閑話7.異変の正体
故郷を解放し、亡き同胞たちを見送った日から数日。
ルシウスは自宅の一室で、数冊の本を手に取っていた。
「まさか……これが無事とは思わなかったな」
そう呟きながら彼が見つめているのは、数日前まで旧フィリナ領――かつての故郷に残されていた書物だった。
瘴気に満ちた空間で、八十年ものあいだ放置されていたはずのもの。
本来であれば、紙は朽ち、文字は滲み、形を保つことさえできないはずだ。
だが、手の中のそれは、多少の劣化こそ見られるものの、なお頁をめくることができる状態を保っていた。
この書物は、襲撃の前日に、彼のかつての同僚――ヴェリタス族から届けられたものだった。
未整理のまま、厳重に封じた木箱ごと地下の倉庫へと運び込んでいたのである。
結果として、その判断が功を奏した。
外界から遮断された木箱の中で、書物は損傷を免れ、無事な状態で回収することができたのだ。
「中身も、かなり有用なものばかりだったしな」
そう言ってルシウスが手にしたのは、魔法薬に関する書物、魔法理論をまとめた書物 そして――不死領域や不死族について記された、一冊の記録だった。
「八十年前に発生した不死領域は、明らかに異常だ。旧フィリナ領を呑み込んだものに加え、エルフ領へと続く道にも大規模な不死領域が発生している」
「さらに、旧フィリナ領の不死領域は通常よりも三十年も早く飽和状態に達した。挙句、小規模であるにもかかわらず中級個体の群れが現れ、さらには上級個体まで出現する始末だ……」
「なぜ、これほどの異変が起きているのか――長らく謎だったが……」
その答えは、思いがけない形で示されることになる。
不死領域について記された書物の頁を、指でなぞるように辿りながら、ルシウスは低く呟いた。
「――蝕む月、か」
それこそが、これまで目にしてきた数々の異変の正体だった。
そう言ってルシウスは、書物に記された一節へと視線を落とし、その内容を静かに読み上げる。
『蝕む月――それは、不死族に与えられる祝福の光。
数多の“死”が生まれ、大地へと満ちていく。
血のように赤き光が世界を覆い尽くすとき――
彼らの王は誕生し、やがて目覚めるだろう。
目覚めし王は軍勢を率い、地上を蹂躙する。
恐れるなかれ。それは彼らにとっての糧となる。
侮るなかれ。それはやがて、新たな厄災となる。
ゆえに、備えよ――滅びに抗うために。』
記された文言を読み終え、ルシウスはわずかに眉をしかめた。
「ダークエルフの“星詠み”によって記された予言か……」
「……どうしろと言うんだ、こんなもの」




