43.周囲殲滅戦③
セルフィがアウレインに騎乗し、廃坑から離脱する。それに呼応するかのように、五体の瘴牙獣もまた、その背を追って戦場を離れていった。
アルファに騎乗し上空を旋回していたルシウスは、その一連の動きを見届けながら、静かに状況を分析する。
「(……遠方に散開していたはずの中級個体がここまで集結している。となれば、この周辺一帯の不死族は、すでに大半がここへ引き寄せられていると見ていい)」
「(それに、先ほどまで絶え間なく湧いていた個体数も明らかに減少している……終局は近いか)」
上空という俯瞰的な位置にいることで、ルシウスは戦場全体の流れを正確に把握していた。
断片的な情報を繋ぎ合わせ、導き出される結論は一つ――この戦闘は、間もなく終わりを迎える。
ならば――ここが潮時だと彼は判断した。
「温存していた魔力も、ここが使いどころだろう」
そう呟くと、ルシウスは静かに杖を構えた。
普段よりも深く、より多くの魔力を引き出す――周囲の空気が震え、目に見えぬ圧が場を満たしていく。
そして――
「旋風刃 (シル・ラン・ザルム)」
――ゴォオオオオオッ!!!!
詠唱と同時に、門前に殺到し密集していた不死族の中心部へ、突如として巨大な竜巻が顕現する。
渦巻く暴風は瞬く間に勢いを増し、その内部には無数の風刃を孕んでいた。
巻き込まれた不死族の肉体は、逃れる間もなく四方から切り刻まれる。
骨ごと断ち裂かれ、四肢は引き千切られ、無惨に分断された亡骸が、風に攫われるまま周囲へと撒き散らされていく。
荒れ狂う竜巻はしばしその場を蹂躙し続け、やがて魔力の収束とともに消え去った。
後に残されたのは、原形を留めぬほどに破壊された不死族の残骸と、ぽっかりと空いた殲滅の跡だけだった。
「ふぅ……早いところ片付けて、セルフィの応援に向かわねばな」
息を一つ吐き、ルシウスは再び戦場へと視線を向けた。
先ほどの一撃で大きく数を減らしたとはいえ、不死族の群れは未だ尽きてはいない。
瓦礫と骸が散乱する門前には、なおも蠢く影がいくつも残されている。
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「「「「「ガァアアアァアァァァ!!!!!」」」」」
セルフィの背後では、五体の瘴牙獣が獲物を喰らわんとする殺意を剥き出しにし、咆哮を轟かせながら迫ってきている。
だが、足場の悪い岩場は、アウレインにとって有利な地形だった。
鋭い蹄で岩肌を的確に捉え、まるで平地を駆けるかのような軽快さで疾走する。荒れた地形をものともせず、その速度は一切衰えない。
対する瘴牙獣も決して遅れてはいないが、それでも機動力においては明らかにアウレインが上回っていた。
「光球!」
振り向きざまに、セルフィは牽制として光魔法を込めた矢を放つ。
だが――瘴牙獣たちはそれを容易く見切り、身体を捻るだけで回避してみせた。
「やっぱり、中級ともなると単純な攻撃は当たらないか……」
息を乱さぬまま呟き、セルフィは次の手を思案する。
確実に当てるには、軌道、間合い、あるいは連携――何らかの工夫が必要だ。
そう思考した、その時だった。
瘴牙獣の一体が、不意に動きを変えた。
それを合図とするかのように、残る個体も一斉に挙動を変化させる。
五体の瘴牙獣は疾走を維持したまま、それぞれの頭上へ瘴気を集中し始めた。濁った気配が渦を巻き、重く淀んだ圧が周囲の空気を歪ませる。
「――アウレイン!!」
「「「「「ガァアアアア!!!!!」」」」」
次に来る攻撃を即座に察知し、セルフィが鋭く指示を飛ばす。
その直後、背後から瘴気の塊が放たれた。
凝縮された瘴気弾は、ただ触れるだけで皮膚を焼き爛れさせる危険な一撃だ。
アウレインは瞬時に身を翻し、進路を大きく変えてその一発を紙一重で回避する。
しかし、攻撃はそれで終わらない。
間髪入れず、次々と瘴気弾が放たれる。
アウレインは岩場を蹴り、跳び、滑るように駆け抜けながら、後方から迫る攻撃を次々と躱していく。
その動きは軽快でありながら無駄がなく、地形そのものを足場として利用していた。
「「ガァアアアア!!!」」
――だが、回避に意識を割かれた一瞬の隙を、瘴牙獣たちは見逃さない。
左右から挟み込むように、二体の瘴牙獣が同時に跳躍する。
牙を剥き、爪を振りかざし、逃げ場を塞ぐようにしてアウレインへと襲いかかった。
迫り来る瘴牙獣を迎え撃つように、セルフィは弦を引き絞り、矢を放つ。
放たれた一矢は一直線に敵へと吸い込まれる――瘴牙獣は咄嗟に顔を逸らして回避を試みるが、完全には躱しきれない。
矢は肩口に突き刺さり、同時に光が炸裂する。
爆ぜた光が瘴牙獣の肉体を焼き裂くが、それでも致命傷には至らない。
その直後――反対側から飛びかかってきた瘴牙獣の牙が迫る。
だが、アウレインが即座に結界を展開。
鋭い牙を遮るように光の障壁が顕現し、その一撃を真正面から受け止めた。
「ガァアアアア!!!」
「クルルゥ!」
攻撃を防いでいる間にも、残る瘴牙獣たちは容赦なく瘴気弾を放ってくる。
アウレインはそれらを見極め、岩場を駆ける。
背の高い岩群を足場にして立体的に軌道を変え、降り注ぐ瘴気弾を次々と回避していく。
そして、そのまま距離を広げる。
複雑な地形を活かした機動によって、五体の瘴牙獣との間合いを徐々に引き離していった。
「これなら……どうだ!」
セルフィは間髪入れず弓を構え、矢を放つ。
放たれた一矢は一直線に瘴牙獣たちへと伸び、瞬く間にその距離を詰める。
「「ガァアア!!」」
射線上にいた二体の瘴牙獣が、先ほどと同じように飛び退いて回避を試みる。
――だが、その判断が致命的な誤りとなった。
「光 (ルーラ)」
矢が眼前へと迫った、その刹那。
セルフィは魔法を発動する。
矢に宿っていた光が一気に解き放たれ、炸裂する。
視界を塗り潰すほどの強烈な閃光が、周囲一帯を白に染め上げた。
「「「「「ガァアアアア!!!!」」」」」
至近距離で閃光を浴びた瘴牙獣たちは、視覚を焼かれ、悲鳴を上げて動きを止める。
統制を失った群れは互いにぶつかり合い、もはや連携どころではない。
――その一瞬の空白を、セルフィは逃さない。
「貫光球!」
すでに次の矢は番えられている。
引き絞られた弦が解き放たれ、光を纏った一矢が一直線に奔る。
矢は一体目の頭部を容易く貫通し、その勢いのまま後方へと突き抜ける。
さらに直線上にいたもう一体の胸部――心臓を穿ち、まとめて二体を射抜いた。
「「「ガァアアアア!!!」」」
すぐ傍で崩れ落ちる二体には目もくれず、残る三体の瘴牙獣がセルフィたちへ向け、間断なく瘴気弾を放ってくる。
背後から連続して迫る攻撃を、アウレインは軽快な動きで躱していく。
岩場を蹴り、軌道を変えながら、紙一重で回避を重ねる。その間にも、セルフィの思考は止まらない。
「(これで残りは三体……だが、同じ手は通じないはず)……ん?」
次の一手を組み立てていた、その時だった。
追撃してくる瘴牙獣の中で、一体だけが不意に足を止める。
四肢に力を込め、大地に食い込むように踏みしめ、その場に踏み留まっていた。
「何を――っ!?」
「コォォォォ……」
異様な気配に、セルフィは即座に違和感を覚える。
視線を向けた先――その瘴牙獣の顎の内側に、濃密な瘴気が渦を巻いているのが見えた。
空気が歪み、圧が一点へと収束していく。
その意図を理解するのに、時間はかからなかった。
そして――
「ガァアアアァアァァァ!!!」
「まずいっ!?」
次の瞬間、極限まで圧縮されていた瘴気が一気に解き放たれた。
前方一帯を呑み込むように、濁流のごとき瘴気が奔流となって噴き出す。
その威力は凄まじく、直撃した岩は削り取られるどころか、まるで存在ごと侵食されるかのように崩れ去った。
さらに、その余波すらも致命的だった。
周囲にわずかに生えていた草木や苔は、触れただけで黒く変色し、瞬く間に腐蝕して崩れ落ちていく。空気そのものが毒に変わったかのような光景だった。
「――アウレイン!!」
「――クルルルゥ!!」
セルフィの叫びに応じ、アウレインが咆哮を上げる。
だが――
押し寄せる瘴気の奔流はあまりにも速く、あまりにも広い。
回避の余地すら与えぬまま、濁流は一瞬で二人のもとへ到達する。
そして、そのまま――
瘴気の奔流は、アウレインとセルフィを呑み込んだ。




