49.上級①
旧フィリナ領の不死領域攻略を開始してから数日。
突入と休息を繰り返すことで、セルフィたちは損害を出すことなく、領域内に蔓延っていた中級不死族の討伐を完了していた。
「先日の突入で、百体を超える不死族を討伐できた。今朝方、軽く偵察に向かったが、不死領域内に存在していた不死族は、すでに殲滅されていることを確認している」
「残るは、中心部にいるこの領域の主のみだ」
昼下がり。セルフィたちは、旧フィリナ領解放の最終局面に向けて、状況の整理を行っていた。
「ちなみに……主の姿は確認したのかい?」
エルナの問いに、ルシウスは短く頷いて応じる。
「うむ。遠目ではあるが確認した。主は、上級不死族――“死殻”だ」
「上級……か」
その言葉を聞いたセルフィは、思わず肩を落とす。事前に想定していた中でも、最悪に近い状況だった。
「まぁ、やるしかないか……それで、作戦は?」
「ああ、それなんだが……」
ルシウスはわずかに言葉を選ぶように間を置き、口を開いた。
「……今回は、これといった作戦はない」
「……え? ないの?」
「ない。もともと不死族に関する資料は極めて少ない。理由は以前も話した通り、そもそも遭遇例が限られているうえ、不死領域は竜によって処理されることが多いからな」
「そのため、上級以上となると判明しているのは名称と外見のみだ。どのような攻撃を行うのか、どこに弱点があるのか――そのいずれも不明だ」
「……なるほどね。確かに、その状況じゃ作戦は立てようがないか」
エルナは小さく息を吐き、状況を受け入れるように頷いた。
「そういうことだ。下手に作戦を立てて視野が狭くなるのも問題だ。撤退のタイミングなどは俺が現場で判断する。基本は各自の判断で戦うことになる」
「まぁ、一つだけ救いを挙げるなら、相手が単体である点だな。増援の心配もなく、一体に集中できる」
「たしかに……。最初の殲滅戦は終わりが見えなかったからね。それを考えれば、まだましか」
ルシウスの言葉に、エルナは小さく頷く。わずかながらも状況の利点を見出し、気持ちを整えている様子だった。
「――というわけだ。正直、これ以上詰められる要素はない。物資の確認も体調管理も済んでいる。明日の突入に備えて、今日は身体を休めておけ」
「了解」
「分かったよ」
ルシウスの締めくくりに、セルフィとエルナはそれぞれ応じる。
こうして三人は解散し、来たる最終決戦に向けて英気を養うこととなった。
その日の夜。
エルナとルシウスがそれぞれの天幕で休んでいる中、セルフィはひとり外へ出ていた。
防壁の上に腰を下ろし、静かに星空を見上げる。瞬く光の群れを眺めながら、これまでの歩みを振り返っていた。
異世界へ転生し、エルフの王族と友となり、故郷の村を襲撃された。それでも諦めることなく戦い続け、ついには守護獣を誕生させるに至った。
――そして明日。
故郷を解放するための、最後の戦いに赴くことになる。
そこまで思い至り、セルフィは小さく苦笑した。あまりにも波乱に満ちた道のりだと、自分でも呆れてしまうほどだった。
そんなふうに物思いに耽っていると――
「やぁ、セルフィ。星を眺めるなんて洒落ているね」
「エルナ」
気配もなく現れたエルナが、隣へと歩み寄りながら声をかける。
セルフィはわずかに視線を向け、その名を呼んだ。
「もしかして、邪魔をしてしまったかな?」
「まさか。一人で眺めるより、エルナと一緒の方がずっといいよ」
「ははっ、そう言ってくれると嬉しいよ」
そう言うと、エルナは言葉どおり嬉しそうに微笑み、セルフィの隣へ静かに腰を下ろした。防壁の上を撫でる夜風が、二人の間をすり抜けていく。
「いよいよ、明日だね」
「そうだね。八十年もかかってしまったけど……ようやく、みんなを迎えに行ける」
その言葉には、長い歳月を経て辿り着いた決意と、わずかに滲む感慨が込められていた。
「……不安かい?」
エルナは静かに問いかける。
セルフィの声の奥に、わずかに揺らぐ感情を心視石から感じ取っていた。
「んー……まぁ、少しね。上級不死族の強さはまだはっきりしないし、もし失敗して誰かが死んでしまうんじゃないかって考えるとさ。さすがに、いつも通りってわけにはいかないよ」
セルフィは肩をすくめながら、どこか照れ隠しのようにそう答える。気遣われたことへの感謝を滲ませつつも、それを大げさに扱うつもりはなかった。
しかしそこで一度言葉を切ると、少しだけ戸惑うように続けた。
「……けど、エルナは驚くくらい普段通りだよね。ルシウスですら、少しは緊張してたのに」
セルフィの心視石には、エルナから不安や緊張といった感情がほとんど伝わってこない。
明日戦う相手は未知の敵――本来であれば、数百人規模で挑むべきほどの強大な存在だ。それにもかかわらず、なぜこれほどまでに動じていないのか。
その理由を知りたいという思い、少し期待を込めてセルフィは問いかけた。
だが――
「別に、不安がないわけじゃないよ? ただ――なんとかなるだろうなぁって、そう思っているだけさ」
「えぇ?」
あまりにも肩透かしな答えに、セルフィの口から間の抜けた声が漏れる。
これはこれで凄い精神力だな、と逆に関心していると、彼女は笑顔のまま続けた。
「だって、君が傍にいてくれるんだろう?」
「――っ!」
続く言葉に、セルフィは思わず言葉に詰まった。
動揺を隠しきれないセルフィを眺めながら、エルナはほんのりと頬を赤らめ、楽しげに微笑んでいる。
その表情には、からかいと、それ以上に確かな信頼が滲んでいた。
「…………まぁ、うん。そうだね。そう考えれば……僕も、頑張らないとね」
視線をわずかに逸らしながら、セルフィはぎこちなく応える。胸の奥に広がる熱を持て余すように、それでも言葉を絞り出した。
「ふふっ、あはは!」
その様子が可笑しかったのか、エルナは堪えきれずに笑い声をあげる。夜の静寂の中に、軽やかな笑いが溶けていった。
セルフィは少し照れたように頬をかきながらも、つられて小さく笑う。――その表情には、もはや先ほどまで抱えていた不安の影は、どこにも残っていなかった。
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夜が明けた翌朝。
セルフィたちは故郷解放のため、瘴気に満ちた領域へと再び踏み込み、主の待つ中心部へと歩を進めていた。
奥へ進むにつれて瘴気は一層濃さを増し、視界は著しく悪化していく。すでに主以外の不死族は殲滅されているため、広大な空間には物音ひとつなく、ただ不気味な静寂だけが支配していた。
足音さえ吸い込まれていくようなその空間で、三人は警戒を緩めることなく進み続ける。
そして――
「……いたぞ」
ルシウスの低い声が静寂を裂く。
次の瞬間、瘴気の奥からゆっくりと輪郭が浮かび上がる。
上級不死族――死殻。
それが、セルフィたちの前に姿を現した。
死殻は、これまでセルフィたちが目にしてきたどの生物よりも巨大だった。
見上げるほどの巨体――頭部は地上からおよそ十二、三メートルはあろうか。その全身は、見るからに分厚い甲殻に覆われている。そしてその巨体を支えているのは、同じく硬質な甲殻に包まれ、先端が鋭く尖った八本の細長い脚だった。
全身からは蒸気のように瘴気が噴き出し、周囲の空気を歪ませている。昆虫を思わせる無機質な光を宿した眼には感情がなく、口元からは何本もの触手が蠢いていた。
セルフィたちがその異形を観察していると――死殻もまた、侵入者の存在に気づく。
「ギイイィィィィィ――!!!!!!」
甲高く耳障りな咆哮が響き渡り、空気が震える。
その瞬間――旧フィリナ領解放のための、最後の戦いが幕を開けた。




