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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
旧フィリナ領解放編
54/63

48.不死領域突入③

 ――ガラッ


 泉跡の窪地は火の海と化し、空間すら歪むほどの熱と炎が渦巻いている。その中で、燃え盛り崩れ落ちていく不死族たちの屍――いや、形を保てなくなった躯の間から、ひとつの影がゆっくりと立ち上がった。


「ガァアアアァアァアア!!!」


 皮膚は炎に焼かれて黒く炭化し、熱に侵された喉から絞り出される咆哮は、もはやまともな声の体をなしていない。

 しかし、それでもなお動いていた。


 痛みも、苦しみも存在しない。ただ瘴気によって形を保ち、生者を殺すという衝動のみで動き続ける異形の存在は、たとえその身が炎に包まれていようと、崩れかけていようと止まることはない。


 火の海の中から、さらに数体の個体が立ち上がる。揺らめく炎を纏ったまま、セルフィたちへと襲いかかろうと歩みを進める。

 しかし――


「ガルルルルゥゥ!!!」


 低く唸る咆哮が、不死族のものとは明らかに異なる響きで空気を震わせた。


 次の瞬間、影が躍り出た。


 一体の不死族の首元へと飛びかかったそれは、鋭い爪を振るい、裂帛の一撃でその身体を切り裂いた。もともと崩れかけていたその個体は、その一撃でその場に崩れ落ちる。


 炎の中に現れた影は、なおも低く唸り声を上げながら、次の獲物へと視線を向けていた。


 ――不死族を斬り裂いた影の正体は、ヴォルグだった。


 しかし、その姿は普段とは明らかに異なっている。全身を覆うように水を纏い、その表層には無数の気泡が浮かんでいた。水と空気の層が熱を遮断し、燃え盛る炎の中にあっても、その身を守っているのだ。


「ガァアアアァ!!」

「ガァアアアァ!!」


 突如として現れた守護獣に対しても、不死族たちは一切の躊躇を見せない。炎に焼かれながらなお、その本能のままにヴォルグへと襲いかかる。

 だが――


「はぁっ!!」


 ヴォルグに襲いかかろうとしていた不死族の間合いへ、すでにエルナが踏み込んでいた。双剣を構えたその姿は、炎の中でも揺らぐことなく、次の瞬間には鋭い剣閃が不死族へと叩き込まれる。


 エルナの全身は、ヴォルグと同様に気泡を含んだ水の膜で覆われ、燃え盛る環境の中でも行動を可能にしている。


 もっとも――エルナは水魔法と身体強化魔法を同時に扱うことができないため、この防護はヴォルグによって展開されているものだった。


「さて、いくら水を纏っていても、あまり長くはもたないからね。――手早く終わらせようか!」


 言い終えると同時に、エルナとヴォルグは呼吸を合わせるように動き出す。

 二つの影は炎を切り裂き、それぞれ最も近い不死族へと一気に距離を詰めた。



 ヴォルグが飛びかかった瘴牙獣は、身を躱そうと身体をよじる。だが後ろ脚は炎に焼かれて機能を失っており、回避は間に合わない。


 鋭い爪の一撃が、その身を深く切り裂いた――が、瘴牙獣は怯まない。大きく口を開き、凶悪な牙でヴォルグへと食らいつこうとする。


 しかし、それよりも速く。

 ヴォルグは相手の喉元へと噛みつき、そのまま力任せに首を振り抜いた。巨体が宙に浮き、次の瞬間には地面へと叩きつけられる。


「ガァア……!」


 衝撃に瘴牙獣が悲鳴を上げる。だが、ヴォルグは牙を離さない。噛みついたまま地面を削るように引きずり回し、抵抗の力を削ぎ落としていく。


 やがて動きが鈍った瞬間、ヴォルグはその身体を押さえ込み、首を大きく捻り上げた。

 次の瞬間――骨と肉が引き裂かれる鈍い音とともに、瘴牙獣の首が完全に断ち切られた。



「ふっ!」


 鋭く息を吐いたエルナは、骨刃鬼との間合いを一気に詰めるべく地を蹴った。

 目の前の個体は、爆発の影響を比較的受けていないのか、ところどころ焼け焦げてはいるものの、五体満足で戦闘能力を保っている。


「ガァアア!!!」


 接近するエルナを迎え撃つように、骨刃鬼の背から伸びる二本の骨触手が唸りを上げて振るわれた。鞭のようにしなるそれは、一瞬で間合いを詰め、鋭利な骨の棘を外側に突き出しながらエルナへと迫る。


 直撃すれば、皮膚を裂き、肉を削ぎ落とす致命の一撃だ。

 だが、エルナは一切動じない。


 心視石によって攻撃のタイミングを捉え、強化された動体視力で軌道を正確に見極める。その両方をもって、迫りくる骨触手の一撃を完全に見切っていた。


「はっ!」


 エルナは素早く身を翻し、迫り来る二本の触手を紙一重で躱す。その勢いを殺さぬまま、一気に間合いを詰めた。


 そして懐へと踏み込んだ瞬間、両手の双剣が閃く。交差する刃が、骨刃鬼の胴を切り裂こうと奔る。


「ガァアア!!」


 だが、その斬撃は届かない。骨刃鬼は突き出した二本の腕でそれを受け止めていた。外骨格のように発達した骨の装甲は強固で、刃を弾き返すほどの硬度を誇る。


 直後、残る二本の腕が唸りを上げて振るわれた。防御から一転、間髪入れずの反撃がエルナへと襲いかかる。


 刃のような指先がエルナへと迫る。だが彼女は咄嗟に身を沈め、その一撃を紙一重で躱した。

 頭上すれすれを、骨刃鬼の腕が薙ぎ払っていく。


「はぁっ!」


 低く構えたまま、エルナは間髪入れずに反撃へ転じる。眼前にある骨刃鬼の脚――爆発によって外骨格が剥がれ、露出した脆弱な部位へと、双剣を叩き込んだ。


 鋭い斬撃が走り、骨刃鬼の脚が切断される。支えを失った巨体は大きく体勢を崩した。


「すぅー……、はぁっ!!」


 崩れ落ちてくるその瞬間を逃さない。エルナは一息で呼吸を整えると、沈めていた身体を一気に引き上げ、全身の力を乗せて双剣を振り抜いた。


「ガァア……!」


 閃いた刃は寸分違わず首筋を捉え、そのまま断ち切る。骨刃鬼の首は宙を舞い、胴体から完全に切り離された。


「グルルルゥ……!!」

「――っ!」


 骨刃鬼を仕留めた直後。

 体勢を崩したままのエルナへと、少し離れた位置にいた瘴牙獣が狙いを定める。地面を踏みしめ、瘴気を急速に収束させ――瘴気の咆哮を放とうとしていた。


貫光球(ルーラ・ルクス・レイ)


 しかし、その攻撃が放たれることはなかった。


 泉跡の縁から状況を見極めていたセルフィの矢が、一直線に飛来する。光を纏った一矢は、瘴牙獣の頭部を正確に貫き、その動きを完全に停止させた。収束していた瘴気も、力を失って霧散していく。


「ありがとう、セルフィ!」


 エルナは振り返り、片手を軽く上げて礼を告げる。

 それに応じるように、セルフィもまた笑みを浮かべながら手を上げ、合図を返した。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふぅ……上手くいったね。完勝だ」


「ああ。この手順を数回繰り返せば、不死領域内にいる主以外の不死族は概ね討伐できるだろう」


「だが、今日はここまでだ。活動時間も間もなく二時間に達するうえ、先ほどの大爆発で周囲の不死族を引き寄せている可能性が高い」


「了解したよ」


「なら、廃坑まで戻ろうか」


 ルシウスの判断に、セルフィとエルナは短く頷いて応じる。

 三人は周囲に警戒を向けながら、最低限の後処理を手早く済ませ、その場を離れるべく撤収を開始した。


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