56.プロローグ
白い雲の隙間から差し込む陽光が、大地をやわらかく照らしていた。
その光を一身に受けているのは、村に新たに拓かれた薬草畑――一面に咲き誇る青い花々だった。風に揺れるたび、花弁は淡くきらめき、まるで波のように静かにうねっている。
「うん。順調に育っているね」
セルフィは、広がる薬草畑を見渡しながら、満足げに小さく呟いた。
“青花草”と名付けられたその薬草は、傷薬の主要な原料である。鮮やかな青の花は見た目の美しさとは裏腹に高い治癒効果を持ち、村にとって欠かせない資源となりつつあった。
さらにこの畑では、青花草だけでなく、同じく傷薬の材料となる数種類の薬草も丁寧に育てられている。整然と区画分けされた畝には、それぞれ異なる葉や色合いを持つ薬草が並でいた。
旧フィリナ領――かつて不死領域に呑まれ、失われていたフィリナ族の故郷を取り戻してから、すでに数ヶ月が経過していた。
長年にわたり瘴気に侵され続けた大地から、それが完全に抜けきるには、相応の時間を要する。さらに、エルフたちの遺灰を彼らの故郷へと送り届けるという使命も、いまだ果たされてはいない。
それでも、故郷を奪還し、その地に取り残されていた同胞や恩人たちを弔い、正式に葬儀を執り行えたことは、セルフィたちにとって大きな節目となっていた。
「おーい、ルシウス。薬草を採ってきたよ」
「ああ、助かる。そこの机に置いておいてくれ」
薬草畑で目当ての薬草をいくつか採取したセルフィは、その足でルシウスの家を訪ねた。扉を開けると、すぐにルシウスが顔を出して出迎える。
「いやぁ、薬草畑ができてから、傷薬の在庫も安定したし、採取も安全になったしで、本当に助かってるよ。やっぱり、畑があると違うね」
「守護獣が生まれ、魔力を自在に扱えるようになった恩恵だな。青花草のように多くの魔力を含む薬草は、栽培するにも相応の魔力が必要だ。お陰でこれまでは手が出せなかった」
そう言いながら、ルシウスはふと視線を遠くへと投げ、過去を手繰るように言葉を続けた。
「薬草畑は、アルファたちが生まれてすぐに着手したが……なかなか成功しなかったからな」
「あはは……土に込める魔力の量を見極めるのに、ずいぶん時間がかかったよね。少なすぎると発芽すらしないか、育っても効能が失われてしまうし、逆に多すぎると途中で枯れるし……」
本当に大変だった――セルフィの言葉に同意するように、ルシウスも静かに頷いた。
しばらくのあいだ、互いに苦労を語り合っていると、不意に扉が叩かれ、外からエルナの声が響いてくる。
「やあ、二人とも。頼まれていた柔山羊の乳を持ってきたよ」
「うむ、ありがとう。これで材料は揃ったな」
ルシウスはエルナから、柔山羊の乳が入った器を受け取ると、青花草の置かれた机へと運んだ。机の上にはすでに、選別された薬草や調合器具が整然と並べられている。
「よし――それでは、ポーション作りを始めるとしよう」
そう言って、ルシウスは静かに宣言した。




