50.上級②
「来るぞっ! 避けろ!!」
「「――っ!」」
ルシウスの警告が響いた瞬間、セルフィたちは反射的に身を翻した。
次の瞬間――
――ドゴンッ!!!!
直前まで三人がいた地点へ、死殻の細長い脚が叩きつけられる。衝撃とともに地面が砕け、破片が弾け飛んだ。
土煙の中、セルフィは思わず目を見開く。
「速いっ!――いや」
アウレインに騎乗したまま、一瞬で間合いを詰められたことに驚愕する。だが、すぐにその違和感の正体に気づいた。
「(動き自体はそこまで速くない……だが、巨体に見合った歩幅で、一瞬で距離を詰められる)」
「気をつ――っ!」
「ギイイィィィ――っ!!!」
セルフィが二人に警告を発しようとした、その瞬間だった。
地面に突き刺さっていた死殻の脚が、そのまま横薙ぎに振り払われる。
砕けた大地を引き裂きながら、巨大な脚がセルフィたちへと迫る。
アウレインは即座に反応し、大きく軌道を変えて回避に移った。
「くっ――!」
間一髪で直撃は免れる。だが、粉砕された地面の破片が、弾丸のような速度で四方へと飛び散った。
無数の破片が襲いかかる中、アウレインは結界を展開し、それらを受け止める。
――その直後。
「風刃!」
唯一上空に位置していたルシウスが、間髪入れずに仕掛ける。
アルファが死殻の視界を遮るように横切り、その隙を突いてルシウスは杖を突き出し、風魔法を解き放った。
放たれた風の刃は、一直線に死殻の頭部へと叩き込まれる。
――だが。
その一撃は、まるで意味をなさなかった。
「分かっていたが……かすり傷すらつかないか」
分厚い甲殻は言うまでもなく、比較的柔らかそうに見えた口元の触手にさえ、傷ひとつ刻まれていないことに、ルシウスはわずかに眉をひそめた。
「ギイイィィィ――!!!」
死殻は煩わしげにルシウスへと視線を向け、甲高い威嚇の声を上げる。だが、すぐに興味を失ったかのように視線を地上へ戻し――セルフィたちへと狙いを定めた。
再び、死殻の脚が振り上げられる。
だが、その一撃が振り下ろされる前に、反撃が叩き込まれた。
「光球!」
「ガルルルルッ!!」
セルフィの放った光の矢と、ヴァルガの火球がほぼ同時に死殻へと直撃する。次の瞬間、光と炎が重なり合い、激しい爆発が巻き起こった。
頭部が爆煙に呑まれ、視界が一瞬遮られる。
――だが、その奥にある巨体は揺らがない。
ルシウスの魔法と同様、致命的な損傷はおろか、有効打にも至っていなかった。
しかし――
「はぁっ!!」
その瞬間、エルナが地を蹴り、死殻の脚へと一気に間合いを詰める。
振るわれた双剣が甲殻へと叩き込まれた瞬間――甲高い金属音とともに、鈍い破砕音が重なった。
バキンッ――!!
強固であるはずの甲殻に、乾いた音を立てて明確な亀裂が走った。
「ギイイィィィ――!!」
叫び声を上げた死殻は、エルナに斬り付けられた脚とは別の脚を、彼女へと振り下ろす。鋭利な先端が空気を裂き、重々しい風圧が周囲を叩いた。
「ガルルルルゥゥ!!」
だが、その一撃が届く直前、ヴォルグが唸り声とともにいくつもの水球を生成し、横合いから脚へと叩きつける。水塊は弾け飛びながら衝撃を与え、軌道をわずかに逸らした。
その一瞬の隙を逃さず、エルナは軽やかに後方へ跳び退き、間合いを取り直す。
「ギイイィィィ――!!」
死殻は、自らの甲殻を破ったエルナを獲物と認識したのか、前方の二本の脚を振り上げる。次の瞬間、まるで杭を打ち込むかのように、執拗に何度も彼女めがけて突き下ろした。
「ふっ……はっ!」
鋭く息を吐きながら、エルナは迫り来る脚撃を見切り、最小限の動きで身を捌く。振り下ろされるたびに地面が鈍く震えるが、そのいずれも彼女の身体を捉えることはない。
さらに、ヴァルガとヴォルグが間断なく援護を差し込み、死殻の攻撃の軌道を乱すことで、連続する猛攻はことごとく空を切った。
「風刃!」
「光球!」
その一瞬の隙を逃さず、セルフィとルシウスが同時に魔法を放つ。
ルシウスの放った風刃は鋭く唸りを上げて空間を裂き、セルフィの矢は眩い光を帯びて一直線に死殻へと突き進む。
いずれも先ほどと同じ魔法――だが、その結果は先程とは明確に異なっていた。
「――っ! ギイイィィィッ!!」
甲殻を穿たれた死殻が、咆哮を上げる。硬質な殻が砕け散り、破片が周囲へ弾け飛んだ。
「よし。これくらい魔力を込めれば通用するな」
冷静に状況を見極めながら、ルシウスが低く呟く。
先ほどの一撃で相手の甲殻の強度を測っていた二人は、その手応えを踏まえ、今度は魔力と聖気を通常以上に練り上げていた。
その結果、放たれた魔法は死殻の頭部と脚部を捉え、硬質な甲殻は耐えきれず、深い損傷が刻み込まれる。
自身の甲殻を穿たれる攻撃を立て続けに受け、死殻の動きが不意に変化する。猛攻を繰り出していた先ほどまでとは打って変わり、その場でぴたりと動きを止めた。
やがて、一本の脚がゆっくりと、しかし確かな意思を伴って振り上げられる。鋭い脚先が頭部を越える高さに掲げられた瞬間、そこへ周囲の瘴気が引き寄せられるように収束し始めた。
空気が軋み、視界が揺らぐほどに凝縮された瘴気は、やがて黒い塊となって脚先に絡みつき、重苦しい圧を周囲へと放つ。
次の瞬間――それは、躊躇なく振り下ろされた。
「まずいっ!!」
その異様な気配にいち早く気づいたセルフィが警告を発する。しかし、身構えるよりも早く、死殻の脚は地面へと叩きつけられていた。
――ドオオォォォォォオオオオン!!!!!
轟音とともに炸裂したのは、先日の戦いでセルフィたちが罠と併用して引き起こしたものと同等――いや、それ以上の規模を思わせる爆発だった。
凄まじい衝撃波が大地を叩き、同時に放出された濃密な瘴気が奔流となって周囲へと広がる。地面は抉り取られるようにめくれ上がり、根を張っていた枯れ木すらも容易く引き抜かれて宙へと舞い上がった。
「ぐっ――、がはっ!」
全身を打ち据えられたような鈍痛に顔を歪めながら、セルフィは地面に手をつき、ゆっくりと上体を起こす。
爆発の衝撃で騎乗していたアウレインからも振り落とされ、受け身も満足に取れなかったのだろう、呼吸のたびに胸の奥が軋んだ。
口内に溜まった鉄の味を堪えきれず、血の混じった唾を吐き捨てる。視線を上げると、周囲には先ほどの一撃によってさらに濃密化した瘴気が立ち込め、靄のように視界を覆っていた。揺らぐ視界の先で、地面は抉れ、砕けた土と枯木の残骸が無惨に散乱している。
「エルナ! ルシウス!」
声を張り上げながら、かすかに見通せる範囲を必死に見渡す。やがて、霞む視界の奥に、倒れ伏す二つの影を捉えた。
心視石を通して辛うじて生存は確認できる。だが――どちらも意識を失っているのか、指先ひとつ動かす気配すらなかった。
死殻の一撃に対し、咄嗟に反応できたのは守護獣たちだけだった。
アウレインは包み込むように淡い光の結界を展開し、衝撃を正面から受け止める。アルファは鋭い突風を前方へと叩きつけ、迫り来る破壊の奔流を押し返そうとし、ヴォルグは水を瞬時に集束させて半球状のドームを形成し、それぞれの主を庇った。
しかし、死殻の放った一撃はあまりにも強大だった。結界は軋み、突風は掻き消され、水のドームは弾け飛ぶ。
それぞれの防御は次々と打ち破られ、衝撃は容赦なく彼らへと届いた。
それでもなお、守護獣たちの奮闘がなければ、全員がその場で命を落としていてもおかしくはない――そう断言できるほどの破壊力だった。
そして、脅威はまだ終わっていない。
「――っ!」
濃密に漂う瘴気が、まるで裂かれるように左右へ押し分けられる。
その奥から、ゆっくりと巨大な影が姿を現した。自ら引き起こした爆発の中心にいたはずにもかかわらず、その外殻には新たな損傷はほとんど見受けられない。
むしろ、先ほど刻まれた亀裂すら、瘴気に覆われることで不気味に黒く滲んでいた。
死殻は重々しい足取りで歩みを進めると、倒れ伏すエルナへと近づいていく。




