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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
エルフ領到達編
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57.ポーション作成①

 ルシウスがポーション作りに取り組むことになったのには、明確な理由があった。


 第一に、薬草畑が軌道に乗り、大量の薬草を安定して確保できる見通しが立ったこと。


 ポーションの調合には、通常の傷薬以上に多くの薬草を必要とする。そのため、これまでは森での採取だけでは供給が追いつかず、安定した生産が難しかった。しかし、薬草畑の整備によって、その問題は大きく改善された。



 第二に、旧フィリナ領からポーションをはじめとした魔法薬のレシピ本を回収できたこと。


 ルシウスはかつて、多くの文献を所持していたが、八十年前の襲撃によってすべてを失っている。だが今回の奪還で、失われたはずの書物の一部を取り戻すことに成功していた。(なお、現在書庫に収められている書物の多くは、この八十年のあいだに彼自身が積み重ねてきた研究記録や報告書である)



 そして最後の理由が――上級不死族“死殻”との戦いにおける反省だった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「回復手段を増やす?」


「そうだ」


 旧フィリナ領を解放してから、およそ二週間が経った頃。

 セルフィたちは三人で集まり、前回の戦いについての反省会を開いていた。


「現状の回復手段は、アウレインとセルフィによる聖気治療のみだ。だが、このままでは些か心許ない」


「そうかな? 正直、聖気による回復は十分すぎるほど役立っていると思うよ。私や君が重傷を負ったときだって、後遺症ひとつ残さず癒してくれたんだし」


 ルシウスの言葉に、エルナは当時の光景を思い返すように応じる。

 あの戦いで、エルナとルシウスはそれぞれ深刻な傷を負っていた。ルシウスは瘴気による重度の侵食を受け、エルナはそれに加えて致命的になりかねない外傷を負った。


 だが、エルナの言う通り、その傷は戦いの後、アウレインとセルフィの手によって完全に癒された。今では、その痕跡すら残っていない。


「ああ。もちろん、聖気による治療は世界でも最高峰のものだ。その点について、不足しているとはまったく考えていない」


 そう言いながら、ルシウスはわずかに眉間へ皺を寄せた。


「だが問題は、その手段の乏しさにある。つまり、聖気による治療以外に回復手段が存在しないことだ。人数が限られている以上、前回の“死殻”戦のように、治療とその護衛に戦力を割けば、そのあいだ敵を引きつけ続ける者の負担が大きくなりすぎる」


「まぁ、確かに……」


 前回の戦いでは、すでに深手を負っていたルシウスも、囮として敵を引きつけるために、なおも前線に立ち続けるほかなかった。血を流しながらも退くことを許されず、その身を削るようにして、ただ治療の時間を稼ぎ続けていたのだ。


 その記憶がよぎったのか、セルフィとエルナは小さく頷く。二人の反応を確認してから、ルシウスはさらに言葉を重ねた。


「もちろん、あの時のように誰かが致命傷を負っているなら、その判断はやむを得ない。だが問題は、そうした極限状況でなくとも、同様の事態が起こり得るという点だ」


「ん? どういうことかな?」


「あぁ……なるほど」


 ルシウスの言葉に、エルナは首を傾げて疑問を浮かべる。対してセルフィは、何かに思い至ったように小さく声を漏らした。


「つまり、腕や脚といった“致命傷ではないが、戦闘に支障をきたす負傷”であっても、誰かが囮にならなければ治療できない、ということだね」


「そうだ。場合によっては、“治療を優先した結果、その隙を突かれて敗北する”――そんな状況すらあり得る」


「なるほど」


 セルフィとルシウスの具体的な指摘に、エルナもようやく腑に落ちたように頷いた。


「だから、聖気以外の回復手段を増やそうということだね。でも、それって戦闘中に傷薬を使うってこと? あれは即効性に欠けるし、あまり意味がないような……」


 前回の戦いでもセルフィたちは、各自が傷薬を携行していた。

 だがそれは、あくまでアウレインやセルフィからはぐれた際の応急処置として用意されたものに過ぎない。


 戦況を左右するような即時回復には程遠く、先ほどルシウスが指摘した問題を解決する手段とは言えなかった。


 しかし、セルフィの言葉を受けて、ルシウスは自信をにじませた笑みを浮かべた。


「いや――いまの俺たちなら、傷薬の上位互換とも言える“ポーション”を作れる」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 こうして、セルフィたちは新たにポーションの作成へと踏み切った。


「それでは、これからポーションを作っていくわけだが……お前たちは、ポーションについてどの程度の知識がある?」


「うーん、僕は……魔法薬の一種で、傷薬の上位互換っていうくらいかな。知っているのは」


「そうだね、私も似たようなものだ。付け加えるなら、即効性に優れていることも挙げられるね」


 セルフィとエルナの答えを聞きながら、ルシウスは手際よく調合の準備を進めていく。机の上には、先ほど運び込まれた青花草や柔山羊の乳が並び、器具が整然と配置されていった。


「うむ。おおよそその認識で合っている。要するに、“戦闘後に療養とともに傷を癒す”ことを目的としたものが傷薬で、“戦闘中に戦いながら傷を癒す”ことを目的としたものがポーションだ」


 そこまで言うと、ルシウスは手を止め、二人へと向き直った。


「効能だけを見れば、回復量や即効性の点でポーションは非常に優れている。だが、一度に傷を癒すということは、それだけ身体への負担も大きい。あくまで戦闘を継続するための手段として用い、使用は最小限に抑えるべきだな」



「さて、さっそくポーションの作成を始めていくわけだが……」


 ルシウスはセルフィとエルナに声をかけながら、わずかに難しい表情を浮かべた。


「ただレシピをなぞるだけでなく、理屈を理解したうえで調合するほうが望ましい……が、詳しく説明しようとすると専門用語ばかりで眠くなるだろう。今回は要点だけを大まかに説明するから、それを押さえてくれ」


 そう言うと、ルシウスは机の上に並べられた薬草を手に取り、静かに調合を開始した。


「工程としては、まず用意した薬草から無属性魔法で有効成分を抽出する」


 容器の上に抽出用の器具を設置し、その中央に薬草をいくつか載せる。ルシウスが杖をかざすと、淡い光が薬草を包み込んだ。


 次の瞬間、みずみずしかった葉が萎れていき、それと同時に、ポタポタと緑色の液体が滴り落ちる。滴下した液体は器具によって一点へと導かれ、下に据えられた容器へと静かに集められていった。


 室内に、青臭さとほのかな甘みが混じった独特の香りが広がる。


「今、抽出しているのが、この薬草に含まれる回復成分だ。傷薬の場合は薬草をすり潰して用いるが、このように成分だけを抽出することで、より強い効能を得ることができる」


 しばらくすると、抽出された成分は容器の半ばを超えた。

 濃い緑色の液体は、最後の一滴が滴り落ちると同時にその流れを止め、抽出が完了したことを示すように、わずかに揺らめいて静止する。


「次は、ここに魔力と人体、両方に親和性の高い触媒を加える」


 そう言うと、ルシウスは用意してあった柔山羊の乳を手に取り、先ほど抽出した成分の入った容器へと静かに注ぎ入れた。それぞれの液体が触れた瞬間、濃緑の液体はわずかに色を揺らし、ゆっくりと混ざり合っていく。


「この触媒――今回で言えば柔山羊の乳だが、抽出した回復成分と人体を繋ぐ橋渡しの役割を果たす」


「抽出液には、回復成分とともに高濃度の魔力が含まれている。この魔力と結びついた回復成分を、触媒によって人体へと馴染ませ、速やかに取り込ませることで、即効性の高いポーションとなるのだ」


 ルシウスは二つの液体を丁寧に混ぜると、それを清潔な布で濾し取った。


 すると、不純物を取り除かれた液体は、淡い緑色に透き通りながら容器へと落ちていく。先ほどまでの濁りを失い、静かに光を宿すそれは、完成へと至った証だった。


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