58.ポーション作成②
「よし、完成だ」
そう言うと、ルシウスはナイフを手に取り、ためらいのない動作で自らの指先に浅く刃を走らせた。細い切り傷からじわりと血が滲み出る。
そこへ完成したポーションを数滴垂らすと、液体は傷口に触れた瞬間すっと染み込み、みるみるうちに出血が止まった。やがて皮膚は自然に引き寄せられるように閉じ、傷跡すら残さず塞がっていく。
「ま、こんな感じだな」
「「おおーっ」」
わずかに得意げな表情を浮かべるルシウスに、セルフィとエルナは歓声を上げ、思わず拍手を送った。
「やっぱりポーションの効果はすごいね。あっという間だ」
「ねえ、ルシウス。私たちが今と同じ手順で作った場合、品質に差は出るのかな?」
「そうだな……ポーションの品質は、抽出魔法の精度と原料の質によって決まる。同じ魔法を使っても、回復成分以外の不要な成分が混ざれば当然品質は落ちるし、どれだけ精密に抽出できても、そもそもの原料の質が低ければ意味はない」
「なら、魔法の精度の差が、そのまま私たちの作るポーションの品質差になりそうだね」
「まあ、そうだが……今回はあまり気にする必要はない」
エルナが難しそうな表情でポーションの品質について思案していると、ルシウスは肩の力を抜いた口調でそう言った。
「ん? どうしてさ?」
「用意している材料が、どれも最高品質だからな。魔境にも匹敵するほど魔力が満ちた大森林で採取された薬草に、飲むだけで魔力が回復するほど、魔力と人体への親和性に優れた柔山羊の乳だ。多少の技量差など、容易く補って余りある」
「なるほど。なら、私たちが作っても問題なさそうだね」
「ああ。むしろ大量に備蓄したいから、積極的に手伝ってくれ」
「ははっ、了解」
ルシウスの言葉にエルナが笑って応じると、今度はセルフィとエルナが机に並べられた材料と器具に向き直る。互いに手順を確認し合いながら、二人はぎこちないながらもポーションの調合に取りかかり始めた。
「……しかし、お前たち、武器を装備したままポーションを作っているのは、なかなかに違和感があるな」
ポーション作りの最初の工程――薬草から有効成分を抽出するには、無属性魔法の行使が不可欠だ。
だがセルフィとエルナにとって、魔法の発動にはそれぞれの装備に嵌め込まれた核の宝石を媒介とする必要があった。
そのため、セルフィは片手に弓を、エルナは片手に剣を握ったまま、調合を行っている。戦闘の最中ならば違和感のない光景も、静かな室内で見るとどこかちぐはぐだった。
「あー……ははは」
「こればっかりはね……。練習はしたんだけど、手に持っていないと魔力を引き出せないんだよね」
ルシウスに指摘され、セルフィとエルナは互いの姿をちらりと見やり、苦笑を交わした。
そんなこんなで調合を続けていくうちに、二人とも無事にポーションの作成に成功した。
理論こそ複雑ではあるが、手順自体は整理されており、レシピさえあれば最低限の調合は難しくない。
二人は完成したポーションを使い、ルシウスと同じように自らの傷を癒してみせる。液体が触れた箇所は瞬く間に治癒し、その確かな効果を実感したところで、ようやく張り詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「ふぅ、上手くいった」
「初めてだったけど、意外とどうにかなるものだね」
「よし、次はこいつをポーションにするぞ」
そう言ってルシウスが取り出したのは、瘴気への耐性を高める薬――耐瘴薬の原料である浄化草だった。
「この浄化草を同じ手順でポーション化すれば、より長い効果時間と高い耐性が得られるうえ、体内に侵入した瘴気も即座に浄化できる。ただし、浄化草の在庫は限られているから、数はそう多くは作れないがな」
「なるほど。聖気以外にも瘴気を払う手段があるのは大きいね」
ルシウスの言葉にセルフィも小さく頷く。
こうして三人は、回復ポーションに加え、浄化ポーションの量産にも着手していった。
「そういえば……」
三人で黙々とポーションを作り続ける中、不意にエルナが声を上げた。
「せっかくアウレインが聖気を操れるんだし、それってポーションに応用できたりしないかな? ほら、効果をもっと高めたりとか。聖気って回復手段として最高峰なんでしょ?」
「あー……」
エルナの問いに、ルシウスは言い淀むような声を漏らす。
「確かに、ポーションと聖気は相性が良さそうに思える。そう考えるのも無理はないが……結論から言えば、それは難しいな」
「そうなの?」
「ああ。先ほども話した通り、ポーションは薬草から抽出した成分に含まれる高濃度の魔力を媒介にして、人体へと吸収させている。だが、魔力と聖気は性質が異なり、互いに結びつかない。だから同じ仕組みではポーションとして成立しないんだ」
「あ、そうか」
エルナは納得したように小さく頷いた。
「もし聖気を活かしたポーションを作るなら、素材からして変える必要があるな。薬草も聖気を帯びたもの――世界樹の葉を使い、触媒も世界樹の雫にする、といった具合だ。……もっとも、それらは単体でも外傷や病を癒せる代物だ。わざわざポーションに加工する意味は薄いがな」
ルシウスは手を止めることなく、淡々と説明を続ける。
それを聞いたエルナも、納得したように頷いた。
「なるほど。確かにそうだね。アウレインが聖気を操れるのは、私たちにとって明確な強みだし、うまく活かせないかと思ったけど……今のままでも十分か」
「まぁ、そういうことだ。……そういえば、以前、聖気や世界樹について話しそびれていたな」
「ん? そうだったかな。いつの話だい?」
「守護獣を誕生させるために、廃坑へ魔防銀を回収しに向かった時だ。たしか、あのとき月の魔力と瘴気について話したはずだ」
「……ああ、思い出した。そうだったね」
「僕も思い出したよ。瘴気っていうのは、月の魔力が変質したものだって話だったよね」
「そうだ。いい機会だし、あのとき話しそびれた太陽の魔力と聖気についても説明しておこう。――手は止めるなよ」
「まあ、前置きで話したことから察しているかもしれんが……瘴気が月の魔力の変質したものであるように、聖気は太陽の魔力が変質したものだ」
「日光として地上に降り注ぐ光の中には魔力が含まれており、それが変質したものが聖気となる。瘴気とは正反対に、生命を癒す性質を持つ力だ。だが、大量に発生する不死族や魔物とは違い、聖気によって生まれた存在は、世界でただ一つ――世界樹のみだった」
――アウレインが生まれるまではな。
そう付け加えるルシウスに、セルフィとエルナは静かに頷く。
「つまり、日光によってもたらされる太陽の魔力は、ほとんどが世界樹に集約されている。だからこそ、第二、第三の世界樹は生まれていない」
「うーん……でも、日光は世界樹以外の場所にも等しく降り注いでいるよね? それなら、他にも似たような存在が生まれてもおかしくないんじゃないかな」
「うむ。エルナの言う通り、魔物や不死族と同じように、他にも発生して然るべきだと思うだろう。だが、実際にはそれは起きていない。理由は――世界樹が地脈に干渉しているからだ」
「地脈に?」
「ああ。地脈を流れているのは星の魔力だ。本来であれば異質な力は弾かれるはずだが……植物として大地に根を張っている性質からか、詳細な理由は不明ながら、世界樹は地脈に干渉している。そして地上に降り注いだ太陽の魔力を、地脈を通じて余すことなく吸収しているんだ」
「なるほど。だから、他に同じような存在が生まれる余地がないのか」
「さらに言えば、地脈を通して取り込んだ太陽の魔力を、世界樹が聖気へと変換し、その効力を再び地脈へと流している。だからこそ、世界樹の周囲は常に豊穣がもたらされる」
「へえ……。じゃあ、不死族と違って竜が世界樹を敵視していないのはそのため? 一応、聖気や世界樹もこの星とは異なる存在なんだよね?」
「そうだ。世界樹はこの星と対立する存在ではなく、共存していると言っていい。害を及ぼさないどころか、むしろ大地を豊かにしているからな。だから竜も、わざわざ焼き払おうとはしない」
そこまで語ったところで、ルシウスはふっと言葉を切る。わずかな間を置き、視線を落としたまま、低く続けた。
「ただ……古の時代には、その世界樹が原因で、大陸が滅びかけたこともあったらしいがな」




