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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
旧フィリナ領解放編
51/63

45.後処理

「セルフィ! 良かった、無事だったんだね」


 五体の瘴牙獣を討ち倒した後、セルフィとルシウスは廃坑へと引き返し、エルナと合流していた。湿った土と鉄の匂いが混じる正面の入口で、エルナは二人の姿に気づくや否や、張り詰めていた肩の力を抜き、胸の奥に溜め込んでいた不安を吐き出すように大きく息をついた。


「エルナの方こそ大丈夫? もし怪我をしていたら、アウレインが治してくれるけど……」


 セルフィは歩み寄りながらエルナの全身に視線を走らせ、傷の有無を確かめる。少し汚れがついてはいるものの、致命的な損傷は見当たらない。


「私は大丈夫だよ。このまま二回戦を始めても問題ないさ!」


 エルナは軽く拳を握って見せ、何でも無いかのように笑った。その声音には余裕があるが、わずかに荒い呼吸が戦闘の激しさを物語っていた。


「あれだけの数を相手にして無傷とは……。お前の戦闘センスは、やはり凄まじいな」


 ルシウスは腕を組み、半ば呆れたように、しかし感心を隠しきれない口調で呟く。

 その言葉を受け、エルナは照れ隠しのように肩をすくめ、小さく笑った。


「……しかし、周囲はひどい有様だな」


 ルシウスはそう呟くと、ゆっくりと視線を外し、周囲の光景を見渡して露骨に顔をしかめた。


 廃坑の周囲には、先ほどまで襲いかかってきた不死族の死体が折り重なるように積み上がり、地面を覆い尽くしている。瘴気と血の匂いが入り混じり、ぬかるんだ土には黒ずんだ体液が滲み込んでいた。


 防壁の傍には何体もの死体が幾重にも重なり、小さな山をいくつも築いている。とりわけ門前は不死族が集中していたせいで惨状が際立ち、崩れた肢体が無秩序に転がり、まともに足を下ろす隙間すらない有様だった。


「これ……片付けないとだめだよね?」


 セルフィは足元の死体を避けるように一歩退きながら、おずおずと口を開く。その声音には明らかな嫌悪と、避けられない現実への諦めが滲んでいた。


「……当たり前だ。こんなものを放置しておいたら、とんでもないことになるぞ」


 ルシウスは即座に言い切る。しかし淡々とした口調ではあるが、どこかうんざりしているようだった。


「やれやれ……人数が少ない分、一人当たりの負担は相当なものになりそうだね……」


 エルナは肩をすくめ、わざとらしく大げさにため息をつく。しかしその視線は現実的に作業量を見積もるように、死体の山を順に追っていた。


 三人はしばし言葉を失い、辺り一面に広がる死体の処理を思い浮かべる。そして、示し合わせたかのように同時に肩を落とした。重苦しい沈黙が、その場に静かに降りていく。


「まぁ、でも今日はもう休んでもいいでしょ。……さすがに疲れたしね」


 セルフィは肩を回しながらそう言い、張り詰めていた緊張をほどくように息を吐いた。連戦の疲労が、さすがに隠しきれなくなっている。


「そうだね。門を閉められるように、入り口の周りだけ片付けたら、今日は早めに休もう」


 エルナは周囲の惨状に視線を向けつつも、現実的な落としどころを示す。


「うむ。食料を含めて物資には余裕があるんだ。数日かけて、休息と後片付けを進めていこう」


 三人は短く視線を交わして意思を固めると、すぐに行動へ移る。

 血の匂いの立ちこめる中、互いに声を掛け合いながら、入り口付近に積み重なった死体を一つずつ脇へとどかしていく。


 ぬかるむ地面に足を取られながらも作業を続け、やがて門を閉じられるだけの空間を確保した。

 重い音を立てて門が閉ざされると、外界との遮断にわずかな安堵が広がる。三人はそれぞれに休息の場へと向かい、泥と疲労にまみれた身体をようやく休めるのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 殲滅戦から数日後。

 セルフィたちは、廃坑の周囲に溢れていた不死族の死体をすべて片付け終えていた。


 地面に広がっていた血溜まりも丁寧に洗い流され、腐臭に満ちていた空気はようやく薄らぎつつある。荒れ果てていた廃坑は、かろうじて本来の静けさを取り戻していた。


「はぁ……やっと終わった」


 セルフィはその場に立ったまま大きく息を吐き、張り詰めていた気力が抜け落ちるのを感じていた。


「うむ。これでようやく、元の廃坑に戻ったな」


 ルシウスは腕を組み、周囲を見渡しながら静かに頷く。その声音には、作業をやり遂げた確かな実感が滲んでいた。


「後半……きつかったね」


 エルナは苦笑混じりに呟き、肩を軽く回す。疲労は拭いきれていないが、それでもどこか達成感を含んだ表情だった。


「最終的に、族長たちに応援も呼んだしね」


 セルフィも苦笑を返しながら言葉を続ける。

 脳裏に思い浮かべていたのは、作業の後半、死体の腐敗が急速に進み始めた頃のことだった。


 もともと重量のある死体の運搬に加え、瘴気が漂う中での作業はそれだけでも過酷だったが、腐敗が進んだことで状況は一変した。異臭はさらに強まり、触れるだけで崩れかねない不安定な状態となり、長時間の放置は病原菌の蔓延を招く危険すらあった。


 そのため三人はやむなく作業を中断し、一度村へ引き返して族長たちに応援を要請したのだ。結果として動員された人手により作業は一気に進み、ようやく現在の状態にまでこぎつけたのである。


 道中の安全も、結果的には大きな問題にはならなかった。

 守護獣たちを護衛につけたことで、村人たちを廃坑まで安全に連れてくることができたのだ。


 加えて、大量の不死族が周囲一帯を蹂躙していた影響か、もともと生息していた魔物は殺されるか、あるいは危険を察して逃げ出していたらしい。そのため移動中に魔物と遭遇することは一度もなかった。


「腐敗臭と瘴気で最悪だったな……。本気で病気になるかと思ったぞ」


 ルシウスは眉間に皺を寄せ、不快感を思い出すように顔をしかめる。鼻の奥にこびりついた臭気が、まだ完全には消えていないかのようだった。


「いや、まぁ……実際、アウレインが定期的に聖気で癒してくれていたからね。本当に病気になりかけてたのかも」


 セルフィは苦笑しながら答える。軽口のようでいて、その実、状況の危険性を否定しきれていない声音だった。


「笑えん話だ……」


 ルシウスは深く息を吐きながら、短く吐き捨てるように言い放った。




「さて、後片付けも無事に済んだことだ。そろそろ次の作戦について話し合うぞ」


 場の空気を切り替えるように、ルシウスが静かに告げる。その言葉に、セルフィとエルナも自然と表情を引き締め、小さく頷いた。


「次は予定通り、不死領域へ突入する。物資については問題ない。特に、先日の戦闘で大量に消費した矢も村から補充できている。したがって、計画通りに行動する」


「想定される敵戦力は、中級の不死族がおよそ百体だ」


 その一言に、セルフィの表情がわずかに曇る。頭の中で戦場の光景を組み立てるように、視線が落ちた。


「中級が百体……。今回、五体と同時に戦うことになったけど……その二十倍かぁ」


 呟きには、率直な重圧がにじむ。数として理解していたものが、実感として押し寄せてきたのだ。


「実際に戦ってみて、どうだった?」


「そうだね……。単独で同時に相手できるのは、今回の五体が限界に近いと思う。三人で連携すれば、もう少し数は増やせるだろうけど……それでも十体前後が適正じゃないかな」


「なるほど。ならば、罠に誘い出して戦えれば、一度に十五~二十体ほどは討伐できそうだな」


「罠……?」


「うむ。今回の戦いで我々に有利な点を挙げるとすれば、不死領域となった場所が、もともと俺たちの故郷であるという点だ」


「――つまり、地形を把握している分、土地を利用した罠を構築しやすい、という訳だ」


 その説明に、セルフィとエルナは顔を見合わせ、小さく頷く。かつて暮らしていた土地であれば、地形や環境の特徴は身体で覚えている。どこに窪地があり、どこが足場として脆いのか――そうした情報は、そのまま戦術に転用できるはずだった。


「なるほど……。それで、具体的な罠は考えているのかい?」


「ああ。廃坑の一部はすでに不死領域に飲み込まれているが、その近辺に小さな泉があったのを覚えているか?」


「泉……ああ、たしかにあったね。覚えているよ」


 エルナは記憶を辿るように視線を上げ、すぐに頷いた。廃坑と旧フィリナ領の境界付近には小さな泉があり、かつては野生動物たちの水場として機能していた場所だ。


「瘴気の影響で、今はすでに枯れている可能性が高いが……今回はそれを罠として利用する」


 そう言って、ルシウスはわずかに口元を緩める。その表情には、確かな手応えと静かな自信が浮かんでいた。


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