木は、だんだん小さくなっていきます。
どこまでも、どこまでも。
やさしく、やさしく、ちいさくなっていきます。
やがて木は、
友だちの手のひらに収まるほどの大きさになりました。
友だちは、その小さな木を大切に抱きしめます。
そして――ふたりは、いっしょに旅立ちました。
それからずっと。
いつまでも、いつまでも。
ふたりは寄りそいながら、生きていったのです。
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「――と、いうような童話が、エルフの間で語り継がれているんだ」
「へぇ」
「その“友だち”っていうのが、エルフのご先祖ってわけか」
ルシウスが語った、エルフに伝わる世界樹の起源。その話を、セルフィとエルナは興味深そうに聞き入っていた。
「それにしても、木が小さくなったってどういうことなのかな? まさか、時間を巻き戻して苗木に戻したってわけでもないだろう?」
「分からないよな。俺もよく分からん」
「ええ……」
あまりにあっさりとしたルシウスの返答に、エルナは思わず苦笑を漏らした。
「地層や化石の調査から、かつて大陸全土を覆うほどの大森林が存在していたこと、そしてそれが急速に縮小したことまでは分かっている。だが、実際にエルフがどのようにして世界樹を移動させたのかは、いまだに解明されていない」
「そうなのかい? 聞けば教えてくれるんじゃないかな」
「いや、あまりにも昔の出来事すぎてな。エルフたち自身も、童話以上のことは分からないらしい。だから、世界樹を植え直したのか、もとの世界樹を処理して枝から再生させたのか、それとも本当に魔法で時間を巻き戻したのか……すべて推測の域を出ない」
「ルシウス。もし世界樹が原因で大森林が広がったのなら、また同じようなことが起きる可能性はないの?」
「それはない。現在はエルフたちが世界樹を管理・調整しているおかげで、過剰な成長は抑えられている。地脈を通じて太陽の魔力を吸い上げ、その代わりに周囲の植物の成長を促進する――そうした均衡が保たれているんだ」
セルフィの疑問に答えたルシウスだったが、そこでわずかに顔をしかめる。
「だが……他種族は、この仕組みを十分に理解していないからな」
「というと?」
「世界樹の恩恵はあまりにも劇的だ。とりわけ、雫を飲むことで寿命を延ばせるという効果は、長命種以外にとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。だからこそ、エルフが世界樹の恩恵を独占している、と主張する者も少なくない」
「……なるほど」
「実際には、エルフが適切に管理しているからこそ成立している均衡なんだがな」
「エルフが大森林に迷香果を大量に植えた理由って……もしかしなくても、それ?」
「ああ。何度か大規模な衝突にまで発展したこともあったらしいからな」
ルシウスの話を聞き、セルフィは納得したように頷いた。
そして、ルシウスはさらに言葉を続ける。
「ちなみに、世界樹と太陽が密接な関係にあるからこそ、俺たちの太陽信仰とエルフたちの世界樹信仰は、互いを尊重した形で共存できているんだ」
「あ、もしかして……巫女様がアウレインのことだけ様付けしているのって、そういう理由?」
「うむ。ある意味でアウレインは、太陽信仰の象徴でもあるからな。聖気の源が太陽の魔力であり、その聖気を生み出せる守護獣だから」
「でも、巫女様がアウレインに執着している様子は、あまりないよね」
「まあ、巫女様だからな。信仰の対象であっても、アウレインの意思を尊重しているんだろう」
「よし。これで用意した分の薬草は、すべてポーションにできたな」
その後も三人は黙々と調合を続け、気がつけば目の前には大量のポーションが整然と並んでいた。その光景は圧巻で、淡い緑の液体が瓶の中で静かに揺らめき、ほのかな光を放っている。
「これだけあれば十分だね」
「そうだね。それにしても、素人の私たちでもちゃんと作れるものなんだね」
「そこはルシウスの言っていた通り、原料が良かったんだろうね。大森林で暮らすのは大変だけど、こういう恩恵を得られるようになったのはありがたいよ」
「そうだね……。童話を聞く限り、世界樹ってものすごく重要な存在だよね。もし枯れたり、エルフが管理できなくなったりしたら……ちょっと怖いかも」
エルナが思わずといった様子で不安を口にすると、ルシウスも難しい表情で頷いた。
「うむ。エルフたちもそれは理解している。だからこそ他種族と距離を置いているんだろう。……とはいえ、世界樹の存在やその効能は広く知られてしまっている」
「うん? よく考えたら、どうして他種族はそんなに世界樹について知っているんだろう? エルフが自分から広めたりはしないよね」
「ああ。過去の歴史の中で、何度か世界樹の素材が盗まれた事例があるからな。大規模な戦争に発展したこともある。最終的にはエルフ側が勝利しているが……世界樹の素材は加工せずとも効能を発揮する。一度流出すれば、その内容が広まるのは一瞬だ」
「エルフって、ずいぶん大変な立場にいるんだね」
「世界樹の重要性を考えれば、どうしてもな。だが――世界樹が枯れる心配はしなくていい」
「そういえば、さっきもそう言ってたけど……それはどうして?」
「簡単な話だ。聖気には外傷や病を癒す性質がある。そして、世界樹そのものが聖気の塊だ」
ルシウスは断言するように言い切った。
「世界樹が枯れる――そんなことは、ありえないだろう」




