42.周囲殲滅戦②
「はぁっ!!」
襲いかかってくる不死族に対し、エルナは双剣を閃かせた。
振り下ろされる鋭い爪を正確に見切り、最小限の動きで身を躱す。その流れのまま片手の剣を走らせ、不死族の首を一息に刎ね飛ばした。
「ガァアア!!」
崩れ落ちる骸の影から、新たな個体が獣のような唸り声を上げて飛びかかってくる。だがエルナは微塵も動じない。即座に逆の手に持つ剣を振り上げ、迎え撃つ。
「ガァ!!」
鈍い音とともに、不死族の片腕が切断され、血飛沫とともに宙を舞った。
体勢を崩したその瞬間を逃さず、エルナは足を払って相手を地に転がす。すかさず間合いを詰め、頭部へと双剣を振り下ろし、確実に息の根を断った。
「次っ!!」
さらに襲いかかってくる不死族の群れに対し、エルナは怯まずに駆け出す。
一瞬で間合いを詰めると、両手の双剣が閃光のように翻り、正確無比な斬撃が次々と不死族を切り裂いていった。
「「ガルルルッ!!!」」
エルナの傍らで戦っているのは、狼の守護獣――ヴァルガとヴォルグだ。
両者はただ牙と爪を振るうだけではない。それぞれが属性魔法を駆使し、戦場を荒れ狂う嵐のように蹂躙していた。
火属性の守護獣であるヴァルガは、徹底して攻撃に特化した戦い方を取る。
狼の姿にふさわしいしなやかな体躯と卓越した敏捷性を活かし、ヴァルガは一瞬で間合いを詰める。
次の瞬間にはすでに懐に入り込み、炎に包まれた爪で獲物を切り裂いていた。
不死族が反撃しようと腕を振り上げた時には、すでにその場にヴァルガの姿はない。残されたのは、虚しく空を切る攻撃だけだった。
そして、切り裂かれた傷口から炎が噴き上がる。
魔力によって生み出された炎は瞬く間に全身へと燃え広がり、不死族を包み込む。逃れる術もなく焼き尽くされた個体は、その場で崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
水属性の守護獣であるヴォルグは、ヴァルガとは対照的に、防御を重視した戦い方を取っていた。
その身の周囲には、いくつもの水球が静かに浮遊している。水球はまるで意思を持つかのようにヴォルグに追従し、常に一定の間合いを保ちながら周囲を巡っていた。
ヴォルグ自身もまた、狼としての卓越した身体能力を存分に発揮する。間合いを一気に詰めると、鋭い爪で切り裂き、強靭な顎で噛み砕く――その動きに一切の淀みはない。
だが、ヴァルガのように炎による追撃を持たないヴォルグは、一撃ごとに確実なとどめを刺す必要があった。そのため、攻撃後すぐに離脱する戦法は取りづらく、結果として複数の不死族に囲まれる形となる。
しかし、その状況こそがヴォルグの真価を引き出していた。
不死族の攻撃が届く、その寸前――周囲に浮かぶ水球の一つが滑り込むように割り込み、牙や爪を受け止める。水の塊とは思えぬほどの密度を持ったそれは、衝撃を吸収し、ヴォルグへの直撃を許さない。
「ガァア!!」
次の瞬間、ヴォルグが低く咆哮を響かせる。
それに呼応するように、残る水球が一斉に弾けるように加速し、周囲の不死族へと放たれた。
水球は標的に命中すると同時に破裂し、内部に圧縮されていた水圧を解き放つ。その衝撃は凄まじく、不死族の身体をまとめて吹き飛ばし、地面へと叩きつけた。
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エルナたちが大量の不死族を相手に一騎当千の働きを見せる中、セルフィもまた、門へと押し寄せる不死族の群れを迎え撃っていた。
「光球!」
開かれた門から、不死族が濁流のように次々となだれ込んでくる。
それに対抗するように、セルフィは間断なく矢を放ち続けた。放たれた矢は正確に敵を射抜き、命中した瞬間、眩い光を放って爆ぜる。光の爆発に呑み込まれた不死族は、断末魔を上げる間もなく消滅し、確実にその数を減らしていった。
ルシウスが門を開けさせた意図は、大きく二つある。
一つは、防壁の各所から不死族が乗り越え、廃坑内部へ侵入される事態を防ぐためだ。もし侵入を許せば戦場は一気に乱戦となり、数で劣るこちら側は圧倒的に不利となる。瞬く間に包囲され、各個撃破される危険があった。
もう一つは、不死族の流れを一点に集約し、殲滅効率を最大化するためである。
実際、門を開放したことで不死族はそこへ殺到し、狭い入口に密集する形となっていた。押し合いへし合いとなった群れは動きが鈍り、結果として格好の標的となる。
そこへ、セルフィとルシウスが攻撃を集中させる。
密集した敵群に対する範囲攻撃は絶大な効果を発揮し、短時間で膨大な数の不死族を屠ることに成功していた。
そして、その殲滅網からわずかにこぼれた個体は、エルナたちが確実に仕留めている。
前線と防衛線が噛み合うことで、戦況は明確にこちらへと傾きつつあった。
では、なぜこの作戦を最初から採用しなかったのか。
理由は単純だ。この陣形は、エルナたちにかかる負担があまりにも大きい。
防壁という地の利を活かして戦う場合とは異なり、この布陣では常に全力での戦闘を強いられることになる。敵の総数も不明、襲撃がいつまで続くのかも分からない――そんな状況下で消耗戦を続けるのは、決して勝率の高い選択とは言えない。
――なにより、この陣形には致命的な欠点がある。
それは一度展開してしまえば、そこからの撤退はほぼ不可能となることだ。
前線を維持できなくなった瞬間、防御線は一気に瓦解する。わずかでも押し負ければ、不死族の濁流に呑み込まれ、抵抗する間もなく蹂躙されるだろう。
「「「ガァアアアアア!!!!」」」
「風刃!」
「光球!」
押し寄せる不死族の群れに対し、セルフィたちは絶え間なく応戦していた。
門前では絶えず魔法と咆哮が交錯し、激しいせめぎ合いが続いている。戦線はかろうじて均衡を保ち、このまま持久戦へと移行する――はずだった。
「――っ! 風球!」
その均衡は、唐突に破られる。
上空を飛行するアルファとルシウス目がけ、どこからともなく放たれた瘴気の塊が、一直線に迫った。
咄嗟に風魔法を発動し、辛うじて相殺する。だが、その対応に意識と火力を割かれたことで、門前に集中していた圧力がわずかに緩む。
その一瞬の綻びを、不死族は見逃さない。押し留められていた群れが一気に前へと溢れ出し、エルナたちへと雪崩れ込んだ。
「くっ……間に合わなかったか」
瘴気弾が飛来した方角へ視線を向け、ルシウスは苦々しく眉を顰める。
そこにいたのは――中級個体である瘴牙獣が三体。
濁った瘴気をその身にまといながら、低く唸り声を上げ、明確な敵意をもってルシウスを睨み据えていた。
「光――、っ危な!!」
同じく見張り台から瘴牙獣を捉えたセルフィは、攻撃に移ろうと弓を構え、弦を引き絞ろうとして――視界の端に、別方向から飛来する瘴気弾が映り込んだ。
反射的に近くの矢筒をひとつ掴み取ると、セルフィは躊躇なく見張り台から身を躍らせる。
次の瞬間、彼がいた場所へと瘴気弾が直撃し、轟音とともに見張り台を粉砕した。
「……くっ!」
落下の衝撃に備え、セルフィは即座に身体強化魔法を発動する。
強化された肉体で着地と同時に受け身を取り、転がる勢いを殺して素早く立ち上がった。
≪ルシウス! 中級個体は全部で何体いる!?≫
≪三……いや、さらに二体がこちらへ向かっている。合計で五体だ!!≫
「――アウレイン!!」
状況を把握した瞬間、セルフィは相棒である守護獣の名を呼んだ。
その呼び声に即座に応じ、アウレインが疾風のごとく駆けつける。セルフィは迷いなくその背へと飛び移ると、間髪入れず廃坑の防壁へ向けて進路を取った。
防壁に差し掛かると、アウレインはわずかな凹凸に鋭い爪を掛け、まるで地を走るかのような勢いで壁面を駆け上がる。
頂に達した瞬間、そのままの速度を乗せて大きく跳躍した。
防壁を越え、群がる不死族すらも一息に飛び越える。
着地と同時に砂塵を巻き上げながら、そのまま戦場の外縁へと駆け抜けた。
≪ルシウス! 中級五体は僕たちが引き付ける。回復役のアウレインが離れるから、今まで以上に怪我には気を付けて!≫
≪了解した! そっちこそ気を付けろよ!≫
アウレインは聖気を操り、高度な回復を行うことができる。
そのため前線には出ず、誰かが深手を負った際に即座に治療できるよう後方で待機していた。
だが、この状況ではそれも叶わない。
現在の均衡が崩れたところに中級個体が加われば、戦線は一気に押し切られる危険がある。
――一度でも押し負ければ、それで終わる。
だからこそ、何としてでも中級個体を廃坑へ近づけるわけにはいかなかった。
セルフィは手綱を握る手に力を込め、迫り来る強敵へと視線を据える。




