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守護獣の誕生秘話  作者: 海名津たくや
旧フィリナ領解放編
50/63

44.周囲殲滅戦④


 瘴気の濁流がセルフィとアウレインを呑み込もうとした、その寸前。

 二人を包み込むように、球状の結界が展開された。

 だが――


 ――ピシッ!


 凄まじい圧に晒され、結界に亀裂が走る。

 ひびは瞬く間に広がり、光の障壁が軋むように歪んだ。このままでは、崩壊は時間の問題だった。


「アウレイン!」


 セルフィは即座に判断を下す。

 防ぎ切れないのであれば――突破するしかない。

 呼びかけと同時に弓を構え、矢の先へ光を収束させる。


貫光球(ルーラ・ルクス・レイ)!!」


 セルフィの意図を汲み取り、アウレインは一瞬の迷いもなく行動に移る。

 矢が放たれる、その刹那――結界を自ら解除した。


 解き放たれた閃光は一直線に瘴気の奔流を貫き、濁流の中に風穴を穿つ。


 押し寄せる瘴気に怯むことなく、アウレインはその一瞬の隙間へと飛び込んだ。

 岩を蹴り、風を裂き、消えかける光の道をなぞるようにして、瘴気の外へと駆け抜ける。


「よし、抜けた!……くっ」


 瘴気の奔流を突き抜け、アウレインは辛うじて突破に成功する。

 だが、完全な無傷とはいかなかった。


 ほんの一瞬とはいえ濃密な瘴気に晒されたことで、セルフィの肌は一部が黒く変色し、目元からは血が滲んでいる。


「クルゥ!」


 異変を察したアウレインが、即座に聖気を解き放つ。

 柔らかな光がセルフィの全身を包み込み、侵された箇所を浄化していく。


 黒ずんでいた肌はみるみるうちに元の色を取り戻し、滲んでいた血も止まっていく。

 傷は完全に消え去り、呼吸もすぐに整った。


「ありが――っ!?」


 礼を告げようとした、その瞬間。


「「ガァアアアアア!!!」」


 休息を与える暇などないとばかりに、瘴牙獣たちが再び距離を詰めてくる。

 牙を剥き、殺意を露わにしたまま、瘴牙獣たちは一直線にセルフィたちへと襲いかかる。


 それを見た瞬間、セルフィは即座に弓を引き絞り、二本の矢を連続で放った。

 放たれた矢はそれぞれ正確に瘴牙獣へと突き刺さり、その衝撃でわずかに動きを鈍らせる。


「クルルゥ!!」


 その一瞬の硬直を逃さず、アウレインが地を蹴った。

 加速した身体が風を裂き、瘴牙獣の間合いをすり抜けるようにして一気に距離を離す。


 辛うじて安全圏まで退いたところで、セルフィは短く息を整えた。


「「「グルルルッ……」」」


 瘴牙獣たちは足を止め、低く唸り声を漏らしながらこちらを睨み据える。

 すると、瘴牙獣たちの身体に変化が起きた。


 これまで全身から滲み出ていた瘴気が、ゆっくりと収束し始める。

 流れ込む先は、前肢の爪。


 濃く、淀んだ瘴気が刃のように凝縮され、爪を覆い尽くしていく。

 その輪郭は禍々しく歪み、まるで触れたものすべてを侵し、断ち切る凶器へと変貌していた。


「「「ガァアアアア!!!」」」

「――っ!」


 三体の瘴牙獣が、間合いを詰めるや否や同時に跳びかかる。

 その瞬間、アウレインは地を蹴り、軌道をずらして回避した。


 セルフィたちがいた空間を、瘴気に覆われた爪が薙ぎ払うように通過して岩場を捉える。

 その一撃で、硬いはずの岩が音もなく裂ける。


 いや、それだけではない。

 切り裂かれた断面は崩れ、まるで内側から腐食したかのように脆く崩壊していく。

 爪痕からは濃い瘴気が立ち上り、周囲の空気を侵していた。


 さらに、瘴気を纏ったことで攻撃の届く範囲そのものが拡張されているのか、刻まれた爪痕は先ほどよりも明らかに長く、深い。


「ガァアア!!」

光球(ルーラ・レイ)!」


 回避直後の隙を突くように、一体の瘴牙獣が瘴気弾を放つ。

 セルフィは即座に応じ、光魔法を込めた矢で迎撃。


 正面から衝突した光と瘴気は激しくせめぎ合い、拮抗した末に相殺された。


 だが、それで終わらない。

 間髪入れず、残る二体からも瘴気弾が連続して放たれる。


 セルフィは矢を番え直しながら、次々とそれらを撃ち落としていく。


 光と瘴気が空中で幾度も衝突し、閃光と暗黒が入り乱れる。

 ぶつかり合うたびに鋭い衝撃音が炸裂し、空気そのものが震えるように戦場へと響き渡った。


 すると、先ほど瘴気の咆哮を放った個体の動きが明らかに鈍る。

 どうやら、あの大技は消耗が激しいらしい。他の個体と比べても、爪を覆う瘴気は薄く、その密度も不安定に揺らいでいた。


光球(ルーラ・レイ)!」


 好機と捉え、セルフィが即座に仕掛ける。

 弦を限界まで引き絞り、呼吸を止めることなく連続で二射――矢を放った。


 一射目。

 瘴牙獣は跳躍してこれを回避し、矢は空気を裂いて後方へと抜ける。

 ――だが、それも計算の内。


 二射目は、すでにその軌道を読んで放たれていた。

 着地地点へと正確に撃ち込まれた矢が地面に突き刺さり、直後、光が炸裂する。

 爆発が足場を揺るがし、瘴牙獣の体勢を大きく崩した。


「ふっ!」

「ガァアア!!」


 セルフィは一瞬の間も置かず、さらに追撃の矢を放つ。

 放たれた一矢は肩口に深く突き刺さり、その衝撃で瘴牙獣の身体が大きく傾ぐ。

 踏ん張ることも叶わず、そのまま地面へと転がり落ちた。


「「ガァアアアア!!!」」

「――アウレイン!!」


 追撃に移ろうとした、その瞬間。

 残る二体の瘴牙獣が間合いを詰め、一斉にセルフィたちへと襲いかかる。


 殺到する気配を察知し、セルフィが即座に呼びかけた。

 アウレインはその声に応じ、鋭く身を翻して攻撃を回避。そのまま地を蹴り、一気に三体との距離を引き離す。


「ガァアァアア!!!」


 ――だが、敵の動きはそれで止まらない。


 次の瞬間、別の一体が突如として足を止めた。

 四肢を踏みしめるように大地へと固定し、その場に留まる。

 そして――顎の奥で、瘴気が収束し始めた。


 空気が淀み、重く圧が増していく。

 先ほどと同じ、瘴気による咆哮の予兆。


 それに呼応するように、残る二体が左右から間合いを詰める。

 逃げ場を封じるように軌道を絞り込み、セルフィたちへと迫ってきた。


 再び、瘴気の咆哮が放たれようとした――


「光縛帯 (ルーラ・フォルス・トゥール)」


 ――その直前、セルフィの魔法が発動する。


 変化が生じたのは、三体の瘴牙獣に突き刺さったままの矢だった。


 セルフィの詠唱と同時に矢から光が溢れ出し、それは帯のように形を変える。

 伸びた光の帯は瘴牙獣の身体へと絡みつき、逃がすまいと締め上げるようにしてその場へと拘束した。


「「「ガァアアアア!!」」」


 動きを封じられた瘴牙獣たちは、咆哮を上げながら全身に力を込める。

 中級個体の膂力に任せた抵抗によって、光の帯が軋み、ぎちぎちと不穏な音を立てた。

 このままでは長くは保たない――そう直感させるほどの圧だった。


 だが、それでも十分だった。

 拘束が保たれているわずかな時間のうちに、セルフィはすでに次の一手へと移っている。


 三体を一直線に捉えられる位置へと素早く移動し、そのまま弓を構える。

 呼吸を整え、弦を限界まで引き絞る。

 そして――


貫光球(ルーラ・ルクス・レイ)!」


 解き放たれた閃光が、空間を貫く。

 一直線に走る光は、拘束された三体の瘴牙獣をまとめて射抜き、その身体を容易く貫通していった。




「ふぅーっ……」


 セルフィは大きく息を吐き、張り詰めていた力をゆっくりと抜いた。


 中級個体を五体同時に相手取り、さらに瘴気の咆哮を直撃に近い形で受けている。

 すでに傷そのものは癒えているとはいえ、蓄積した緊張と疲労は消え切っていなかった。


 遅れて押し寄せてくるのは、身体ではなく精神の消耗。

 意識の奥に張り付いていた緊張がほどけたことで、その重みが一気に表へと浮かび上がってくる。


「クルゥ」


 アウレインが心配するように低く鳴き、そっとセルフィへ頭を寄せた。

 その温もりに応えるように、セルフィは手を伸ばし、優しくその頭を撫でる。

 荒れていた呼吸が、わずかに落ち着いていく。


 ――その時だった。


「ガァアアアァアァアア!!!!!」


 先ほど光に貫かれ、崩れ落ちたはずの一体が、突如として跳ね起きた。

 そして、そのまま一直線にセルフィへと突進してくる。


 胸には矢で穿たれた大穴が空き、口元からは大量の血が溢れ出していた。

 それでもなお止まらず迫るその姿は、常軌を逸し、本能的な恐怖を掻き立てる。


 だが、当のセルフィは微動だにしなかった。

 落ち着いた様子で自身に迫ってくる瘴牙獣に向き合うと、ただ一言、淡々と呟いた。


「……上、気を付けた方が良いよ」


 言い終わると同時に、瘴牙獣の頭上に巨大な影が差し込む。

 すると――


「クァアア!!!」

「ガァア……ッ!」


 次の刹那、上空からアルファが急降下した。

 突進の勢いを余すことなく乗せた一撃は、瘴牙獣の頭部を地面へと押し潰すように叩きつけた。


 鈍い衝撃音が岩場に響く。

 頭部を打ち砕かれた瘴牙獣は、そのまま痙攣することもなく動きを止めた。


「お疲れ様。アルファ、ルシアン」


「そちらもな。無事で何よりだ」


 瘴牙獣を仕留めたアルファの背に騎乗したルシアンへ、セルフィは声をかけ、互いの無事を喜んだ。


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