53.上級⑤
「ガアアァァァ――ッ!!」
まず仕掛けたのは、ヴァルガだった。
大きく開かれた咢の奥――その内側で限界まで圧縮された炎が、咆哮と同時に死殻へと放たれる。
火球は、その高温により周囲の空気を歪ませながら一直線に駆け、触れる前から熱波だけで地面を焦がしていく。
そして――
――ドオオォォン!!!
死殻の巨体に直撃した瞬間、轟音とともに爆発が巻き起こる。
衝撃波が周囲を薙ぎ払い、直撃した甲殻が内側から弾け飛ぶ。砕け散った破片の隙間から露出した肉は、逃げ場を失った熱に焼かれ、黒く爛れていった。
「ギィィィィィ――ッ!!」
傷を刻まれた死殻が、咆哮とともにヴァルガへ脚を叩きつける。
振り下ろされたそれは、空気を裂きながら一直線に迫った――が、その瞬間。
横合いから、ヴォルグの放った水球が幾重にも撃ち込まれる。
極限まで圧縮された水塊は、命中と同時に内側から弾け、鈍い衝撃を連続して叩きつけた。
水球の炸裂が脚の軌道を狂わせ、狙いはわずかに逸れる。
振り下ろされた脚はヴァルガの脇をかすめるようにして地面を叩き、激しい衝撃とともに土砂を跳ね上げた。
「ガルルルルゥゥ!!」
「グルルルルゥゥ!!」
「ギィィィィィィ!!」
標的が、完全に二体の守護獣へと切り替わる。
死殻は、その細長い脚を次々と振り下ろし、突き刺すように襲いかかった。
だが、ヴァルガとヴォルグはその猛攻を紙一重で躱していく。
跳び、滑り、踏み込み、時に死角へと回り込みながら、軌道を読ませぬ不規則な動きで翻弄する。
躱しざま、二体の周囲に炎と水が収束する。
ヴァルガの生み出す火球は熱を帯び、ヴォルグの水球は圧縮される。
次の瞬間、それらは一斉に解き放たれた。
火球は爆ぜ、水球は弾け、連続する衝撃が死殻の巨体を叩く。爆炎と水飛沫が交錯し、視界を覆い尽くす。
しかし――
幾度もの直撃にもかかわらず、死殻は倒れない。
強固な甲殻はひび割れこそすれ、致命的な破壊には至らず、その巨体は揺らぎながらも踏みとどまっていた。
と、その時――
標的から外れ、わずかな隙を得たルシウスが動く。
ヴァルガとヴォルグが引きつけているのとは反対側――死殻から見て右側面へと回り込んだルシウスは、間合いを見極めるや否や魔力を解き放つ。
「旋風貫槍 (シル・ラ・ルクス・ラム)!」
――ゴオゥッッッッ!!!!
「ギィィィィィィィィィ――――!!!!!」
放たれたのは、風で構成された巨大な槍。
その穂先へと収束する風は螺旋を描き、幾重にも重なる旋風が一点へ圧縮されることで、凄まじい貫通力を生み出していた。
風槍は唸りを上げて空間を穿ち、死殻の側面へと直撃する。
接触の瞬間、圧縮された風が爆ぜ、衝撃とともに甲殻を内側から引き裂いた。
その威力は、まさに圧倒的だった。
直撃箇所のみならず、余波すらもが周囲の甲殻を弾け飛ばし、露出した肉体を螺旋状に抉り取る。
そして――二本の脚が、根元から断ち切られた。
宙を舞ったそれは血飛沫を撒き散らしながら地へと叩きつけられる。
凄まじい衝撃により、死殻の巨体が大きく傾ぐ。
やがて支えを失ったその体は横倒しに崩れ落ちた。
迫り来る巨体を前に、ヴァルガとヴォルグは即座に身を翻す。
潰される寸前で飛び退き、激突とともに巻き上がる土煙の外へと離脱した。
「ふぅ……上手くいったか」
「クゥアア!!」
荒く息を吐きながら、ルシウスは崩れ落ちた死殻を見据える。
先の一撃――あの風槍は、もともと彼ひとりで扱える代物ではなかった。
あの魔法には、上級の不死族すら致命に至らしめるほどの莫大な魔力出力と、それによって生み出された膨大な風を寸分の狂いなく制御する精緻な魔力操作、その両方が求められる。
だが現状のルシウスには、そのいずれもが決定的に不足していた。
出力も足りず、制御も追いつかない――本来であれば、発動そのものが成立しないはずの魔法である。
しかし、守護獣であるアルファの存在がそれを覆した。
通常、複数の術者が協力して一つの魔法を発動させることは不可能とされている。
原因は、個々に異なる魔力の“質”だ。性質の異なる魔力同士は反発し合い、ひとつの魔法として成立する前に崩壊する。
――かつて守護獣を生み出す実験において、フィリナ族の“同調”を介さなければ、ルシウスの魔力を蓄えた魔晶石に、周囲の魔力で構成された始原体が宿らなかったように。
異なる魔力は、決して自然には融和しないのだ。
だが――
ルシウスの魔力から生まれた存在であるアルファだけは例外だった。
起源を同じくする魔力であれば、反発は起こらない。むしろ互いを補完し合い、出力と制御の負担を分担することで、一個人では到達し得ない領域へと押し上げることができる。
その結果として放たれたのが、先の一撃。
ルシウスの限界を超えた魔法――旋風貫槍であった。
「ギィィィィィィ――ッッッッ!!!!」
これまでにない深手を負い、死殻の本能が激しく反応する。
なお無事な左前脚をゆっくりと頭上へ掲げると、その先端へと周囲の瘴気が引き寄せられていく。
濁流のように渦巻く瘴気は、やがて一点へと圧縮され、禍々しい塊を形成していく。
空気が淀み、重く沈み込むような圧が周囲一帯を覆い始めた。
死殻は、先程セルフィたちを追い詰めたあの一撃を再び放とうとする。
――だが、同じ手を二度も許すほど、彼女は甘くない。
「――ヴォルグ!!」
エルナは死殻へ向けて全速力で駆け出し、一気に距離を詰める。
鋭く名を呼ばれた瞬間、応じるようにヴォルグの周囲に水が収束し、次々と水球が生成された。
それらはエルナの進路上――脚を掲げる死殻との間に、連なるように配置されていく。
「ふっ!」
エルナは一切減速することなく、その水球を踏み込んだ。
弾むように次の水球へと跳び、さらに踏み込み、空中を駆ける。
足場となった水球は、踏み込まれるたびに弾け、飛沫を散らしながらも次の一歩を確実に繋いでいく。
連続する跳躍によって、エルナの身体は一直線に死殻へと迫った。
みるみるうちに距離が詰まるのと同時に、死殻の脚に収束していた瘴気が臨界へと達する。
次の瞬間、叩きつけるように振り下ろされたそれが、一直線にエルナへと襲いかかった。
「ギィィィィィ――!!!」
「すぅーー……」
どす黒い瘴気を纏った脚が、唸りを上げて迫る。
だがエルナは一切動じることなく、静かに息を吸い込んだ。
視界いっぱいに広がる脅威を前にしてなお、その動きは研ぎ澄まされている。
振り下ろされる軌道を見極めた次の瞬間、わずかに身体を捻り、紙一重でそれを躱す。
そのまま踏み込み、脚の根元へと一気に間合いを詰め――
「はぁっ!!!!!!」
鋭く息を吐き出すと同時に、両手の双剣が閃いた。
交差する刃が空気を裂き、次の瞬間にはすでに斬撃は通り過ぎている。
刹那の静寂。
そして――
瘴気を纏った脚が、根元から滑るように両断された。
「――っ!ギィィィッッ!!!」
断ち切られたことで、体勢を崩し死殻の巨体が大きく揺らぐ。
轟音とともに、切断された脚が地面へと叩きつけられた。
まとわりついていた瘴気は、形を崩し霧散していく。
黒い靄は風に押し流されるように広がり、やがて周囲へと溶けるように消えていった。
その光景を目にしたルシウスは、感心と呆れの入り混じった表情で戦場を見やる。
「あれは……“閃刃”か。刀身に魔力を纏わせ、威力と間合いを引き上げる無属性魔法。剛体魔法と同様、かなりの高等技術なんだがな……まぁ、今さら驚くことでもないか」
誰に向けるでもない呟きは、戦場の喧騒に紛れ、空気の中へと溶けて消えていった。
「ギィィィィィ――!!!!」
脚の半数近くを失い、地に倒れ伏した死殻。
それでもなお、その動きは止まらない。
次の瞬間、死殻の口元へと瘴気が集束し始める。
幾本もの触手がうねりながらその周囲を囲い込み、渦巻く瘴気を逃がすまいとさらに圧力をかける。
濁流のように流れ込む瘴気は、急速に圧縮され、禍々しい塊へと姿を変えていく。
かつて瘴牙獣が見せた攻撃と同系統――だが、上級個体である死殻のそれは、比べ物にならない威力を内包しているのは明らかだった。
空気が軋み、場の密度そのものが増したかのような圧迫感が広がる。
みるみるうちに瘴気は臨界へと達し――その瞬間。
「貫光球」
セルフィが弓を引き絞り、矢を解き放つ。
エルナたちが死殻を引きつけている間、極限まで練り上げられた聖気が矢へと注ぎ込まれていた。
セルフィの制御できるギリギリまで圧縮されたそれは、放たれた瞬間に光へと変じる。
通常の貫光球を遥かに超えた太さを持つその光は、一直線に奔り、収束しきった瘴気の塊を正面から貫いた。
光はそのまま死殻の口内へと突き入り、内部から焼き穿つ。
「ギィ……ガァ」
瘴気ごと喉奥を貫かれながらも、死殻はなお動きを止めない。
だが――その頭上には、すでに影が落ちていた。
水球を足場に駆け上がったエルナが、双剣を構え、振り下ろす間合いに入っている。
そして――
「はあぁぁぁぁぁっ――!!」
振り抜かれた双剣が閃いた瞬間。
死殻の巨大な首が、抵抗なく宙を舞った。




